第四三章 評議会での議論
一夜明け、皆は武具を宿に預け、評議会議場に向かった。議場では武具の携帯は御法度と聞いていたので、四名は渋々武具を預けた。しかしサムは杖を持ち、魔力結晶を裏地にびっしり付けた外套をまとったままである。
四名は連れ立って歩いてはいたが、皆口をつぐんでいた。昨日のサムの偵察により、事実を知った一行は、今日の議論が一筋縄ではいかないのを感じていたからである。
議場は市街地の中心部にあった。一般市民に傍聴は許されず、決定事項のみ、広場に面した議場入口に掲示される。公用語で書かれており、それは誰でも読む事ができた。
蔵人たちは、自分たち四名だけでは入場できないため、入口の近くでたむろするしかなかった。秋風が身に沁みた。
「歳食ってくると、寒いのは堪えるな」
遜がそう言うと、他の全員は遜に白い目を向けた。
「な、なんだ?おれが何かしたか?」
蔵人が三名を代表して言った。
「そう言うけど、昨日は俺とサムよりも、宿に戻ってくるのが遅かったよな。年寄りぶっても、一番元気なのは遜じゃないのか?」
サムとエイシャは無言で頷いた。遜は皆の団結した追及に、
「いや、あのな……うん……その……」
言い訳も思いつかず、声量も尻すぼみになった。
蔵人たちが待っていると、しばらくして首席官ルクソニスが姿を現した。紅の縁取りが成された白衣に身を包む、貴族としての正装である。
「おお、皆揃っておいでか。待たせてしまったかな?」
社交辞令なのはわかったので、誰も待たされたとは言わなかった。サムが一行を代表して返答した。
「いえ、さっき着いたところです。首席官をお待たせするわけにはいけませんから」
首席官は世辞に気づいているのかいないのか、平然とした様子で言った。
「そうか。よし、それでは議場に入ろうか」
首席官には護衛役の衛兵六名が先触れとして歩いてきていた。しかし評議会議場には、あくまで首席官一人しか入れないらしく、その場で解散した。
建物内に入ろうとすると、入口左右に立つ儀仗兵が槍を地に付け、
「首席官閣下、万歳!」
と挨拶した。しかしその背後の異邦人、蔵人一行の姿を見咎めた。
「閣下、その者たちは?」
首席官は言った。
「今日の議題で、参考人として呼んだ者たちだ。魔法官殿の許可も取ってあるはずだが?」
首席官は眉をひそめて儀仗兵を睨んだ。儀仗兵は持っていた板に書かれた文字を確認した後、
「た、大変失礼致しました。確かに、本日の会議で参考人四名の招致を行うとなっています。どうぞ、お入りください」
こうして、蔵人一行は評議会議場内へと入った。
議場内は半円形をしており、中央の演壇を、各議員の席が囲んでいる。
蔵人たち一行は、議論で進む政治というものを、初めて目の当たりにするのであった。
三〇〇の評議会員が議席に勢ぞろいし、評議会が幕を開けた。
第一声は、議長も兼ねている首席官ルクソニスが放った。
「評議会員諸君!本日は喫緊の課題を議論すべく、参考人を招致した。この一年近く、我が国のみならず、エージアの諸国家を悩ませている、死者たちについてだ。諸君らの同意があれば、是非とも聞いてほしい話である。どうか賛同してほしい」
ルクソニスの演説の後、評議会員たちは顔を見合わせつつも、賛意を示す起立をした。三〇〇名いる議員全員が起立した。魔法官は、議長席の隣に座ったままで、特に感情が読み取れない。
蔵人たちは、議場の入口傍に据えられた折り畳み椅子に腰掛けて、議事進行を見守っていた。演壇と議席を横から目に収められる。
「サム、あれが魔法官か?」
蔵人が声をひそめてサムに尋ねた。サムは小さく頷いた。
「そうだよ。平静を装っているけど、内心ではどう思っているか」
サムの言葉には、若干の毒気が含まれていた。もっとも、事実を知ったら他の評議会員も同様の反応をすると、蔵人は予想していた。
起立した議員たちを見て、ルクソニスは言った。
