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剣の勇者  作者: 坂木陽介
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第三九章 精霊の住処

 林間に集落を築いた部族の村を後にして、蔵人たちは「精霊の住処」という伝説上の場所を目指した。道は険しく、皆下馬して、馬をなだめながら徒歩で細い道を進んでいた。

「魔法使いにとって伝説との事ですけど、そもそも精霊って何ですの?」

 歩みを進めながら、エイシャの疑問にサムが答えた。

「精霊は、四大魔法使いが各大陸の僻地に築いたとされる聖域の主なんだ。四大魔法使いの想念が、死後も意思を持って残存し、人を超えた存在として自然現象を操っているとされている」

 続けて、遜が疑問を口にした。

「で、わざわざこんな山間の険しい道を通ってまで、目指す価値があるのか?」

 サムは真面目に答える。

「精霊が、本当に四大魔法使いの遺った想念なら、死の魔法使いの事には詳しいはずだ。何しろ、直に死の魔法使いと戦っているわけだからね。それに、自然現象を自在に操れるほどの力を持っているなら、魔法の強化にも役立つはずだ」

 サムの説明を聞いて、蔵人が皆の問答を総括した。

「つまりは、魔法使いとしては、魔法の強化や大昔の知識を得られる可能性が高いから、是非訪れておきたい場所、という理解でいいのかな?」

 蔵人の言葉に、

「そういう事」

 サムは笑顔で答えた。

 しかし、半日余りの馬を引きながらの行程は、皆に疲労を蓄積させた。いつ終えるのかわからぬ道のりほど、人を疲弊させるものはない。

 昼飯の休憩を除いて歩き続け、疲労から皆の言葉も奪われつつあった。

 遜は行程には文句は言わなかったが、森林や山の隘路を通る道には不平をこぼした。

「こう狭い道が続くと、道の曲がり角や、木々の間から、死者が飛び出してこないか不安だな」

 しかし、エイシャが反論した。

「それが、不思議な事に邪な気配を全く感じませんの。死者や魔王の手先が潜んでいる様子はありません。まるで……まるで邪な者たちがこの辺りを避けているような――――」

 エイシャが言い終えぬうちに、一行の先頭を歩いていたサムの足先数歩の所に、矢が撃ち込まれた。

 馬が興奮していななき、皆は辺りに警戒しながら馬をなだめた。蔵人たちが辺りを見回すと、周囲の木々の上に、何十もの人影があった。多くの者が、こちらに矢を向けていた。

「いつの間に?」

 蔵人、遜、エイシャは臨戦態勢を取ったが、サムが公用語で呼びかけた。

「貴方がたは、もしやエルフではありませんか?そうだとしたら、矢を収め、話し合いに応じていただきたい」

 サムの言葉に、やはり公用語で答える者が現れた。木を下りて、サムの眼前に立つ男が一人。

 一見すると、変わった民族衣装以外は、この地域の住人同様の金髪碧眼の人物たちである。しかし、よくよくその顔に注目すると、耳が上方向に尖っていた。

 蔵人は思わず、

「エルフって、サムが言っていた伝説上の存在?本当にいたのか」

と言っていた。サムの眼前に立つ男は、蔵人に鋭い視線を向けた。

「我らは伝説の存在でも何でもない。小精霊が、受肉して生を受け、現に存在する者だ」

 サムは、自分たちを囲む一団の頭目らしい眼前の人物に、丁寧に話しかけた。

「我らは精霊の住処を荒らそうという者ではございません。実際、今世界を震撼させている死者の乱に際し、その討伐を旨として旅をしております。

 我は魔法使い。貴方がたエルフが守護する精霊にお目にかかり、その知恵を乞う者です。大精霊は、四大魔法使いの想念が死後形をなったと伺っております。どうかエルフの集落、そして大精霊の住処に、立ち入る事をお許しください」

 エルフは言った。

「確かに、そなたたちに邪な者がいないのはわかる。しかし、我らは他の人々から切り離されて生ける者。迎えられたくば、武具の類は預からせていただきたい」

 蔵人たちは、条件を呑んで、エルフの集落に迎えられる選択をするしかなかった。



 剣や杖、遜が全身に仕込んだ武器は、全て没収された上で、蔵人たちはエルフの集落に迎えられた。といって、歓迎されていたわけではない。歩く蔵人たちの周りは、武装したエルフたちが固めている。集落のエルフたちも、あちこちの天幕の陰から、遠巻きに蔵人たちを見るばかりで、近づく者は皆無だった。

 拘束された囚人同然の扱いを受けつつ、蔵人たちは村の中央広場へと連れてこられた。広場の前の大きな天幕から、白い衣に身を包む、威厳に満ちた男性エルフが現れた。変に肩に力を入れた様子はない。しかし、立ち振舞いに自然と厳かな風格を帯びる、本物の偉人であった。長身で目立つのも、他のエルフたちと一線を画すのに一役買っている。

