第五四章 討伐、そして……
様々な困難に見舞われつつも、蔵人たちはマンティコアが待つという大部屋の扉に手をかけた。
「それじゃ、行くぞ?」
蔵人の言葉に全員が頷いた。蔵人は力いっぱい扉を押し開け、部屋へと入った。
驚いた事に、室内は明るかった。サムの光魔法のような光源が、壁のあちこちに灯されていたからだ。
部屋は大きな円筒状の造りである。直径は、五〇歩余りもあろうか。巨大な部屋であった。
そして部屋の中央には、成人男性を何人も並べたほどの大きさを誇る、迷宮の主が佇んでいた。しかし、蔵人たちのわずかな殺気・害意を野生の勘で感知したのか、四足で立って唸り声を上げた。
一行全員室内に入り、戦闘態勢を整えると、魔物は咆哮した。サムは言った。
「かなりの魔力を注ぎ込まれたマンティコアだ。獅子の体に毒蛇の尻尾、大きな翼を持っている。唸り声まで魔力を帯びているから、並の人間なら萎縮する、けど――――」
サムが仲間三名を見渡すと、皆はそれぞれ応えた。
「俺らがこれくらいで怖がると思うか?」
「蔵人の言う通りだ。死者や魔法使いとの戦いで、人外を相手にするのは慣れたぜ」
「我がイアグ神への信仰の前には、魔物など塵芥も同然です」
力強い応答が、サムにはありがたかった。
そして、蔵人が抜剣して宣言した。
「いざ、我ら四名の総力をもって、人を襲う魔物を討伐せん!」
その言葉に応じ、サムは杖を、遜は双剣を、エイシャは格闘の構えを取った。
しかし、そのまま敵に向かう前に、蔵人はエイシャに頼んだ。
「エイシャ、俺と遜に神聖魔法の加護を授けてほしい。魔物がどんな攻撃をしてくるかわからないから、即死の可能性は少しでも低くしておきたい」
「わかりましたわ、蔵人。ならば、略式ではなく正式に加護を」
エイシャは懐から、小さな聖典を取り出した。茶色い表紙の聖典はエイシャの胸の前で浮遊し、輝き、エイシャが触れもしないのに頁が次々に繰られた。
エイシャは宣言した。
「いと高きにまします万物の創造者、大地を司るイアグ神よ。我が仲間たる冒険者たちに祝福を賜り、邪なる手から受ける仕打ちを退け給え」
エイシャがそう宣うと、三名に神聖魔法の加護が授けられた。
「あの、僕は神聖魔法をかけてほしいとは言ってないけど?」
サムの疑問の声に聖典を閉じたエイシャは言った。
「万が一、という事もありますわ。念の為でしてよ」
聖典を仕舞ったエイシャに、蔵人は尋ねた。
「自分には、神聖魔法の加護をかけなくていいのか?」
エイシャは自信満々に答えた。
「我ら武僧にとっては、強い信仰こそが、既に身を守る加護となっています。たとえ寝ていても、イアグ神の加護に守られていますわ」
蔵人は納得し、号令した。
「じゃ、皆行くぞ!サムは後方から攻撃魔法を!遜は魔物の死角からの不意打ちを!エイシャは正面から魔物に向かってくれ。俺は隙を見つけて、翼や尻尾を切り落とす!」
「おお!」
四名は各々の役割を肝に銘じ、魔物――マンティコア――に向かった。
マンティコアに三名が肉薄すると、獅子の口からは炎が吐かれた。左右に分かれた蔵人と遜はかわしたが、エイシャは正面から炎を浴びた。
しかし、皆エイシャの心配はしなかった。サムに至っては炎を凍らせ、マンティコアが火を吐き続けると口が凍結するよう仕向けた。
マンティコアはサムの魔法を危険視して、炎を引っ込めた。火が消えると、火炎放射の中心にいたエイシャは無傷でマンティコアへと向かった。
一方、マンティコアから見て左に走り込んだ遜は、マンティコアの目に針を放った。丁度遜が針を放つのと、エイシャが真正面から鉄拳を放つのが同時だったため、マンティコアは混乱した。混乱した結果、どちらも食らう羽目になった。針で左目の視力を失い、顔に食らった拳で歯を一つ失った。
痛みから、マンティコアは巨体を振り回し、爪を振るった。無闇な暴力に、遜とエイシャは一歩退かざるを得なかった。
しかし、その隙を見逃さなかったのが蔵人である。片翼を切り落とし、マンティコアの背に飛び乗った。
マンティコアは不届き者を落とすべく巨体を揺らしたが、蔵人は体毛を掴んで離さない。
