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剣の勇者  作者: 坂木陽介
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第三七章 武僧エイシャ

 王国一の武僧が女性、その事実は、蔵人たちには意外だった。しかしサムや遜は、闘いながらその事実を看破した蔵人にも驚いた。

 蔵人はエイシャに合わせて立ち上がった。長身の蔵人や遜には及ばないが、小柄なサムよりは高い背をしている。また、よくよく見れば、身体は全体的に痩身であり、胸はわずかに盛り上がっているのが、鎖帷子の上からもわかった。

 国王は蔵人に問うた。

「勇者、結城蔵人。朕の客人よ、この武僧をどうするかは、そなたの自由じゃ。だが、そなたに敗北こそしたものの、死者と渡り合う実力は十分と思うが」

 蔵人は金髪碧眼の武僧エイシャを、改めて見つめ直した。尼僧の如く短い髪、細身の身体、そしてそこから繰り出される闘拳は、紛れもない実力者である。

 蔵人は、国王にではなく、エイシャ自身に問いかけた。

「そなたの戦闘における実力は十分だ。しかし、旅は道の脇で寝食を行い、沐浴にも不自由するもの。女性のそなたに、それを我らと共にする覚悟はあるか?そして、そんな過酷な道中を経て、ゆくゆくは魔王を打倒する覚悟はあるか?

 これは国王陛下のご意思ではなく、そなた本人の意思で納得してもらわねばならない。いかんとする、ルマーク一の武僧よ?」

 蔵人の問いに、エイシャは一つ、逆に聞き返してきた。

「魔王打倒の旅路を共にする事を、わたくしに提案なさるのですね?」

「左様」

 蔵人の頷きに、エイシャは国王の特別席を見上げ、跪いて言った。

「陛下、わたくしめ、エイシャ・ルカンはこの結城蔵人たちと共に、魔王討伐のため、旅に出たく存じます!どうか、ご容赦のほどを!」

 国王は笑って、エイシャをたしなめた。

「これ!この剣士、結城蔵人が勝った折には、そなたを与えるという約定は、お主も聞いておろう。朕の口を何度も煩わすでない。そなたはこの結城蔵人に従うのじゃ」

「も、申し訳ありません、陛下」

 エイシャは深く頭を下げて詫びた。そして、立ち上がって蔵人に右手を差し出した。

「わたくしめも、死者の乱で身内に不幸の及んだ者の一人。魔王討伐のためとあらば是非もなし。道中を共に致したい」

 蔵人も右手を出して、固い握手をした。

「神聖魔法の使い手は、我らが是が非でも欲していたところ。助力をお頼み申す、エイシャ殿」

 エイシャは眉を上げて、

「殿、なんて、よしてください。エイシャで結構。その代わり、クロードと呼ばせてもらいます」

 そう言った。今度は蔵人が目を見開き、笑顔になって言った。

「わかった。よろしく、エイシャ」

 こうして、蔵人一行は四人目の仲間を迎え入れる事となった。

 なお、武闘会の出場者全員に特別の恩典が与えられるよう、蔵人は国王に奏上した。国王は蔵人の曙金貨一枚と引き換えに、全員にイアグ神の加護を祈りながら蔵人の願いを聞き入れた。



 エイシャはルマーク王国から出た事はないという。そのため、武闘会後二日をかけて準備したのだが、女性の旅の必需品がわからず、一行の全員が難儀した。

 市場をぐるぐる巡り、鍛冶屋で武具・防具の手入れをした。食料や旅費は、蔵人たちが多すぎるほど持っているので必要なかった。何しろ曙王国を出る時に、一〇〇枚単位の金貨を脅し取ったため、重すぎて困っていたくらいである。分担役が増えるのは、むしろ有り難かった。

