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剣の勇者  作者: 坂木陽介
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第四二章 魔法官

 エイシャの神聖魔法による加護の下、四名は揃ってエセクス入城を果たした。途中、死者に遭遇する事はあれど、馬上からの剣の一撃、風魔法による吹き飛ばしなどで、十分討ち取れた。

 馬上からの攻撃に関しては、蔵人とサムが得意だった。剣を振るう事はできても、遜は蔵人のように首を落とす一撃は振るえない。武僧として名を上げたエイシャは、格闘できる範囲しか攻撃できないため、馬上から死者を相手取る事はできない。四名の中で、徐々に役割の分担が出来つつあった。

 エセクスには三〇〇名が定員の評議会が置かれ、街中を着飾った会員が付き人を従えて歩いている。彼らが他国で言う貴族に当たる存在だった。

 選挙で選ばれた人物たち、と蔵人は聞いていたが、やたらと尊大な立ち振舞が遠目にもわかり、サムに疑問をぶつけた。

「なんか、平等な雰囲気を想像していたけど、別にそういうわけでもないんだな。世襲貴族と変わらない印象だ」

 サムはそれに答えた。

「実際、世襲と言っていい存在なんだ。評議会にしても役職にしても、政治に関する仕事は無給と決まっている。だからお金持ちの家系しか、事実上貴族になれない」

 それを聞いた遜は言った。

「共和政とかいう耳慣れない単語を聞いていたが、それじゃあ単なる金権政治じゃねえか」

 悪態をつく遜に、エイシャも同意した。

「結局、平等だなんだと言っても、最後はお金ですのね」

 サム以外全員の意見が一致した。蔵人に至っては、

「非効率極まりない。これならば潔く、貴族国家として運営されるべきだろう」

 そう辛辣に評する始末だった。サムは全員を宥めるのに必死にならざるを得ない。

「まぁまぁ、皆落ち着いて。選挙があっても完璧な平等は難しいし、誰もが自国を誇る以上、エセックシアの人々には自分たちの制度が一番という自負がある。その愛国心や自負をいたずらに傷つけるのも、問題ある行為なんじゃない?」

 この弁舌には、全員が同意した。

「なるほど……確かに平明王陛下の大臣たちは、陛下の御意志を歪曲して、王政のところを貴族政治にしたがっていた」

「邑諸都市の連中も、都市議会を作っていたが、あれも議会政治というより、金権政治だったな」

「ルマーク王陛下も、昨今は政治への関心を失っていると囁かれてましたし、それでも王政と呼べるのかは、疑問ですわね」

 三者三様にしろ、皆が納得した。それを見たサムは、安堵して言った。

「というわけだから、エセックシアを無闇に否定しないでよ?貴族たちの耳に入ったら、僕らが敵視されかねない」

 三名を代表し、蔵人は言った。

「誓おう。他国の粗探しをして、無意味な非難は決してしないと」

 厳粛なまでの言葉に、サムが驚くほどだった。

 四名は市長マルヌデスの書状を手に、ある貴族の邸宅を訪ねた。そして、家門の主である共和国最高指導者と面会する機会を得た。


 首席官なる共和国最高指導者ルクソニスは、マルヌデスの書状を手にしているという事から、他の陳情者より蔵人たちとの面会を優先した。

 市内の一等地にある邸宅にて、蔵人ら一行は陳情に来ている人々の恨めしそうな視線を浴びつつ、ルクソニスの応接間に入った。蔵人も列を成している陳情者たちには申し訳なく感じたが、事が事である。冷ややかな視線は無視した。

 応接間に入ると、簡素な椅子に座る壮年の男がいた。

「ルクソニス様、仰る通り、お連れ致しました」

 奴隷の言葉からして、この男が現在のエセックシア最高指導者らしい。堂々たる風格は、生まれながらの貴族である事を示している。

 椅子に座ったままのルクソニスの三歩前で、サムが跪いた。他の三名もそれに倣った。身分の差が明確に出ている格好だが、これも流浪人と国の指導者という立場からして、致し方ない格差である。蔵人たち一行の誰も、この格差に異議を覚えなかった。

