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剣の勇者  作者: 坂木陽介
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第四八章 船上の決闘

 フィールード総督に船を出してもらい、蔵人たちは新大陸であるオレニアへと上陸した。

 蔵人、サム、遜は船旅に慣れている。船が大風に煽られようと、平然としていた。しかし初めて乗船したエイシャは船酔いに苦しんだ。

「船旅って、こんなにきついんですのね……予想外の揺れですわ……」

 エイシャは鎖帷子を脱ぎ捨て、短衣姿で船室と甲板を往復している。魅力的な身体つきだが、負の雰囲気に包まれ、皆に避けられていた。

 女に目がない遜ですら、食指を伸ばそうとせず、

「まあ、こればかりは慣れるしかない。サムに風の寝床でも作ってもらって、寝ていろ」

 そう言って肩をすくめる始末である。

 サムは風の寝床を用意しながら、エイシャに尋ねた。

「神聖魔法の加護には、船の揺れに対処するものはないの?」

 エイシャは、はたと膝を打って風の寝床の上で座禅を組んだ。

「その手がありましたわ!」

 目を瞑り、両手は広げた。そして女神イアグを讃えた呪文を微かな声で紡いだ。

「我らが神、至高の存在たるイアグよ。我を守り、我を救い……」

 呪文は何十秒と続いたが、最後にエイシャは宣言した。

「我が身を慈愛をもって包み給え」

 エイシャは目を開き、大きく深呼吸をした。すると、土色だった顔色に、段々と赤みが戻ってきた。

 エイシャはサムに礼を述べた。

「感謝しますわ。確かに、加護や防御の魔法は神聖魔法の得意とするところ。私としたことが、苦しみで冷静な判断ができなくなっていたんですわね」

 遜は納得がいかなかった。

「なに?治ったのか?おいおい、おれらは三日間、嘔気とふらつきで死ぬ思いをして、船酔いを克服したんだぞ!それを魔法一発で治すとか、不平等にもほどがある!」

 大声を出した遜を、エイシャは無下に扱った。

「知りませんわよ、スンの苦しみなんて!それに、魔法に頼らずとも平気になったのなら、結構な事じゃありませんこと?」

 離れて二名のやり取りを見ていた蔵人は、

「やれやれ、戦闘になれば頼り甲斐のある二人なんだけどなぁ……」

と、嘆息するしかなかった。サムは笑った。

「喧嘩するほど仲が良い、って事かな?」

 蔵人も頷いた。

「ま、そういう事にしておくか」

 船旅は一ヶ月近くかかった。幸い、サムの風魔法で船はよく進み、エイシャの神聖魔法で船全体を包む事で、魔王による探知を不可能にしていた。

 些細な喧嘩はあっても、船旅は極めて順調と言ってよかった。新たな大陸は、すぐそこまで迫っていた。



 船旅を終え、遂に蔵人たちはオレニア大陸を眼前に捉えた。目を凝らすと港街が見える距離に来ていた。また、暦の上では冬のはずだが、ガウロン帝国同様、熱帯という事で暖かい。

 しかし、蔵人一行を乗せた船は、すぐに入港できなかった。小船で近づいてきた役人が、大声で次のように言ってきたのだ。

「一ヶ月は、検疫期間として入港できません!ご了承のほどを!」

 検疫、という耳慣れない言葉に、サム以外の皆は困惑した。

 オレニアの公用語を理解する蔵人が、サムに質問した。

「検疫っていうのは、どういう事なんだ?」

 サムは皆にわかるよう、エージア公用語で説明した。

「検疫っていうのは、病気にかかった人を上陸させないための措置だ。病気には、潜伏期間と言って、病気になっていても発症していない時期がある。だから一ヶ月待って、それでも病気を発症させた人がいなければ入港できる取り決めがされているんだよ」

