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剣の勇者  作者: 坂木陽介
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第五七章 ラジャムでの旅路

 蔵人一行は惜しまれながら、ボスラの街を出た。サムの書状が効力を発揮すれば、ラジャム王国とガウロン帝国の交易が公に再開されるかもしれない。それは、サムにとって喜ばしい事だった。

 酒池肉林を堪能した遜とエイシャは、心なしかやつれていた。馬を引き、街中紙吹雪が舞う中を歩きながら、蔵人は二名に尋ねた。

「おいおい、いつもはいがみ合ってばかりなのに、今日は揃っておとなしいな?」

 遜とエイシャはそれぞれ、力ない声で答えた。

「いや……酒池肉林って、憧れてたけど……実際経験すると……精力全部、持ってかれる……」

「右に、同じ、ですわ……純潔は、死守しました……でも、あんなに沢山の同性と……交わるなんて、想定外でした……」

 げんなりしている二名に、サムの問いが飛んだ。

「この後、すぐ馬に乗れる?」

 またも揃って力ない返事があった。

「なんとか、な……今日は、死者や魔物とは、戦えそうも、ない……」

「乗馬は、平気ですわ……今のうちに、皆に、神聖魔法の、加護を授けて、おきますわ……」

 エイシャは歩きながら聖典を開き、ゆっくりした口調でぶつぶつ呪文を唱えた。イアグ神を讃える頌歌により、一行に加護が授けられた。

 しかし、その後は遜もエイシャも一言も喋らなかった。徒歩で一行の後を付いてきたルテフェは、城門で別れを惜しんだ。

「それでは旅の無事を祈る。渡した通行手形や書状は、最低でもこの国の中では通用するはずだ」

「はっ、ありがとうございます。ご恩は忘れませぬ。では、さらば」

 蔵人は総督ルテフェと短く挨拶し、馬に飛び乗った。他三名も馬上の人となり、一行は道を真っ直ぐ駆けていった。

 一行を見送った後、総督は側近に漏らした。

「やれやれ、久しぶりに楽しい日々だったのだが……また面倒な決済ばかりの名誉職か」

「閣下、あまりそのような事を仰られては、どこで御身に危険が及ぶかもわかりません」

「はっはっは、いつでも来いと言うものだ」

 側近と会話しながら城門を閉めさせると、群衆の中から駆けてくる者がいた。最初は陳情者かと思ったルテフェだが、右手に隠すように持つ銀の輝きを見逃さなかった。

 ルテフェは短剣を足蹴にし、男の背後に回って取り押さえた。

「閣下!」

 側近や警備兵が慌てて賊を取り押さえ、ルテフェは立ち上がった。

「閣下、こういう事もございます。どうかご発言にはお気を配り――――」

「ああ、もう、わかったわかった。ひとまず、宮殿地下の牢にでも放り込んでおけ」

 ルテフェには民の日常を守る責務がある。側近の言う事を気に留めつつ、ルテフェは周りを警備兵が固めながら、宮殿へと戻った。



 神聖魔法の加護で死者や魔王の監視をすり抜けて、一行はその日の野宿をした。いつもなら夜更かし気味の遜とエイシャが早々に寝入り、いつもなら早寝する蔵人とサムは、焚き火を囲んで話し合っていた。

 蔵人は寝入った二名を見ながら皮肉を口にした。

「全く、限界を超えたら遊びも遊びじゃなくなるっていう、いい証明だな」

 サムは苦笑して蔵人の言に突っ込んだ。

「蔵人も限界だったみたいだけど、自分は除外して考えてるの?」

「そう言わないでくれよ、サム」

 そこをつつかれると蔵人も苦しい。肩をすくめつつ、蔵人は本題に入った。

「サムの師匠、オグルニウス殿の言葉は気がかりだな」

 サムは頷いた。

「うん。魔力の力線で、全世界の死者を操る――――不可能ではないけど、周到な準備が必要だ。多分、一度張られた力線を破壊するよりも、全ての元となる魔王を倒す方が、四大魔法使いにも楽だったんだろうね。でも、魔王は死んでも、完全に滅びたわけじゃなかった。力線を破壊しないと、魔王の魂みたいな物は、残ったままになるんじゃないかな?」

