表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣の勇者  作者: 坂木陽介
58/65

第五八章 旅の方針

 王都への旅路は、当初は順調に進んだ。馬で駆ける間に散発的に出会った死者は、すれ違いざまに蔵人の剣、遜の鎖鎌が首を落としていった。

 しかし、新たな脅威が現れる事となった。魔物である。

 神聖魔法で、蔵人たちの居場所がつかめなくなった魔王は、魔物を多数徘徊させる事にしたらしい。魔物は魔王の魔力を直に送り込まれており、倒されれば魔王が感知できる。つまり、蔵人一行が魔物を倒せば、居場所が魔王にわかるのだ。魔物退治は容易でも、倒した後が問題だった。

 魔物を倒した翌朝、死者一〇〇体余りに囲まれている事すらあった。

 野宿の場所は、木がまばらに生える、小川に近い平野であった。朝、エイシャによる直径二〇歩程度の結界の傍に、死者がいた。

「おい、あいつだけじゃないぞ。周りを見ろ」

 遜に言われ、他の三名が結界外を見回すと、木々の隙間から、数えるのも嫌なほどの死者が闊歩していた。

 エイシャは結界を維持しつつ、サムに尋ねた。

「これはやはり、昨晩魔物を倒した位置から、私たちの野宿する場所を推測して、差し向けてきたのでしょうか?」

 サムも用心しながら答えた。

「そう考えるのが妥当だね。見回すだけで、何十体もの死者がいる。しかも全員、肉付きが良くて、腐敗が最小限だ。これはもう、小規模な軍隊に囲まれているようなものだ」

 蔵人は現状を把握すると、打開策を思案した。皆にも知恵を借りるべく、わざと声に出して悩んだ。

「さて、どうするか?結界の外に出れば、馬が暴れる事が目に見えている。結界を張ったまま、俺たち四名だけで、結界に出て死者の軍勢を倒すか、結界を解いて馬に乗り、死者の隙間を縫うように脱出するか――――俺にはこの二つしか思い浮かばないんだが、誰か良い策はないか?」

 日の出とともに気温が上がり、蔵人の額には汗がにじんでいた。諸国を旅してきたサム曰く、慣れれば汗は引くよ、との事だったが、順応できているのはサムだけである。一〇〇体の軍勢相手は、正直蔵人にはしんどかった。

