第五一章 魔物の討伐
港街ボスラに戻った一行は、今後の事を話し合った。エージア大陸では上手く権力者に取り入り、王や皇帝と対面する機会に恵まれた。しかしオレニア大陸ではそういうわけにもいかない。権力者に取り入るには、運が必要だった。
「そこは、余り悩まなくてもよろしいのではなくて?」
エイシャはそう言って、さらに言葉を続けた。
「死者の襲撃に困っている集落や街を救っていけば、自ずと向こうから接触してきましょう。権力者に取り入る手段ばかりを考えるのは、浅ましいというものです。
それより、この大陸の全体を把握するために、魔力の力線を解析したり、国家同士の関係を見極めるのが先決でしょう?」
エイシャの物言いは厳しかったが、的を射ていた。蔵人一行は権力者に媚を売るために旅をしているわけではない。権力に見放された人々を救ってこそ、勇者一行である。
サムが言った。
「僕とエイシャで、魔力の力線をたどってみよう。大陸全体は探索できないけど、力線の気配なら感じ取れると思う」
四名の宿泊している部屋にて、寝台上でサムとエイシャは座ったまま目を閉じ、精神統一して魔力を探った。
こうなると、魔力を感知できない蔵人と遜は手持ち無沙汰である。
「こうしていても暇だな……なあ、蔵人、外で剣の手合わせでもしないか?」
意外な提案に、蔵人は驚いた。
「どうしたんだ?勝てない勝負はしない主義だったんじゃないのか?」
蔵人の絶対的自信に、遜はため息をつきながらも答えた。
「なに、お互い全力でぶつかるわけじゃない。八割程度の力で、闘ってみるのさ。いわば模擬戦だ、模擬戦」
遜の言葉に、蔵人も乗った。
「そういう事なら、剣士結城蔵人、お相手致そう」
蔵人の口調が変わる時は、剣士としての闘争心に火が点いた時である。それを察した遜は言った。
「あくまで、模擬戦だぞ?いいか?本気でやったらどっちが勝つかなんてわかり切っているんだから、全力を出しての戦場とは違うからな?」
戦闘前から言い訳をまくし立て始めた遜に、蔵人は挑発的言動で答えた。
「名誉を重んじるのは、曙王国も邑の諸都市も変わらぬはずですが、軍の長も務めた方が闘う前から弱腰で良いのですか?軍勢を率いる者は、万一の退路は常に考えてはいても、兵には退路の無い必死の戦いを説くはずです」
丁寧過ぎて嫌味に聞こえた蔵人の言葉に、遜は言った。
「まあいい。失うものが兵の命ではなく、おれの名誉だけで済むんだからな。
あー!やったろうじゃねぇか!吠え面かくなよ?」
蔵人と遜は各々の得物を手に、宿を出た。
宿の前の路上で、剣を構えて蔵人と遜は向き合った。煉瓦で舗装された通りで、道幅は広い。そこで大の男が二名、向かい合っていると、物珍しそうに観客になる人物まで現れた。
しかし、そんな事は意に介す暇も無いくらい、蔵人と遜は張り詰めた空気をしていた。とはいえ、八割の緊張である。双方共に軽口を叩く余裕はあった。
「睨み合っていても仕方ない。こちらからいくぞ?」
蔵人の言葉に、
「おう!来てみな、最強の剣士よ」
と、遜が答える。
その問答の直後に、七、八歩の距離で向き合っていた二名は共に駆けた。そして、長剣と双剣がぶつかった。
蔵人は意外な手応えに驚いた。自分の剣を真っ向から受け止める力は、遜にはなかったはずだからである。よくよく観察すると、単に双剣を交差させ、蔵人の剣撃を受け止めているのではないらしかった。剣撃を受け止めた後は、上手く力を逃がすように双剣を組んでいた。
「俺も馬鹿正直に突っ込むだけでは、勝てないという事か」
