第五章 同盟
蔵人とサムは使者の男――陸――と共に、曙王国各地で兵を募る事に決めた。蔵人は男と馬に二人乗りをして、サムは飛行魔法で馬と並行して移動していた。
蔵人も陸も、サムの高速飛行には舌を巻いた。
「すごいな、サム。そんな速く飛べるのか!」
蔵人の言葉に、サムは答えた。
「地面すれすれなら、の話だよ。高所を飛行すると、強い風の影響で姿勢を保つのがやっとだ」
魔法の道の深淵さは、未だ蔵人の理解の外にある。そう考えざるを得ない。
一刻ほど馬を走らせ、三人は王都に次ぐ兵営がある場所に着いた。邑連合軍との戦線と王都の中間地点に位置する。
どうやらここも死者の襲撃に遭ったらしい。門扉が壊され、見張り台には破損が見て取れた。
陸が馬を静止させると、蔵人は馬から降り、大声で叫んだ。
「我は王国一の剣士、結城蔵人なり!生きておられる方がいらっしゃるなら、返事を求む!」
櫓に人影が映り、
「副団長、確かに結城蔵人です」
兵の声が響いた。門扉の瓦礫を乗り越え、騎士団副団長、大塚武彦が姿を見せた。陸も馬を降り、サムも含め、三人は並んで立った。
「結城か。お前は、王都にいたのではなかったか?」
蔵人はこれまでの経過を説明した。
「王陛下は、自ら御一人で敵勢力に切り込み、死者の群れに切り込んでいかれ、真に見事な最期を……そして、死者の軍勢の前に王都は火に包まれ、落城となった次第です」
「――――それで?」
大塚は怪訝な顔をして、蔵人と陸を交互に見ながら、
「それで、何故お前は邑諸都市連合の者と一緒にいるのだ?そいつは工作員か?戦闘員か?」
大塚の鋭い視線に、蔵人も陸もたじろいだが、蔵人は反論した。
「こちらは陸と名乗る、邑諸都市連合の使者です。邑も死人の襲撃で、七都市のうち五都市が陥落したとの事です」
「本当か?」
大塚は陸に、滑らかな邑の言語で言葉を向けた。大塚副団長は、平明王の通訳を務められるほど、邑の言葉に通じている。
「邑――死者――都市――陥落――」
蔵人は大塚の言葉を断片的に拾い聞いた。そして、
「曙――王都――陥落――共同――」
使者である陸の言葉も断片的に聞き取った。
使者は邑諸都市連合総司令、周のものだという親書を手渡した。王や騎士団長、文官全員が消息不明では、読む資格があるのは大塚副団長だけだった。
巻物にされた羊皮紙を解き、
「確かに周司令官の物だ」
と大塚はぼやいた。端から端まで読み終えると、陸に言った。
「使者殿も御存知ないようだが、この書には休戦及び同盟の話が書かれている。周殿の話はもっともだ。このような得体の知れない状況下では、戦もままならぬ。賢い提案だと、私は思う」
大塚副団長が言うと、
「では?」
「副団長?」
大塚の背後に居並ぶ兵たちは詰め寄った。しかし大塚は、
「だが私はこの砦を任され、しかも騎士団副団長の身。王命なくしてこの砦を放棄するわけにはいかぬ」
と、頑とした口調で言った。うなだれる兵たちだったが、大塚はさらに言葉を続けた。
「だが、それは私自身のみの話だ。この非常時に、一般兵がどうなろうと知る術はない」
大塚は、暗に志願させようとさせたのである。多くの一般兵がためらう中、剣を高々と掲げたのは、蔵人だった。
「我、結城蔵人は、邑諸都市連合と共に戦う事を、ここに誓う。続く武勇の者はおられるか?」
蔵人の声が辺りに響いた。すると、続々と剣を掲げる者が現れた。
「我も戦おう!」
「共に死人に勝とう!」
蔵人の他者を先導する武勇が、皆を動かした。大塚副団長は蔵人に近づき、蔵人の肩に手を置き、
「皆を頼むぞ、勇ましく歩む者、勇者よ」
そう小声で言った。
結局、大塚は砦を離れる意志がないため、残留する事になった。それに従うように、一〇名ほどの兵も残った。後の二〇名余りの騎士は、馬も含めた完全武装で蔵人に従った。
