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剣の勇者  作者: 坂木陽介
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第四章 死者の乱

 城内の狭い通路を、蔵人とサムは駆けた。阿鼻叫喚こそ耳にすれど、何も目にしていない以上状況が掴めない。

「一度、城の入口の広間へ」

 サムの言葉に、蔵人も同意した。石畳を、甲高い音を立てつつ、二人は広間を目指した。

 広間に着くや、

「な、なんだ、これ?」

 蔵人は憮然として立ち尽くした。広間は死臭をまき散らす、黒い人型の化け物たちが闊歩する場となっていた。目はくぼみ、ぼろを纏い、中には骨が部分的に露出している者までいる。しかし動きは俊敏であり、使用人や非武装待機の兵士を錆びた剣で斬りつける者もいる。

 蔵人は手にしていた剣を抜き、立て続けに二体の化け物を斬り伏せた。しかし化け物たちはあちこちからやってくる。

「サム、炎の魔法で焼き尽くせないか?」

 蔵人の叫びに、サムは言った。

「屋内で使ったら、それこそ城が火の海だ。それより、陛下だ」

 サムの言葉に、蔵人は剣を納めて走った。サムも続いた。

「うわあぁぁ!」

「もうお終いだぁぁ!」

 途中、蔵人たちと大臣たちがすれ違った。陛下を守る意思もないらしい。蔵人は唾棄したくなるのを堪え、走り続けた。

 平明王は、一人謁見の間で化け物の大群と対峙していた。

「陛下!」

 蔵人は平明王の傍に馳せ参じ、化け物を斬って捨てていく。しかし王は言った。

「この化け物は、城下町にも出現している。おそらく王国中がこの有り様だ。この城はもう保たぬ。蔵人、サム、お主たちは玉座下の通路から逃げよ。ここは余が抑える」

 化け物を斬り倒しながら言う平明王に、

「し、しかし陛下!それでは陛下が……」

 蔵人は絶句する他なかった。王は尚も言う。

「王国一の剣士にして騎士、結城蔵人よ、最後の王命を託す。この化け物を一掃し、いつか再び、曙王国を再興せよ。

 余は残らねばならん。玉座から退いては、それはもう国王ではない」

 蔵人は立ち尽くし、葛藤して動けずにいた。だが蔵人の襟元を、サムが引っ張った。

「蔵人!陛下の命に背く気か?」

 蔵人は歯ぎしりしながら、涙を流した。そして言った。

「おさらばです、陛下」

 そしてサムと共に、玉座に近づいた。玉座は蔵人が力一杯押すと、横にずれた。そして人が一人かがんで歩ける程度の、地下通路が露わになった。

「この国の未来を頼んだぞ!」

 断末魔にも等しい王の叫びは、地下通路に二人が入った途端、入口に巨石が落ちてきて掻き消えた。追手を防ぐ仕掛けだ。

 蔵人は叫ばずにはいられなかった。

「陛下ぁぁ!」



 蔵人とサムは狭い通路を這い進み、城外に出た。城壁で囲まれた城下町よりも外だった。平明王の言葉通り、城下町は阿鼻叫喚と化していた。

「陛下……」

 燃え盛る城下町を見上げ、蔵人は涙していた。しかし、

「蔵人、ここにいたら城下町の化け物たちに襲われる。ひとまず逃げるぞ」

 サムの冷静な判断に、

「あ、ああ……」

 曖昧な返事をして、足早に道行くサムについていった。

 二人は森の中に隠れ、小さな焚き火を起こして暖を取った。

「城下町付近に留まるのは危険だ。かといって、行くあてもない……」

 今後の事を口にするサムに、蔵人は抱いていた疑問を口にした。

「サム、あの化け物たちは何だ?」

 黙ったままのサムに、蔵人は言葉をぶつけた。

「今思えば、サムは最初から、妙に冷静だった。何か、この一大事について、知っていたんじゃないか?」

 日が落ち、焚き火の明かりでほとんどサムの表情は見えない。しかし、友は深いため息をつき、参った、というような仕草をした。そして、話し始めた。

「知っている。知っているというよりは、伝え聞いていたと言った方が正しいが」

 サムは再度ため息をつき、言葉を続けた。

「あの化け物たちは、死者だ。過去の死者たちが、怨念と実体を持って復活したものだ」

「死者が、復活?」

 突拍子もない説明に、蔵人は眉間にしわを寄せた。サムは言う。