「当たり前だ。ったく、おれが戦いの中で、どれだけお前の剣を盗み見てきたと思ってる」
戦場を共に駆けた戦友だが、蔵人はその点に気づいていなかった。目を丸くする蔵人に、遜は言った。
「おれはお前より強くはなれないだろう。しかし、勝つ事は不可能ではないはずだ」
蔵人は応えた。
「然り!その意気、さすが邑の総大将たる人物なり」
蔵人が一歩踏み込もうとしたところで、剣が弾かれた。遜の双剣が蔵人の両手剣を、真横に弾き飛ばしたのだ。
剣から手を離したわけではないが、わずかな隙は生まれた。遜が右手に持った剣で上から、左手に持った剣で横から蔵人を狙った。
しかし蔵人は冷静に、剣を遜の胴体めがけ、横に振るった。それに気づいた遜は片方の剣を蔵人の長剣に沿わせ、軌道を変えさせようとした。
しかし、蔵人の剣撃が重すぎたため、遜は不本意ながら、双剣二振りを共に蔵人の剣に当てて押し留めた。
「これでも駄目か……蔵人の長剣は、長剣としての重さを持っていながら、短剣のような素早さで襲ってくる。『勝ち』を得るのは難しいな」
遜はため息混じりに呟いた。蔵人は、
「いやぁ、でも驚いたぞ。確かに隙は生まれたから、あそこで鎖鎌やら針やらを飛ばしてこられたら、俺が負けてた。何故使わな――――そうか、それが遜なりの『八割の力』なのか」
蔵人は「八割の力による模擬戦」を理解した。
遜は鍔迫り合いをしている双剣を収めた。
「まあ、いいところまで勝負できたし、これで良しとするか」
蔵人も剣を収め、闘いは終わった。いつの間にか人だかりとなっていた観客たちが、
「すげぇぞ〜、兄ちゃんたち〜」
「いいもん見せてもらったわい」
「強いんだな!」
銅貨が大量に投げつけられ、蔵人も遜も辟易した。
「見世物じゃないのにな」
「全くだ」
視線を伏せて肩をすくめた二名を、巨大な影が覆った。
獰猛な気配を察し、すぐに二名は剣を抜き直した。そして空を仰いだ。
身の丈一五尺余りの巨大な猛禽類が、翼を羽ばたかせて浮いていた。
「これは、魔物か」
蔵人は記憶をたどって言った。エージア大陸辺境の村で、四人で撃退したのと同類の存在だ。
魔物とは、魔力を付与され、巨大化したり特殊な能力を与えられた動物で、人間に仇なす存在の総称である。
「う、うわぁー!」
「大変だぁ!」
蔵人と遜の闘いを観戦していた人々は、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。しかし、蔵人と遜は全く怯まなかった。
「こんな怪物が街に現れるあたり、魔王も必死だな」
「ああ。何もこんな港街まで魔物を差し向ける事はないだろ」
蔵人と遜は巨獣を見上げ、改めて剣を構えた。
そこへ、宿屋からサムが杖を持って飛び出してきた。
「大変だ!この街にも魔力の力線が――――あぁ、なるほど。こいつが力線の先に存在していたのか」
サムは巨体で影を落とす魔物を見ても、全く動じなかった。続けて出てきたエイシャが言った。
「蔵人、遜!お二人に肉体強化の加護を授けました。これで魔物を楽に討ち取れるはずですわ」
エイシャが言い終えるより先に、蔵人も遜も跳ねた。二階建ての建物より高く跳躍し、魔物の顔と同じくらいの高さまで達した。
遜は針を放ち、魔物の目を貫いた。目潰しをされた魔物は体勢を保てずよろめいた。そこへ、蔵人の剣撃が首目掛けて振り下ろされた。巨大な猛禽の首は落ち、息絶えた魔物の肉体は急速に縮んで落下した。通りの中央に落ちた亡骸は、鷲のような大きさでしかなかった。
着地した蔵人と遜、それを見ていたサムとエイシャは、嘆息を漏らした。
