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剣の勇者  作者: 坂木陽介
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第四四章 各々の生活

 四名は馬を二〇日余り走らせて、エセックシアを出た。ガウロン帝国の関所まで、一日も休まぬ強行軍だった。重い荷を背負わせる馬を休ませる意味でも、エセックシアを出てすぐに休息が必要とされた。

 ガウロン帝国の関所、と言っても、死者の襲撃に遭ったらしく、ボロボロになって放置されていた。

「こりゃひでぇな」

 草木に覆われた柵や門扉を見て、遜がこぼした。崖に挟まれた箇所を柵で塞ぎ、街道を櫓で断ち切って、門扉の開閉で人馬の出入りを管理していたらしい。しかし門扉は壊され、櫓にはつたが絡まっていた。衛兵の姿もない。

 四名は一列になって、開きっぱなしの門扉の間を進んだ。すると、すぐに川が見えた。

 サムが言った。

「フェレグ川だ。幅約三〇歩程度の小川だけど、エセックシアとガウロン帝国の国境になっている川だよ。

 丁度いい。ここで休憩しよう」

 サムの言葉に、他三名は、

「賛成」

と唱和した。

 川辺に下りた四名は、馬の荷を解き、水を飲ませた。冬が近づいてきているため、遜などは恐る恐る水に裸足を突っ込んだが、

「うん?意外に温かいな。おれの気のせいか?」

 そう言って、派手に水音を立てながら、馬を撫でた。サムが言った。

「実際、温かいと思うよ。四大魔法使いによると、世界地図の真ん中を、横一線に突っ切る一帯が一番温かいらしい。熱帯って言うんだけどね。

 ガウロン帝国は熱帯に位置する、温かい国だ。エルフがいた地域や、都市エセクスなんかは、割合寒い地帯なんだよ」

 それを聞き、水温を改めて確かめた遜は、

「よっしゃ!じゃ、水浴びするか!」

 あっという間に裸になり、服を乱雑に川辺に放った。

 エイシャは当然抗議した。

「ちょっと!女もいる場面でいきなり裸になるなんて、非常識ですわ!性別による嫌がらせですし、羞恥心の欠片も感じないなんて、おぞましいですわね!」

 遜は体ごとエイシャに向き直り、

「いいじゃねえか。お前も昨日は水浴びしたいって言ってた――――」

「きゃああ!その股の間の物を見せないで!」

 エイシャは悲鳴を上げながら、顔を背けて木陰へと走った。

 遜は堂々と肉体を日に晒しながら、

「なんだ?おれ、何か変な事したか?」

 そう蔵人とサムに尋ねた。

「えーっと、その……」

「まあ、陰部を女性に見せるのは……」

 蔵人とサムは、苦笑して言葉を濁すしかなかった。

 その後、蔵人とサムも裸になり、頭から爪先まで、汚れを洗い流した。遜は早々に一人保存食を食い漁り、川辺でいびきをかいている。

 それを尻目に、蔵人とサムは、濡れ髪のまま語らった。

 エイシャは、蔵人とサムが裸身のまま、手をつないで語らい、膝枕までしている様子を一瞬盗み見た。まるで恋人同士のようであり、また妖精の戯れの光景にも見えて、遜のような嫌悪感を感じなかった。

 しかし、違和感は覚えた。

「あの雰囲気を見たら、大抵の人は恋人同士と勘違いするんじゃなくて?サムは性交に抵抗があると聞いてますけど、ああいう風に仲良くするのは平気なんですのね」

 小さな呟きは、小川のせせらぎの音にかき消された。



「サム、ガウロン帝国に向かう意味はなんなんだ?」

 サムに膝枕されながら、蔵人は尋ねた。サムは天を仰いで答えた。

「次の大陸に行くためだね。ガウロン帝国は交易立国だ。それに地理的にも、オレニア大陸にも近いから、大陸を渡るにも都合がいい」

 蔵人は、

「いよいよ次の大陸か……」

 ため息混じりにそうこぼした。サムは言う。

「行くんだよね、この先の大陸にも?」

 サムの問いに、蔵人は力強い返答をした。

「もちろんだ。俺はこの旅は、世界全てを回る旅だと思っている。死者の乱で困る人を一人でも多く救い、最後には魔王ノルアスを倒す――――それを最終目標としているつもりだ」