「賛成者の圧倒的多数により、参考人に事の説明を求めたいと思う。皆、座っていただきたい。
それでは、遠方から旅をしてきた、魔法使いサムに現在の事態の説明を命ずる。この演壇に来て、説明を求む」
サムは立ち上がり、演壇へと近づいた。演壇背後の壁に備え付けられた国章に一礼し、演壇に上った。
青年期から老年期まで、様々な顔ぶれの議員たちの視線が、サムの一身に集中した。ざわめいたり、異国の人として軽く見たり、侮蔑したり、好意的な視線はない。魔法官も奇特なものを見る目つきで見ていた。
サムは目を閉じて深呼吸し、己を落ち着かせた。改めて目を開くと、三〇〇の視線にも平然と対処できた。
サムは演説した。
「名高いエセックシアの評議会員の皆様、本日は異邦人である私めに発言の機会を与えてくださり、感謝に堪えません。
私は魔法使い、サムと申します。何故異邦人である私めが、エセックシアの問題にも関心を持つかというと、我らが死者の一掃を目標としているからです。
エセックシアをも巻き込む、死者たちの復活は、魔法使いにのみ伝えられた秘密だったのです。それは死者の乱として語り継がれてきました。皆様にも、四大魔法使いの伝承は馴染みがあるかと存じます。しかし、魔法使いには、その伝承のさらに詳しい形が伝えられてきたのです。
曰く、四大魔法使いに次いで現れた、死を操る第五の魔法使い、死者を率いる魔王ノルアスが現れ、四大魔法使いは再結集してこれを打ち倒したと。曰く、四大魔法使いは死を操る魔法使いを完全には滅ぼせず、いつか訪れる魔王復活に備えるべく、魔法使いたちにのみ、事の顛末を伝承していったと。
つまり、この死者の乱は、死を操る第五の魔法使い、魔王ノルアスの復活により引き起こされた、世界全てを巻き込む一大事件なのです」
サムは演説を終えた。一瞬力が抜けかけたが、はっとして次のように言って降壇した。
「私めからは、以上です」
サムは必死の思いで、一段ずつ階段を下りて、改めて国章に一礼した。そして、蔵人たちの所へと戻ってきた。
「サム!すごかったぞ!」
「やるじゃねぇか!こいつ!」
「演説の才能があるとは思いませんでしたわ!」
仲間たちは、サムの言動を小声で絶賛した。
しかし、全てを知った評議会員たちは騒然となった。議長役の首席官は何度も、
「静粛に!議員諸君、静粛に!」
そう呼びかけたものの、効果は薄かった。
だが、やがて一人の男が手を挙げて発言を求めた。
「首席官、発言を求める!」
そこまでの大声ではなかったが、芯の通った声だった。そして、発言者が魔法官だったという事実に、議場のざわめきは波が引くように収まった。
「魔法官キウス、発言を許可する!」
首席官の淀みない声が追い打ちとなり、議場は完全に静かになった。首席官が演壇を退くと、魔法官が演壇に上がった。
男は白髪に皺だらけの顔で、明らかに老体である。しかし背筋は真っ直ぐで、動きにぎこちない点は見られない。何より、全身を紅の衣服が覆い、服装だけなら首席官より豪華であった。
演壇に上った魔法官は、朗々とした声で議場内に声を響かせた。
「諸君、先ほどの魔法使いからの発言は、我ら魔法官の家系に伝わらぬものである。我らが共和国は、先祖からの伝統を誇りとし、五〇〇年前からの口伝や記録が、その証となっている。
先の発言をした魔法使いは、諸外国を渡り歩き、その戦功が大きなものである事も首席官からの報告がある。
しかし、我らが共和国の市民は、我ら自らが国に忠誠を誓う、自由な存在である。他国の、王や皇帝個人に奴隷の如く仕える者たちとは違う。それを思えば、せっかくのご足労を無駄足にしてしまうが、魔法使いたちには議場からの退去を願い、我ら独自の慣例に倣った対策を考えるべきと思う」
議場は、魔法官の言葉で一斉に傾いた。中には、
「魔法官殿の仰る通りだ!」
「去れ!異邦人!」
「首席官殿は何故このような異邦人に発言を許可したのか?」
といった、明らかに蔵人一行を罵る言葉を叫ぶ議員も出た。
