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剣の勇者  作者: 坂木陽介
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第三五章 意外な決闘

 鍛冶屋から返ってきた切れ味鋭い状態の剣を持ち、蔵人は改めて鍛錬をした。死者相手の実戦は様々な形でくぐり抜けてきたが、殺生を目的としない対人戦は久しぶりである。実戦経験の豊富さにかまけていては、逆に足をすくわれる可能性が否定できない。

 蔵人は午前中は、宿の室内で剣を構え、目を瞑ってそのままじっとしていた。正確には、素人目にはじっとしているように見える、というわけであった。今までの戦闘経験を全て省みて、それぞれの戦いから得たものを掘り起こした。特に自分が敗北した戦いからは得るものがあった。ガルデニウスとの決闘、古の剣士ガウディとの戦いはその最たるものだった。

 宿の中は比較的涼しいはずだが、並外れた緊張を維持している蔵人は汗をかいた。汗がこめかみから頬を伝わり、顎まで達した時に、

「はっ!」

 蔵人は目を見開き、剣を一振りした。長い呼吸の後、再び剣を構え直し、同じ事を繰り返した。

 同じ部屋にサムもいたが、こちらはこちらで瞑想中である。蔵人の気迫は感じていたが、寝台の上に座り、魔力結晶を生成する事に集中した。同じ部屋の中で、親友同士がいるにもかかわらず、室内は静寂に包まれていた。

 一方、一人年長の遜は遜で、鍛錬をおろそかにはしていなかった。実は腕試しとして、蔵人と遜の両名が、武闘会に参加する事にしたのである。遜は基礎体力から見直すべく、都市内を走り込んでいた。王城前の広場を起点に、都市を一周し、再度王城前の広場まで着いて終点とした。途中、治安の悪い貧民街も、あえて通り抜けた。

 すると、ボロ家から柄の悪い連中が現れ、

「おうおう!ここを通りたければ身ぐるみ置いてけ!」

と、声を上げた。しかし遜は走りを止めない。速度も一定のままである。

「き、聞こえなかったか?身に着けているもんを――――」

 遜は悪党どもの渦中を、身を低くしてあっさり走り抜けてしまった。素人目には、目にも留まらない、と言えるほどである。そのまま遜は人口二〇万の王都を一周した。

「昔より体力が落ちているかと思ったが、まだまだいけるな」

 そう呟いて、広場の露店で銅貨一枚で柑橘類を一つ買い、その場で食らいついた。そして情報収集がてら、果物を食いながら店主の老婆に話しかけた。

「なあ、今この国で一番強いって武僧は、どんな奴なんだ?」

 老婆はしわがれた声で言った。

「そうさね、信仰心の強い、純粋な若者さね。徒手空拳で闘うが、体にかけた神聖魔法の加護で、剣とも互角に打ち合える。真っ向勝負なら、敵う相手はいないんじゃないかね」

 真っ向勝負なら敵う相手はいない、その一言が、遜には十分な情報だった。

「ありがとよ。情報料だ、果物もう一つくれ」

 遜は別の果実を買い、再び走り込みに精を出した。



「真っ向勝負なら敵う相手はいない、か」

 遜が宿に持ち帰った情報を聞き、蔵人はその一言を繰り返した。黄昏時になり、その日の鍛錬を打ち切ったところへ、遜が宿に戻ってきたのだ。

 サムが言った。

「蔵人、勝ち目はありそう?蔵人の戦い方も、真っ向勝負な気がするけど」

 サムの言葉に、蔵人は不敵に笑った。

「なに、これでもガルデニウスと闘った頃と比べれば、ずる賢くなっているつもりだよ。過程には執着しないが、勝利という結果には執着する。

 勝つためには、剣士らしからぬ戦法も使うさ」

 自信を見せる蔵人に、遜は言った。

「まあ、実戦の連続だったからな。剣士ガウディとの戦いでも、剣士としての勝ちではなく、戦の勝ちを拾いにいったくらいだ。色々と、剣以外の攻防も考えているんだろ?」

「そういう事」

 蔵人は笑みを崩さずに答えた。蔵人は剣士としてではなく、武闘家として、武闘会に臨む所存だった。もし剣闘が通じぬ場合、卑怯な戦法も駆使する心構えである。

 一方、蔵人は遜に問い返した。

「遜こそ、どうなのさ?走り込みで、体力の確認はできたのか?」

 遜は自信満々に答えた。

「ああ、連戦しても問題ない。この歳になると体力が落ちてくると聞くが、まだまだ戦の最前線でも戦えるくらいだ」

 サムは寝台に座ったまま、安堵の様子を見せた。

「それは何より。武闘会はトーナメント制みたいだから、連戦できる体力が欠かせないよ」

 サムの使った単語に、遜は眉をひそめた。

「何だ、その、トーナメントって?」

 覚えのない単語だったらしく、サムは説明の要に迫られた。

「一言で言えば、勝ち抜き戦だよ。籤か何かで組み合わせを決めておいて、一度負けたら脱落。勝った者同士での闘いを続けて、最後の一人になればその人が優勝、ってところか」

