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剣の勇者  作者: 坂木陽介
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第五二章 迷宮偵察

 ルテフェ総督の総督府で心地良い睡眠を貪った一行は、翌日早くに馬上の人となっていた。しかし、予想外の事態で、エイシャは留守番となった。理由は女性特有のものであり、詳細を述べるまでもない。

 仕方なく、三名は馬を走らせ、街道から離れた崖に巨大な迷宮の入口へとたどり着いた。街から、馬なら半日と経たず到着した。

「これが『オレンの墓』か」

 一千年の昔、水の大魔法使いと称されたオレンが眠ると伝えられる迷宮だが、入口の高さ二〇尺余りの装飾を見て、サムは否定した。

「まさかとも思ったけど、この迷宮は千年前の物じゃない。大魔法使いオレンが眠っているわけでもない。後世の創作だね」

 三名とも馬を下りながら、遜がサムに尋ねた。

「それなら、こいつは?並の権力者には、こんな物造れないだろ?」

 馬の背を軽く叩きながら、遜は岩肌を削って造成された入口の装飾を見上げた。高さ一〇尺ほどの正方形の入口に、左右から杖を持った神官が祈祷する様が彫刻されている。

「大陸統一王朝最後の皇帝、ボスラード・オレニア一四世の墓だろうね。こんな巨大な彫刻を、この場に造れる為政者は、それくらいしか思いつかない。

 もっとも、王朝末期の反乱で、墓は完成したけど本人は領民に串刺しにされたらしいんだ。だから、ここには誰にも埋葬されない、宝もない迷宮が遺される事になったわけだけど」

 その話を聞き、蔵人は入口に跪いた。

「たとえ無能とされても、君主は君主。非業の死を遂げられた事をお悔やみ申し上げます。また、本来人の出入りを想定していなかったであろう墳墓に立ち入る事を、どうかお許しください」

