第四七章 二人の決闘
フィールード総督の頼みにより、蔵人一行は数日間港街に滞在した。総督の頼みとは、魔法使いとして、サムと決闘したいというものだった。
「魔法使いの決闘、ですか?」
総督との面会の際に、そう申し出られ、サムは困惑した。
総督は言った。
「同じ魔法使いと出会って、年甲斐もなく心が沸き立ってな。ラッセル殿、ここに魔法使いとして、腕比べをすべく決闘を申し込む」
総督の恰幅の良さが、かえって豪傑じみた雰囲気に感じられた。
蔵人は友の身を案じ、サムと総督の会話に割って入った。
「総督、僭越ながら申し上げます。どちらも魔法使いとして、並々ならぬ腕前の者同士の決闘となれば、双方無事では済みません。ここはご自重のほどを」
しかし、サムは総督の申し出を受けた。
「畏まりました、総督閣下。いえ、フィールード殿。貴殿の申し出をお受けし、腕比べに臨みたいと存じます」
サムは立ち上がり、杖の先端を総督に向けた。総督も己の杖を持ち、先端をサムの杖と交差させた。
「ここに決闘の約定は成されたり」
総督が宣言すると、サムは尋ねた。
「フィールード殿、決闘の日取りと場所は?」
「明日午前の宮殿前広場はいかがかな、サム殿?」
「決闘方式は?」
「杖や外套の補助無しによる、純粋な魔力勝負で」
サムは頷いた。
「承知致しました、では、明日を楽しみにしております」
蔵人は魔力を感知できない。しかし、サムと総督は笑顔を交わしつつも、既に臨戦態勢なのがわかった。以前、サムから教わった魔力の火花こそ感知できないが、二名の間には火花が散っているようにさえ感じられた。
勇者一行と総督との面談は終わり、魔法使いと魔法使いの対立が浮き彫りになった。人は牙を持たない。故に威嚇も牙ではなく、言葉や行動で示される。
サムとフィールードは、魔法使いとしての威嚇を示しつつ会談を終えた。総督は事務処理を終えるため宮殿奥へと消え、蔵人一行は総督府を退出した。
宮殿の廊下を衛兵の案内で歩きながら、蔵人はサムに声をかけた。
「サムが決闘を受けるなんて、珍しい。そういう血の気のある事は避ける主義だと思っていたけど」
蔵人の言葉に、サムは笑って応えた。
「蔵人、心配してくれてありがとうね。でも、僕が総督に負けると思う?」
サムの挑戦的言動に、蔵人は応えた。
「いや、全く思わない。そうだな、総督を完膚なきまでに負かしてやれ!」
後半は曙王国の言葉で言ったため、衛兵にはわからない。二人の男の信頼関係がそこにはあった。
翌日、宮殿前広場は人だかりに囲まれていた。その中心に、蔵人一行と総督及び侍従の家来がいた。
魔力結晶無しの実力勝負とあって、サムも総督も半袖の軽装である。しかし、総督は短衣で人前には出られないため、紅のマントを身に着けていた。
「やれやれ、総督の権威も、これでは鬱陶しいな」
愚痴る総督に、近侍の家来たちは諫言をしていた。身分差こそあれ、そこには密な主従関係が築かれている。蔵人は平明王を思い出し、主君を守れなかった後悔を思い出した。だが、すぐにサムに向き直り、発破をかけるつもりで言った。総督たち為政者からすれば不敬にあたる内容なので、曙王国の言葉で、である。
「サム、遠慮なく闘ってこい!サムなら、楽勝の相手だ」
友にそう断言され、サムは笑った。
「はははっ、そこまでは思ってはいないけど、勝つ自信は十分にあるよ。見守っていて」
遜は二人の会話の内容を、翻訳してエイシャに伝えた。
「つまりだ、楽勝だよな?って確かめ合っているような感じだ」
遜の言葉に、エイシャは疑問を口にした。
「本当にそこまでの実力差がありますの?私の感じ方が間違いでなければ、サムと総督の間に魔力の差はほとんどありませんわよ」
しかし、とエイシャは付け加えた。
「サムが魔法使いとして、何故か格上に見えるのです。お互い身にまとう魔力は同格なのですが」