 少しして、サムが言った。

「蔵人の二つの策、その折衷案はどうかな?」

 サムが言うと、

「どういうこった?その折衷案ってのは?」

 遜は訝しげにサムを質した。

「それは――――」

 四名が密集してしゃがみ込み、サムの小声での提案を聞いた。

 遜が立ち上がりながら言った。

「おれは賛成だが、お前らはどうよ?」

 エイシャも立ち上がり、

「残念ながら、サムの言う通りにするしかなさそうですわね。ただ――――」

と言いつつ、懸念の表情を浮かべた。そして、口にしようとした先を蔵人が喋った。

「ただ、サムの不安がかなりでかいぞ。サム、平気か?」

 サムは目を丸くした後、自信を持って言った。

「僕は、当代きっての魔法使いだよ?この程度なら、魔力結晶二つも使えば十分さ」

 蔵人とサムも立ち上がった。蔵人は全幅の信頼をもってサムを見た。

「わかった、信じるよ」

 そして、蔵人は指示を出した。

「皆、荷物をまとめて、乗馬して待機してくれ。サムは俺の馬に二人乗りだ。遜、サムの馬を引いて、馬で駆けるのは可能か?」



 蔵人一行は、準備を整えて馬上の人となった。サムだけ蔵人の馬に二人乗りし、サムの馬の手綱は、遜が持った。

「皆いいな?」

 蔵人の問いに、全員が頷いた。

「うん!」

「いつでもどうぞ」

「準備万端ですわ」

 皆の反応を見て、蔵人は号令をかけた。

「いくぞ!エイシャ、結界を解除!」

 エイシャの一言で、結界は解かれた。死者の出す邪気のような気配に、馬が興奮気味となった。

 蔵人は馬を御しつつ、自分の前に乗っているサムに指示を出した。

「サム!」

 サムは、

「サレア!」

という怒声とともに、颶風を地表で起こしたような強烈な風魔法を、一行を中心に放った。死者は勿論、木々さえ吹き飛ぶ威力があった。

 道は開けた。

「行くぞ!」

 蔵人の一声で、三名は馬を駆けさせた。サムが乗っていた馬は、遜が手綱を引いて誘導した。

 死者の中にいる弓兵が矢を放ってきたが、神聖魔法による矢避けの加護で、全員傷一つ負わずに済んでいた。

 死者の囲いを抜けた!そう判断できるほど、周囲の死者が少なくなったところで、

「紅蓮!」

 サムの声が、一行の後ろに巨大な火球を作った。そして、死者の一団へ向けて発射した。火球は死者の中心付近で大爆発を起こし、一〇〇体余りの死者は全滅の憂き目を見る事となった。