 ルクソニスは椅子の腕置きに肘を突き、頬杖をついている。跪いた蔵人たち一行を見下ろし、声をかけた。

「そなたらが、マルヌデスの書状にあった冒険者たちだな?」

 サムは、

「はっ、左様です。首席官にはご機嫌麗しゅう事、誠に慶ばしく存じます。つきましては、この国の魔法官をお勤めの方に、お取次ぎを願い、閣下の足元にて許可を求む次第にございます」

と、実にへりくだった挨拶をした。マウリーア皇帝やルマーク王への挨拶ですら、ここまで丁寧ではなかった。友の態度を卑屈にすら感じたが、蔵人はなるべく視線を床へと落とし、黙っていた。

 頬杖をついていた首席官だったが、立ち上がって同席していた奴隷に言った。

「この者たちに、それぞれ椅子を用意しろ。これだけ礼節を弁えた、元老マルヌデス殿の客人を跪かせたとあっては、私の名誉に傷が付く」

「はっ、承知致しました」

 奴隷は応接間の扉を開けて出ていくと、数分で折り畳み椅子四つを抱えて戻ってきた。蔵人たちは首席官ルクソニスと対等の目線で話ができるようになった。

 ルクソニスは言った。

「すまぬ、そなたたちを試す真似に及んだ。我らエセックシアは排他的で保守的と言われる。それを理解しているか、確かめたかったのだ。

 しかし、旅の者とはいえ、元老マルヌデス殿の客人として遇されただけある。ならば私も、相応しい対応をせねばならん」

 不意に、蔵人の口からエージア公用語の故事が出た。

「友の友なら、己の友として遇せよ――――」

 滑らかな発音に、首席官は驚いて視線を蔵人に移した。黒髪の異邦人が、自分たちの古語で故事を述べたのだ。驚きは無理からぬ事だった。

「そなたは……そなたは一体?この大陸の者とは思えぬが、古語の発音といい、実に教養に富んでいる。一介の剣士ではないな。よかったら、名を教えてもらえないか?」

 蔵人はためらいがちになりつつも、

「我は西の小大陸より参りました、結城蔵人と申します」

 そう答えていた。



 挨拶をめぐる軽い駆け引きの後、話は本題に移った。

 サムから死者の乱、それが魔法使いに伝承された経緯を耳にした首席官は、物思いに沈んだ。渋い表情で椅子に座り直し、髭の剃られた顎に手を当てている。

 静寂が少し部屋を覆った後、首席官は語った。

「ラッセルよ、そなたの言う事が真なら、私らには重大な問題が生じる。何故魔法官を代々務める貴族の家系は、死者の乱について何も言わないのか?もしくは無知であったのか?

 魔法官を代々務める貴族は、この共和国で唯一世襲の身だ。その権力は、首席官よりも上と囁かれるほどなのだ。そなたの話が真ならば、これは我が共和国に深刻な影響をもたらす」

 苦悩をにじませる首席官に、思わず蔵人は言っていた。

「首席官!今は人間どうしが問題を抱えている場合ではございませぬ!」

 正論だったが、政治を知らぬ発言でもあった。首席官は苦笑した。

「ユーキよ、我が共和国は大勢の評議会員が議論して物事を決する国。公職の頂点たる首席官も、評議会が頷かねば行動できぬ。それが我が共和国の誇りであり、弱点でもある。

 まだ若いそなたには、中々納得がいかぬのもわかるが……」

 蔵人は尚も食ってかかろうとしたが、これ以上の発言は、エセックシアの国体を侮辱する事に繋がると思い、唇を噛んで自制した。

 立ち上がりかけた蔵人が改めて座り方を正すと、サムは言った。

「せめて、我ら四名を魔法官にご紹介いただけませんか?直接話し合えば、何かわかるかもしれません」

 首席官は重々しく答えた。

「魔法官は、都を守護する聖火を管理すべく、普段は人との接触を絶っている。首席官も一週間前に要請せねば、面会が許されぬのだ。

 しかし、幸いにも明日、魔法官同席の、評議会定例会が開かれる。そこでそなたたちを紹介し、魔法官と話し合う機会を作る事はできるだろう。魔法官キウス殿には、明日の評議会において、質問したい条項があると伝えておく」