「魔王も結構な挨拶してくれるなぁ。俺らが大陸に到着した途端、これかよ」
「ま、仕方ないか。それにしても、エイシャの神聖魔法は便利だな。あそこまで身体能力を強化してくれるんだからよ」
「スンの信心が高まれば、もっと効果が大きくなりますわよ」
「でも、皆無事に済んだね。エイシャの神聖魔法もすごいけど、それを十分活かし切る蔵人と遜もすごいよ」
四名は思い思いに、感想を述べた。
そこへ、軍勢の一団がやってきた。魔物が出たと聞いて、誰かがこの街の警備隊か駐屯軍にでも通報したのだろう。
蔵人たちは剣を収め、その場で跪いた。先頭の白馬に乗った統率者は、下馬してオレニア公用語で話しかけてきた。
「立たれよ、卓越した武人たちよ。私の言葉がわかるか?」
遜とエイシャにはわからなかったが、サム、そして、サムと二年間勉学を共にした蔵人には理解できた。
蔵人は一行を代表して答えた。
「は、拙いかもしれませんが、オレニアの公用語は理解しているつもりです。我は結城蔵人。こちらの魔法使いがラッセル、武人が周、武僧がルカンにございます」
統率者は赤地の軍服に、甲冑、白いマントを帯びていた。そして言った。
「もしや、エージア各地で武勲を挙げた勇者一行とは、そなたたちか?」
蔵人とサムは顔を見合わせた。どうやら、人の噂は千里を駆けるなど朝飯前らしい。
軍勢の統率者はルテフェと名乗った。褐色肌に黒髭と黒髪を短く刈った、眼光の鋭い人物である。しかし、豪放ではあっても粗暴な人柄の持ち主ではなかった。
四名はルテフェの傍を、馬で随行する事を許された。ルテフェは言った。
「魔物出現の通報から我らが到着するまでの間に、倒してしまうとは恐れ入る。今日は良い客人を迎えられたようで、嬉しいぞ」
「勿体ないお言葉です。我らはいかに讃えられようと流浪の身。どこまでいっても統治者の方々には及びません」
へりくだる蔵人の言葉に、ルテフェは豪快に笑った。
「はっはっは!そう謙遜されては困るな。そなたらが本気で、この街の守備隊三千人余りと戦えば、我らは負けるというのに」
この発言には、近衛隊は勿論、蔵人たちも面食らい、互いに視線を交差させた。
戸惑う者たちに、ルテフェは言った。
「そう思えないのも無理はない。だが、そなたたちが全力を出した時、四名全員が一騎当千の兵となろう。打倒には数万の軍勢を要するだろうな」
歯に衣着せぬ言葉に、近衛隊長と思しき人物が馬上から苦言を呈した。
「閣下、今のお言葉は心外にございます。また、たとえ事実だとしても、そのように公言されては閣下の身の上にも……」
末尾を濁した諫言に、ルテフェは意に介さぬ様子で応えた。
「なに、我が意思を誤魔化してまで、出世したいとは思わぬ。もっとも、まさか四〇丁度の身で、名誉職であるこの街の総督に追いやられるとは思わなんだ。
しかし、魑魅魍魎の跋扈する宮廷政治で勝ち抜きたいとは、どうしても思えなくてな。今はこの街を、昔のようにエージアとの架け橋にする事を考えて生きているのさ。ガウロン帝国との戦争で、多くの者が犠牲になったからな。正式に通商条約を結んで、内外に友好を示したい」
蔵人は、戦乱で辛苦を嘗めた友を盗み見た。しかし、友はルテフェ総督の言葉に感激しているらしかった。
「そ、総督閣下!」
声を大にして、馬を総督に近づけ、サムは提案した。
「我らはガウロン帝国より、宮廷付きの魔法使いの証文をいただいて渡ってきた身!もしよろしければ、宮廷付きの魔法使いへ、書状をしたためる用意がございます!」