 余りの熱量と光に、遜とエイシャは絶句していた。だが、蔵人の一声で現実に戻された。

「左上方から、怪鳥の魔物が来てる!」

 全員の意識が、魔物に集中した。しかし、空を飛ぶものに手出しできるのは、サムだけだ。

 サムはここでも、豪快な炎の魔法を放った。

「エーテルに最も近しきアイトーフ、焼き尽くせ!」

 翼長二〇歩はある怪鳥の全身が、炎に包まれた。苦しみながら落下していき、街道傍に墜落した怪鳥を尻目に、蔵人一行は馬を駆けさせた。

 全てが片づいたところで、蔵人は最後の指示をエイシャに出した。

「エイシャ、全員に魔除けの加護を!」

 エイシャは自信を帯びて微笑んだ。

「もうかけてありますわ」

 こうして、サムの発案による突破作戦は功を奏した。

 しかし、大魔法をいくつも放ったサムの調子が気がかりである。蔵人は己の前に座る友に尋ねた。

「サム!平気か?」

 サムが息を荒げているのが、蔵人には伝わってきた。サムは苦しげに、作り笑顔で応えた。

「ちょっと疲れたかな。風魔法も魔力結晶使って起こすんだったよ」

「無茶するな!自分の力を過信したら、待っているのは死だぞ?」

 蔵人が諭すと、サムも応えた。

「ごめんよ、蔵人――――」

 しかし、蔵人は友の言葉を遮った。

「もう喋るな。馬から落ちないようにだけ気をつけていろ」

 蔵人は目を転じ、遜とエイシャに尋ねた。

「サムがこの調子だと、長い道を駆けるのは危ない。この先にあるという川辺で、今日は休もう」

「賛成だ」

「それが良いですわね」

 意識共有の成った一行は、半日ほど馬を駆け、幅数十歩の川に辿り着いた。



 川から二〇歩程度の木陰で、一行は野宿の用意をしていた。疲労から眠りに就いていたサムは、夕刻前には意識を取り戻した。

「――――ああ、寝ちゃっていたのか、僕」

 日が傾き、徐々に地平の彼方へと下がってきた頃合いだった。

「サム!」

 上体を起こしたサムを、蔵人は強く抱きしめた。

「馬鹿野郎!心配させんな!」

 蔵人の力が強くて、あちこち痛い抱擁だったが、

「ごめん、ごめんよ、蔵人」

と、サムは謝罪の言葉を口にした。

 蔵人は抱擁を解き、サムの両肩を掴んで、真っ直ぐ友の目を見て言った。

「魔力の種が勿体ないなら、作る時間はいくらでも稼いでやる。今後は大魔法は、魔力結晶を消費して使えよ?」

 サムは笑顔で応えた。

「わかった、約束する。男同士の約束だ。二言はない」

 蔵人も口角を上げて言った。

「よし、約束だ」

 その様子を見ていたエイシャが、ふとした疑問を口にした。

「男と男の約束、というのは、女性の私でも聞いた事のある表現ですけど、男と女とか、女と女同士の場合はどうなるんでしょうね?」

 蔵人もサムも首を傾げ、

「さあ……?」

「どうなんだろうね?」

 焚き火に息を吹きかけ、炎が安定したのを確認し、遜が答えた。

「女同士は、エイシャが詳しいだろ。修道院ではどうだった?」

 エイシャは己の半生を顧みて、

「正直、約束を死んでも守る、という事はありませんでしたわ。むしろ約束破りの場合が多かった気も致します……」

 遜は納得したように頷き、言葉を発した。

「やはり、女相手の約束は破るに限るな」

 その一言を聞いたエイシャは憤慨した。

「どういう事ですの?女性蔑視の発言ではなくて?」

 遜は悪びれずに言葉を重ねた。

「おれの発案した言葉じゃないぞ。奈粗っていう昔の物書きが書いた事だ」

「な、そ?蔵人とサムは、何か知りませんの?」

 二人は揃って、首を横に振った。遜は続ける。

「まあ、簡単に言えば、女をどう口説くか、女はどうすれば男に近づけるか、そういう事を本に書いた人物でな。

 それで、その本の中に、女との約束は破って、焦らすとよい。女相手に約束を守るのは恥だ、そんな事を書いた一節があったんだよ」

 エイシャは座ったまま、脱力して肩を落とした。

「スン、そういう事に関しては、読書も厭わないのですね……でも、修道院内で誰に抱かれたかを巡って諍いがしょっちゅうでしたから、完全に否定できないのがなんとも……」

 異性間もそうだが、男同士、女同士でも、関係の形は変わるらしい。

「ま、恋愛事情で悩んだら、おれを頼るべきだな。その奈粗の本はじっくり読み込んだから所々、今でも暗記しているぞ」

 自信満々の遜だったが、他の面々は顔を見合わせ、苦笑するしかなかった。



 その後の旅は順調に進んだ。死者や魔物の追跡も振り切り、王都ツテオへと八日で辿り着いた。

 一行は馬上のまま、王都への入城の列に並んでいた。

「慈善事業のつもりで、移動中に死者を片づけていたけど、それも止めるべきだな」

 蔵人の言葉に、エイシャが真っ先に同意した。

「確かに……いくら神聖魔法の加護があっても、敵を倒したら大まかな位置がばれてしまいますわ。魔除けの加護をかけている意味がなくなってしまいます」

 サムははたと膝を打った。

「そうか、死者や魔物は大陸地下に張られた力線からの魔力で活動している。それらが討たれたら、当然魔王にも伝わる。本当なら、力線の存在に気づいてすぐ、この事に思い至るべきだったのに……」

