第五〇章 サムの故郷
ラジャム王国によって定められた検疫期間を過ぎ、蔵人たちはようやくオレニアの大地を踏んだ。良くも悪くも、ガウロン帝国と付き合いの長い国であるためか、建物の意匠には帝国製の物が感じられる。
建物を見上げながら大通りを歩いている遜とエイシャを尻目に、蔵人は小声でサムに話しかけた。
「サム、このボスラっていう港街は、まさか――――」
サムは動じる事なく、小声で応じた。
「ああ、僕の故郷だよ」
蔵人は心配を隠せなかった。
「辛く、ないか?」
サムは隣を歩く友を、笑顔で見上げた。
「ありがとう、心配してくれて。僕なら平気だよ」
つられて笑顔になり、蔵人は前を向いた。
「なあ、目的地があるって言ってたけど、この港街の事じゃないのか?」
遜の声に、サムは足を止め、真剣な面持ちで答えた。
「この港街の先に、小高い山がある。その頂上が目的地だ」
エイシャは目を凝らし、前方の山を見上げた。神聖魔法の加護か、抜群の視力で、頂上の一軒家を捉えた。
「てっぺんに、山小屋がありますわね。木で覆われて、隠されるようになってますけど」
エイシャの発言に、サムは応えた。
「あれは、僕が師匠と暮らした小屋だ。強大な魔法は、周囲の環境を変えてしまう。だから魔法の修練をする魔法使いは、人里離れた場所に住み、研究と研鑽を続けるんだ。
ただ、あんまり離れすぎると不便だから、街外れって言った方が良い場所の事が多いね。じゃないと市場を流通する魔道書なんかも手に入らない」
山、とサムもエイシャも言ったが、断崖の見え隠れする険しい山々の一角である。
蔵人は心配そうにサムに尋ねた。
「数里先の、高さも一里はありそうな急山だけど、登れるのか?」
サムは答えた。
「僕と師匠で、道は切り開いているから、徒歩で登れるよ。ただ、道は急だから皆落ちないように気をつけてね。特におじさんは。エイシャは、落下しても神聖魔法の加護で助かりそうだけど」
サムの発言に、遜はいきり立った。
「誰がおじさんだって?登り切ったら覚えてろよ?」
エイシャは肩をすくめた。
「サム、神聖魔法を何か勘違いしてませんこと?」
蔵人は仲裁の必要を感じ、三名の会話に割って入った。
「まあまあ。山を登る前に、この街で宿を確保しないとね。それに、馬も買わなければならない。これからこの大陸を駆け回る事になるわけだからな」
蔵人の提言に、全員が頷いた。
その日は既に日も傾く頃合いだったため、蔵人一行は馬を買い、宿を確保して休む事にした。
翌日、蔵人一行は街を出て、山登りをしていた。武装はしているが、最低限の食料しか持たず、とても軽装である。
サムが先頭に立ち、蔵人、エイシャ、遜の順で山を登っている。登山道を進む四名だったが、道は中々険しい。蔵人は、この道を切り開いたというサムの師匠に敬服した。
「よくこんな崖沿いの道を切り開いたもんだ。サムの師匠ってすごいんだな」
蔵人の言葉に、サムが応えた。
「我が師オグルニウスは、大地の魔法に長けていたんだ。杖の一振りで岩を砕き、魔力結晶を消費すれば山をも崩れ落ちる。それくらいの人だったよ」
その会話に、エイシャが割って入った。
「でも、魔法の才能ならサムのが上なんじゃありませんこと?サムは大地の魔法を不得意と言ってましたけど、魔力の種を使えば同じ事ができそうですもの」
サムは昔の事を思い出しながら、ゆっくり喋った。
「そうだなぁ……師匠には全属性に、適性がある、そう言われたな。僕としては、風魔法が、一番得意に、感じているけど、魔力結晶を使えば同じ事はできるからね」
最後尾から、遜の声が飛んだ。
「人間業じゃねえな!魔法使いって、そんな人外めいた連中ばっかなのか?」
遜の心底からの言葉には、サムは苦笑するしかなかった。
「人外は酷いな。確かに魔力のある無しは幼少期から判別できるけど、魔法を使いこなすには長い修練が欠かせない。魔力の種だって、結晶化できるようになるまで苦労したんだから」
蔵人が言った。
「魔道も剣道も、終わりなき険しさがあるんだな」
サムは蔵人の言に付け加えた。
「僕は魔道、蔵人は剣道、エイシャは信仰の道と、わかりやすい道を歩んでいるよね。でも、遜もまた、遜にしかできない道を歩んでいるんだと思うよ」
最後尾から、遜が笑って言った。
「褒めても何も出ねえぞ!」
しかし、サムは真面目だった。