「順を追って話そう。四大魔法使いの伝説から、死人の反乱に至る、全て魔法使いにのみ語り継がれてきた事を」

 サムは遠大なる物語を、一つ一つ語り出した。



 古の時、戦乱は地に満ち、世界全土を火が覆った。

 その刹那、四方の大陸に一人ずつ、魔法使いが生まれし。彼らはその強大な力もて、戦乱を鎮めたり。

 その後、四人の魔法使いは世界の中心たる小島に集まれり。今後を話し合い、再度四方に散り、王国の建国、国境の策定など、平和のため、よろずの事を行えり。

 世に平穏がもたらされ、人々が安寧の時を過ごせりし時、第五の魔法使い現れん。

 その者、死を操る魔法使いなり。それまでの魔法使いとは全く違えりて、世に再び戦乱をもたらせり。各地の王侯諸侯は、不死の誘惑に駆られ、第五の魔法使いに屈伏せり。

 四大魔法使いは再び集い、不死の契約を交わした王侯諸侯に阻まれ、容易ならざる事態に直面す。

 戦で民草果て、魔法使いも痛手を受けたり。

 魔法使い、再び世界中心の島に集い、第五の魔法使いを討ちたり。

 彼ら、世界の理を熟知した四大魔法使となり申す。

 各々が天下の四大陸に散り、改めて騒乱を治め、世の泰平を生み出したり。

 そんな彼らも、己が死には抗えず、永き眠りに就きたり。

 そして、いずれ復活するやもしれん第五の魔法使いの存在を、伝承していくように遺して。



「――――これが、魔法使いによって口伝されてきた、本当の伝説だ。世間に伝わる伝説は、この伝承の終わりの部分が、簡単にまとめられて伝わったものだ」

 サムの語った事実に、蔵人は言葉がなかった。というより、頭がついていかなかった。死を操る?第五の魔法使い?そんな馬鹿な事があるのか?しかし事態は、サムの言葉を証明している。虚構ではなく、全ての辻褄が合う。

 混乱する蔵人に、サムは言った。

「信じろ、という方が無理だよな。僕もさっき復活した死者を見るまで、半信半疑だった。でも、師匠から教わった通り、第五魔法使い封印から千年の時が経ち、警告されていた通りに、死者は復活した。死者の反乱、死者の乱とでも名付けようか」

 蔵人はふとした疑問を口にした。

「死者が復活する、そのからくりはわかった。でも、何故死者は復活して、生きている人々を襲うんだ?復活までして、何故……」

 サムが答える。

「僕もわかっていないんだけど、僕の魔法の師匠が言うには、未練なく死ねる人は、極々少数だから、らしい。皆未練を残して亡くなり、その怨念は目に見えないだけで、この世に漂っている。その念に実体を与え、現世に蘇らせるのが、第五の死の魔法らしい」

「ふーん、全然わからん。皆後悔なく生きているように視えるけどな」

 蔵人の発言に、

「僕もだ。師匠には、大人、それも中年を過ぎるとわかるって言われたけど、本当かな?」

 サムも同意した。このように考える事ができるのは、若者の特権である。しかし若者と壮年・老年の精神が質的に異なるわけではない。

 不意に、物音がして蔵人とサムは身構えた。一人の中肉中背の男が、焚き火に照らされて現れた。

「おお、ありがたい。人がいた」

 男は肩の傷を手で押さえながら、足を引きずりながら二人に近づいてきた。

「蔵人……」

 サムは言い、

「ああ……」

 蔵人は頷いた。そして次の瞬間、

「はっ!」

 抜刀した両刃剣で、蔵人は男の首を切断した。

 無造作に首が転がり落ち、体はしばらく痙攣した後、その場に倒れ伏した。しかし信じ難い事に、首だけになっても男は怨嗟の言葉を吐いた。

「あんまりだ……あんまりだあ……国王め、おれたちを置き去りにして、退却しやがった。戦で勝って、恩賞もらって、あいつと一緒に暮らすつもりだったのに……畜生、畜生め……国王の人でなし……」

「はっ!」

 今度は、サムが魔法で火を起こし、首を火葬した。炎に包まれた首は、しばらくして燃えかすになり、怨嗟の声も止んだ。

 男は、復活した死者だったのだ。暗がりでわかりづらかったが、二人は一目で喝破していた。

 蔵人は思わず呟いていた。

「これが、人の未練か」

 サムも納得の表情を浮かべた。

「こういう大きな未練じゃなくても、後悔してる事って、沢山あるよな。僕や蔵人の歳でさえ、そうなんだ。長生きしてる人たちが、後悔の山に押し潰されそうになるのは、当然なのかもな」