 蔵人は祈りを捧げた後に、二名に言った。

「馬はあえて手綱は繋がず、入口脇に並べておこう。サムの結界で守って、それでも駄目な時は逃げられるようにね」

「了解。神聖魔法の結界には及ばないから、魔王からの手が直に伸びたらお手上げだけど」

 馬を宥めながら整列させ、サムは短く呪文を唱えて結界を張った。

「よし、行くか」

と、意気込む遜に、

「ちょっと待って」

 サムは制止の言葉を述べた。そして続けて言った。

「一応、風の魔法で中を偵察しよう。万一、中に入った瞬間岩でも落ちてきたら、僕らは閉じ込められる」

 サムが入口真正面に立ち、目を閉じて風を迷宮の隅々まで届かせた。サム曰く、今では一里四方の状況なら同時に把握できるとの事である。迷宮の一つを探査するなど朝飯前だ。

 しかし、サムが探査に集中している一方で、蔵人は空気の変化を感じ取った。

「風が、凪いだ――――」

 木々を揺らし、蔵人たちの髪を撫でていたそよ風が、ピタリと止まったのだ。

「どうした?何か、嫌な気配でも感じたか?」

 遜の問いに、蔵人は真面目に頷いた。

「ああ。死者が来る可能性が高い」

 二名は臨戦態勢で、サムを背後に武器を構えた。

 すると、遜の頭スレスレを矢が通過した。見れば遠くに弓兵がいる。

 蔵人は一息で数十歩先の弓兵まで駆け、その首をはねた。

 しかし、死者は森から次々と湧いてきた。

「蔵人!逃げるぞ!」

「よし!」

 蔵人は急いで元の場所に駆け戻り、サムを抱きかかえて馬に乗せた。

「蔵人?」

 意識を肉体に戻したサムが尋ねると、

「話は後だ!馬を出すぞ!」

 三頭の馬は主を乗せていななくと、一目散に街道を駆けていった。



 三名は目立った成果を挙げられず、ボスラへと戻る事となった。

 総督府へと参内したものの、報告は芳しくないものとならざるを得ない。総督の私室で、三名は忸怩たる思いで面談に臨んだ。

「なんと……そなたたちでも無理だったのか?」

 ルテフェ総督も落胆し、頭を垂れたままの蔵人は唇を噛んだ。

 しかし、サムが迷宮攻略の打開策を奏上した。

「しかし閣下、我は魔法を用いて、あの王墓の隅々まで調べる事に成功致しました。この情報があれば、迷宮攻略、及び棲み着いた魔物の退治も可能かと」

 その言に、総督は飛び付くように身を乗り出した。

「では、再度あの迷宮に赴けば、魔物の討伐は可能なのか?」

 サムは力強く肯定した。

「はい。しかし、女性である我らの仲間、ルカンが十全な調子である事が不可欠です。彼女の快復を待ってから、我ら四名が迷宮攻略に向かうのをお許しいただたい」

 サムの強い語気に、ルテフェ総督は安心したようだった。

「女の身では、あれも致し方あるまい。

 では、代わりにと言ってはなんだが、ルカン殿の快復を待つ間、兵たちに死者相手の指南を頼みたい。首を落とせば良いと、漫然とした情報は持っているが、死者相手の練度は我らとそなたたちでは段違いだ。

 よろしく頼むぞ」

 蔵人は垂れた頭を上げた後、再び頭を下げて承諾した。

「かしこまりました。ご用命、必ずやり遂げてみせます」

 蔵人の仰々しい挨拶で、面談は終わった。

 総督の私室を出ると、武器を預かっていた衛兵が下品な笑みを浮かべていた。

「閣下から魔物討伐を依頼されて、失敗したんだってな?」

「勇者様一行なんて聞いてたけど、実際は子供だもんな。僕ちゃん、おしっこちびらなかったかな〜?」

 蔵人やサムは子供と、遜すら青年の青二才と揶揄する兵たちに、蔵人は言った。

「武器をお返しくださりありがとうございます。明日の午前より、総督閣下から兵の指南を依頼されているので、よろしくお願い致します」

 全く動じない蔵人に、衛兵は、

「けっ、気取りやがって……それじゃ明日の指南の前に、おれ様と一対一の決闘をしよう。お前がちょっと持ち上げられているだけのガキだと、皆の前で見せてやる」

と、申し出た。蔵人は涼しい顔で、

「承知した」

 そう述べるに留めておいた。

 武器を返却し、唾棄しながら去っていく衛兵を見送ってから、サムは友の平然とした態度に驚いていた。

「蔵人、全然怒りの欠片も抱かなかったね。あの衛兵、蔵人から見たらそんなに格下?」

 蔵人は意地悪く笑いながら、

「言っちゃ悪いけど、向こうが帯剣し、こちらが素手だったとしても、エイシャの神聖魔法による加護なしで勝てるよ」

 遜も言った。

「明日の朝、決闘するわけだろ?兵士たちの前で思いっ切り恥をかかせてやれ」



 翌日、城壁外の広場に整列した守備兵たちの前で、蔵人は昨日約束した決闘に臨んだ。遠目に、サムや遜、快復へと向かっているエイシャも決闘を見守っていた。

 相手の兵士は、相も変わらず上から目線で言った。

「よく出て来れたな。その神経は尊敬するぜ。後は決闘で負けた時の言い訳まで、ちゃんと考えられたら満点だ」

 兵は兜に細かい板金を連ねた鎧、脛当て、大きな楕円の盾と短剣を装備していた。兜は首元こそ覆わないが、耳元は開いており、合理的な造りに蔵人には映った。

「さぁ、武器を抜きやがれ!」

 威勢のいい兵士相手に、蔵人は次のように言った。皮の胸当て、脛当て、程度の軽装であるが、

「いや、もう決闘の準備はできております。いつでもどうぞ」

 そう言って、自然体のまま声を上げた。観戦する兵士からは、

「セヴェール〜!舐められてるぞ!」

「調子乗った勇者様に一泡吹かせるんだろ?」

 野次が飛んだ。蔵人の決闘相手――セヴェール――は怒り心頭で声を荒げた。

「てめぇ……死んで後悔すんじゃねえぞ!やってやるぜ!」

 セヴェールは剣と大盾を構えて、蔵人へと向かってきた。駆ける事、実に二秒と経たずで、一〇歩余りの距離がなくなった。重武装の兵士という点を考えれば、優れた技量と体力だと言える。