 蔵人は、サムを傷つけないよう、言葉を選んで言った。

「でも、俺たちの中にサムしか魔法使いがいないんじゃ、破壊は困難だろう?いっそ、もっと魔法使いを仲間に引き入れるか?」

 サムは反対した。

「いや、正直、中途半端に仲間を増やしても、力線の場所を探知できる魔法使いはごく少数だ。言い方は悪くなるけど、足手まといになるだけだよ」

 サムの言葉に、蔵人はしばし思案した後、

「――――と、なると、やはり力線の集中する地点である、世界の臍に……」

 そう言いかけて、恐るべき事実に思い至った。

「そう、世界の臍に築かれた、魔王城に乗り込む必要がある」

 魔王城、敵の本拠地。そこに乗り込むのは、敵の術中に自ら飛び込むも同然である。しかし、他に選択肢は無さそうだった。

「まずは、各大陸を回って、大精霊に会う事を先にすべきかな。実際に戦った四大魔法使いの想念が大精霊なら、色々と助言はもらえるだろうね」

 サムがそう言うと、蔵人は尋ねた。

「この大陸は、オレニア大陸だっけ?となると、この大陸に根を張る大精霊は――――」

 その先は、サムが口にした。

「水の魔法使い、オレンの想念が大精霊となっているはずだ。エルフ同様、大精霊を守護する小精霊や部族がいるはずだ。そこへ向かわないとね」

 蔵人は、サムの口調に疑問を持った。

「サム、もしかして大精霊の居場所を知っているのか?」

 サムは答えた。

「師匠の日誌に書いてあったんだ。ラジャムの隣国、ナドリメア王国の外れに、誰も近寄らない小島があって、船員を惑わす精霊が出るとされているってね」

 それを知って蔵人は意気込んだ。

「よし、目的地がわかっているなら話は早い。俺たちも、早く寝て、明日以降の旅に備えよう」

「賛成」

 二人はサムが作った風魔法の寝床に横になり、早々に夢の世界へと落ちていった。



 翌朝、蔵人が起きて背伸びをしていると、死者の気配がした。慌てて寝床に戻って着剣すると、その音で皆が飛び起きた。

「どうした?死者か?」

 遜の問いかけに蔵人が頷くと、全員に緊張が走った。エイシャは鎖帷子を身に着け、遜は武具を全身に仕込み、そして、サムは外套をまとって頭も覆い、杖を持った。

 蔵人は遜とエイシャを見て言った。

「遜、エイシャ、あれだけ疲れてたのに、もう平気なのか?」

 エイシャは自慢げに答えた。

「イアグ神の治癒魔法なら、どんな疲れも一晩でとれますわ」

 遜は正直に言った。

「おれも、昨夜はエイシャに治癒魔法をかけてもらってな。いや、しかし見事なもんだな」

 エイシャは改宗について口にした。

「イアグ神の偉大さに心打たれたら、改宗の儀式を執り行いますわよ?私にはその資格も備わっていますから」

 遜は首を横に振った。

「いや、遠慮しておく。無宗教ってわけじゃないが、曙小大陸の万の神々を信じているんでな」

 エイシャはきょとんとして、蔵人に質問した。

「万の神々って、どういう事ですの?」

「そうだな……まあ沢山神様がいて、日常的に神様と触れ合っているという感じか。生活の一部になっているから、文化とも言えるし、宗教とも言える。そんな信仰体系なんだ」

 エイシャは初めて聞く異国の信仰体系に、興味津々だったが、

「興味は尽きませんが、死者を倒すのが先ですわね」

と言って、鎖帷子を着終え、兜を被った。

「サム、死者は何体いる?」

 蔵人が尋ねた時には、サムは探査を終えていた。

「森の中に九、街道から五来てるね。エイシャの結界で近づけないから、うろうろしてるよ」

 サムが言い終えると、エイシャが短くイアグ神を讃える文章を詠んだ。

「全員に守護魔法をかけました。これで打撃は勿論、矢の二、三本は受けても怪我をしないはずですわ」

 戦闘準備が整うと、蔵人が言った。

「森の中の敵は、三名に任せた。俺は街道の奴を叩く。こう狭いと、俺の両手剣じゃ戦えない」

 全員が無言で頷き、蔵人の指示を了承した。そして、

「じゃ、行くぞ?一、二の……三!」

 蔵人の合図で三名は駆け、サムは魔法を行使した。蔵人が森を出ると、確かに五体の死者がうろついていた。一体は弓兵である。

「あいつか!」

 蔵人は矢をつがえさせる間も与えず、他の死者の間をすり抜け、弓兵に向かい、その腕を切った。矢は地面に刺さり、次の瞬間には弓兵の首が落ちていた。

 あとは各個撃破の的でしかない。蔵人は一体ずつ、確実に首を落としていった。

 森の中では、サムの魔法が強く機能した。風魔法を集中させ、力の渦を作り、渦で死者の首を貫いていった。うねる濁流の如き、力の奔流だった。

 遜は手近な獲物の首を双剣で刎ね、近づいてきた別の一体には腕に仕込んだ小型弩弓の矢を撃ち、動きが止まったところへ双剣で首を刎ねた。

 エイシャは策を弄さず、死者に一直線に向かっていった。錆びた剣を持つ一体が剣を振るってきたが、エイシャの左拳で剣は粉々になった。続く右拳の一撃で、死者の頭部は弾け飛んだ。さらにもう一体、無防備だったために頭を破壊されて活動を停止した。

