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剣の勇者  作者: 坂木陽介
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第四九章 三竦みと超越者

 大きく息を吐いて立ち上がったエイシャの肩に、遜の右手が置かれた。

「よく闘った。正直、見事だった。サムの魔法で顔まで凍らなかったのは、神聖魔法の加護だろ?」

 エイシャは事の顛末を見抜いた遜を意外そうに見つめた。

「よくわかりましたわね?仰る通り、首から上の防御魔法を、瞬間的に強化しましたわ」

 サムもこれには驚いた。

「蔵人もそうだけど、歴戦の戦士って、魔力ないのに魔力の『臭い』を探知するよね。そのあたり、すごいなぁと思うよ」

 遜は言った。

「なに、蔵人のは純粋な直感の持ち主だけが可能な業だ。おれは観察力と洞察力で不自然さを見てとっているだけさ。これでも戦の経験だけなら、この中で一番長いからな」

 遜はそう語った後、サムに言った。

「エイシャはまだ闘えないだろ?凍らされて冷えた体を、温める必要がありそうだからな。サム、次の相手はおれだ」

 サムはそれを聞くと、

「次は遜が相手か。いいよ、やろう。エイシャは休んでいて」

と言った。エイシャは、

「言われなくても、そのつもりですわ」

 そう言って、観戦する蔵人の近くまで足を引きずって歩いた。蔵人は立ち上がって、心配そうに声をかけた。

「エイシャ、体は平気か?」

「中々応えましたわ。さすがはサム。神聖魔法と単純な比較はできませんが、魔法の技量だけなら私より遥か格上でしょう。不意打ちなどで、私が体術を使えるだけの間合いに入らねば、サムに勝てる気がしませんもの」

 エイシャは続けて蔵人に言った。

「なに、私の体なら、大丈夫ですわ。もう調子は完全です。心配してくださり、ありがとう。蔵人も座って、あの二人の闘いを観ていましょう」

 蔵人は促されるまま、エイシャの隣に腰掛けた。甲板中央では、サムと遜が臨戦態勢を整えていた。

「遜とは、闘った事がなかったね」

 サムの言葉に、双剣を軽く振り回しながら遜が答えた。

「そうだな。まあ、魔法使いと闘うなんて、中々そんな機会に恵まれるもんじゃない。

 まあ、おれとサムが直接戦闘する機会はなかったが、互いの闘い方は何度も見てきている。手の内を知った上で、更に奥の手があるか、あるいは対抗策が打てるか、そんな勝負になりそうだ」

 サムは言った。

「蔵人には正面からの真っ向勝負で負けたけど、遜は歳を重ねてる分、経験値は蔵人より上だからなぁ……奥の手がまだまだありそうで、正直、命を懸ける戦場では相手にしたくないよ。搦手の達人としか思えないし」

 遜は挑発を混ぜて言った。

「なんだ?闘う前から言い訳か?勝負に臨む以上は、必勝の信念がないと勝てる闘いにも勝てないぞ?」

 サムは目を閉じて、大きく息を吐いた。そして改めて目を開き、杖を構えた。遠目に見守る蔵人には、サムを中心に空気が変容したように感じられた。それは遜も同じだったらしい。

「やる気になったな」

 サムは微かな殺気をにじませ、

「うん。魔法使い、サム、全力をもってお相手致す」

 自然と友の口調を真似たサムに、遜も双剣を構えて臨戦態勢をとった。

「よくぞ言った。おれも本気でいかせてもらう」



 決闘前のお喋りは長かったが、勝負は一瞬だった。

 先に仕掛けたのはサムだった。杖に付いた魔力結晶を一つ消費し、瞬きの間に遜がいた場所に巨大な氷塊を作った。

 しかし、氷塊が出来た所に遜はいなかった。蔵人よりは劣るにしろ、エイシャよりは俊敏な跳躍で、遜はサムへの距離を詰めていた。どうやら、魔法を行使する時の息づかいが隙になったらしいと、サムは分析していた。