武具管理をしている兵は、蔵人に尋ねた。
「結城、お前、鎧兜はどうする?」
王都落城のゴタゴタで、蔵人は愛剣しか武装せず、皮の胸当てをしている程度だった。
蔵人は迷った末に、
「身軽な方が、性に合っているようだ。幸い剣はある。馬だけいただこう」
蔵人は武装して馬上の兵二〇名に訴えた。
「我らはこれより、邑の地に踏み入れる。陸の先導もあり、魔法使いサムの助力もある。いざ、行こう!」
「おお!」
兵たちは蔵人の簡潔な演説に、喚声で応えた。騎馬兵二〇余りの軍勢は、砦を後にした。
蔵人たちを見送った大塚は、副団長として残存兵に問うた。
「よかったのか、結城たちと共に行かずに?」
大塚は居並ぶ将兵らを見回した。皆、壮年・老年の兵たちで、大塚指揮下での戦歴が長い者ばかりだ。
「副団長、そんな事仰るのは野暮ってもんです」
一人の老兵が言った。それに呼応するように、
「我ら副団長直属の兵は、運命を共にする所存にございます」
「副団長万歳!国王陛下万歳!」
若者たちが去った所で、こちらはこちらなりの喚声があがった。
兵の一人が言った。
「死人はまた攻めてくるでしょう。そうなった暁には、追い詰められた人類の恐ろしさ、見せてくれようというものです」
大塚は副団長として、皆に命じた。
「よし、まずは門や櫓の補修だ!心して、万全の状態で迎え討つぞ」
「はっ!」
老兵たちの誇りは、全く褪せていなかった。たとえ最期を迎えようと、全力をもって笑い死ぬ覚悟が、各人の胸中にあった。
二〇名以上の馬上の兵が一体となって動くと、死人も近づいてはこなかった。何度か、
「前方に死人がいる!」
というサムの大声が飛んだが、この軍勢を目にすると、死人が森林に隠れるなどして道を譲った。
半日ほど馬を走らせ、邑との国境を越え、蔵人たちは邑諸都市連合の都市の一つに着いた。都市の名は慶安。ここは曙王国との戦争の最前線にあり、兵が多かったため、死人の一掃に成功したという。
門前まできて、一行は馬を止めた。陸は城壁の衛兵に、大声で呼びかけた。
「我――陸――曙王国――兵士――共同――成功――」
陸の言葉に触れていたためか、多少は、蔵人の聞き取れる語彙が増えていた。
陸の呼びかけに応じて、何度か邑の言葉が飛び交い、やがて門が開いた。そして陸を先頭に、蔵人たちはゆっくり馬を進め、入城した。
邑の民衆は遠巻きに、奇異の目を蔵人たちに向けてきた。髪の色も肌の色も、共通の黒髪黄色である。言語にも似たところは多い。そのため、視線を独占していたのは、サムだった。サムは金髪碧眼、肌の色も蔵人たちより白い。物珍しく見られ、サムは不快らしかった。
無理もない、と蔵人は思った。自分がサムの故郷に行けば、同じ目に遭うだろうと考えた。また、サムは蔵人より繊細な神経をしている。それが世界の微細な動きを支配する、魔法使いとしての技を可能としている。だが、それはこんな場では――――
「陸!――戻った!」
太く、よく通る声が、一行の前方から発せられた。陸のすぐ後ろにいた蔵人は、視線を動かして前方を見た。
見覚えがある風貌の、壮年の男がいた。顎髭にも髪にも白い物が混じりかけている。蔵人は必死に記憶を辿り、不意に夕暮れの戦場跡で、兵の亡骸を弔う場面が思い出された。そうだ、蔵人の記憶が正しければ、この男は――――
「周司令官!」
陸が叫んだ。そう、この男は、長らく邑諸都市連合軍を率いてきた男、周遜――ジョウ・スン――その人だった。
陸が慌てて下馬し、蔵人とサムもそれに倣うと、他の兵たちも馬から降りた。
「おお!曙王国、騎士、歓迎」
たどたどしく、周は曙王国の言葉で挨拶してきた。誰が返答すべきか、蔵人は背後の兵を振り返ったが、周りの兵に小突かれ、慣れぬ言葉で挨拶した。
