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剣の勇者  作者: 坂木陽介
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第五六章 師の日誌

 与えられた個室に戻った蔵人とサムは、それぞれ別の事をして過ごしていた。蔵人は上半身裸になり、汗をしたたらせながら剣を構えて目を閉じ、集中力をみなぎらせていた。サムは師匠と過ごした家から持ってきた書物に目を通していた。

「ん?蔵人、ちょっと来て、蔵人」

 サムの呼びかけに、蔵人は、

「どうした、サム?」

 すぐに応えて近づいてきた。

 机に向かうサムの横に蔵人が立つと、サムは言った。

「僕の師匠の日誌なんだけど、魔王について考察された箇所に、魔力を帯びた染みがあるんだ」

 蔵人とサムは顔を見合わせ、

「まさか、魔王が?」

「いや、師匠の日誌だから、師匠が残した物だとは思うんだけど……」

 そう話し合った。その後、蔵人は力強く言った。

「一人じゃ不安なら、二人で見よう。俺がサムの肩に手を置いておく。これなら、魔王の時みたく、二人一緒に幻影を見られる」

「ありがとう、蔵人」

 サムは礼を述べた後、染みに指を伸ばして確認のために告げた。

「いくよ?」

「ああ。いつでもいいぜ」

 サムは勇気を出して、染みに触れた。すると、二人の周りの光景が一変した。ベッドや壁が溶けるように変容していき、最終的に、サムが師匠と過ごした家の地下の、書庫になった。狭い書庫の中には、サムの師匠、オグルニウスが立っていた。

「師匠!」

 サムは大声を出して立ち上がった。その瞬間、座っていた椅子も消えた。サムの肩に手を置いていた蔵人はゆっくり手を離したが、幻影から弾き出されるような事はなかった。生き物なら一度侵入すれば消えないらしい。

「もしこの日誌を見る者がいるとしたら、サムが一番可能性が高いだろう。サムに向かって話すものとする」

 語り始めた人物は、白髪が多少目立つが、茶髪に栗色の瞳をしていた。ガルデニウスに似ているという印象は、蔵人には拭えない。

「師匠!僕です!サムです!おわかりになりませんか?」

 師匠に訴えかけるサムを、蔵人は冷静に諭した。

「サム!これは記録であり、幻影だ。俺たちが呼びかけても無駄だ!」

「蔵人……」

 一瞬振り返り、無念そうな顔を蔵人に見せた後、サムは師匠が残した幻影に向き直った。

「これはサムにも話していない、魔王についてわたしが調べられる限り調べた記録だ。もし存命のうちに死者の乱が起こった時のために、調査が不十分ながら、ここにこれを残す」

 サムは生唾を飲み込み、緊張した。魔王については散々教えられ、全てを知っていると思っていたからだ。

 二人は緊張を帯び、サムの師匠の話に聞き入った。



 わたしはまず、魔王が操るという第五の魔法、死の魔法について調べた。確かに死体を操る事はできる。しかし一般の魔法使いが行おうとすると、人形を操るように、手足一本一本に力を込めて操る他ない。わたしがやっても二、三体が限界だった。

 しかし、記録が真実だとするなら、魔王は数万、数十万という者の死を操った。しかも、死者の想念に実体を与える真似までしたらしい。

 わたしは別の角度から研究する必要性を感じた。魔王が四大大陸全体の死者を操ったのなら、あらかじめ仕掛けを用意していたのではないかと考えたのだ。

 そして、この推測は当たった。世界の中心点、世界の臍とされる地点と思しき場所から、この大陸に力線が伸びていたのだ。それも海底、海面から何海里も下の地面の中を通っていた。そして、その力線は枝分かれし、この大陸の地中隅々に伸びていたのだ。

 わたしは力線を破壊しようと思った。しかし、力線の先端こそ破壊できても、大元の地中を通る力線は、強大過ぎる魔力で作られた物のため、とても手出しができなかった。

 だが、この力線が死者の想念を現世に留めておく事はわかった。恐らく死者の乱が起これば、墓という墓から死者が肉体を得て蘇り、また死体の残っていない死者も実体を経て、世間が騒乱・混乱するのは目に見えている。