吠えて大口を開けたマンティコアの隙を、サムが突いた。部屋に落ちる無数の破片を、得意の風魔法でマンティコアの口内に何十と叩きつけたのだ。神経の中枢がやられたか、マンティコアは弱々しく小刻みに震えた。
蔵人は巨体の上を走り、マンティコアの頭に、神聖魔法の加護を受けた剣を突き刺した。マンティコアは動く事もままならぬまま、絶命して床に伏した。
「やった!」
サムが歓喜の声を上げて、マンティコアに走り寄った。が、最後の足掻きとばかりに、マンティコアはサムに炎を吐いた。
「サム!」
皆がサムの心配をしたが、幸い、神聖魔法の加護でサムは傷一つ負わなかった。
友を殺されそうになった怒りから、蔵人はマンティコアの首に剣を突き刺し、少しずつ斬り込みを入れ、胴と切り離した。今度こそ、マンティコアは完全に絶命した。
「これで大丈夫だろ。首と胴体が切り離されて平気な奴なんざ聞いた事ねえ。なあ、蔵人?」
遜は蔵人に呼びかけたが、当の蔵人はサムに駆け寄っていた。
「サム!どこも怪我はないか?」
驚愕の不意打ちで腰を抜かしているサムだったが、蔵人に両肩を掴まれ、我に返ると、
「う、うん。大丈夫だよ。エイシャの神聖魔法のおかげだ」
泣きそうな顔で、蔵人はしゃがみ込んでサムを抱きしめた。
「良かった……本当に、本当に良かった」
蔵人の嗚咽が、静寂に包まれた室内に響いた。
しかし、感動の抱擁は、邪悪な風で妨げられた。
「何だ?」
サムから離れて立ち上がり、蔵人は警戒した。サムも立ち上がり、皆が再度臨戦態勢を取った。
黒い風、としか表現できない猛烈な風が、颶風の如く室内に吹き荒れた。魔力を帯びた風だったが、魔力を感知できない蔵人や遜にも、風が黒く見えた。
やがて、部屋の奥に風は集中し、人の形にまとまり、一人の人間のような姿を取った。
人影は全身を形作ると、拍手をしながら一行に近づいてきた。
「いやいや、見事よのう。あのマンティコアをあっという間に倒すとは。流石は勇者一行といったところか」
ゆっくり歩いてきた人影は、蔵人とサムには見覚えのある人物であった。細身で長身の女怪、胸や背の悩ましい曲線美に、胸元の大きく開いたドレスに身を包んだその姿は、
「魔王ノルアス?」
蔵人は驚愕の声を上げ、再度抜剣した。サムも杖を構えた。
「魔王!何をしにきた?」
サムは魔王を質した。蔵人とサムの言葉に、遜とエイシャも神経を張り詰めた。
「こいつが、魔王だって?」
「魔王……てっきり、男性かと思ってましたが……」
エイシャの言葉に、魔王は高笑いした。
「ほっほっほ、それは男女差別ではないか?そなたも女の身で、戦いに身を投じておるではないか」
遜は遜で、双剣を構え、隙を作らず警戒した。
「なるほど……確かに美人な姉ちゃんだが、頼まれても寝るのは御免だな。およそ人間の、いや、生物の気配をしていない」
魔王は横目で遜を見た。
「これは冷たいのう。見れば中々精悍な男ではないか。そんな御身が妾を拒まれては、悲しくもなろうというもの」
遜は微かに震えていた。眼前の存在が、人ならざる恐怖の対象としか思えなかった。
「魔王よ!」
片手で剣を持ち、切っ先を魔王に真っ直ぐ向け、蔵人は声を張り上げた。
「いかなる用があって、我らの前に現れた?我らは貴様の手先、死者の掃滅のために旅する者なり!ここで戦おうというのであれば、我ら一同容赦はせぬぞ!」
魔王は蔵人を直視した。そして、傍に立つサムも見た後、目を見開いて驚いた。
「そなたら二人は、いつぞやの勇者と魔法使いではないか!またこうして出会えるとはな。千年待った甲斐があったというもの。
妾を真に滅ぼす者がいるとするなら、そなたたちを置いて他にないと思ってきたぞ」
魔王は妖艶な細い指先から、魔法による衝撃波を放ってきた。蔵人は両手で剣を持ち、凄まじい空間の圧力に対抗し、どうにか踏み止まった。
「ほう、妾の魔法に対抗するとは、そちらの武僧の神聖魔法か。見事なものだ。かつて四大魔法使いが束になって対抗したのが、ルマークの武僧集団だと聞いている。自然魔法を使う妾たちには、よく効く魔法だ」
その言葉に、サムは怒りの声を上げた。
「自然魔法を使うのは、僕ら魔法使いだけだ!魔王!お前の使う魔法は、明らかに自然の理を逸脱している!