「我、結城蔵人。共同、同盟、良し」
周は訝しげに、蔵人の顔を見た。そして曙王国の言葉で、
「前に、会った、違う?」
と尋ねてきた。蔵人は首を縦に振った。
「はい、会った。戦、場で」
蔵人の言葉に、周は眉間にしわを寄せ、視線を泳がせた。その後、はたと手を打ち、
「あー!――時――ガキ!立派に――」
そう叫んでいた。ガキ呼ばわりには腹が立ったが、蔵人は堪えて右手を差し出した。
「共に戦う。はい、いいえ?」
周は豪快に笑い、
「はい、戦おう。死者、倒す」
蔵人の手を握った。
ここに、曙王国、邑連合の残兵による同盟は成った。
しかし、同盟は細かい部分まで詰めようとすると話が長くなる。この時はまだ、その労苦を蔵人はわかっていなかった。わかっていないまま、指揮官に祭り上げられてしまった。
そのため、その後の話は大変だった。
周は馴れ馴れしく蔵人の肩を抱き、自らの本陣に案内しようとした。所在なく、蔵人が率いてきた兵もぞろぞろと従った。しかし、周の近衛兵が槍を突き出して制止させると、
「無礼な!」
「――――!」
曙王国兵と邑兵が、一触即発の雰囲気となった。
そこへ、
「――!」
周の怒号が飛んだ。言葉の意味は、蔵人たちにはわからない。しかしその迫力に、邑の兵士は勿論曙王国の兵士までが動きを止めた。
「同盟――決めた――また戦――ない――」
途切れ途切れながら、蔵人は周が同盟の必要性を訴えているのがわかった。周の短い演説で槍を引っ込めた邑の兵を見て、蔵人も言った。
「曙王国の武人たちよ!この通り、邑諸都市連合の兵は武器を構えるのをやめた。同盟の話が持ち上がっている以上、こちらも武器に訴えるのはお控え願いたい!」
蔵人の言葉に、曙王国兵たちもおとなしく従った。剣から手を離して立ち尽くす兵たち。それを見て、蔵人は不安を抱きつつも周について行った。
周が本営としている場所までの道中、周は笑いながら
「立派、立派、すごい、すごい」
と、蔵人の肩を叩いていた。どうやら初対面の時から今に至るまでの間の、蔵人の成長に感心しているらしい。蔵人は辟易しながら苦笑の表情を作って歩いた。
「へえ、蔵人も大人になったね」
蔵人の内心を見透かす聞き慣れた声がした。蔵人と周は振り返った。
二人の前に、透明化の魔法を解いて、サムが姿を現した。
「何?お前――!場合に――切り捨て――」
殺気立つ周を、蔵人は押し留めながら説明した。
「彼、魔法、する人。国王に、従う人」
殺気を収めつつも、周はサムをまじまじと見て、
「魔法?」
そう呟いた。するとサムは、
「――――、周司令官。私、魔法を使う――。元は曙王国国王に従って――」
邑の言葉を巧みに用いて話した。これには蔵人も周も仰天した。蔵人は、
「サム!邑の言葉を話せるのか?」
周は、
「――――?」
疑問を口にしたらしいが、蔵人もサムもわからない。サムは言った。
「蔵人、僕は外国語習得が得意でね。陸さんや他の人たちが喋っているのを聞いて、おおよその意味はわかってきたんだ。
周司令官、私、言葉――得意。皆さんの――喋りから――――」
周は頷きつつ、
「わかった。お前――来い」
サムも本営についてくるよう言った。
三人はつれだって、市街の中心部を目指した。
周が本営としていたのは、街の中央広場の片隅に建てられた粗末な一軒家だった。
「空き家――――使って――」
周の説明から、その人となりが窺えた。周がその気なら、豪勢な邸宅を本営にもできたはずである。それをしないのが、周という男なのだ。
周が木製の扉を開け、三人は小屋へ入った。周の帰還に、幹部たちが出迎えた。
「――――?」
「はい、――――」
短い応答があった後、幹部たちは、蔵人とサムに冷たい視線を向けた。しかし、蔵人は臆する事なく、