しかし、蔵人たちは動じなかった。そして、サムは仲間に耳打ちしてから、再び挙手した。
「では、これで最後にしていただいて構いません。もう一度だけ発言を許可願います」
サムを目の敵にするような、
「首席官殿!あなたは誑かされている!」
「異邦人の魔法使いに聞く事などない!」
「これ以上の発言は、我が共和国への冒涜ですぞ!」
そんな野次まで飛び交った。しかし首席官は動じず、自らが先に発言した。
「諸君、言論での戦いが、この議場での不文律の約束事だと、私は父祖から教えられてきた。我らはまだ、この魔法使いの主張の半分も聞いていない。最後に、聞くべき事を聞いておくのが筋ではないか?」
立ち上がって蔵人一行に襲いかかるような勢いを見せた議員も、首席官の言葉で立ち往生した。そして議場は静粛になり、サムは発言を許された。
「では、魔法使いラッセル、発言を許す」
首席官に促され、サムは演壇に再登壇した。そして、結論を最初に述べた。
「まず、ことわっておきたい事があります。魔法官殿は魔力をお持ちではなく、魔法を使えない人間でいらっしゃいます。魔法使いが密かに口伝してきた伝承を、ご存知ないのも当然です」
「魔法使いじゃない?」
議場に赴く前に、宿の一室で遜が大声を出した。しかし、事が重大なので、
「しぃー!静かに……」
蔵人は口を閉じるよう促した。大げさな振る舞いで、遜は己の口に手を当てた。
エイシャがサムに次のように尋ねた。いつになく表情は険しい。
「魔法使いじゃないなら、この国の魔法官って、一体なんですの?」
サムは順を追って説明した。
「多分、この国の建国時には、魔法使いが主要人物の一人だったんだと思う。でも、その魔法使いは、自分の代で魔法使いが登用されるのに納得できなかったんじゃないかな?親は子供に甘いのが、この世界の一般常識らしいし。
そこで、魔力が遺伝しないのを知りつつ、魔法官という官職を設けさせ、自分の家系から世襲させてきたんだ。
子供の幸せと国の安寧――――別にどっちを選んでもいいけど、その魔法使いは両者を秤にかけた結果、子供を選んで国を裏切った。この国では、一族揃って公共奉仕するのが貴族最大の責務とされる。万一その魔法使いの立場になったら、国を選ぶよう教えられている。
そんな国で、ずっと騙し続けてきたんだな。この共和国が、真っ直ぐ強大化に進むかと思えば、急に敵から手を引くというような、変な運営が成されてきたのは、魔法官が変な占いなどを行ってきたからだろうね」
しかし、椅子に腰かけた遜は言った。
「だが、一番最初は本物の魔法使いだったなら、死者の乱についても知っていたんじゃねぇのか?それを書物として遺しておけば、子孫たちも知識として、死者とどう戦えばいいかわかりそうだが」
サムは遜の問いに、肩をすくめて答えた。
「それが、この国では何世代か前から、魔法官は術を記した書物を焼いて、魔法を使っているという噂があってね……」
それを聞いた遜とエイシャは固まった。蔵人は昨夜にサムと情報を共有していたので驚かない。
エイシャは遜に続いて尋ねた。
「サム、昨日は魔法官の邸宅に行ったのですね?」
この質問にはサムが驚いた。
「よくわかったね!」
エイシャは言った。
「まだ旅路を共にした日は浅いですが、サムは思慮深い人物だというのはわかっているつもりです。そんな人物が含みを持たせて偵察に行ったとしたら、と考えれば、今の話をするのも納得できますわ」
すると、遜が前のめりになって尋ねた。
「――――って事は、その噂の証拠を掴んだのか?」
サムは苦笑して、
「魔法で盗み見たから、証拠を掴んだとは言えないかな。でも、確かに書を焼いている現場を、確認する事ができたよ」
と、手柄を報告した。しかしサムの表情は暗い。
「この国は、市民と伝統を重んじる国だ。もし魔法官を告発しても、流浪人の僕らが追放される危険がある。皆、心構えをして議場に向かってほしい」