 最大の問題は、馬だった。エイシャは馬に乗れなかったのだ。

「どうするよ、おい」

 遜が言った。蔵人一行が宿泊している宿屋の室内で、四人は顔を突き合わせて話し合っていた。

 エイシャは申し訳ない気持ちはあれど、あけすけに批判してくる遜には反論した。

「わたくしめが旅に不慣れなのは認めます。ですが、そう面と向かって罵倒なさるのは、罵倒なさる方に問題がお有りではありませんか?」

「ちっ、この尼!」

 舌打ちしてエイシャに近づく遜を、蔵人は慌てて割って入り、どうにか止めた。

「まあまあ、二人とも落ち着いて。それなら、少し長い滞在になるけど、エイシャに馬術の訓練をしたらどうかな?一ヶ月も集中してやれば、乗りこなせるんじゃない?」

 蔵人の提案に、サムも同意した。

「それしかなさそうだね。なに、運動下手の僕でさえ、そう時間はかけずに馬術を習得できたんだ。蔵人が教えれば、そこまで長期の滞在にはならないと思うよ」

 それを聞いた遜はため息をついた。

「まあ、仕方ないか。じゃ、教えるのは二人に任せたぜ。おれは自分の日課をこなす。日中は走り込みや武術訓練をして、夜は遊ばせてもらう。

 それじゃあな」

 遜は一方的に宣言すると、部屋から出ていった。遜がいなくなると、エイシャは不満を述べた。

「わたくしに至らぬ点があるのは受け入れますが、あの態度はひどいですわ!あれほどの俗人で欲深ですと、神聖魔法でも、気配を消せるかどうか」

 エイシャの言葉を聞き、蔵人はうろたえた。

「え?遜に神聖魔法って、効かないの?」

 声を大きくした蔵人に、エイシャが笑った。

「あ、いえいえ、冗談ですわ、クロード。強力な神聖魔法は、わたくしのような強固な信仰心を持たないと効きませんが、気配を魔王から隠すくらいなら、遜にも通用いたします」

 蔵人は肩透かしを食らったように、その場でうなだれた。

「なんだ、もう……魔法には詳しくないから、本気にしちゃったじゃないか」

 系統こそ異なれど、魔法使いであるサムとエイシャは笑っている。

「蔵人、喜劇役者みたいな動きしてたよ」

「そうですね。サムの言う通りですわ。でも、真面目な方なのは、基本的に好感を持てますけど」

 二名の笑い声が、嘆息する蔵人を中心に響いていた。



 国王に馬を与えてほしいとの請願を行おうと、蔵人、サム、エイシャは城前広場の衛兵に取り次ぎ願った。しかし、衛兵が書面を渡してきて言った。

「先に侍従長から、こちらの書面を預かっている。詳細は、我らにはわからぬ」

 三名は顔を見合わせ、真紅のリボンで結われた書面を開いた。国王の印章と共に、蔵人たちが国王の客人で、欲しがる物があれば何でも与えるよう書かれている。

 つまりは、無制限に使える商品券のような物だった。

 サムが言う。

「さすが王様、懐が深い」

 エイシャはその言葉を聞き、

「陛下は平穏無事を旨とするとするお方。当然ですわ」

 しかし、無制限の金銭に等しい書状をもらった蔵人は、城前広場の一角を見ながら複雑な心境を抱いた。

「何でも買える書状、か」

 呟いた蔵人の視線の先に何があるか、それを察して、サムは言った。

「蔵人、辛いだろうね……」

 友の背をさするサムの言葉に、エイシャは疑問を呈した。

「クロードが、どうかしましたの?」

 エイシャの問いに、唇を噛んで耐える蔵人に代わり、サムが説明した。

「蔵人は、いっそ奴隷を全員買いたい、いや、そもそも奴隷たちの生命より、この書状一枚が奴隷より価値がある事に、負の感情を持っているんだ」

 エイシャは不思議そうな声を発した。

「どういう事ですの?クロードは奴隷でもない、自由民なのでしょう?奴隷の存在に負の感情を持つ理由が解せませんわ」

 城前広場の一角で、老若男女を問わず裸の人物たちが壇上に上らされ、仲買人が大きな声で奴隷たちを競売にかけている。壇の周りの人垣からは、次々と値段を叫ぶ人々の声が響いている。蔵人には、胸が締めつけられる光景だった。