 歯ぎしりするサムに、蔵人が言った。

「なに、俺たちは、四名一体のパーティーだ。仲間全員が、全員に対して責任を負っている。気にするな。これからの事だけを考えるんだ」

 代えがたい友の言葉に、

「うん、わかったよ」

 サムは力強く同意した。

 旅人の検問の番が回ってくると、蔵人一行は下馬した。そして蔵人は、ボスラ総督ルテフェの書状と通行手形を見せた。

 鎧と兜を身に着けた兵士は、

「ルテフェ総督の書状?」

と、あからさまに見下して羊皮紙を検分した。ボスラの総督というのは、都の一兵卒にも舐められるらしい。

 しかし、総督の書状であるのは間違いない。気の進まぬ様子ながら、兵は蔵人一行を通した。

 王都ツテオは、首都に恥じぬ豪華絢爛な都市であった。寺院や議会場といった公的な建物は無論のこと、私的な大邸宅、寄進で建てられた図書館なども存在した。

 蔵人一行は人に聞きながら、馬を繋げる宿を探した。そして街中の路地を、馬を引きながら歩き、宿屋前で止まった。

「ここがこの街での宿か」

 サムがそう言うと、エイシャは馬と荷物に加護を授けた。泥棒対策である。

「神聖魔法を扱う身としては、この街の空気は嫌なものですわ。ルテフェ閣下への仕打ちといい、政情不安で治安も悪そうですもの」

 蔵人はため息をついて言った。

「政に不義なる者が関わると碌な事にならない。それは政治形態を問わないだろう。道理を弁えぬ者が政を司るようでは、国が危うくなる。

 俺たちの相手は死者や魔物であって、人間ではない。なるべく、この国の問題には関わらないように心がけたいものだ」

「同感だぜ。政治闘争なんてなると、足の引っ張り合いで本来気遣うべき民衆の事は二の次になるからな」

 遜の同意に、エイシャは驚いた。

「まるで経験したような言葉ですけど、スンって、幼少期に苦労なさったんですの?」

 遜は顔をしかめた。

「おれは戦災孤児だったの!それで、誰もが平等に出世できる唯一の組織、軍隊に入って手柄を立てて、司令官まで上り詰めたんだ!」

 遜の言葉に、

「苦労なさったんですね……それが今では、女性との夜遊びに明け暮れるおじさんに……」

 遜はさらに反論しようとしたが、

「はい、おしまい!仲間同士の喧嘩なんて、それこそ無駄でしかない!どっちも相手に謝れ!」

 蔵人が強い口調で止めた。一行の統率者だけあって、的確に、双方に不適当な発言があったのを見抜いている。

 遜とエイシャは正面から向き合い、頭を下げた。

「すまなかった」

「ごめんなさい」

 蔵人は仲裁役を果たしてから、皆に言った。

「よし、政争に巻き込まれる恐れはあるけど、王城へ行くぞ。ルテフェ総督の書状は、是非とも国王陛下に閲覧していただかなくては」



 しかし、政が荒れている時は何事も円滑に進まない事を、蔵人一行は身をもって体験した。

 王城の門前にて、蔵人は衛兵にルテフェの書状を見せ、王への謁見を求めた。しかし、鼻で笑われた。

「だめだ、だめ。陛下への謁見は、摂政殿下の許可した者しか許されぬ」

 蔵人は、即座に言い返した。

「ならば、摂政殿下への取次ぎをお願い申し上げる。この書状は、死者や魔物との戦いを経験した、ルテフェ総督閣下の物。一刻でも早く、ご覧いただく必要がある」

 それでも衛兵は高慢な態度を崩さず言った。

「やかましい。なんであれ、陳情者は日の出とともにこの城門前に並ぶ決まりだ。摂政殿下からの通達でな。明日出直せ」

 押し問答の後、蔵人一行は引き下がるしかなかった。

 直情的なエイシャは文句が尽きなかった。

「なんですの、あの態度は?いくら閑職だからといって、総督の報告さえ読まないのでは政を執る気がないとしか思えません」

 少し考えた後、歩きながらサムは言った

「ちょっと、本屋に寄っていいかな?」

 特に反対者も出ず、一行は本屋へ向かった。

 サムは既に本屋を探し終えていた。王城から城壁の城門まで、一直線に伸びる街道傍の本屋に、立派な門構えの大きな書店があった。

 サムを先頭に、蔵人一行はその扉を開いた。

「おいおい、もうすぐ閉店だよ」

 一行が入店したのと同時に、恰幅の良い店主の太い声が出迎えた。一行の右手のカウンター席に座って本を読んでいる。追い出したいような言葉だったが、サムは手短に、このオレニアの公用語で言った。

「それは失礼。王名表と年表をいただけますか?」

 店主は眉をしかめて、

「あんた方の右手にある本棚にある。全然売れなくてね。お代は結構だから、取ったら帰ってくれよ」

「承知致しました」

 サムは微笑とともに本棚から二冊を取り、

「行こう、皆。欲しい物は手に入った」

 一行を促した。四名は揃って店を出て、黄昏の赤い空の下を歩いた。

「サム、どうして王名表と年表を欲しがったんだ?」

 蔵人の問いが、エージア公用語で行われたため、遜が驚いた。

「そんなもん買おうとしてたのか。しかし、なんでそんな物欲しがったんだ?」

「私も気になりますわ」

 エイシャも尋ねた。サムは言った。

「この国の現状を知るためだよ。詳しくは、宿に戻って調べ終えたら話すね」

 サムの他三名は、顔を見合わせて考えたが、サムの思惑がわからない。とりあえずは、宿に戻る事が優先された。

 王城前の大街道に比べて、いくらか小振りな舗装済みの街道にある宿へと、蔵人一行は戻ってきた。


この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。


最後までお読みくださりありがとうございます。

お気に召しましたら、ブックマーク、Xのフォロー、他サイトの記事閲覧、Kindle書籍の購入等々していただけると一層の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