そう言い含められ、蔵人たちは議場にいたのだった。
サムが予想していたように、サムが魔法官の正体に言及すると、議員の皆は殺気立った。
「首席官!あなたはどういうつもりでこの者たちをこの神聖な議会に呼び込んだのか?我らが共和国の聖なる魔法官を侮辱する者ですぞ!あなたの進退にも関わる重大事だ!」
ある議員が許可も得ずに演説すると、今度こそ首席官というタガが外れたように、それに同調する多数の議員は喝采した。野次も一層強く、首席官や蔵人一行に飛んだ。
騒然となった議場で、魔法官が改めて挙手をした。すると議場は段々と、畏怖の念から静まった。議場が静寂に包まれると、首席官は言った。
「魔法官キウス、発言を許可する」
魔法官は再登壇し、演説を始めた。
「魔法使いかどうかについても、我らが共和国においては、全ては言論で決められる。仮にこの親切な魔法使い殿が、暴風をこの場で起こそうとも、議場の皆々がそれに動じるとは思えない。それを考えると、やはりここは穏便に、言論と多数決で全てを明らかにすべきだと思う。
我が魔法が疑われるのは、私が自宅邸内の祭壇で祈りを捧げ、それを他の者に見せていないからだと思われる。魔法も多種多様であり、その魔法使い殿と私とでは、得意分野が違うだけである。
我が魔法は、我らが共和国に捧げ物をして、安寧を願うもの。自然現象を起こすものではなく、より良い運命を導くものだ。親切な魔法使い殿は四大元素を操り、巧みに術式を行使するのかもしれない。
しかし、それでこの国は動かぬ。私が共和国の盾となり、守護の任を担おう」
議員の大半は、議席から立ち上がり、魔法官の発言に拍手を送った。
蔵人は納得がいかず、参考人の席から立ち上がろうとした。しかし、隣にいたサムが、座ったまま蔵人の服をつまんで止めた。
「サム?いいのかよ……」
小声の蔵人に、目を伏せたままのサムが首を横に振った。
「予想通りだ。幸い、魔法官もこれ以上こちらを攻撃するつもりはないし、これでエセクスを去ろう」
遜やエイシャも小声で不満を漏らした。
「このままだと敵前逃亡みたいで、腹の虫が治まらねえ」
「本当によろしいんですの、これで?」
サムは仲間を制止してから、一人立って挙手した。そして、風魔法で己の声を何倍にも強化して発言を求めた。
「最後に、一言よろしいですか?」
議場内には、鼓膜を破らんばかりの大声がこだまし、騒ぎ立てていた議員たちも黙った。皆の視線がサムに集中したが、サムは皆と同じく沈黙している首席官に、改めて願い出た。
「最後に一言、発言を、許可いただけますか?」
首席官は己の役割を思い出し、
「し、承知した。言論が議会における武器だ。たとえ大罪人でも、言論の自由はある。
魔法使いラッセル、発言を許可する」
未だ憮然として言葉もない議員に向かい合うべく、サムは懐から書状を出して登壇した。
「それでは、最後に申し上げます。この書状は魔力で封じてあります。魔法使いなら簡単に開ける魔法です。中身にはこの死者の乱の詳細と、死者への有効な戦闘方法を記しておきました。
もし魔法官殿に開けられない場合、首席官ルクソニス殿が開くよう命じれば開くようになっています。
数々のご無礼、誠に申し訳ありませんでした。しかし、異邦人である我らにも言論の自由が保障されるあたりは、さすが共和国エセックシアと感じずにはいられません。
これ以上のご迷惑は避けたく存じます。明日一番に宿を辞し、エセクスを出ます。その後はなるべく身分を隠し、可能な限り早く出国するつもりでございます。どうか、それだけの猶予はいただきたい」
サムの提案は、戸惑いつつも受け入れられた。
そして翌日、四名は馬上の人となり、宣言通りにエセクスを出た。
この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。
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