 しかし、蔵人ほど密着されずに済み、サムは周囲に風の渦を三つ作っていた。それを遜にぶつけようとしたところで、遜は腕から鎖鎌を発射した。

 首を狙われた恐怖から、サムは風の塊を丸々一つ、鎖鎌を逸らすのに使った。ただ、自分の意識が完全に鎖鎌に向いた事に、サムは己を呪った。

「しまっ――――っ!」

 サムの首元には、遜の双剣が突きつけられていた。

「まだやるかい?」

 軽い口調で言った遜に、サムは笑顔で否定した。

「いいや、僕の負けだ」

 船員たちは沸き立った。氷塊を消し、サムは言った。

「これで一勝一敗か。残りは蔵人だし、勝てる気がしないなぁ」

 サムの言の正否は後述するが、遜は意気揚々と宣言した。

「エイシャ、次はお前の番だぜ?おれの戦士としての技巧と、神聖魔法の加護による肉弾戦、どっちが強いか勝負だ」

 短剣の切っ先をエイシャに向けた挑発である。エイシャはその挑発に乗った。

「あら、単純な戦士としての勝負で私に勝てる方は、蔵人くらいのものですわ。全身を覆う鎖帷子に、神聖魔法の重ね掛け、見くびると痛い目に遭いますわよ」

 エイシャはサムとすれ違い、甲板中央に出た。

 蔵人はエイシャが座っていた位置に座ったサムを気遣った。

「平気か、サム?」

「いやぁ、完全に相性の差だね。鎖鎌をかわしても、手裏剣や針みたいな仕込み武器が飛んできそうだよ。適切な魔法による対抗策を一々考えていたら、隙だらけにもなる」

 特に怪我もなく、落ち込む様子もない友を見て蔵人は安心した。そして甲板中央に目を向けた。

「始まったね」

 サムの言葉と同時に、遜は戦闘態勢を整えたエイシャに向かって距離を詰めた。

 しかし、その後は遜の策が全て、正面から打ち破られた。鎖鎌に手裏剣に針等々……あらゆる不意打ちが、エイシャの防御に完全に弾かれた。手裏剣の二発目を打った際には、一本をはね返され、遜が手裏剣をかわす羽目になった。そして、それによってできた隙が致命的になった。

 エイシャは遜との距離を詰め、右拳を遜のみぞおちに触れさせた。遜は反射的に動きを止め、自らの負けを悟った。

「続けますか?」

 エイシャの発言に、

「降参だな。いやはや、参ったよ」

 遜はそう答え、双剣を収めた。そしてエイシャが拳を離すと、甲板を回って仕込み武器の数々を仕舞った。



 その後は遜、エイシャが蔵人と闘ったが、以前と変わらぬ実力差で、両者共に蔵人に敗北した。

 二名とも、蔵人の強さにぼやいた」

「はぁ……私とした事が……蔵人には敵いませんわ。蔵人だけ、私たち四人の中で別格です」

「全くだ――――待てよ。サムがエイシャに勝ち、エイシャがおれに勝ち、おれがサムに勝ち……これ、三竦みじゃねぇか!で、蔵人は全員に勝っている。まじで蔵人だけ、おれらを超越しているぞ」

 遜の言葉に、蔵人は余裕をたたえて言った。

「なに、勝負は時の運だよ。次に闘ったら、俺が負けるかもしれない」

 甲板の端で、蔵人と並んで座るサムが反論した。

「それは、一度負けただけなら当てはまる言葉だけど、僕らは皆、蔵人に二回負けている。時の運じゃない。明らかに蔵人が強いよ」

 サムの言葉に、遜もエイシャも頷いた。蔵人は所在なさを感じ、落ち着かなかった。

 しかし、エイシャは次のようにも言った。

「でも、蔵人が味方で良かったですわ。敵として現れたら、なんて、考えただけで恐ろしいですもの」

 蔵人は持ち上げられても、それはそれで背筋がむず痒かった。

 四名が喋っている所に、艦長が近づいてきた。

「いやぁ、皆揃って強いんだな。わしは若い頃、海上で戦を経験したが、お前さんたちほどの力の持ち主は見た事がない。今からでも、総督閣下や皇帝陛下の下で働くよう、心変わりせんか?」