ここに現れた目的は何だ?言え!」
魔王は別方向から一行に囲まれながら、妖艶さを湛えて余裕そうに言った。
「なに、妾が魔物を倒した者たちの顔を一目見ておきたくなっただけよ」
「俺らの顔を、一目見ておきたかった、だと?」
蔵人の驚きの言葉に、魔王は蔵人に向き直った。目は妖しく、体つきは艶かしい。しかし、身にまとうドレス同様、その瞳と心は闇黒そのものの深さだった。
「左様」
魔王は蔵人の顔をまじまじと見て、
「はて、そなたの顔はどこかで……」
眉間にしわを寄せて悩んだ。そして合点がいくと、大きく高笑いした。
「ははは!はっはっは!そなたは、そなたたちは!あの時の勇者と魔法使いではないか!嬉しいぞ!千年の時を経て、今度こそ同じ時代に存在しているのだからな!」
魔力の圧力を向けられただけで、蔵人もサムも怯みそうになったが、
「大丈夫だ、サム。こいつは、幻影か何かだろう?そんなものに、俺たちが倒される事はない!」
蔵人のその言葉に、サムも杖を持ち直し、魔王へと魔力を向けた。そして魔力の圧力を弾き返した。
「ほう……流石は妾が見込んだ魔法使い。我が魔力に対抗し得るとは」
魔王と見知った仲のような蔵人たちの会話に、エイシャが疑問を持った。
「スン、クロードたちは、魔王と知り合いですの?」
遜は以前の記憶を思い出し、離れた所にいるエイシャと魔王両方に聞こえるように言った。
「蔵人とサムは、古書に付いた魔力の染みを通じて、千年前の魔王と会話した事がある。
そうだよな?魔王さんよ?」
魔王は顔だけ遜に向けた。
「左様だ、武人よ。勇者にこそ及ばぬが、そなたも味方を鼓舞し、また己も戦う術を身に着けているな」
そして魔王は、次にエイシャに視線を向けた。
「ルマークの女僧か。しかも神聖魔法と格闘術に優れた武僧とは。どうりで妾の追跡魔法が効かなくなったわけだ。神聖魔法の魔法の加護があれば、一般的な魔法は全て弾かれてしまうからな」
エイシャは兜の下から、魔王に気圧される事なく言った。
「その通り。邪な魔王の汚れた魔法など、敵ではありませんわ」
しかし、意外な事に、エイシャの言葉は魔王の逆鱗に触れたようであった。
「妾の魔法が、邪だと?汚れたものだと?」
それまでの何倍もの魔力を向けられ、エイシャの神聖魔法の加護も弾き飛ばされた。エイシャは魔王の魔力量に怯えた。
そこへ、蔵人の激が飛んだ。
「エイシャ!この魔王は所詮幻影だ!エイシャの神聖魔法なら、十分立ち向かえる!」
エイシャは一瞬目を瞑り、深呼吸して短くイアグ神を讃える言葉を発した。恐怖の念は、かき消えていた。
「勇者め!流石だな!」
魔王の口調は荒々しいものになっている。余程エイシャの言葉が「効いた」らしい。
蔵人は魔王に問いただした。
「魔王よ!そなたの魔法が邪だとされるのが不服なのか?何故だ?何故そう思える?死者を蘇らせるそなたの魔法は、自然の摂理に反するものではないのか?」
魔王は真剣な視線を、蔵人に向けた。蔵人も真っ直ぐ、魔王を見返した。
魔王は言った。
「ふむ……昔語りに興じるのも悪くない。妾が魔法がいかなるものか、教えてしんぜようか」
魔王を中心に、蔵人一行各々一〇歩余りの距離を取り、魔王を囲んだ。
魔王は語った。
「例えば、そこの魔法使いよ、死は怖くないのか?」
サムは魔王の視線に怯んだが、蔵人が肩に手を置いた事で平静を取り戻し、答えた。
「そりゃ、死は怖い。怪我をするのだって、嫌なくらいだからな」
魔王はほくそ笑んだ。
「そうであろう。そこの武人や武僧も、恐怖を抑え込む事はできても、死への恐怖を抹消するのは不可能ではないか?」