 サムの説明に、蔵人とエイシャは頷いた。悲鳴を上げたのは遜である。

「なにぃ〜!じゃあ、オレニアの姉ちゃんたちと接触できるのは、一ヶ月後なのか?」

 サムの両肩を掴み、問いただす遜に、サムは驚愕と恐怖の両方を感じつつ、

「そ、そういう事に、なるね」

と、どうにか言葉を返した。サムを解放した後、遜は天を仰いだ。

「ああ、神はなんという試練を……」

 普段の不信心さを知る仲間は苦笑した。エイシャに至っては面と向かって罵倒した。

「少しは品行方正な暮らしをしろという、神様からの宣告ですわ。スンの事ですから、故郷にいる頃から、神に祈る事などなかったんじゃなくて?少しは生まれ故郷の神に、祈りを捧げたらいいんじゃありません?」

 遜はエイシャを睨んだ。

「うるさい。女には、この苦しみはわかんねぇよ……」

 反論の語気も内容も弱々しく、エイシャでさえ面食らった。

 遜は落ち込んだが、不意に表情を変えて言った。

「よし、女が抱けないなら、体を動かすぞ!お前ら、甲板でおれと勝負しろ!」

 三名全員への挑戦に、初めは沈黙した。しかしその言葉が意図するところを知って、三名は揃って不敵な笑みを浮かべて言った。

「いいだろう。この結城蔵人、剣士としてお相手いたす」

「僕の魔法と遜の武勇、どちらが上かな?」

「あなたにだけは負けませんわよ、スン?」

 蔵人一行全員が乗り気なのを見て取ると、遜はさらに言った。

「おれとの勝負だけじゃ物足りないな。この際、全員が全員と手合わせしないか?」

 遜の提案に、全員は乗った。

「いいよ、全員と手合わせした事はあるけど、皆があれからどれだけ強くなっているか、確かめたい」

「正直、僕の魔法なら蔵人以外には負けないよ」

「イアグ神への信仰の力、思い知っていただきましょう」

 こうして、船上の決闘が始まる事となった。



「いいぞ!」

「やれやれ〜!」

 娯楽に飢えるのは船員も同じらしい。錨を下ろして港外に船を固定させた後、甲板上には人の輪ができていた。その中央で剣を構えて向き合うのは、蔵人と遜だった。

「遜と闘うのは、ルマークでの武闘会以来か」

「そうだな。まあ、真っ向から正直に突っ込めば負ける。小細工は増やしてきたから、多少は闘えるとは思いたいが……蔵人は強いからな。どこまで抗えるか」

 蔵人はわざと挑発した。

「言い出しっぺが、随分弱気じゃないか?」

 しかし、そこは年長者の余裕か、挑発に乗らなかった。

「この歳になると、守りに入っちまうんだよ。負けたら格好悪いとか、面子が潰れたとか、無駄な事を考えてな。だが、おれはずっと挑戦を続けたい。たとえ一度負けた相手でも、怯まず立ち向かいたいんだ」

 年齢の話を蔵人は理解しかねたが、遜の言葉の後半は、蔵人も感服した。

「よくぞ申された、邑連合の戦士よ。曙王国騎士、結城蔵人が全力をもってお相手いたす」

 最大限の敬意ある言葉に、遜は自分の言った内容を後悔した。

「……もしかして、今の一言で本気にさせちまったか?」

 目を泳がせる遜に、蔵人は騎士として応えた。

「左様!この結城蔵人、騎士として力の限りを尽くす所存である!」

 船員たちが作る輪の中に、サムとエイシャは混じって観戦していた。蔵人の言葉がわからなかったエイシャは、サムに尋ねた。

「クロード、なんて言いましたの?」

「遜の言葉に感服し、騎士として全力を尽くす、ってさ」

 サムの説明を聞いたエイシャは爆笑しながら、大声で遜に呼びかけた。

「スン!万が一致命傷を負ったら、イアグ神の慈愛に満ちた弔いをして差し上げますわ!」

 遜はエイシャに顔を向けて、

「うるせぇ!そこは治療魔法かけるところだろ!