「魔王を倒す、か……」

 ためらいがちな友の言葉に、蔵人は心中を察した。

「サムは、魔王が怖いんだろ?以前魔王と向かって立った時に、魔力を探知できるサムなら、俺よりずっと正確に魔王の強さがわかったはずだ」

 サムは、素直に恐怖の念を認めた。

「うん……正直、怖くて仕方がない。魔王なら、大精霊と戦っても勝てるだけの強さがある。復活して、昔より強いか弱いかはわからないけど、とんでもない魔力を宿しているのは確実だ。

 怖い、なんて、勇者結城蔵人の仲間としては情けないけど」

 蔵人は起き上がり、サムの手を掴んで言った。

「何を言っているんだ。怖いのは、相手の力を正しく理解できている証拠だ。今の俺には、魔王の強さの半分もわからない。でも、ガルデニウスの強さはわかるから、再戦の機会を望む一方で、怖がる気持ちもある。

 恐怖を感じるのが、情けないなんて事はない。恐怖に立ち向かうのが、勇気なんだ」

 サムは少しの間、呆気にとられたようだった。しかし、すぐに蔵人の手を握り返した。

「そうか――――そうだね!さすが蔵人。ありがとう!」

 手を握り、見つめ合ってはしゃぐ二人だった。遠目に見るエイシャに会話の内容こそ聞こえないが、

「私には、あれが友情にはどうしても見えませんわ。恋人としか思えません」

 改めてその感想を強める結果となった。

 蔵人は、サムに尋ねた。

「そうだ、聞いてなかったな。ガウロン帝国っていうのは、どんな国なんだ?」

 サムは一から教えた。

「隣のオレニア大陸と、このエージア大陸とを結ぶ交易立国だね。建国当初は武闘派の国だった、って建国神話をしているけど、今では国民の三割が交易・商売に手を出しているって言われているよ」

「そんなに?俺は、軍人以外の人々は九割方農民と思っていたけど、世界は広いな」

 蔵人の想像は、実際の世の在り方と合致している。大抵の国の九割以上の臣民は、農業に精を出している。そんな中で国民の三割が商売に手を出しているのは、立派な交易立国だ。曙王国も交易を大事にして、良貨鋳造に心を砕いていたが、商売人は民全体の一割ほどだった。

 説明し終えて、サムは言った。

「いつも僕ばかり膝枕しているから、たまには蔵人がしてよ」

 サムの頼みだが、

「いや、でも俺の足、筋肉ばっかで寝心地悪いと思うぞ?」

 蔵人はそう答えた。しかしサムは構わず、

「いいから!お願い」

と、言うので、蔵人は友の頼みを聞き入れた。

 嬉々として蔵人に膝枕されるサムを、エイシャは遠目に見て、

「やっぱり恋人同士にしか見えませんわ」

 そう呟いていた。



 ガウロン帝国は、エセックシアに比べれば平穏そのものだった。エセックシアでは魔法官が誤った政治を行う一方、ガウロン帝国はマウリーア皇帝からの早馬で、領土内の死者を的確に掃討できているらしい。

 また、現マウリーア皇帝と現ガウロン皇帝は個人的にも良好な関係を築いている。国としても、皇帝同士としても、友好国の象徴のようだった。

 蔵人一行はフェレグ川を渡り、さらに一〇日余り馬を走らせ、帝国第二の都市、ルカゴに着いた。帝国内が平穏なためか、検問も置かれず、都市の城門は自由に出入りできるようになっている。