遜もエイシャも、魔王の問いに心中で同意したが、反応に困った。
蔵人は理解に困り、魔王に直に尋ねた。
「魔王よ、何が言いたい?」
魔王は蔵人を見て答えた。
「死が恐ろしいものである以上、邪で、汚れているのは死という現象ではないのか?妾は死こそが邪悪、恐怖を生み出す根源であると見なし、そのために死を克服する魔法を開発するに至ったのだ。
妾の行いは、むしろ聖なる善行ではないか?」
一同、皆言葉がなかった。統率者たる蔵人が、一番悩んだ。
蔵人は、戦場で名誉の死を求めるのと同時に、死への大変な恐怖を併せ持つ。母の虐殺、戦友の死、主君の崩御――――事例は枚挙にいとまがない。
魔王はさらに口上を述べた。
「妾の魔法が世界を覆い尽くして初めて、真に平和と安寧に満ちた世の中が完成する。妾の魔力が強力になれば、全ての死者が生前と同じように行動できるようになるだろう。
妾は、世界を四等分した四大魔法使いとは異なり、全世界を統一しようとしているのだ。そして世界に、究極の平和をもたらそうとしている。邪悪なのは、むしろ妾に抵抗する、そなたたちではないのか?」
蔵人は、咄嗟に反論する言葉を持たなかった。真の世界平和など、これまで考えた事もない。そして、魔王の行いを悪と断じ、冷静に省みる事もしなかった。
かつて、故国建国の父祖たる開明王との問答を思い出した。あの時、死は万人に自然が与えた運命だと反論できた。しかし、そもそも死を邪悪なものと見なせば、論拠を失う。
立ちすくむ蔵人に、今度はエイシャから激が飛んだ。
「たぶらかされてはなりません、蔵人!」
蔵人は仲間の声に我に返り、改めて魔王に向かい、剣を構え直した。
エイシャが魔王に反論し、蔵人には援護の言葉をかけた。
「空論を弄ぶのもそこまでです!蔵人!あなたは先ほど、魔王の魔力に抵抗できると言ってくれたじゃありませんか!蔵人、今度は、あなたが魔王の言葉に抵抗する番ですわ」
魔王の言葉へ抵抗――――その一言で、蔵人は開明王とのやり取りの際に論拠とした点を再び得た。
「魔王!やはり、世界から無くすべきは死ではなく、そなたの信条だ!そなたの信念、死こそ汚れた邪なものだという考えが、誤っている!」
魔王は歯ぎしりして、
「妾が、誤っているだと?」
魔力の衝撃波を蔵人にぶつけた。しかし、蔵人は自身に衝撃波がぶつかる直前に、それを切り裂いてしまった。
蔵人一行も魔王も驚いている中、一人蔵人は駆けた。魔王が我に返った時には、蔵人は魔王に肉薄していた。そして、魔王の首をはねた。
いかに幻影とはいえ、首を落とされては形を保つ事はできない。
床に転がった魔王の首を見ながら、蔵人は呟くように言った。
「死は恐ろしい。だが、それを邪なもの、汚れたものにするのは、見送る人々の心だ。たとえ惨めな死を迎えようと、悔いなく逝くか、悔恨にまみれるかは、良くも悪くもその人次第だ。それは魔王、お前が横から勝手に判断していい事ではない」
首だけになった魔王は、一行を嘲笑って捨て台詞を残した。
「ふふ、せいぜい、いきがるがいい。今、とても面白い結果が得られてな。もしそなたらが次なる大陸の大地までたどり着いたら、面白いものが、見られ……」
幻影は事切れ、消滅した。
この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。
最後までお読みくださりありがとうございます。
お気に召しましたら、ブックマーク、Xのフォロー、他サイトの記事閲覧、Kindle書籍の購入等々していただけると一層の励みになります。