 全く……じゃ、そろそろ始めるか、蔵人」

「承知した」

 二名は向かい合い、蔵人は両手剣を、遜は小振りの双剣を構えた。空気が張り詰め、観戦者たちのお喋りも徐々に無くなっていった。そして、微かな波音とカモメの鳴き声が響く頃合いに、蔵人から仕掛けた。

 蔵人は一気に間合いを詰めた。最早大振りの両手剣より、遜の双剣のが有利になるほどの距離になった。

 蔵人は低い姿勢から、剣を振り上げるように攻撃を繰り出した。しかし、遜は片方の剣で器用に蔵人の剣撃を逸らした。そして、小型の鎖鎌を、蔵人の両手剣に巻きつけた。

 己の剣を絡め取られ、体勢を崩しそうになった蔵人は、一息で何歩も後退した。

「我が剣をかわし、あまつさえ絡め取るとは、さすがは歴戦の戦士」

 そう言って、蔵人は慎重に間合いを測った。今の攻防では、互いが手加減したのを理解したからだ。蔵人の攻撃は真っすぐ遜を狙い、連撃になるような剣の振り方をしなかった。一方で遜は蔵人の両手剣を片方の短剣のみでいなし、同じ腕から放った鎖鎌で蔵人の剣を絡め取った。つまり、片方の腕で蔵人に攻撃を仕掛けられたのに、そうしなかったのだ。

 鎖が伸び切る五、六歩の間合いで、両者は再び沈黙した。遜が鎖を引っ張ったが、蔵人はびくともしない。

 静かな緊張感が、この場を支配していた。



 遜の腕から発射され、蔵人の剣に巻きついた鎖を軸に、決闘は膠着していた。互いに、鎖に微妙な力をかけて引っ張り合っているが、体勢を崩すほどには至らない。全力で引っ張った場合、それで相手が体勢を崩せばいいが、もし全く動じなかった際には、大きな隙を晒す。慎重にならざるを得なかった。

 ふと、蔵人は剣を下ろして構え、何度かわずかな力で引っ張ってみた。そこから、蔵人は手応えを得た。策も練る事ができた。

 蔵人は再度、跳躍した。鎖がたわみ、緩み、自在に剣が振るえる。遜は咄嗟に鎖を引っ張って、蔵人の剣を逸らそうとした。しかし、蔵人が横から剣を振るう方向と、自分が鎖を引っ張った方向が同じなのに気づいた。

 しかし、片方の剣で蔵人の剣は受け止められずとも、両手の双剣を二つとも使えば可能なはずだ。少なくとも、先ほどの剣撃から、遜はそう推測していた。

 蔵人は、またも甲板の床すれすれの低さから、上へと剣を振るった。遜は剣を交差させて、蔵人の剣を受け止め、さらに勢いを逸らすべく剣を動かそうとした。

 だがそれは叶わなかった。

 蔵人は渾身の力で剣を下から上へと振るった。たわんだ鎖は最早用を成さず、遜は双剣二つともを使って蔵人の剣を受け止めた。遜は剣を動かそうにも、蔵人の剣撃の威力を殺し切れず、かわす事も叶わず、蔵人が振り上げた一撃で両手を双剣ごと弾かれ、身体の正面ががら空きとなった。