 ただ、相手が悪かったとしか言いようがない。セヴェールは剣を横にして、蔵人の心臓を狙った。これも完璧な動きである。剣を盾にしては肋骨に引っかかり、切っ先が心臓に届かない。

 しかし、そのどれもが蔵人に通じなかった。蔵人は左へと、足を振り上げて剣をかわした。そして、天高く振り上げた足で、相手の剣の横っ腹を踏みつけ、地面に叩きつけた。

「うぉ……」

 うめき声を上げたセヴェール相手に、蔵人は初めて抜剣し、切っ先を相手の首筋に触れさせた。

「まだやるか?」

 蔵人は低い声で尋ねた。セヴェールはうごめき、抗おうとしたが、首筋に剣を当てられてはどうしようもなかった。

「……ま、参った」

 セヴェールの一声は、観戦していた兵たちを震撼させた。

「セヴェールが、負けた?」

「丸腰でセヴェールに勝つだって?嘘だろ……」

「勝ってから初めて抜剣か……」

 蔵人は剣を収め、立ち上がったセヴェールを讃えた。

「速さ、狙い、何を取っても申し分ない動きでした。歴戦の勇士とは貴方のような兵を指すのでしょう」

 微笑すら浮かべて蔵人は手を差し伸べ、セヴェールは渋々ながらその手を掴み、立ち上がった。

「わ、悪かったな……散々罵倒するような真似をして」

「なに、我はまだ青二才、発展途上なのは自覚しています」

 蔵人の言葉に、それ以上難癖付ける点を、セヴェールは見出せなかった。そこで、声を張り上げ、集まった兵たちに叫んだ。

「おれはセヴェール!この守備隊最強とされる兵士だ!そのおれに勝った以上、この勇者、結城蔵人を侮辱する者はおれを侮辱したも同然と見なす!この勇者を馬鹿にした者は、首と胴体が切り離されると思え!」

 セヴェールを赤子の手をひねるように負かした事は、蔵人一行には想像し得なかったほどの影響があったようである。この後兵士たちは、蔵人一行に従順になった。



 その後は兵に、蔵人が演説する事になった。

「我は極西の島国の生まれながら、エージア大陸を横断して死者を相手取ってきた!

 その経験から言うと、魔王は弓兵など、一発が致命的な死者には多量の魔力を送り、生前と変わらぬ働きをさせる。しかし、大半の死者は、魔力もろくに送られていない、動きの遅い、兵士には的にしかならぬ存在だ。首を落とせば動きは止まる。ただし、腐った肉体のため、噛まれたり傷を負わされると、傷に蛆が移って致命傷になりかねない。その点にさえ注意すれば、恐れるに足りぬ!」

 演説の後は、個々の戦闘訓練に当てられた。首を切り落とす事を癖付けなければ、死者の相手はできない。死者の掃討を目標とする以上、その訓練は重要だった。

 その後は集団で、死者に立ち向かう訓練も行った。この国の兵たちは、大盾に短剣という構え方で戦う。戦闘巧者の蔵人や遜は、それを利用しない手はないと思ったのだ。

 とはいえ、この国の戦闘形式については、蔵人や遜は素人である。セヴェールを呼んで、戦闘の陣形を組ませてみた。兵たちは正方の陣形を組み、最前列の兵が盾を正面に構え、二列目以降の兵は盾で頭上を覆い、矢の付け入る隙間もなさそうな陣形である。