 艦長の誘いに、四名は顔を見合わせ、無言で意見が一致したのを確認した。年長者への礼として、蔵人が立ち上がって、四名の総意を伝えた。

「艦長、我々はあくまで流浪の身。まして、我は死者の掃滅を、主君と誓った方から託されたのだと考えております。お言葉は光栄ですが、辞退致したく存じます」

 丁寧だが、はっきりと断りの意志を持った蔵人の言葉に、艦長は残念がった。

「惜しいのう……しかし、しつこく勧誘されて煩わしいかもしれんが、お前さん方を傘下に加えたいという声を聞くのは一度や二度ではあるまい?特に、ええと、ユーキよ、そなたからは卓越した武芸者であるのと同時に、人を惹きつける素質が感じられる。

 きっと、今後は仲間にしてほしいと言う者まで出てくるじゃろうて」

 艦長の予言に、四名は再度顔を見合わせた。皆、渋い表情で悩んだが、蔵人が言った。

「それは、そう申し出る者の実力次第ですね。確かに仲間は欲しいですが、流浪人は戦闘以外の場面で耐え忍ぶ事が多すぎます。何日も野宿する事に比べれば、辺境の村落の暮らしさえ楽に感じるでしょう」

 他の三名にも異論がなかった。何か言葉を差し挟むべくもなく、またそういう気にもなれない。

 人を導く、蔵人の資質が表れていた。

 真剣な話はそこで終わり、蔵人は一点、艦長の話で気になった点を尋ねた。

「艦長、海上で戦闘をした事があるんですか?どんなふうに闘うのですか?」

 興味津々の蔵人に、艦長は自慢気に応じた。が、話を聞いているのは蔵人だけで、遜やエイシャは船室に引っ込み、傍に座るサムも苦笑して耳を傾けていた。



 海戦は、船と船とのぶつかり合いから始まる!船頭や船腹をぶつけ合い、相手の船に乗り込むんじゃ!

 そしたら後は、陸での戦い同様、切ったはったの勝負じゃ!しかし、船は漕ぎ手や帆がやられると身動きできなくなる。そこで短剣を縄で飛ばして敵船の帆を切り裂いたり、漕ぎ手から狙ったりする。

 漕ぎ手も船上では戦力じゃ。帆の調整をする船員にも、同じ事が言える。だから鎖で繋がれた奴隷を使わず、船員は自由民で固めておる。

 正直、陸でいくら戦い慣れている戦士でも、海戦では船の揺れで役に立たない。船同士のぶつけ合いの中、敵船に乗り込んでいくんじゃ。揺れはひどいぞ。お前さん方が経験した事のない揺れじゃ。お前さん方の闘いは船上とはいえ、錨を下ろした静かな状況での闘いだ。海戦での揺れと比べたら、今回の航海なんぞさざ波みたいなもんだ。

 何十年も昔になるが、わが祖国ガウロン帝国と、今わしらが目の前にしているラジャム王国は戦争をしていた。海を隔てた国同士、互いに軍隊を送り合い、時には海上で敵船と遭遇しての戦闘にもなった。

 そして、先代の皇帝はフィールード閣下に出陣を命じた。魔法使いに最前線に出るよう命じられたのだ。

 閣下はかなり渋ったという。なんでも、魔法使いは研究の徒であり、戦は専門外だと。しかし国が総力を上げて戦っている中で、戦力になる存在の出し惜しみは無しという皇帝の意志により、閣下は船上の人となった。

 一〇年以上前には、一度港街の占拠に成功した事もある。しかし、海上の補給が断たれ、すぐに撤退を余儀なくされた。

 また、ガウロンもラジャムも、統治者が代替わりし、何年も続く戦争で両国ともヘトヘトじゃった。そこで現在の皇帝陛下と、ラジャムの王が直に話し合い、平和の取り決めをしたのだ。

 戦争は恐るべきでない。相手が不法な行いに及ぶのに怯んでいてはならぬ。しかし、自分から挑発してもならない。徒な戦は徒な結果しかもたらさぬ。

 互いにこの教えを今後幾年経っても守るよう、この条文は石板に刻まれ、それぞれの都に大きく掲示されている。

 両国は今でこそ平和を保っているが、それは単に互いの国を征服するだけの遠征が不可能だからに過ぎぬ。状況はいつ変わるかわからぬ。

 だが、いつ何時事が起ころうと、わしは帝国兵士の一員として、最前線に馳せ参じるつもりじゃ。

 若い勇者よ、その仲間である魔法使いよ。そなたたちが流浪の身を貫くための信念があるように、わしらにもガウロン帝国兵としての信念、誇りがある。

 道は違えど、志は全うしていきたいものじゃな。



 その後も、船上での決闘は毎日のように行われた。暑い気候のため、日が高く昇った頃は船室にこもって、気温の低い午前中や夕方に闘った。

 しかし、相性の差か、何度闘っても勝敗は変わらなかった。サム、遜、エイシャは三竦みの状態で、三名とも蔵人には勝てない。サムに至っては勝ちを狙うのに手段を選ばなくなり、一度火炎魔法を使ったが、