 蔵人が五、サムが五、遜が二、エイシャが二の戦果だった。



「か〜、やっぱり魔法で倒すのは反則だぜ。どう頑張っても戦果が上回るのが難し過ぎる」

 遜は悔しがりながら、出立の準備をしている。サムは苦笑するばかりで取り合わなかったが、エイシャが正面から正論を突き刺した。

「これは決闘でも遊戯でもありませんのよ?死者を掃討できたという結果が全てですわ」

 反論の余地がなく、遜はぶつぶつ文句を呟きながら、木に結んでいた馬の手綱を外した。死者の襲撃で多少興奮はしているが、暴走するほどではない。

 蔵人は遜に助け舟を出した。

「でも、一対一の戦闘では、遜がサムに勝っていたじゃないか。単なる相性差だよ」

 遜は感動した。

「そうか……そうかそうか!そう言ってくれるか!さすがは我らが統率者、勇者蔵人だ。言う事が違う。

 サムやエイシャも、こうして年配者を立ててほしいぜ」

 エイシャはにべもなく切り捨てた。

「わかりましたわ、オッサン」

 一線を越えた言葉だったらしく、遜はエイシャに食ってかかった。

「お前なあ、その言い方はないだろ!」

「あら、不十分な言い方でしたかしら、おじいちゃん?」

 しかし、いがみ合いは唐突に終わった。

「凍結!」

 サムの声が響いたかと思うと、至近距離で言い合いしていた遜とエイシャは巨大な氷の中に閉じ込められた。

「砕けろ!」

 サムの一声で、氷は粉々に砕け散った。一瞬とはいえ、全身を氷で覆われた二名は身震いした。

 サムは静かに、怒気を孕ませた言葉を口にした。

「遜、エイシャ?喧嘩はそのあたりにしようか?蔵人も困っているし、馬もまた興奮気味になってきちゃったし。

 喧嘩が始まってから、僕と蔵人しか出立の準備を進めなくなっていたからね。

 わかった?」

 二名は震えながら、

「わ、わかった」

「し、失礼しましたわ」

 それぞれ答えた後、荷をまとめる作業に戻った。

 蔵人はサムに小声で尋ねた。

「さっきの魔法、随分豪快だったけど、魔力の種を使ったのか?」

 蔵人の問いかけに、サムは笑顔で応じた。

「一瞬だけ氷の塊を作るなら、魔力の種は要らないよ。ただ、氷は普通の氷同様、時間が経つと融けるから、状態を保とうとすると結構な魔力を使うけどね」

 蔵人は目を丸くして、大きなまばたきをした。

「サムの魔法の力、旅を始めた頃より明らかに上がっているよな?」

 サムは可笑しそうに、蔵人を見た。

「な、なんだよ?俺、何か変な事言ったか?」

 サムは言った。

「それを言うなら、蔵人だって、剣士としての技量は上がっているよ。自覚していないのかもしれないけど」

 蔵人は己の手を見下ろし、眉をしかめた。

「自覚してなかったな。ガルデニウスと闘った時よりは強くなっていると思っていたけど」

 サムは総括するように言った。

「皆、旅を始める前より、格段に強くなっている。旅をして一年になる僕らも、まだ数ヶ月のエイシャも、皆旅をしながら実戦を重ねて、強くなっているよ。蔵人も例外じゃないさ」

「――――そうか、わかった。ありがとう、サム」