 その災難は、恐らく人類が経験した事のないものとなるだろう。

 人類――――と、わたしはこの言葉を使う。もしかすると、死者の乱という災厄がもたらす唯一の利点は、ラジャム人やガウロン人といった国毎の人種の分け方、また自由人や奴隷といった身分の格差を解消し、人々が初めてまとまり、人類として歩み出すきっかけになるかもしれないという事だ。

 しかし、そんな簡単に人は団結すまい。

 閑話休題、話が逸れたな。

 魔王の力線だが、わたしはエージアとオレニアの二つの大陸に伸びている事を突き止めた。恐らく、残る二大陸も同じだろう。

 これほど巨大な構造物を作り上げる事自体が、魔王の力の強大さを表している。

 ただ、破壊する事が叶わぬのなら、いっそ逆転の発想で、利用する事も可能だろう。力線には、魔力ならどんなものでも通る。死の魔力を流す代わりに、その力線を乗っ取り、生者の力を流し込んでやれば良いのではないかと考えている。

 しかし、それを実行するには魔王の根城たる世界の臍に赴かねばならん。

 そして、強大な魔力を流し込む必要がある。それが叶うのは、現代の魔法使いではサムくらいのものだろう。

 わたしが言い残す事はそれだけだ。これで、記録は打ち切るとする。



 幻影は消え、魔力の染みも失せた。蔵人とサムは元の部屋へと戻っていた。

 二人は立ち尽くし、しばし絶句していた。余りに多くの事が語られ、膨大な情報量に言葉がなかった。

 やがて、サムはため息をつき、疲労感と共に椅子に崩れ落ちた。

「サム!平気か?」

 サムは緊張が解けて、息切れしつつも答えた。

「大丈夫、色々と驚く話ばかりだけど、落ち着いてきたよ」

 二人は、サムの師匠の話を頭で整理する時間がかかり、しばし黙していた。

 しかし、やがてサムは言った。

「驚く事ばかりだったけど、これで魔王が死者を操るカラクリが読めたね」

「えっと……あの力線とかいう物の事か?」

 同意を求めた蔵人にサムは頷いた。

「力線は、僕ら魔法使いにとって究極的な魔法構築物だ。前に、魔法使いは空間内を走る火花を見るって話したよね?」

「ああ。それと、力線があるのか?」

「うん、僕ら魔法使いが、その火花を固定化させ、いつでも魔力を通せば強力な魔法を放てるように作り上げたのが、力線だ。魔力の種、魔力結晶の上位互換の存在だね。作るのは魔力結晶より遥かに大変だけど、一度構築してしまえば、力線の通る全範囲で、魔法を起動できる」

「ああ、サムが前に言ってた、魔法を一時的に強化する魔力の種を、ずっと大規模にした物が、力線ってわけか。魔王は、わざわざそんな遠大な物を全大陸に構築して、死者を操っているわけか」

「うん、そういう事になるね」

 サムは、意を決して、杖を持って立ち上がった。

「サム?」

 蔵人が問うと、サムは真剣な顔つきだった。

「師匠が言ってた、魔力の力線が本当にあるのか、確かめてみようと思ってね。僕は完全に無意識・無防備の状態になるから、守護はよろしくね」

 サムの笑顔に、蔵人も笑顔で返事をした。

「了解。任せとけ」

 サムは直立し、杖を真っ直ぐ床に突き立てて、呪文を唱える事はせず、意識を集中させた。魔力の動きこそわからぬものの、蔵人にもサムを中心に、巨大な力が渦巻いている感覚はあった。