 エルフは言った。

「我はエルフの族長、ラゴス。冒険者たちと出会うのは、実に数百年ぶりだ。

 そなたたち一行に魔法使いがおり、我らが守護する大精霊に会いたいという希望も聞いた。だが、それはできぬ」

 この発言に、最も強硬に反論したのはサムだった。ラゴスに食ってかかる勢いで、前に一歩進み出て言った。

「私は魔法使い、サム・ラッセルと申します!何故大精霊へのお目通りが叶わぬのですか?伝承によれば、大精霊は魔王を打倒した、四大魔法使いが祖のはず!今世界を荒らす死者の乱に対抗し、魔王打倒のために旅をする私たちには、大精霊のお力と知識が必要なのです!どうか、どうかお目通りをお許しください!」

 悲痛なまでの訴えだったが、ラゴスは表情を変えない。

「ラッセル、そなたが卓越した、我らの大精霊にも並ばんとするほどの魔法使いなのはわかる。しかし、大精霊は俗世との交わりを絶ち、最後の守りとして、我らエルフを配しておいでだ。

 我らとしても、大精霊の方針が変わらぬ限り、俗世と精霊の聖域を分かつ考えは変わらぬ」

 しかし、論陣を張ったサムは一歩も退かなかった。

「ならば、せめて大精霊に取り次いでいただきたい!大精霊ともあろう存在なら、今世界が大いなる危機に瀕しているのは、とっくにご存知のはず!

 大精霊としてではなく、かつて魔王打倒を成した四大魔法使いのお一人として、私に知恵と力を伝授いただきたい!仮に世間が死者の支配するところとなれば、いずれこの集落、ひいては聖域にまで、魔王の手は伸びてくるでしょう。無礼を承知の上で申し上げるが、無数の死者を前に、果たしてこの一〇〇名程度のエルフだけで、聖域が守れるとお考えですか?」

 サムの熱弁に、ラゴスはしばし沈黙した。副官に当たる立場らしい、別のエルフは、

「ラゴス様、さっさとこの村から追い出してしまいましょう!」

 そう言った。しかし、ラゴスは言った。

「我はある一点を危惧しておるのだ。もし、ここでこの者たちが手段を選ばず聖域へ向かおうとした場合、我らエルフが絶滅の危機に立たされる事になるのではないかという点だ」

 副官はラゴスの言に絶句した。重い沈黙が再度下りた後、ラゴスは厳かに言った。

「よかろう。大精霊がお会いになるかどうか、取り次ぐだけ取り次いでみよう」



 武器を取り上げられたまま、蔵人たちは小さな天幕の一つに監禁された。狭い天幕内なので、誰かが少しでも動くと他の三名も影響を受けた。

「こんな狭い所に監禁するなんて、伝説上のエルフの優雅さとは裏腹ですわ。――ちょっとスン!どこ触っているんですの?」

 エイシャは怒り心頭の様子で、何かあるたびに不平をこぼした。神経質になっているせいか、遜の肩が当たっただけで文句を言う始末である。

「悪い悪い、おれだって触るつもりはないけど、こう狭くちゃな……」

 遜は平謝りをしている。自分の非を認めたというよりも、喧嘩に発展するのは面倒という魂胆からの行動だったが。

 四人とも、各々がそれなりの精神修養を積んできたが、狭い天幕での監禁には辟易した。

 監禁されたのが昼過ぎで、既に夕方が近い。そうなった頃に、天幕の出入り口を開く者が現れた。

「出ろ。族長がお呼びだ。それと、必ず四名全員が来いとの事だ」

 精霊に強い関心を持っていたサムのみならず、四名全員揃っての呼び出しに、一同は困惑した。しかし逆らっても詮無き事である。四名は順番に、狭い天幕を出て身体を伸ばした。

 立ち上がって身体の筋を伸ばす一同に、呼び出しに来たエルフは言った。

「早くしろ!」

 だが、エイシャがすぐさま反論した。

「女性に対して、その態度はなんですの?あんな狭い場所に閉じ込めたのだから、十分に身体を伸ばす権利くらい、あるはずですわ!」

 強気な物言いに、呼び出しに来たエルフは閉口した。サムはその場を取り繕う言葉を発した。

「まあまあ。全員が呼び出されたって事は、全員が大精霊に認められたんじゃないかな?とにかく、行ってみよう」

 サムの一言で、四名はエルフの後に続いて歩き出した。黄昏の夕日が山の向こうに沈みそうな、自然が輝いて見える頃合いである。この自然と、エルフたちは何百年と共生してきたのだろう。