ルテフェはしばし目を丸くして絶句していたが、やがて運命に感謝するように天を仰いだ。そしてサムに向き直って言った。
「是非とも頼みたい!そなたたちがガウロン帝国の公船でやってきたのは聞いていたが、まさかこのような運に恵まれようとは。
総督府に着いたら、すぐに紙とペンを渡す。公船も帰還の用意で、数日は停泊しているだろう。帰りの公船に、間に合うように頼む!」
豪傑の身を乗り出すような迫力に気圧されたが、サムは頷いた。
「し、承知仕りました、閣下」
こうして、ラジャムとガウロンの友好の新たな歴史が始まる端緒が生まれた。
「魔物退治、で、ございますか?」
半ばオウム返しに、蔵人は総督に尋ねた。
総統府の置かれた城の中、総督の私室で、蔵人一行は総督と会話をしていた。椅子に座って対等に話すあたり、豪傑ぶりも群を抜いている。ただ、総督の私室に蔵人一行を通す際、副官がどうしても、
「閣下!閣下の目は確かですが、武器を持った初対面の人間を私室に招き入れては、我ら総督近衛隊の面目は丸潰れです!どうか、客人の武具は預からせていただきたい!」
そう言って頑として譲らなかったため、蔵人一行は丸腰である。ただ、エイシャは鎖帷子を身に着けたままだった。
武具引き渡しの際、次のような一悶着があったからである。
「ほら!さっさと脱げ!」
両肩に近衛隊の一人が手をかけた時に、エイシャは大げさに叫んで言った。
「きゃあ!こ、この方が、私の胸を触りましたわ……酷い……」
目をわざとらしく潤ませて、か弱い乙女を演じるエイシャを見て、総督は近衛隊に告げた。
「鎖帷子なら、防具だから構うまい。そのまま通せ」
エイシャの嘘泣きは蔵人一行のみならず、総督にも看破されていたが、誰も真相には触れなかった。
そうして椅子が運び込まれ、蔵人一行は総督の私室で対等に会話をしていたのだった。
総督は魔物について語った。
「そなたたちが倒した魔物、あれもこの一ヶ月くらい前から度々現れて困っていたが、この街から徒歩で一日の距離にある古の王墓に、魔物が棲み着いてな。死者からは馬を飛ばせば逃げられても、魔物には追いつかれる。
行商人や、軍の少数部隊も襲われていて困っているのだ。そなたたちの力で、魔物を討伐してほしい。この通りだ」
椅子に座ったままとはいえ、ルテフェ総督は頭を下げた。蔵人は慌てて、顔を上げるよう総督に促した。
「な、なりません、閣下。流浪人の我らに、閣下が頭を下げるなど。
不肖、結城蔵人。閣下のお頼みは慎んでお受け致します。皆、魔物退治に向かうぞ!異論はないな?」
蔵人が仲間を見回すと、皆は賛同の意を無言で浮かべていた。
蔵人は、頭を上げた総督に言った。
「我ら一同、皆に異論はありませぬ。
閣下、魔物について、詳しいお話を、お聞かせくださいませんか?」
蔵人の言葉遣い、立ち振る舞いに、総督は一瞬言葉を失い、そして言った。
「あ、ああ。なんという行幸!エクム神よ、感謝致します。このような出会いは、御身の導きあってのものとしか思えません」
総督の言葉がわからない遜とエイシャはひそひそと会話をした。
「一体、なんて言ってるんだ?」
「私にもさっぱり。でも、エクム神の名は聞いた事があります。この大陸で信奉されている、比較的新しい神の名ですわ」
総督との会話は蔵人とサムが受け持ち、遜とエイシャは密談に勤しんで、夜は更けつつあった。
この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。
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