エイシャは疑問を顔に浮かべていた。遜は煮え切らないエイシャの態度に、
「まあ、闘ってみれば判明するか。サムの自信とエイシャの疑問の理由も」
サムは総督と、一〇歩余りの距離を置いて向かい合った。
「総督閣下とは思わず、同じ魔法使いとして闘います、フィールード殿」
自然体で立つサムに、フィールードは言った。
「うむ、そうあってほしい。わしの人生で、魔法使いと出会うのは最後であろう。魔法使いの矜持を懸けた闘い、これほど高ぶるのは何年ぶりか。全力で来られよ、若き魔法使い、ラッセル殿」
臨戦態勢を取った二名の声は、
「いざ」
「決闘開始!」
そう唱和した。
開始すぐ、フィールードの足元から凍結し、氷と化していった。そして凍てついた地面が広がり、サムの足元にまで達しようとした。
「おい!サム!」
「サム!凍ってしまいますわ!」
遜とエイシャはサムを心配する言葉を発した。しかし蔵人は寒気を覚え、
「サム……サムの勝ちだ」
小声でそう呟いた。
次の瞬間、前方に伸ばされたサム両手から、フィールードの身体に至るまでの範囲が、全て凍結した。それは空気さえ例外ではなく、巨大な氷塊が広場中央に出現した。
「な、何が起こった?」
目を見開く遜に、エイシャが言った。
「凍結魔法……空気も含めた全てを、総督の身体ごと凍らせたんですわ。
それにしても蔵人、よくサムの勝ちがわかりましたわね?」
蔵人は、
「勘だよ。魔力の流れはわからないけど、直感でどちらが格上かはわかる。どの分野においてもね。理屈がわからないから、エイシャみたく分析できないのが困ったところだけど」
サムは静かに言った。
「フィールード殿、咄嗟に防御魔法を発動させたのなら、意識はありましょう。これにて決着という事で、よろしいですか?」
一瞬の間があった後、サムはさらに言った。
「負けをお認めくださったようなので、魔法を解除します」
サムは指を鳴らすと、全てが元に戻り、凍った物体は自然な状態へと回帰した。
広場を丸々凍てつかせ、光さえその色を変えた状態だったのが、瞬時に元に戻った。広場を取り囲んでいた人々の会話も、サムの魔法で止まったようだったが、どよめきが再燃していた。
「総督閣下が、負けた……?」
「いや、勇者一行ってだけあって、魔法使いもただもんじゃねえな」
騒然となる人々の中心で、フィールードはため息をついて脱力していた。総督としての意識がなければ腰を抜かしていただろう。
サムはフィールードにゆっくりと近づき、
「動けますか、総督閣下?」
そう声をかけた。魔法使いサムと魔法使いフィールードの対決は終わった。二名の関係は、旅の魔法使いと総督に戻っていた。
「いやはや、完敗じゃ。歳を取った……いや、何を言っても言い訳か。わしが魔法使いとして最も力のあった時でさえ、敵わなかったろう。
そういえば、得意とする魔法系統を聞いてなかったが、あれだけ凍結魔法に熟達しているという事は、わしと同じ水の魔法使いか?」
総督の問いに、サムは首を横に振った。
「いいえ、閣下。我が得意とするのは風の魔法です」
総督は目を見開き、驚愕の念に震えた。
「なんと……それでわしより数段上の魔法を扱うとは……世間は広いな」
総督とサムが会話している間、蔵人たちもサムの魔法について話し合った。
エイシャが言った。
「なるほど……サムの方が総督より魔法使いとして格上に見えた理由がわかりましたわ」
蔵人と遜は、
「なんだって?」
「まじか?」
揃ってエイシャに問うた。エイシャは説明した。
「魔法使いは、身体を魔力で覆っています。防御として、身体を魔力で覆っているのですが、サムと総督から感じられる魔力量は同等でも、サムの防御魔法のが魔力の密度がずっと濃いのです。それで、サムの方が格上に感じられていたんですね」
「なるほどな。そりゃ強いわけだ」
遜は感心して、心強い仲間を見た。
総督は言った。