 大まかな説明だが、勝ち抜く条件を遜は鋭く見抜いた。

「勝ち抜き戦か。つまり勝てば勝つほど、連続で闘う事になるわけだ。技量も大切だが、持久力や基礎体力の闘いなんだな」

 サムは驚いて頷いた。

「そ、そうそう。さすが、要点を良く掴めるね」

 それを聞いた蔵人は言った。

「体力勝負か――――遜、明日から午前中の走り込み、俺も付き合っていいか?技の練度より、持久力のが大事になりそうだ」

 遜は二つ返事で了承した。

「いいぜ。ただ、おれは自分の調子で走るから、遅かったら途中で置いていくけどな」

 蔵人は反抗心を起こす事もなく、

「了解だ」

と、素直に頷いた。この時はまだ、遜は蔵人が素直に受け入れたわけを理解していなかった。だが、サムはなんとなく察しがついていた。



「おーい、遜!俺を置いていくんじゃなかったのか〜?」

 蔵人は後ろを振り返り、少々の嫌味を込めて、数十歩遅れる遜に呼びかけた。遜は苦々しく、

「うるせぇ!おれは自分の調子で走っているんだ。先に行くなら行っちまえ!」

と、大声で反論した。

 雲の多い空の下、都市の街路を走り込む蔵人と遜だったが、遜は現況を予想していなかった。蔵人は遜に置いていかれるどころか、遜を置き去りにして走っていたのだった。

(畜生めが!この展開は予想していなかった)

 遜は蔵人についていこうと己の速度を乱し、息が切れ切れだった。最初の数分こそ蔵人が張り切って速く走っているだけかと思ったが、それは遜の認識の誤りだった。明らかに、基礎体力は蔵人が上であった。