「どうです?これなら弓兵も怖くないでしょう?」

 セヴェールが自信満々に語るだけあって、隙のない陣形である。しかし、蔵人は尋ねた。

「平野で死者の大群に襲われた時は、この陣形で今まで通り戦えば問題ないであろう。しかし、森や隘路で遭遇した際は、どうするか?」

 セヴェールは黙り込み、

「それは……う〜む、考えてませんでしたな」

 悩んだ末にそう答えた。蔵人は曙王国での経験を元に、総督ルテフェの出陣を考案した。

「ルテフェ閣下なら、魔力探査で半径数百歩の範囲の死者を感知できよう。閣下に上奏してみるしかないと思うが」

 セヴェールは血相を変えた。

「し、しかしこの街の総督は名誉職です。閣下の出陣は、国王陛下が許可しないのでは」

 粗暴な人物かと思ったが、セヴェールはそうした政治的話題にもついてこれた。

 少し考えてから、蔵人は妙案を思いついた。

「この街の総督は名誉職だが、守備隊の長なのは確かだ。この街が交易の要衝だからな。

 だから、魔法使いには死者探査を行い、総督閣下には平常通りの日常を送り、記録・日誌を付けていただく」

 その言葉を聞いて、蔵人の仲間たちはため息をつきながら真意を察した。セヴェールは太い眉を上げて蔵人を問いただした。

「しかし、閣下がいなければ魔法使いは……」

「はい」

 サムは控えめに右手を上げた。

「ルテフェ閣下より強力な魔法使いが、ここにいますよ」



 翌日、守備隊副隊長カーンの指揮で、守備隊全軍は街を出立した。総督は名誉職であるため、守備隊の実質的指揮官は副隊長というのが慣習のためである。

 しかし実態は、蔵人がカーンとセヴェールを副官にして指揮を執る軍勢であった。

 カーンの籠絡は実に簡単で、二、三言を交わしただけで済んだ。しかし、単純なだけの人物ではないのは、蔵人の側にも伝わった。総督の内々の書面を見て、蔵人と言葉のやり取りをした後、蔵人を認めたのである。

 内々の書類を兵の詰め所で読んだ後、蝋燭の火で燃やしながら、カーンは言った。一人椅子に座り、蔵人一行――――エイシャを除く――――は跪いた格好だったものの、カーンは椅子から立ち上がり、

「立たれよ、勇者一行の者たちよ」

 蔵人たちは促されるまま立ち、偉丈夫の蔵人は老齢のカーンを見下ろした。カーンの金の癖毛も、体躯も衰えは隠せなかったが、眼光は確かであった。

 カーンは率直に、蔵人を見上げて言った。

「はっきり申すと、わたしも勇者一行の噂話は耳にしていました。そしてそれを疑っていた。

 しかし、今日のセヴェールとの一戦ではっきりわかりました。蔵人様一行は、紛れもない勇者一行であると」

 己より遥か歳上の男に礼を尽くされ、蔵人は背にむず痒さを感じた。しかし、本題はここからである。

 蔵人は蝋燭の灯る、薄暗い室内でカーンに頭を下げた。

「それで、カーン閣下、お願いがございます」

 カーンは全てを察していた。

「軍勢を率いて、死者掃討のために出陣するのだろう?ルテフェ閣下がお飾りの軍勢指揮官なら、わたしが出るしかないからな。

 指揮は全て勇者、結城蔵人に一任する。わたしやセヴェールは、あくまでそなたの副官に徹する。勇者様の差配、とくと拝見させてもらおうか」

 笑いながら重圧をかけてくるカーンに、蔵人は肩をすくめ、反論に困った。傍にいたサムと遜も、

「勇者蔵人様、我が魔法探査の探査距離をご覧あれ」

「勇者様、この周遜、身命を賭す所存です」

 蔵人はわずかな怒りを込めて、

「お前らカーン閣下の言葉にかこつけて楽しんでいるな?」

 笑顔を返した仲間に、蔵人はため息をつくばかりだった。

 話は現在に戻る。

 サムの魔力探査によって、一里四方が露わになると、死者の掃討も円滑に進んだ。昔の戦死者の怨念が形になったように、獣道には集団の死者が群れを成していた。

 しかし、弓兵は矢を放つ前からサムの風魔法で首を落とされた。そしてサムが探知した死者は、木々の根を軽々と越えていく兵が、一つ、また一つと倒していった。

 出陣した二〇〇〇の兵で、森へと分け入り、獣道を踏破し、一日で死者二〇体余りを倒せた。

 これをエイシャが快復するまでの三日間続け、計一〇〇体を超える死者を討ち取る事に成功した。


この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。


最後までお読みくださりありがとうございます。

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