「いや、褒めてるんじゃないんだ。人には人それぞれの使命があると、我が師オグルニウスは仰った。それがどんな使命であれ、志半ばで諦めざるを得ないものであれ、使命に無駄はないと。僕も師匠の受け売りだから、この言葉の意味はわかってないけどね」
エイシャが言葉を次いだ。
「私も、信仰の道においては、自分の未熟さを痛感する毎日ですわ。イアグ神を正しく信仰できているか、正しい信仰とは何か、常に自問自答していますもの」
遜は哀愁を帯びて言った。
「まあ、進むべき道が見えているのなら、それに向かうのが一番だ。俺は曙王国との戦乱で親父を亡くし、母親に育てられた。以降は曙王国憎しで戦いに明け暮れたが、戦場で遺体の回収をしている時に蔵人と出会い、相手憎しだけではやっていけない事に気づいた。
以来、己の進むべき道が定まらないでいる」
中年の哀愁は、いつもは憎まれ口を叩くエイシャまで沈黙させた。しばしの間、一行は皆が沈黙したまま山道を登った。
かれこれ、山の麓から数百段という参道を登り切り、サムが言った。
「着いたよ、皆」
四名の前には、大樹の根に埋もれかけている、小さな木製の小屋が建っていた。
「ここが、サムが師匠と暮らした小屋?」
蔵人の呟きも無理はなかった。遜は言葉を選ばず言い放った。
「こう言っちゃ悪いが、木に飲み込まれかけた小屋にしか見えねえぞ」
エイシャも珍しく、遜と同意見らしい。遜の言葉に頷いた。
サムは言った。
「なに、小屋の屋根を覆う木は、結界でね。
解けよ、戒めの木々よ。我らに真の姿を詳らかにしたまえ」
サムの呪文に反応して、小屋に覆い被さっていた大樹はみるみる小さくなった。これには三名は言葉もなく、目を見張る思いだった。
全体が露わになった小屋は、木造の平屋だった。屋根には赤い瓦が重ねられているが、壁は丸太を互い違いに組まれた造りになっている。
みるみるうちに結界が解け、小屋の姿を現した事に、三名は驚愕の念を隠せなかった。
「改めて思うけど、サムの魔法ってすごいな」
「いやぁ、こんなのと戦場で戦っていたと思うと恐ろしいな」
「さすが、私に勝った魔法使いですわ。このくらい、容易く起こせなくては、敗れた私の面目が立ちません」
一行はサムの先導で、小屋の中へと足を踏み入れた。しかし、小屋の中は至って簡素だった。壁際の二つの寝台、隅に置かれた釜、部屋の中央に位置する卓と、魔法に関する物は見当たらない。窓からは外の光が差し込み、薄暗くはあるが室内の様子が確認できた。
「サム、魔法に関して知識を深めたいと言っていたけど、小屋の中にそれらしい物はないぞ?」
蔵人の問いに、サムは壁際まで歩きながら応えた。
「実は、結界はもう一つあってね。外の大木をどかしても、魔道書の書庫にはたどり着けないように出来てるんだ」
サムは壁際でしゃがむと、床板に手を当て、オレニアの公用語で呪文を唱えた。
「戒めのまやかしよ、大魔法使いオグルニウスが弟子、サム・ラッセルが命じる。我に真の姿を見せよ。戒めを解き、我らを迎い入れたまえ」
微かに床板が光ったかと思うと、四角い入口が露わになった。梯子で地下層に下りられるようになっている。
「これが第二の結界だ。たとえ小屋を破壊しようと、第二の結界が残っている限り、書庫にはたどり着けないようになっているんだ」
蔵人ら、三名は目を見張った。蔵人は言う。
「随分厳重なんだな。それだけの知識が、ここにはあるという事なのか?」
サムが答えて言うには、
「まあね。師匠は金に糸目をつけず、魔王に関する研究を進めていた。千年も前の伝説だからと、魔法使いたちすら疑問視していた魔王の復活は、現実となった。そうした中で師匠は、魔王の復活を信じて疑わなかった。結果的にはその予想の通りになったけど、世の中にとっては、外れてほしい伝説だったかもね」
ため息をつくサムに、エイシャが皆に神聖魔法をかけて応えた。
「野宿の際に張っている、気配遮断の魔法です。どんな厳重な結界でも、人が出入りする際には察知されてしまうもの。さっさと下りて、魔道書を見繕いましょう」
エイシャに促され、サムは笑顔で応えた。
「ありがとう。梯子は急だから、皆気をつけて下りてね」
サム、蔵人、エイシャ、遜の順に、皆は梯子を下りた。一辺が三〇尺程の正方形の部屋で、四方全てに魔道書が詰まった本棚がある。発光魔法で、常に室内は一定の明るさに保たれていた。