 蔵人たちは馬を徐行させつつ、城門をくぐった。城壁内は煉瓦や大理石の建物が立ち並ぶ、豪勢な造りだった。壁の外に点在する素朴な農村とは対照的だ。

「さて、どうするよ?この国の皇帝の所にでも行くか?巡幸でここに来てるんだろ?」

 遜は誰にともなく尋ねた。農村の人々から、皇帝の巡幸の話は聞いていた。それもあって、都市内には高揚した雰囲気があった。

 サムが遜の問いに答えた。

「もう夕方が近いし、今日は休まない?今朝の死者不意打ちで炎の魔法使ってから、ずっと疲れてて……」

 朝、エイシャが神聖魔法による結界を解いて間もなく、四方から死者に襲われたのである。皆が武器を装備する前だったため、咄嗟にサムが火炎魔法で、一〇体余りの死者を全て焼き払ったのだった。それ以降、サムにしては珍しく、お腹空いた、疲れた、といった愚痴をこぼしていた。

 エイシャもサムの提案に賛成した。

「私たち一行の頭脳がそんな状態では困りますわ。サムの言う通り、宿を探しましょう」

 一行は適当な宿を見繕い、馬の手綱を繋ぎ、宿屋に隣接した定食屋で夕食にありついた。

 その時のサムの食事量は圧巻の一言だった。二枚の牛肉ステーキを平らげ、一斤のパンを一人で食べ切った。

 普段は小柄で少食なサムを見慣れている三名は、呆然とその様子を眺めていた。

 サムは平然と食べ切った後、

「いや〜、食べた食べた。火炎魔法を使った日は肉が欲しくなる。

 あれ?皆手が止まっているけど、早く食べた方がいいよ。ここのステーキ、中々美味しいから、熱いうちに食べないと勿体ないから」

と、言った。ナフキンで口元を拭い、一人で食にありつけた事を感謝する言葉を発した。

 他の三名はサムの言に、我に返って食事を始めた。

「ああ、うん、サムの言う通り、確かに美味いな」

「おれも、この肉は中々いけると思う」

「そうですわね、確かに美味しいですわ」

 三名の言葉は、どことなくわざとらしい。サムは違和感を覚えつつも、

「変なの」

 そう言って首を傾げていた。



 宿に戻ると、日が暮れてもいない時間帯にもかかわらず、サムは早々に寝入った。

「さて、まだ薄暗い感じの空なのに、どうしたもんかね」

 遜はそう言いつつも、出かける準備をしていた。

「スン?何をしているんですの?」

 エイシャが尋ねると、遜は堂々と答えた。

「決まっているだろ、夜遊びの準備さ」

 悪びれる様子もなく言い放った遜に、エイシャは呆れた。

「あなたは人の持つ欲望を凝縮したような存在ですわね。武術や戦術、戦略に造詣か深いのはわかりますが、己の欲望を律する事も覚えたらいかがですの?」

 遜は聞く耳も持たず、ほぼ無視していた。

 そんな言い合いの中、蔵人が言った。

「遜、俺もついていっていいか?」

 この発言には、遜もエイシャも驚愕した。しばしの沈黙の後、遜は笑いながら蔵人に近づき、肩を組んだ。

「そうかそうか。お前も年頃の男だもんな。ある意味、おれより女に興味がある歳だもんな」

 エイシャは眉をひそませ、

「蔵人もそういう欲望を持っているなんて!汚らわしいですわ!」

 蔵人の発言を一刀両断した。蔵人は咄嗟に言い訳をした。

「ご、ごめん、エイシャ。確かに女性で、しかも僧侶のエイシャからしたら、理解できないだろうけど……その……なんて言ったらいいのか……」

 煮え切らない発言を無視し、エイシャは蔵人と遜に背を向け、自分のベッドに腰掛けた。

 エイシャにさらに言葉をかけようとした蔵人に対し、遜は、

「放っておけよ。人間欲望には逆らえない。それを抑え込むのが僧侶だが、一般人には無理な生き方だ。おれは別に、おれの生き方を押しつける気もないし、エイシャみたいな考えを否定する気もない」