「――――あ」

 遜が思わず上げかけた声と同時に、蔵人の剣は遜の眼前まで振り下ろされて止まった。

 決着である。

「遜、まだやるか?」

「いや、降参だ」

 遜は双剣を収め、両手を挙げた。

 勝敗が決まると、観ていた船員たちがはやし立てた。

「お〜!つえぇなぁ!」

「さすが勇者様だ!」

「双剣のおっさん!惜しかったな!」

 自分より明らかに歳上の船員の言葉に、遜は、

「やかましい!誰がおっさんだ!」

と、大声で反論した。

 蔵人は剣を収め、遜の健闘を讃えた。

「お見事でした。剣で勝る事ができているのが不思議なほど、一撃一撃の中身が濃い」

 遜は不可解な様子である。

「そうか?しかし、曙王国一の剣士がそう仰るなら、戦士として誉れ高い。お言葉、有り難く頂戴しよう。

 さて、この勿体つけた口調もやめようぜ、蔵人」

 遜の提案に、

「ああ、わかった、遜」

 蔵人も同調した。

 蔵人と遜が武器を収め、サムとエイシャの傍まで戻ってくると、既に二名は臨戦態勢だった。

「じゃ、自然魔法と、神聖魔法と拳法の合わせ技、どちらが上か見せてもらうぜ?」

 遜の言葉に、サムとエイシャは応えた。

「そうだね。僕も負けるつもりはないよ」

「あら、私も負けませんわよ」

 二名は臨戦態勢で、甲板中央へと進み出た。



 系統は異なれど、魔法使い同士の闘いとあって、皆が興味津々であった。

「さて、蔵人。サムとエイシャ、どちらが勝つと思う?」

 遜の問いに、蔵人は冷静に、

「僅差でサムだな」

と答えた。遜は蔵人が友を贔屓しているかと思ったが、

「そうか、蔵人は、サムともエイシャとも闘っていたよな。その上で、蔵人の戦闘経験から出た答えなら、間違うわけないか」

 そう分析した遜に、蔵人は肩をすくめて苦笑した。

「結構、勘によるところが大きいから、サムを友達贔屓しているかもしれないよ?」

 しかし遜は言った。

「なに、蔵人は勘で魔法に対抗できるんだ。それで出た答えなら、間違いようがない。

 ――――っと、そろそろ始まるぞ」

 蔵人も遜も、甲板中央に視線を向けた。

 サムもエイシャも、殺気を感じさせるほど意気込んでいた。

「僕は弱かったけど、魔法を習得して強くなれた。魔法は僕のよりどころだ。悪いけど、女性だからって手加減しないよ?」

「あら、手加減無用ですわ。私は女でも、数多の男の武僧たちを倒し、ルマーク最高の戦士となったのです。下手に手加減などされては、サムの命を奪ってしまいかねません。

 全力で向かってきてくださいまし」

 サムは杖を構え、頭まで覆う外套を着込んだ。エイシャは鎖帷子をまとい、顔は兜で覆った。

「サム……?」

 蔵人は目を疑った。サムの周りを、火花のような物が包んでいるように見えたからだ。

「始まった!」

 遜の声に、蔵人はエイシャを見た。蔵人の時と同じように、エイシャは真っ直ぐにサムへと駆けた。だが、蔵人とは致命的な差があった。

 サムは落ち着いて、呪文を叫んだ。

「NERO!」

 エイシャは、その時になってようやく、自身の作戦の失敗に気づいた。蔵人は自分より速く駆ける事で、サムに呪文を唱える隙を与えなかった。しかし、自分は、そこまでの速度を出せず、サムが杖に力を込め、呪文を唱える隙を与えた。

 サムの呪文は爆発的威力で、エイシャの周りを凍結させた。エイシャはサムの懐に飛び込み、右拳を伸ばしたが、僅かに及ばなかった。腕が伸び切っても、右拳はサムの顔より一尺離れた位置で水に覆われ、凍りついて動かなくなった。身体全体も、海水を利用した豊富な水量により、顔以外は凍っていた。

「続ける?」

 サムは改めて杖をエイシャへ向けて、不敵に笑った。エイシャは身体の四方を厚さ二尺余りの氷で覆われ、身体そのものも凍らされた状態で降参した。

「参りましたわ。――――早く呪文を解いてくださらない?体内まで凍らされて、痛いくらいなんですけど?」

 サムが杖を一振りすると、氷は一瞬で消え去り、エイシャ自身の凍てつきも解けた。

 凍てつきが無くなると、エイシャは腰を抜かして崩れ落ちた。

「エイシャ!平気?」

 サムが真っ先に駆け寄り、心配したが、エイシャは笑った。

「誰かさんが内臓まで凍らせたもんですから、体が思うように動かないのですわ。でも、神聖魔法の回復術でどうとでもなります」

 エイシャはイアグ神を讃える言葉を詠み、解毒・快復の術で身体の自由を取り戻した。兜を外し、片手で持つと、エイシャは差し出されたサムの手を取って立ち上がった。


この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。


最後までお読みくださりありがとうございます。

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