 とはいえ、気づいた時には後の祭りである。遜は大声で、

「嫌味言ってる暇があるなら、さっさと行けや!」

 そう言った。蔵人は遠目でもわかるほどの笑みを浮かべ、

「わかった!そうさせてもらうよ」

と、言い残して遜の視界から消えるほどの速さで走り去った。

 走りながら、遜はため息を漏らした。歳の差を考慮していなかった己を呪った。いや正確には、青年と体力差が生まれるほど歳を取った己を呪った。

「技は練れるが体力は衰える。歳を取る事を、そう評した言い回しが邑にあったな……」

 故国の格言を思い出し、遜は二度目のため息をついた。愚痴を並べても仕方ない。蔵人に追いつく事は諦め、遜は自分の調子で走るよう努めた。

 しかし貧民街に差し掛かった所で、不意に遜は蔵人に追いついた。走りながら目を凝らすと、蔵人は馬鹿正直に三名のごろつきを相手に闘おうとしているらしい。

「おいおい、蔵人!相手にしてたら時間の無駄だぞ」

 しかし蔵人はごろつき連中を注視したまま、

「気にするな!ちょっと試したい事があるだけだ。先に行っていてくれ!」

 そう返答した。蔵人は並外れた剣士だが、剣は宿に置いてきており、今は徒手空拳である。遜からすれば気がかりな闘いだったが、遜は蔵人の言葉を信じた。

「了解。先に行くぜ」

 昨日同様、遜は連中の横をすり抜け、貧民街を走り去った。

 走り去ったはいいが、遜は蔵人の心配をしながら残りの道のりを消化した。

「さすがに生死を分けた実戦の経験者が、街のイキり散らす馬鹿に負けるとは思えないが……しかし得意の剣術無しで何を試すんだ?」

 ぶつぶつ呟いて走っていると、終点の王城前広場の寸前で、遜は蔵人に追いつかれた。

「よ、遜。ギリギリ追いついたな」

 そう声をかけてきた蔵人と共に、遜は王城前広場に入った。

 終点に着いた時こそ同じだが、蔵人はごろつき連中三名を相手にしての同着である。明らかに、遜よりよほど速い走りをしていた。

 遜はゆっくり歩きながら、横をいく蔵人に尋ねた。

「さっきは、何を試していたんだ?剣士のお前が、空手の状態で試す事なんてあるか?」

 遜の問いに、蔵人は答えをはぐらかした。

「まあ、武闘会に向けての実践練習とでも言えばいいかな。空手で得るものがあった」

 遜がさらに聞こうとすると、鼻っ柱を叩く水滴があった。

「雨か」

 遜の反射的な呟きに、蔵人は言った。

「これじゃ宿に戻るしかなさそうだね」

 二人は小走りで、サムの待つ宿屋へと急いだ。



 小雨と晴天が繰り返された日々が過ぎ、快晴の空模様で武闘会当日がやってきた。

 朝、宿屋の寝室で蔵人はサムに尋ねた。

「武闘会に、魔王の息がかかった者はいそうか?」

 サムは立った状態で杖を床に突き立て、目を瞑ったまま首を横に振った。

「いや、邪な魔力は全く感じられない。王都内にいるのは、僕以外は神聖魔法の使い手だけだね」

 皮の胸当てや、各所に武器を仕込んだ衣服をまとい、遜が言った。

「神聖魔法は、魔王も警戒しているんだろ?わざわざ武闘会に出なくとも、都市の外でおれたちを追い詰める腹づもりだろうさ」

 その評価は、当たっていると考えて問題なさそうである。蔵人と遜は視線を交錯させ、

「じゃ、純粋に俺らの腕試しができるってわけだ。遜、油断して変な相手に負けるなよ?」

「その言葉、そっくりそのままお返しするぜ。お互い決勝まで残って、どちらが勝っても武僧を仲間にできるようにしたいものだな」

 二名は互いに挑発し合った。

 サムは前置きしながらだが、蔵人と遜に提案した。

「水を差すようで悪いけど、本当に、優勝したら武僧を仲間に加えてもらう、というお願いで良かったの?今からでも、国王に頼めば武僧の一人くらい都合付けてくれると思うけど」

 サムの提案に、蔵人は言った。

「サムは優しいな。まあ、これはなんと言うか、武人の宿業みたいなものだ。何かを賭けて腕試しをしたい、そういう緊張感がないと、戦場での戦闘のような力量は発揮できないんだ。

 命のやり取りではなく、純粋に個人の武を懸けて闘い、何かを得る――――戦場以外では、そういう仕方でしか己の力量を納得させられないんだよ」

 蔵人の弁に、遜も乗った。

「若い若いと思っていたが、言うじゃないか。さすが、曙王国一の剣士だっただけある。

 サム、親友が心配なのはわかるが、個人の闘いで己の力を確かめたいという欲求は、武人の誇りを懸けたものだ。特に蔵人は、剣士である己に誇りを持っている。闘いは、避けて通れないと思ってくれ」

 二名の説得に、サムは折れた。

「わかったよ。蔵人を信じる。そして遜も信じる。そこまで言うんだから、二人とも、変な負け方したら許さないからね?」

 サムの笑顔を、蔵人も遜も肩をすくめて受け取った。

「サムの笑顔には、全力をもって応えるよ」

 蔵人の自信に満ちた言葉で、会話を終え、三名は身支度を整えて闘技場へと向かった。

 石造の、万単位の人間が観客となる円形闘技場の一角で、参加者を募集していた。何十という参加者を想像していたが、蔵人や遜を勘定に入れても二、三〇名の参加者しかいない。途中、道行く人が、

「例の武僧が無敗記録打ち立て出してから、下手な参加者減ったよなぁ」

と、言っていたのは事実らしい。

 闘技場の傍まで三名は連れ立って来たが、サムが言った。

「じゃ、僕は観客席から観てるから、二人とも頑張ってね」

 サムと別れた蔵人と遜は、参加者の募集窓口で登録し、籤を引いた。参加者は引いた籤毎に二つの集団に分けられた。蔵人と遜は別の組である。

「健闘を祈るよ、遜」

「お前もな、蔵人」

 そうして、薄暗い地下通路をそれぞれ分かれて進んだ。蔵人の組は道の途中で止まり、遜が属する組はずっと奥へと進んでいった。

 蔵人は神経を落ち着かせ、あえて闘争心を抑えた。連戦が前提の闘いなら、凍てついた精神で冷静に闘うのがいいとの判断である。

 しばらくして、地下通路の入口が下りて、地上への道が出来た。いよいよ蔵人の出番である。

 坂を上り、満員の観客の歓声を浴びながら、砂利の敷き詰められた闘技場の真ん中まで進み出て、対戦相手の顔を認めた時、

「は?」

と、蔵人は声を上げて固まった。相手は頭を掻きながら、

「マジか〜!」

と言いながら天を仰いだ。

 初戦で蔵人と闘うのは、遜だった。

この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。


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