 蔵人は微笑を浮かべたまま、荷造りを完了させた。



 蔵人一行は、神聖魔法で魔王の「目」を逃れつつ、ラジャム王国の都であるツテオを目指した。その後隣国ナドリメアに行き、水の大精霊と会わねばならない。その一心で、馬を駆けさせた。

 エイシャが昼夜問わず神聖魔法をかけ続けたおかげで、起床したら死者に囲まれているような事態はなくなった。

 昼間、馬を休め、昼食を摂っている時に蔵人は言った。

「エイシャの神聖魔法、さすがの効き目だな。昼夜問わずかけてもらうと、死者との遭遇が格段に減る。でも、使い続けて疲れたりしないのか?」

 喋り終えると、蔵人は保存食の肉の切れ端を噛み切ろうとして、果たせなかった。仕方なく切れ端一片を丸ごと口に含み、頬張りながら噛み砕いて飲み込んだ。

 エイシャは笑いを堪えながら答えた。

「そ、その……神聖魔法は……くくっ……神への信仰心があれば、いくら使っても……ふふっ、全く、疲れませんわね」

「ど、どうしたんだよ、エイシャ?俺が何か変か?」

 蔵人が再度問うと、エイシャは大笑いしながら応えた。

「いや、だって、肉が噛み切れないとわかったら、蔵人、肉丸々頬張っているんですもの!頬袋に食べ物を詰め込んだ、リスのようで、可愛くって――――」

 その先は言葉にならず、エイシャは地べたで笑い転げた。蔵人は赤面して何も言えなかった。サムと遜は蔵人とエイシャを交互に見て、それぞれ感想を述べた。

「僕も見てみたかったなぁ、リスみたいな蔵人。まあ、蔵人は昔から、眉目秀麗の美男子とされてきたから、何をやっても不細工にはならないんだけど、可愛さも備えていたか」

「おれも惜しいものを見逃したぜ。この先パーティー内共通の笑い話として、ずっと話題になったものを……」

 二名の感想に蔵人は奇声を上げて抗議した。

「わぁーー!もうこの話は止め!パーティーの和を乱す!」

 サムと遜は残念そうに、ぶつぶつと文句を呟いた。

「いやぁ、共通の話題にできていたら、パーティーを結束させる働きがあったと思うけど……」

「同感だぜ。パーティー内共通の話題って、そうそうないからなぁ……」

 蔵人は殺気を放って、二名を睨んだ。

「この話はおしまい。二度と口にしないように」

 地面に座した蔵人の傍には、得物の両手剣が置かれている。この距離で蔵人が剣を抜けば、サムも遜も命はない。

「そ、そうだね。言っちゃいけない事って、世の中にはあるよね」

「あ、ああ、そうだな。さっさと食うもん食って、先を急ごう。王都までは、馬で一〇日近くかかるらしいからな。しかも、その先の大精霊の住処まで行くんだろ?善は急げだ」

 蔵人はサムと遜を殺気で黙らせたが、当のエイシャにはどう反論すべきかわからず、ため息をついた。

 正午の、日の一番高い頃合いの幕間劇だった。

この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。


最後までお読みくださりありがとうございます。

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