 蔵人が同意して言うには、

「俺も、後悔は一杯あるもんな」

との事だった。サムはからかって、

「闘技場で大泣きした事とか?」

 そう言った。蔵人は赤面して、

「うるさい!うるさい!その話はよせ!」

 若者どうしの会話は、日が完全に落ちるまで続いた。

 その日は、森の中で野宿をした。周囲を覆うように、サムが魔法で結界を張っての上での事である。



 天然の地面は硬い。粗末な兵営暮らしで鍛えられた蔵人に、旅をしてきた魔法使いサムも、肩や首に鈍痛を覚えつつ、朝を迎えた。

「よく寝られなかったな。兵営のぼろや藁敷でさえ、ありがたい品物だった事がよくわかった。それに、夜はまだまだ冷える」

 欠伸をしながら文句を垂れつつ、蔵人は立ち上がって全身を伸ばした。他方、サムは慣れた様子で、

「兵士として訓練してきたのに、野宿が苦手か?」

 などと口にした。蔵人は目を丸くして、

「サムは慣れた感じだな。魔法使いって、案外強いのか?」

と問いかけた。すると澄まし顔で、

「いや、空気を圧縮させて、ベッド代わりにしていた。よく寝られたよ」

「な、なに?」

 蔵人は自分より小柄なサムにサムに詰め寄った。

「そんな魔法があるなら、俺にもかけてくれよ」

 偉丈夫の蔵人に迫られ、サムは震えた。

「ご、ごめん……なさい……あの、怖い」

「あ、悪い。怖がらせるつもりは……」

 決まりが悪そうに、蔵人は一歩退いた。二人揃って、気まずい空気を味わった。

 しばし間があった後、蔵人は言った。

「とにかく、次に野宿する時からは、俺にも魔法かけておいてくれよな」

 サムは笑って、

「了解」

と答えた。

 しかし、不意に蔵人はある事に思い至った。

「そういえば、その魔法は、魔法結晶を使わないといけないくらいの魔法なのか?」

 サムは笑って否定した。

「そんな大掛かりな魔法じゃないよ。それに、風や空気を操る魔法は、僕の得意分野だからね」

 サムが以前語ったところに拠れば、この世界は地水火風の四つの元素から構成されている。全てを分解していけば、そのいずれかに行き着き、その組み合わせによって、草木から人体、岩や空気さえ出来ているという。

 その理論が正しいかはさておき、少なくともその理に従って、魔法の体系は構築されているのだ。

 そして、サムの魔法は風の分野に長けているという事である。姿を消す魔法も、風を操っての結果らしい。

「しかし、これからどうすればいいんだ……」

 蔵人の嘆きに、サムも言葉がなかった。曙王国の王都は落城し、王も崩御した。そして死者に支配された王都を、どう奪還すればいいのか。蔵人とサムはたった二人で、随分悩んでいた。

 しばらく経った時、不意に馬のいななきが聞こえ、二人は身構えた。森の傍の街道に目をやると、馬上の生者が見え、二人は警戒を解いて姿を見せた。

 馬上の人間は、馬を御するのに四苦八苦しつつ、姿を現した二人に気づいた。

「おお!ありがたい!生きている者出会えるのは、こんな嬉しい思う事ない」

 曙王国の言葉だが、邑諸都市連合の訛りの強い喋りだった。



 二人はやや警戒しながらも、馬上の男に近づいた。男は馬から降りて、二人に歩み寄った。男は壮年の、帯剣した兵卒のようだった。顎髭の豊かな人物である。

「あー、あー、私は、邑諸都市連合の、使者だ。曙王国王都へ、向かって、いく」

 二人は顔を見合わせ、そして使者を名乗る人物を止めた。

「王都は、落ちた、死者で」

 蔵人はカタコトの言葉で使者に伝えた。男は驚き、独り言をぶつぶつ呟いた。しかし蔵人とサムには、男の言葉がわからない。

 蔵人は思い切って尋ねた。

「邑に、死人、現れた?」

 使者ははっとして、大きく首を縦に振った。

「はい、七都市、うち、五都市落ちた」

 これには蔵人とサムが驚愕した。曙王国も邑諸都市連合も、存亡の危機に立たされている。手をこまねいていれば、両方共倒れの道が待っていよう。

 それを察したサムが言った。

「双方、歩み、近づき、同盟」

 その発言に、蔵人と使者の男が目の色を変えた。

「馬鹿な!」

「――!」

 蔵人も使者も、同じような言葉を発した。同盟などあり得ないというのが、その根底にあった。平明王の先々代から、曙王国は独立を訴える邑連合と戦争状態だ。簡単に和平・同盟というわけにはいかないのが、蔵人と使者に共通する心情だった。

 サムは第三者として、尚も言葉を続けた。

「最悪は、共倒れ。今、共同すれば、生きる」

 他二名はサムの言う事に反発しつつも、反論の余地がないのも事実だった。

 やがて、蔵人は言った。

「サムは頭がいい。いつも正しい事を言う。今回も、それに賭けてみよう」

 蔵人は使者の男に、右手を差し出した。

「今、剣、抜かない。共、戦い、死人、葬る」

 使者の男はしばし迷った末に、蔵人の手を握った。

この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。


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