 首席官はそれだけ言った後、個人的に興味として、サムに頼み事をした。

「魔法を、見てみたいのだ。普段魔法官は、人との接触を避けるため、この国で魔法を知る者は皆無と言っていい。

 そなたらを疑うわけではないが、魔法と聞くと、この目で見てみない事にはわからないのでな」

 首席官の目は興味津々という風である。身に着けたマントが乱れるほど、椅子から半身をのり出していた。

 サムは、

「では、この密室でも安全な魔法を――――」

 そう短く答え、立ち上がって杖を床に突き立てて呪文を唱えた。

「我らを囲む不可視の風。我が身を覆いて壁と成せ。

 透過せる我が身」

 サムは曙王国の言語でそう唱えた。するとサムの姿が足元から消えていき、やがて他の者の目に映らなくなった。

 蔵人一行は平然としていたが、首席官には衝撃的だった。怪異を目撃したように、椅子から転げ落ちるのを、既のところで回避した。

「な、な……なんと……こんな事を平然と行えるのか、魔法使いは?」

 サムはすぐに魔法を解いて姿を現し、首席官に言った。

「左様でございます。今のは序ノ口。首席官閣下が望めば、この邸宅を更地にする事も可能です」

 首席官は腰を抜かして、ただただ唖然とするばかりだった。



 首席官の邸宅を辞した四名は、馬を預けた宿屋への道を並んで歩いた。既に宵闇が辺りを包み、煉瓦造りの集合住宅や貴族の邸宅の入口には、灯りが点いている。途中、サムが一言たりとも発しないのに気づき、蔵人は尋ねた。

「サム、考え事か?何かあったのか?」

 心配そうに友を気遣う様子の蔵人に、サムは応えた。

「さっきの首席官の態度や、魔法は遺伝しないのに、代々同じ貴族が魔法官を務めているのが、妙なんだよね。とても魔法使いを身近に置いている国とは思えないんだ」

 エイシャも同意した。

「それは同感ですわ。神聖魔法でも、サムのように姿を隠す事は可能ですもの。魔法使いの中ではそれほど一般的魔法なのに、国のトップがそれを知らない――――とても魔法官なる存在のいる国とは思えませんわ」

 遜は二名の意見を乱暴にまとめた。

「つまるところ、この国に魔法使いは本当にいるのか、そう疑えるわけだ」

 サムは、

「そこまで思ってはいないけど、それに近い感じはあるな」

 そう応え、足を止めた。

「僕、少し確認しておきたい事があるから、皆は先に宿に戻っていて」

 独りで行こうとするサムに、蔵人は強く言った。

「俺も行く!サム、治安の不安な大都市で、余所者が独りで夜道を行くのは危ない!反対されても、ついていくぞ!」

 気圧されたサムだが、笑って応えた。

「わかった、ありがとう蔵人。独りでも平気とは思うけど、万一の心配はあるしね。一緒に行こう」

「良し。じゃあ、遜、エイシャ、二人は先に宿に戻っていてくれ。と言っても、遜は遊びに出かけるかな?」

 蔵人の言葉に、

「よくわかっているじゃねえか。よっしや、行ってこい!」

 遜はそう言って二人を送り出した。

 蔵人とサムが視界から消えると、エイシャが呟いた。

「あの二人、男性同士なのに、まるで恋人同士のように仲がよろしいですわ」

 遜は半ば同意し、半ば反対した。

「まあ、ちょっと距離は近過ぎるよな。でもまあ、あそこまで露骨ではないにしても、男同士の魂の繋がりはあるぞ」

 エイシャは意外そうに遜を見上げた。遜と目が合うと、エイシャはためらいなく言った。

「あら、スンにも魂の繋がりなんて言える相手がいるんですのね?女に目がないばかりかと思っておりましたわ」

 嫌味に満ちた口調だったが、遜は大真面目だった。

「女が想像するような性愛ではなく、友情という表現に収まらない深い結びつきが、男同士にはあるんだよ。

 おれは故郷の戦で、従軍したての頃に、戦の指揮官に心底惚れ込み、この人のためなら命を懸けられると思った事がある。故郷にではなく、指揮官個人に忠誠を尽くそうと、そう思ったんだ」