「さすが、デニミウス殿の弟子。そなたが勇者一行の最高戦力であろう?」
サムは意外な事を言われ、反応が遅れた。一瞬目を丸くして総督を見たが、すぐに通常の表情に戻って否定した。
「いいえ、総督閣下。我ら一行の最高戦力は我ではありません。あちらに控えております剣士、いえ、勇者である結城蔵人にございます」
サムの言葉は、蔵人たちにも聞こえた。遜とエイシャは驚いて蔵人を見て、蔵人は間が抜けたように己の顔を指差した。
総督は蔵人とサムを交互に見ながら、
「なんと……それは真か?あれだけ強大な魔法を扱うそなたより、勇者の方が戦力として上だと?とても信じられん……」
総督の売り言葉に、サムは買い言葉を放った。
「ならば、お目にかけましょうか。魔法使いといえども、決して人の頂点には立てぬ事を、ご覧いただきたい」
サムがそう言うと、蔵人は頬を搔きながら、
「サム、俺に、お前と闘えって言うのか」
伏し目がちに暗い顔をした。それほど、蔵人にとって友に剣を向けるのは嫌なのだ。
サムは、あえて挑発した。
「僕に勝つ自信がない?」
そこまで言われては立つ瀬がない。蔵人はためらいがちに、
「わかったよ。総督閣下、我が剣技、とくとご覧あれ」
そう応えて広場中央へと進み出た。
「魔法使いと剣士の対決?」
「あんな、空気まで凍らす魔法使いに、ただの剣士が敵うもんか」
「ほらほら、賭け金はこちらへどうぞ〜」
観客たちは騒然とした。そして、誰もが勇者蔵人の敗北を予想した。サムは広場中央を全て凍らせ、観客たちにまで冷気を感じさせる魔法を放ったのだ。人間離れした絶技に、ハイエナと化した連中はこぞってサムの勝利に金を賭けた。
その様子を見た遜は、エイシャに、
「ちょっと、賭けに行ってくる」
そう言ってその場を離れた。エイシャは抗議した。
「ちょっと!仲間の勝負への賭け事に参加するんですの?」
「なに、サムにしか賭ける奴がいないみたいだからな。一つ思い知らせてやりたいんだよ」
聞く耳を持たずに群衆の中へ消えた遜から、エイシャは広場中央で向かい合う蔵人とサムに目を向けた。
「あれだけの魔法を使えるサムに、卓越した剣技のクロード。一見サムの勝ちにしか見えませんけど――――」
蔵人とサムは、観客たちの思惑はどこ吹く風で、平然と決闘方法について話し合った。
「俺は最初から、抜剣した構えを取らせてもらっていいか?」
「いいよ。その代わり、僕は杖を持ち、外套を着込ませてもらっていいかな?」
「ああ。互いに全力を出そう」
サムは総督相手の時より、明らかに用心を重ねていた。外套という防御、杖という攻撃補助を用いて、蔵人と対峙していた。
一〇歩余りの距離を空けて、二人は臨戦態勢で対峙した。
「しかし、蔵人相手だと、何の魔法で闘ったらいいか迷うな」
「サムの好きな、一番得意な魔法でいいんじゃないか?これは全力を出す決闘なんだろ?」
「そうか……そうだね。了解した」
蔵人は軽く剣を振り回した後、両手で剣を構えた。他方、サムは杖を両手持ちして、先端を蔵人に向けた。
「双方、準備は整ったようじゃな?」
総督の声に、二人は、
「はっ、左様です」
と唱和して答えた。
「それでは、勇者ユーキ対魔法使いラッセル、決闘開始!」
総督の合図に、群衆は無言の緊張に包まれた。
しかし、勝負は一瞬でついた。
蔵人は総督の合図とほぼ同時に、サムへ向かって駆けた。それも走ったというより、跳躍したと表現した方がいいような素早さだった。
サムは風の塊を己の周囲に二つ作っていた。瞬間的に一〇個以上風の塊を作り、敵にぶつけるのが得意なサムだったが、蔵人相手ではその「瞬間」さえ貰えないらしい。迫る蔵人に焦り、風の塊をぶつけて吹き飛ばそうとした。塊を鋭くしての刺突や切断も可能だが、そんな細かな芸当の時間はない。
一方の蔵人は、初手に全てを懸けていた。距離が開けば魔法の連打に対抗できないのはわかっていた。サムの焦りと、風の塊を察知して、蔵人は風の塊を切り裂いた。