 蔵人は歩きながら、サムが使っていた単語について尋ねた。

「なあ、サム。大精霊とか小精霊とか、どういう事なんだ?精霊にも種別があるのか?」

 歩きながら、サムは講釈した。

「そうだな、大精霊は、さっき僕が言った通り、四大魔法使いの想念が実体となって、この世界に遺されたと伝えられている存在なんだ。地水火風の、四大魔法使い同様、大精霊も地水火風の四人が頂点とされている。

 小精霊は、大精霊が創造した、意思を持つ生命とでも言えばいいかな。あくまで大精霊に従い、その周囲で生きる存在だったんだけど、中には実体を、肉体を得る小精霊も出てきた。その一つが、エルフだとされているんだ。

 大精霊、小精霊を守護すべく、実体化している存在で、人類を真似て肉体を構成したらしいんだけど、エルフは人体を模倣する際に、一部観察不足だったらしくてね。それで耳が尖っているらしいよ」

 一行を先導するエルフは、一度だけサムを振り返り、再び前を向いて喋った。

「よく知っているな、その通りだ。その魔法使いの理解は、我らエルフの伝承と違わぬ。強い魔力といい、伝説に詳しい事といい、確かに優れた魔法使いらしい」

 サムは何か返答しようとしたが、先導役のエルフが、

「ここで待て」

と言って案内を終えた。森の奥へと列柱が続く一角である。先導役のエルフは、待機していた族長ラゴスと、二、三言何か話した。そして、族長が近づいてきた。

「四大精霊が一角、大地の精霊が、そなたたちをお待ちだ。四人揃って、この列柱の奥へと進むがよい」



 周囲を森が覆う、左右を列柱に飾られた道を、蔵人一行は歩いた。

 日暮れも近く、日中でも木陰で暗そうな道である。その中を行く事には、幾分かの不気味さを伴った。

 遜がぼやいた。

「こう暗いと、死者が出ないか不安だな」

 その言葉に反論したのは、エイシャだった。

「でも、大気がとても澄んで、落ち着いた場所ですわ。ここを不安に感じるなら、その人自身の心に邪なものがあるのではありませんか?」

 遜は年下の女性の言葉とあり、まともに取り合わず、

「はいはい、どうせ俗な人間ですよ」

と、ため息混じりに答えただけだった。

 蔵人は、遜とエイシャの中間的な感想を抱いた。暗い森は、確かに何か潜んでないか不安を呼び起こす。しかしこの森からは、嫌な気配は感じない。

「サム、この奥に、本当に大精霊がいるのか?」

 蔵人の言葉にサムは唾を飲み込み、一言一言を怯みながら答えた。

「いる……途轍もない魔力が、すぐそこにいるんだけど、どこにいるのかわからない。はっきり言って、すごく怖い」

 サムの言葉に、一同に緊張が走った。蔵人は友の肩に手を置き、

「サム、無理はするなよ?もし嫌だったら、今からでも引き返そう」

 そうサムを気遣った。しかしサムは、きっぱりと後退を拒否した。

「いや、行くよ。この先に、僕が求める答えの一つがある。この先に、魔王打倒の鍵がある。そう思えば、怖くなんかない」

 サムは畏怖しつつも、力強く言った。その言葉は、他の三名にも力強く響いた。

「それでこそ、俺の知っているサムだ。豊富な知識と確固たる信念を持つ、俺の友達だ」

「小柄で頼りなく見えてたが、言うじゃねえか」

「このエイシャ、感服致しましたわ」

 サムを讃える言葉が、仲間から口々に発せられた。サムは笑顔で皆を見た。

「ありがとう。照れるな、そこまで褒められると」

 サムはそう言った後、視線を前方へと戻した。

「行こう、皆」

 サムの号令に、全員が歩みを再開した。

 その後、一〇歩か、二〇歩か。しばらく歩いた所で、急に大地が動いた。

「な、なんですの?」

 大地はうねり、脈打ち、木々は急激に背丈を増して、四名を暗黒の中へと閉じ込めた。

 あっという間の出来事に、皆呆然とする他なかった。隆起した地面と枝葉を伸ばした木々に囲まれ、闇が四名を包んだ。

 しかし、暗い時間は長くは続かなかった。暗黒の自然による囲いの中に、明かりが灯ったのだ。

 茶色の光が、四名の眼前に現れ、言葉を発した。

「我は、大地の精霊、エーグ、なり」

 途切れ途切れの言葉だったが、サムには聞き覚えのある名詞があった。

「エーグ!やはり、四大魔法使いの一人、地のエーグが、大精霊となられたのですね」

 他の三名は茶色の輝きに目を奪われるだけだったが、サムは冷静に尋ねた。そして、蔵人たちも徐々に落ち着きを取り戻していった。

 輝きはサムの言葉を肯定した。

「左様……我は元々、地の魔法使いと呼ばれた、エーグなり」

 遠路はるばるやってきた蔵人一行の目的は、ようやく果たされようとしていた。

この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。


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