 サムはエイシャに説明しようとしたが、蔵人がそれを制し、自分からエイシャに話した。

「俺の故国には、奴隷はいなかった。たとえ戦で捕虜になって、強制労働に駆り出される事はあっても、金銭で人間を売買するという考え方はなかった。だから、同じ人間なのに、売買される身分の人々がいる事に、耐えられないんだ」

 エイシャには青天の霹靂にも等しい話だった。

「奴隷が、いない?でも、それでは自由民の生活が成り立たないのでは?」

 エイシャの言葉に、蔵人は天を仰いで言った。

「成り立つんだ。少なくとも、俺の国では十分成り立っていた。だから、だから、この光景は、辛い……」

 蔵人の頬を、熱いものが伝った。エイシャは、自分の見識の狭さを恥じた。

「ごめんなさい、わたくしめが、思慮に足らない事を言ってしまいましたわね」

 蔵人は涙を拭ってエイシャを振り返った。

「いや、エイシャが悪いわけじゃない。俺が、世界には色々な慣習がある事を、わかっていないだけだよ。

 それより、馬を見に行こう。サム、案内してくれ」

 三名の間になんとも言い難い雰囲気が漂ったまま、各々は無言で牧場へと向かった。



 城壁外の牧場で、三名は牧場主と話し合い、エイシャに合った馬を譲り受けた。牧場主の親切で、エイシャの馬術訓練もそこで行う事を許してもらえた。

 肝心のエイシャの馬術だが、サムより筋が悪かった。基本的な運動能力はサムよりずっと上にもかかわらず、だ。

 二、三度続けて落馬して、エイシャは文句を言った。

「一体なんなんですの!全然わたくしのいう事を聞いてくれませんわ!」

 地面にぶつかる寸前に神聖魔法で防御しているため、首から落ちても怪我はない。しかし落馬続きで、エイシャの気分は落ちていた。

 サムは横に立つ蔵人を見上げ、

「どうですか、馬術の先生としては?」

 そう言った。それを受けて蔵人も勿体ぶって、

「これは、中々……相当の鍛えがいがあるというものだなぁ」

と、ため息混じりに評した。

 立ち上がって土を払い、遠くへ駆けていってしまった馬を見ながら、エイシャは言う。

「一体わたくしの何が駄目なんですの?どうやったら騎兵の方々みたく、馬を飼い馴らせますの?」

 鬱憤を爆発させたエイシャに、蔵人は次のように助言した。

「エイシャ、馬は生き物だ。飼い馴らせよう、いう事を聞かせよう、というように下手に意気込み過ぎると、馬も緊張して暴走する。馬と意思疎通を図るように、まずは自然体で馬に跨ってはどうかな?」

「自然体、ですか?」

 きょとんとするエイシャの傍まで、サムが馬を御して戻ってきた。

 その様子を見た蔵人は、エイシャにさらに言葉をかけた。

「サムを見てみてよ。とても穏やかに、馬に跨っているだろ?確かに初めのうちは、鐙があっても、跨るのが精一杯で緊張してしまう。しかしその緊張は、馬にも伝わって、余計な興奮状態にさせてしまう。それで暴走しちゃうんだ。

 もしかしたら、最初は馬に跨らず、馬と馴れ合って親睦を深めるために、手綱を引いて牧場内を歩いてみたらどうかな?」

 蔵人の助言に首を傾げつつも、エイシャはサムから馬の手綱を受け取った。そして、目に向かって話しかけてみた。

「同じイアグ神から生まれし動物よ、わたくしめに、乗る事を許してほしい」

 近くで話しかけたせいか、馬は舌を出し、エイシャの顔を一舐めした。

「ひゃっ!」

 エイシャは腰を抜かして、土の上にへたり込んだ。それを見た蔵人とサムの二人は大笑いした。

「はははっ!エイシャ、馬に気に入られたかな?」

「確かに。中々ないよね、馬に舌で舐められるって」

 二人の笑い声に、腰を抜かしたままのエイシャは抗議した。

「わ、笑い事じゃありませんわ!クロードもサムも、他人事だと思って!」

 しかし、蔵人とサムが評した通り、この出来事をきっかけに、エイシャと馬は急速に仲良くなった。一ヶ月する頃には、エイシャを主と認め、エイシャの示すよう走り、エイシャの手から餌を食むようになった。