サムは一瞬、訳がわからなくなった。魔法を使えぬ蔵人は、魔力の探知などできぬはずである。その蔵人が直感で嗅ぎ取った風を裂き、至近距離まで迫られた。
サムは動転しつつも、凍結の魔法で自分の周囲を凍らせた。これも「瞬時」に辺り一面を凍らす事ができたはずだが――――
「参った。総督閣下、我の負けです」
サムは身じろぎすらできぬ体勢で、木偶の坊のように立ち尽くし、敗北を認めた。サムの首元には、蔵人の剣の切っ先が、指先ほどの隙間を残して突きつけられていた。
肝心の蔵人は、半身を凍らされつつも、腕は自由に動かせた。サムが次の魔法を放とうとすれば、首が落ちるだろう。
総督はしばし目を丸くして絶句していたが、我に返ると高らかに宣言した。
「し、勝者、勇者ユーキ!」
サムが魔法を解くと、蔵人は凍っていた足をよく振った。
「あ~、冷たい!凍らされると、本当に冷たいんだな。血の流れも止まっていたみたいだ」
剣を鞘に収め、勝負の事は忘れたかのように振る舞う蔵人。内心では、下手にサムに声をかけた場合、自尊心を傷つけないかと恐々としていた。だからわざと足を振り、サムから視線を逸らしていた。
サムは杖を持ち直し、肩を落としてため息をついた。
「やっぱり、蔵人相手に決闘したら勝てないか」
サムの言葉に蔵人は応えた。
「この距離での決闘なら、の話だろ?あと一〇歩離れて決闘したら、俺も全身を凍結させられている」
冷静な分析に、サムも言葉がなかった。何も付け加える必要のない、的を射た分析だったからだ。
二人の会話に、拍手が割り込んだ。音の主は総督である。
「見事であった!これほど熱く、それでいて静かな決闘を見れるとは、思いもしなかった!瞬間的な魔法の行使と、それを妨げるほどの俊敏さ、わしが見てきた勝負の中でも最高の一戦である」
立ち上がっての拍手に、観客たちも自然と拍手し、その挙動に段々と熱を帯びていった。
「すげぇぞ!」
「やるな!勇者様!」
「素敵よ〜!」
男女入り混じっての歓声に、蔵人は拳を天に突き上げて応えた。サムは蔵人への声援だと思っていたが、蔵人はサムの手を取って掲げさせた。そして群衆に言った。
「ありがとう!しかし、この勝負が素晴らしいものだったとしたら、それは我と、我が相手、魔法使いサム・ラッセルの実力が伯仲していたからだ!我が友ラッセルにも、どうか拍手を送ってほしい!」
蔵人の言葉に、賛辞の声がサムにも向いた。
「魔法使いの坊主もすごかったぞ!」
「良いもん見せてもらったぜ〜!」
「格好良かったわよ〜!」
サムは皆からの声援に慣れてないのか、赤面して照れた。
「勇者ユーキ!」
「魔法使いラッセル!」
二人に向けられた声援が止まない中、裏で遜は賭け金回収に動いていた。
「さて、おれの取り分は幾らだ?」
賭けの胴元は震えながら答えた。
「金貨にして、三枚分……その、金貨の用意が無くて銀貨での支払いになるのだが……それでも三〇枚になる……」
賭けは遜の一人勝ちだった。前代未聞の倍率に、胴元も驚愕していた。
「まぁまぁだな。賭け金、確かにもらったぜ」
銀貨を入れた袋を受け取ると、遜は勝ち誇ったように袋を掲げた。すると、それを盗もうとした輩が遜に飛びかかってきた。
無論、一般人が遜に敵うわけもなく、逆に遜に腕を取られ、地面に押さえつけられた。
「賭けに負けたからって、盗みはよくないぜ?」
その様子は、エイシャが遠目に見ていた。そして、仲間三名を評して言った。
「三名とも、私より強いですわね。私もまだまだですわ。もっと修行を積まねば」
この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。
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