「こりゃすごい。サムの読書家としての一面は、師匠譲りなのかな」
蔵人の言葉に、サムは照れつつも言った。
「まあ、そうかもね。僕に魔法の修行をつけながら、師匠は寝る間も惜しんで研究していたから」
サムは、皆に指示を出した。
「そっちとそっちの棚の本は、エージアの公用語で書かれているはずだから、遜とエイシャで見てほしい。僕と蔵人は、こっちのオレニア公用語の本が入った棚だ」
四名は四方に散り、本棚とのにらめっこが始まった。
一行は言葉少なに、本棚の背表紙を注意深く見ていった。たまに気になる題名の本を見つけると、手にとって中を流し読みした。
「死の魔法、千年前の歴史、魔道の入門書で死について触れているもの――――等々、少しでも怪しかったら見せてね」
サムの要望に従い、書を取っては頁を繰り、棚に戻すという作業が続けられた。
「なあ、サム」
本の頁を繰りながら、蔵人が尋ねた。
「なに、蔵人?」
お互い手元で広げた書に目を落としながら、二人は会話していた。
蔵人が言った。
「サムの師匠は、サムより強いんだろ?」
サムは本の頁から目を離し、宙に視線を泳がせながら答えた。
「そうだね。この魔道書を納めた空間も、魔法一つで岩肌をくり抜いて作ったくらいだ。今戦ったとしても、勝てる気がしない」
蔵人は疑問を呈した。
「魔王について研究し、そのために対策を考えていた程の傑物が、何故死者を倒しているという話を聞かない?それほど魔王研究に没頭していたなら、死者掃滅、魔王打倒に真っ先に動いているはずだろ?」
己の師を詰問されたように感じ、サムは手を止めた。そして、友と師のどちらの肩を持つか迷った。
迷いながらも、サムは思うところを正直に話した。
「わからない。世界にはまだ僕たちが足を踏み入れていない大陸が二つあるから、そこで既に死者掃滅の著名人となっている可能性はある。
もしくは、故郷の小島を防衛している可能性もあるか」
「小島?サムの師匠は、どこの生まれなんだ?」
サムは師の言葉を、思い出しながら答えた。
「北の最果てに、四大魔法使いたちすら知らなかった小島があり、そこが故郷だと言っていたな。明確な場所はわからないけどね」
蔵人は、防衛と攻撃が同時に成り立たないのを知っていた。
「確かに故郷を守っているなら、そこから動く事はできないからな。サムの師匠ほどの人物が、この世界的な危機に何の手も打たずにいるとは考えにくいよな」
師の名誉を保てたようで、サムは安堵した。このような事で、蔵人と喧嘩はしたくないというのが、サムの本音だったのだ。
その時、エイシャが声を上げた。
「サム、少し見ていただきたい箇所がありますわ」
皆は手を止め、持っていた本を棚に戻し、エイシャの周りに集まった。
「五〇〇年前に、オレニア大陸で水の精霊に会った者の記録ですわ。ただ、著者はエージアの出身らしいですけど」
エイシャが指した箇所を、各々は黙読した。
曰く、水の精霊はウンディーネと呼ばれる守護者を創造し、自身の守りとしている。彼らに認められて、初めて水の精霊との対面が許されたとの事である。
水の精霊との対面から、この魔法使いは二つの推測に達した。かつて四大大陸の戦乱を鎮めた四大魔法使いは、各々が精霊となって各地に根を張り、四大元素を司る存在になっているのではないか。また、自身が死後、魔王に操られ、利用される事のないようにしたのではないか。
この魔法使いの精霊に関する記述は、蔵人一行の出会った大地の精霊と、水の精霊のみである。どうやら水の精霊に出会った時には高齢であったらしく、自身の母国で通用するエージア公用語、そしてオレニアの公用語で本を著したらしかった。
四名は該当箇所を大まかに読み終え、エイシャが本を閉じた。
蔵人は言った。
「四大精霊は、自身の力を死後使われる事を恐れて、己を精霊へと昇華させたんだな。これは、死者掃滅の他にも、各大陸を訪れる理由が出来た。
四大精霊に会えば、魔王打倒の秘密が得られるかもしれない」
皆は蔵人の言葉に、静かに頷いた。
この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。
最後までお読みくださりありがとうございます。
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