 二名はその後、ほとんど会話らしい会話もなく宿に戻り、エイシャは就寝し、遜は夜の街に繰り出した。



 一方で、もう二人は夜道を魔法官の公邸へと向かっていた。

 蔵人は友に尋ねた。

「サム、魔法官の正体を、確かめるんだな?」

 目的が言わずとも伝わったのを、サムは全く驚かずに頷いていた。

「うん。そもそも魔法官なる存在が、魔法を用いて間接的に国を支配しているのが、不思議で仕方ないんだ。魔法で国を支配しようとするなら、もっと単純な方法がある」

 蔵人には思い当たる節があった。

「そうか、千年前の、四大魔法使いか。あの魔法使いたちは、四大大陸を力でねじ伏せ、それぞれが皇帝として君臨していたんだもんな」

「そう!なのにここの魔法官は、そうしない。勿体つけた魔法官なる役職を設けて、代々の唯一の貴族として、この国の政治に関わっている。

 これは予想でしかないけど、この国の魔法官は魔法を――――」

 サムの言葉に、今度は蔵人が頷いた。

「なるほどな。それなら全て、辻褄が合う」

 二人は歩きながら、一度だけ確認のために見つめ合い、無言で頷き合った。

 魔法官公邸は市街地の喧騒を避けるため、城壁で囲まれた都市の端に位置していた。お陰で蔵人とサムは、都エセクスを徒歩で横断する羽目になり、目的地に着いた時には夜が更けつつあった。

 公邸は煉瓦の壁で囲まれ、門番が立ち、門の左右に松明が灯されていた。三〇歩ほどの距離でそれらを視認した二人は、物陰に隠れて相談した。

 蔵人は言った。

「サム、どうやって屋敷の中を探るんだ?侵入するつもりは、はじめからないんだろ?」

「もちろん」

 友の言葉を肯定したサムは、安心して次のように頼む事ができた。

「風魔法の応用で、屋敷内の様子は全て見る事ができる。ちょっと自分の体周辺に気を配れなくなるから、何かあったら、蔵人が僕を守ってほしい」

「わかった」

 二つ返事で快諾した蔵人に対し、魔力を集中させながら、サムが言った。

「もし魔法使いなら、風魔法が周囲に巡れば、それに気づいて応酬してくる。でも、もし何も反応がなければ――――」

「――――だな」

 二人は共通の見解に達していた。

「じゃ、しばらく僕の体を預ける。よろしく、蔵人」

「ああ、安心して魔法に集中してくれ」

 二人は見つめ合い、微笑み合った。

 サムは物陰で立ち上がり、杖を地面に突き立て、目を閉じて呪文を唱えた。韻を踏むのが容易な、曙王国の言葉だった。

「我らの周りを巡る風、我が意に即して吹きすさび、一木一草に至るまで、事物尽く明らかに、我が心に示し給え」

 サムはとどめの一言は、風の大魔法使いの名であった。

「サレアよ!」

 唱え終わるのと同時に、辺り一帯に風が吹いた。決して強風ではない。しかし、あらゆる隙間に浸透していく微風であった。

 風は魔法官の邸宅へと入り込み、全てを覆った。壁を、置物を、人々を包み込み、術者であるサムに全てを把握させた。

 この術式を用いている間、サムの意識はここにあらず、といった状態になるため、完全に無防備となる。しかし、物陰になる場所で魔法を行使しているため、蔵人は辺りに気を配りつつも、結局特にする事はなかった。

 しばらくして、サムは目を開いて術を解いた。時間にして数分だったが、サムの顔が汗ばんでいる。

「平気か?」

 蔵人の気遣いに、サムは笑って応えた。

「大丈夫、問題なし」

 しかしすぐに真顔になり、結果を伝えた。

「思った通り、魔法官は――――」

 それを聞いた蔵人は、評議会での議論が、難航しそうな予感を抱いた。


この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。


最後までお読みくださりありがとうございます。

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