 そう言ってから、蔵人に指示した。

「クローヴィス金貨一枚と、銀貨や銅貨も数枚持っておけ。ただ、スリに遭う危険もあるから、それ以上多く持つんじゃないぞ」

 蔵人は軽装になり、剣も置いて、遜に指示された金額を持った。

「まあ、今晩は夜遊びといこうや!酒場や安宿が並ぶ、遊女たちも出入りする区域は必ずある。まずはその辺りに行って、酒を飲みながら女を口説くところからだな。

 これからの時間帯は、そうした歓楽街が繁盛する時だ。日頃溜まっている欲求を、吐き出して来ようじゃねえか」

 遜は意気揚々と、蔵人にそう言って行動を促した。

 蔵人は、遜に続いて部屋を出る際に、

「じゃあ、その……ごめん、エイシャ。ちょっと行ってくる」

 そう言葉をかけたが、エイシャは顔を背けて返事をしなかった。

「放っておけって言ったろ?行くぞ」

 遜にそう言われながらも、後ろ髪を引かれる思いで、蔵人は部屋を出た。



「なんで、こうなるかな……」

 遜は誰にも聞こえない声量で愚痴をこぼした。 女を見繕うために、蔵人と遜はまず酒場で一人の女性に声をかけた。

 しかしその後がいけなかった。眉目秀麗なのは衆目一致する蔵人である。その蔵人が女を求めているとわかり、たちまち三名の遊女が蔵人を囲み、酒を飲み出した。

「へえ、お兄さん、剣士なんだ」

「まあ、一応は。前に、ルマークの武闘会で優勝したんだ」

「えぇ?すごいじゃない!」

「並の剣士ではないと思います。あの国の大会で勝てるなんて、本当に尊敬します」

 明るい黒髪の女性、人懐っこい金髪碧眼の女性、一見おしとやかな茶髪の女性が、蔵人の周りを囲んで喋っている。性格の違う三名なのが、どんな男でも一人は気に入るというような作戦に見えた。

 一方、女性を全て蔵人に取られた遜は、一人で酒を飲むしかなかった。半ば自棄で、

「店主、もう一杯!」

と、一人で酒をがぶ飲みしていた。

 明るい黒髪美人が、蔵人に顔を近づけて、

「ねえ、あたしたち三人の中で、誰が一番綺麗?」

 そう尋ねた。蔵人は女性の息づかいさえ感じられる距離で聞かれて、ドギマギしながら答えた。

「そ、その……皆綺麗で、美人です」

 煮え切らない答えだったが、それがかえって女たちの心に刺さったらしい。

「かわいいー!」

「恥ずかしがって、顔が赤いわ」

「顔の赤さは、酒のせいではないですね」

 女たちの言葉に、蔵人の頬は赤くなっているのは事実だった。酒のせいではなく、羞恥心からきたものだという事は、女たちが看破した通りである。

 茶髪の女が尋ねた。

「お兄さん、失礼ですけど、お金はいくらお持ちですか?」

 直球に聞かれて、蔵人は素直に答えた。

「クローヴィス金貨を一枚持ってきたんだけど――――」

「え?金貨?」

 蔵人が言い終えぬうちに、三名の女は驚きの声を上げた。蔵人は服から金貨を取り出して見せた。

「これ。足りるかな?」

 蔵人が差し出した金貨を、三名の女は皆顔を近づけた。まじまじと見つめながら、

「ねえ?これ本物?」

「わたしじゃわかんない。レイはわかる?」

「多分、本物ですね。この精密な模様は、クローヴィス金貨で間違いないでしょう」

 黒髪の女は、金貨が本物とわかると、

「じゃ、お酒もおごってもらって、少し酔ったみたい。場所を変えて、続きをしましょう?」

 そう言いながら蔵人にしなだれた。服の上からでもわかる女の柔肌に、蔵人は生唾を飲み込んだ。

 他の女たちも口々に、

「さ、行こうよ。若いんだから、三人相手でも平気よね?」

「行きましょう。その、嫌じゃなければですけど」

 そのように蔵人を促した。蔵人は三名の美人に囲まれながら、酒場を後にした。

 当然、独り残されたのは遜である。

「蔵人を撒き餌にして美女を寄ってこさせようとしたが、この展開は考えてなかったな……畜生」

 悔しさから、強い酒を一気飲みして、売女がたむろするという通路を目指し、酒場を出た。

 結局は、遜も夜のお供となるを見つけ、蔵人も遜も、夜を大いに楽しんだ。


この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。


最後までお読みくださりありがとうございます。

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