 何秒経っただろうか。かなりの時間、意識を集中していたサムは、蔵人の不意を突いて呟いた。

「見つけた」

 椅子に座っていた蔵人は思わず立ち上がった。

「本当か、サム?」

「うん……でも、こんな地中深く……ひいては、海底深くを、通る力線……壊すには、準備が、かなりの時間……必要だ」

 サムはふっと腰砕けになり、倒れそうになった。蔵人は急いで駆け寄り、友の肩を抱き留めた。

「疲れたろ?ベッドまで運ぶから、少し休むべきだ」

 蔵人は軽々と、小柄なサムの体を抱き上げた。

 息切れし、額には汗をにじませるサムは、途切れがちに礼を述べた。

「ありがとう。杖は、ベッドにでも立てかけといて」

「わかった」

 蔵人は、一旦サムをベッドまで運び、横にさせた。しかし、杖を持って戻ってきた時には、友は寝入っていた。

 蔵人は静かに杖を置き、再び剣の稽古へと没頭していった。



 一夜明け、蔵人とサムはほとんど同時に起床した。宮殿の上質な寝台で、心地良い睡眠を満喫して、疲労もすっかり抜けていた。

「よ、おはよう、サム」

「おはよう、蔵人」

 二人は寝台で上体だけ起こし、挨拶を交わした。遜もエイシャも、戻ってこれていないようである。

「遜もエイシャも、肉欲は満足できたのかな?」

 意地悪く笑う蔵人に、サムが、

「ちょっと、魔法で探索してみるね」

 そう言って杖すら持たず、目を閉じた。そして風魔法を操り、城下町を探った。遜もエイシャも、全裸で寝台どころか、地べたに横たわり、酒池肉林の極みを味わった後らしい。周囲には裸の美女たちも寝入っていた。

 サムはその模様を大笑いしながら蔵人に伝えた。

「ひっどい有り様だね。美女ともども、酒や体液に塗れて地面で寝てるよ」

「ははっ、こりゃ勇者一行の恥さらしかな?」

 二人して笑い、遜とエイシャは放っておく事にした。二人とも、昨夜汗をかいたまま寝たせいか、べっとりした感覚がある。

「サム、宮殿内の沐浴場で、汗を流さないか?」

 サムは同意した。

「そうだね。そういえば、昨日は寝かしつけてくれてありがとう。朝起きたら掛け布団までかかってて驚いたよ」

「いや、一旦は寝る直前までいってたんだが、不意に、サムに何も掛けてない事に気づいてさ。飛び起きて寝る態勢を整えたんだ。おかげでよく寝られたようで、安心した」

 微笑み合い、二人は部屋を出た。途中すれ違ったメイドに沐浴場の場所を聞き、二人は宮殿内を迷う事なく進んだ。

「蔵人、よく道を間違えずに歩いていけるよね。僕だけなら、宮殿内で迷子になるよ」

 蔵人はそう言われたが、逆に疑問が浮かんで問い返した。

「でも、サムって例の小屋から、曙王国まで旅して来たんだろ?方向音痴だったら、先に進めないんじゃないか?」

 サムは頬を掻きながら、蔵人から視線を逸らして言った。

「いやぁ、最悪迷った時は、飛行魔法で空高く飛び上がって、遠くの街を見つけていたり、川に沿って進めばいつか街に着くだろうと思って進んだり、結構いい加減で……」

 蔵人は開いた口が塞がらなかった。

「よく大陸を踏破して、曙王国まで来られたな……」

「えへへ……あっ、この事は秘密にしておいてよ?」

 サムの願い事に、蔵人は頷いた。

「わかったよ。そんな事言ったら、俺なんかバラされたらひどすぎる秘密握られているしな」

「ありがとう」

 二人は宮殿内を三分間ほど歩いて、目的の場所に着いた。すると、入れ違いで中から出てきた人物が一人。

「閣下……いえ、ルテフェ殿?」

「ルテフェ殿も、沐浴を?」

 二人揃って尋ねると、ルテフェは笑った。

「おはよう。いや、宮殿内に、先代の総督が造らせた物なのだが、かなりの贅沢とはわかりつつも、やめられないのだ。食事や身なりは質素で構わんが、沐浴の後のさっぱりした感覚が癖になってな」