「我、結城蔵人。曙王国、一番、剣士」
その名を聞いて、幹部の一人が激昂した。
「お前!お前の――――は!あいつは――!」
蔵人の胸ぐらを掴もうとしてきた人物を、蔵人は反射的にかわしていた。なおも蔵人へと掴みかかろうとしたその男に、
「やめい!」
周は怒声をもって制止させた。歯ぎしりする男に、周は言葉を続けた。
「彼が亡くなった――結城のせいと――今は同盟――」
どうやら、幹部の戦友を、蔵人が戰場で倒していたらしい。怒るのも無理からぬと考え、蔵人は謝罪した。
「申し訳ない」
蔵人が頭を下げると、男は鼻息荒いままながら、それ以上暴力に訴えるのをやめた。不承不承といった体で、蔵人に背を向けた。
それを見た周は頭を掻きながら、
「同盟――、楽には――ない」
同盟の難しさを吐露したのだと、蔵人は推察した。曙王国と邑の戦いは五〇年以上続いてきた。憎しみや恨みつらみも相応に生んできた。いかに同盟が必要とはいえ、すぐ仲良くできないのが人情である。
交渉・外交の難しさを、蔵人は察し始めていた。
地図が広げられた卓を、蔵人とサム、周とその側近が囲んだ。作戦会議である。
しかし言葉のおぼつかない蔵人は右も左もわからない。サムの言語能力に頼って、どうにか話についていくしかなかった。
地図には半分に七つの都市が点在し、もう半分に曙王国の国土が描かれ、小大陸が分断されている様が表されていた。それを基に、今後の方針、同盟の詳細が詰められていった。
「――始め――、近隣――この都市――――」
蔵人に食ってかかった男が、地図を指差し提案した。最初の攻撃目標として、最近の都市を挙げたらしい。確かに、邑諸都市連合の中では、一番の最短距離にある。
しかし、問題があった。戦略上の難所として、街道近くに曙王国の城塞都市が築かれていた。それに街道が通っているとはいえ、道が険しい箇所がある。数百の軍勢の通り道としてさえ、適さないように思われた。
「駄目だ――道――――難しい」
周も蔵人と同意見らしい。しかし、蔵人は別に考えがあった。
「あの、よろしいですか?」
恐る恐る手を掲げた蔵人に、またも同じ人物が噛みついてきた。
「――!――糞!」
威勢の良さには怯まない蔵人だったが、言葉が通じなくてはどうしようもない。蔵人が困っていると、
「意見あり」
サムが助け舟を出した。男の視線がサムに向き、蔵人の友がびくついた。その視線に割って入るように、蔵人は提案した。
「今は、曙王国も邑諸都市連合もありません。砦にいる曙王国兵も、仲間とすべきです」
サムが訳して伝えた。
「曙王国兵――仲間――共に戦う」
大雑把な訳なのは蔵人にもわかったが、蔵人の言葉よりずっと良い。
しかし居並ぶ人々の反応は悪い。誰もが考え込み、押し黙った。しまいには例の男が舌打ちする始末である。
再度、蔵人は言った。
「相応の待遇さえいただければ、邑の兵と同等に扱っていただければ、説得し、仲間となれます」
だが尚も、
「若造――半人前――ガキ――説得?」
例の男は罵声を蔵人に浴びせた。重苦しい空気が室内を包む中、不意に歓声が戸外から聞こえてきた。何事かと思い、一同は小屋から走り出た。
歓声の発信源は、酒盛りして肩を組み、卑猥な歌を歌う曙王国兵と邑諸都市連合の兵だった。街を練り歩き、中央広場まで行進してきたらしい。
「周司令官、仲間、なれる?」
蔵人は周に言った。周は苦笑しながら、
「ああ、なれる」
と口にした。
ここに至り、曙王国敗残兵、邑諸都市連合敗残兵による、反攻作戦が始まりを告げた。
この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。
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