「今度やったら海に叩き出すぞ!」

 という艦長の怒声を浴びて、火の魔法は封印せざるを得なかった。

 しかし、蔵人の強さは明らかに仲間内で頭一つ抜けていた。接近戦になる遜やエイシャも、遠距離から魔法を放つサムも、勝てる気がしない。

「もう!私たちが三竦みで、蔵人がその上に君臨する超越者なんて、納得がいきませんわ!蔵人と戦闘を共にして、その技を盗んできた自信がありましたのに!」

 負け続けて五日余りした頃、エイシャは大声で嘆いた。

 その様子を遠巻きに観賞していた船員たちは、エイシャを罵声混じりにからかった。

「おお?姉ちゃんがとうとうヒステリー起こしたぞ」

「負け惜しみにしても格好悪いぞ〜!」

 エイシャは鋭い視線を船員に浴びせた。

「そう思うなら、あなた方が挑んだらどうです?まさかそれだけ言っておいて、女である私より弱いなんて事はありませんわよね?」

 挑発の言葉に、三名の船員が名乗りを上げた。

「そこまで言われちゃ、黙ってらんねぇな!」

「おうよ。おれたちの強さを見せてやる」

「勇者様だからって、船の上でおいらたちに敵うわきゃねえだろ」

 その様子を見た艦長は制止する言葉を放った。

「恥をかきたくなければ、やめておくんじゃな」

 しかし、三名は聞く耳を持たずに返事をした。

「艦長も心配性ですぜ?ガウロンの船員の中で、おれたちは最優秀の勲章をもらった三名じゃないですか!」

 艦長はため息をついて、

「勝手にせい」

と言い、艦長室に引っ込んだ。

 蔵人と一二、三歩の距離で、船員三名は片刃の曲刀を抜いた。

「いくら陸で何勝もした勇者様でも、船の上でおれたちに敵うと思うなよ?」

 船員の挑発に、蔵人は静かに言い放った。

「面倒だ。全員一斉にかかってこい。時間の無駄だ」

 蔵人が顔色一つ変えずに言ったのが、逆鱗に触れたらしい。船員は言った。

「なに?その言葉、後悔するなよ?いくぞ、お前ら!」

「おう!」

「やったろうぜ!」

 三名の船員は蔵人に向かって走った。その間に、そのうちの一名が球体を甲板に叩きつけた。球体は崩れ、あっという間に煙となって甲板を覆った。

(煙幕か――――)

 蔵人は心乱される事なく、目を閉じた。そして、無心で剣を一振りした。

 船員三名の煙幕に紛れた同時攻撃は、蔵人の剣であっけなく破られた。全員の曲刀の腹に蔵人の剣が当たり、曲刀は全て折られた。

「なんだと?」

 驚愕している船員の一人に、蔵人は剣の切っ先を突きつけた。あと一尺も剣を突き進めれば、船員の首が落ちるだろう。

「まだ続けるか?」

 煙幕が晴れ、サムたちにも状況が把握できるようになった時には、蔵人が勝利した様子が窺えた。

 剣を突きつけられた船員は情けない口調で、腰を抜かして蔵人に詫びた。

「す、すいません!申し訳ありませんでしたぁ……」

 蔵人は剣を収め、立てなくなっている船員に笑顔で手を伸ばした。

「立てますか?」

「え?は、はい」

 船員は蔵人の手を取って立ち上がった。

 親切心を発揮した蔵人だが、釘を刺す事も忘れなかった。

「我らのような高みに至る武人は少ない。そして、我すら武人の頂点とは言えない。無理な勝負は控える事です」

「わ、わかりました」

 頭を下げる三名の船員から、蔵人は仲間へと視線を移した。全員、笑顔であった。

この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。


最後までお読みくださりありがとうございます。

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