 そう言うルテフェの身なりは、生成色の服だった。絹の服でも、きらびやかな装飾付きの服でもない。

 ルテフェが提案した。

「もし熱い湯が好みなら、奴隷に火を焚かせるが、いかがかな?」

「いえ、常温の水で問題ありません。ありがたく、沐浴の水を頂戴致します」

 蔵人の言葉に、ルテフェは、そうか、とだけ頷くと去っていった。

 サムは、蔵人の心中を察していた、蔵人の横に回ると、蔵人が唇を噛んでいるのがわかった。

「奴隷、って言葉が嫌だったんだね?」

 蔵人は頷いた。

 気まずい沈黙が流れたが、蔵人は嘆息を漏らして言った。

「まあ、ここで怒っても仕方ない。サム、さっさと入ろう」

「うん!」

 二人は笑顔で沐浴場の扉を開けた。



 沐浴場は大きくはなかったが、洒脱な造りだった。七、八人は入れそうな浴槽と、高所から流れ落ちる水流が三つ、浴槽に注がれていた。部屋の隅には植物まで置かれ、まるで森林の中で沐浴しているような気分が味わえる。

 蔵人もサムも、水流を頭から被り、頭から爪先まで、汚れを洗い流した。

 蔵人は全てを水流に、心まで洗われているようで恍惚としていた。昨日の、肉欲塗れの半日、サムと見た幻影、そして力線の話――――考えねばならない事は多いが、雑念が払われるような流水に、身も心も委ねた。

 しばらくして、流水から離れると、サムが浴槽の縁に腰掛けていた。

「さっぱりできた?」

 笑顔で問いかけるサムに、蔵人は応えた。

「ああ、邪念や、今心配しても仕方ない事まで、綺麗に流れ落ちてくれたよ。心まで、染み渡った」

「それは何より」

 蔵人は友のすぐ隣に座り、サムに倣って浴槽に足を浸けた。膝下まで、水に覆われた。

 蔵人は垂れる前髪を全て後ろへ流し、鬱陶しさを軽減した。それを見たサムが言った。

「蔵人、オールバックでもいけるんじゃない?」

「オールバック?」

 サムが説明した。

「前髪を全て後ろへ流した髪型だよ。蔵人は容姿に恵まれているから、どんな髪型でも似合うとは思うけど」

 蔵人は照れて反論した。

「よせよせ!顔を褒めてくれるのは嬉しいけど、それを言うならサムだって、色々な髪型にできると思うぞ」

 サムは目を丸くし、自分の髪を指でいじりながら応えた。

「そうかな……考えた事もなかったよ」

 サムやエイシャは魔法で髪を短く固定しているが、常に魔法をかけ続けねばならない上、他者の髪は切る事こそできても、固定化は難しい。そんな理由から、蔵人と遜は短剣で自分の髪を不揃いに切り落としていた。そんな髪型でも格好良く見えるのが、蔵人が容姿端麗な理由である。

「まあ、俺は今の髪型のままで良いと思っているから、変に伸ばすような事は考えてないけど」

 蔵人は左隣のサムの大腿に、頭を載せた。

「なに?こんな所でも膝枕?」

 サムの疑問の声に、蔵人は半ば拗ねたように聞き返した。

「だって、これが一番落ち着くからさ。駄目か?」

 サムは蔵人の黒い濡れ髪を撫でながら、優しく言った。

「まさか!蔵人の頼みなら、なんでも聞くよ」

 耳の奥まで清々しく響くサムの声に、蔵人は安心して、頭を預けた。

 まだ早朝なせいか、城内もそこまで慌ただしくはない。静かな空間で、二人は寛いで過ごした。

「静かだね」

 サムが言うと、

「ああ、魔王による死者の乱なんか、嘘みたいだ」

 蔵人が応えた。しかし、蔵人は言葉を続けた。

「でも、俺たちの冒険は道半ば。まだまだ旅は続けていかないとな」

 サムは応えた。

「うん。まずは四大大陸それぞれの僻地にいるはずの、四大精霊に会わないとね。魔王と戦ったはずだから、何らかの助言は得られると思うんだ」

 蔵人は起き上がり、そして高らかに宣言した。

「じゃあ、この大陸の大精霊に会わないとな」

「うん!」

 サムも立ち上がり、二人は互いの掌を軽く叩いた。


この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。


最後までお読みくださりありがとうございます。

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