 蔵人とサムは、牧場内を自在に走るエイシャとその愛馬を見て、

「最初の印象より、随分と早く乗れるようになったな」

「そうだね。一ヶ月だから、僕と同じくらいか。蔵人が、馬術の先生に向いているのかもよ?」

 そう語り合った。



 一ヶ月に渡る王都滞在の後、蔵人一行は国王にベテ―を辞する挨拶に出向いた。

 国王は朝第一の謁見に、蔵人たちを割り当ててくれた。

 四人は真紅の絨毯上に跪き、玉座に座る国王に挨拶した。

「長々とお世話になりました。格別の配慮の数々を賜り、恐悦至極に存じます。今後とも、陛下と王国にイアグ神の加護があります事を願っております」

 一同を代表したサムの挨拶に、国王は残念そうに返答した。

「惜しいのう。そなたたちがいてくれるだけで、朕も様々な楽しみがあったというもの。そなたたちに会いたいという者が増えて、謁見に来る者が減ったくらいじゃ。朕もあの闘技場での闘いは、昨日の事のように思い出せる。

 そして、マウリーア帝国から、そなたらの色々な情報も届いた。皇帝陛下を救った、クローヴィス王国の王都包囲戦を終わらせた等々……そなたらは、自分たちを一介の流浪人に過ぎぬと称しておるが、朕には死者の乱に際して現れた、勇者だと思えるのだ。

 ラッセルよ、少々、ユーキ・クロードと話をさせてくれ」

 国王直々の頼み事を無下にはできない。それに、この大陸の公用語を習得している蔵人なら、王とも会話ができる。サムが一歩後ろで跪いている蔵人を振り返ると、蔵人は無言で頷き、国王に挨拶した。

「は、国王陛下、ご機嫌麗しゅうあられ――――」

 蔵人は丁寧に挨拶しかけたが、国王は蔵人の言葉を遮った。

「ええい、よいよい!そんな勿体つけた挨拶などよい!

 ユーキ・クロードよ、そなたら四人の中では、そなたが中心人物と朕には映る。誤っておるか?」

 蔵人は思わず仲間たちを見回したが、全員が笑顔で頷いた。それを確認すると、国王に答えた。

「はっ、恐れながら、ご慧眼の通りにございます」

 頭を垂れて、蔵人は王の言葉を肯定した。すると、国王は言った。

「世界が危機に瀕した時に救世主や勇者が現れ、世を救うという伝説は、どこの国々にもありふれておる。しかし、他愛もない噂話と思っていたそうした伝説も、そなたを見ていると嘘には聞こえぬでのう」

 蔵人は王の言わんとする事を察しかねて、

「申し訳ございません、仰る意味が、我にはわかりかねるのですが……」

と答えた。王は吹き出して、大笑いした。

「はっはっは、仲間たちは察しておるようだぞ」

 蔵人が皆を見回すと、三名は苦笑していた。サムは、あえて国王にも聞こえるよう言った。

「蔵人、陛下は、伝説の救世主や勇者が、蔵人なのではないかと仰ったんだ」

 蔵人は目をしばたき、サムの言う事を、間を置いてようやく理解した。そして声を大きくして言った。

「いえいえ、陛下!恐れ多く存じます!」

 国王は目を細め、笑ったまま慈愛の眼差しを蔵人に向けていた。

「驕らぬのも、また徳の一つか。まあ良い。そなたたちの旅の完遂、朕も願う者の一人じゃ。立派に励むのじゃぞ」

 国王への謁見は、ひとまず終えた。謁見の間を出ても、蔵人は仲間の笑顔で肩身が狭い思いをした。

 そんな状況を誤魔化そうと、蔵人は歩きながらサムに尋ねた。

「それで、サム、次はどこへ行く?」

 サムは、顎に手を添えて考えながら、

「ちょっと、寄り道したいと思っているんだ。魔法使いの間で、伝説となっている場所が幾つかあるんだけど、そのうちの一つに行ってみたい」

この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。


最後までお読みくださりありがとうございます。

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