第三四章 武闘会に向けて
雨に遭いながらの進行で手間取ったが、三名は無事にルマークの王都、ベテ―の地を踏んだ。都市内は繁栄しているらしく、城門を出入りする人々は多い。
三名は馬を引き、歩いて城門をくぐった。
「かぁー!やっといい寝床にありつける」
遜は年寄り臭い叫びを上げたが、蔵人とサムも同感だった。一ヶ月近く、死者の襲撃に用心しながら王都を目指してきたのだ。いかに若くとも疲労がのしかかっている。
三名は宿を取り、馬を預けると、王城前の広場に出た。街で一番賑わう区画である。
「今度の祭日の武闘会、優勝は誰かな?」
「そりゃあ、あの武僧に勝てる奴なんかいねぇだろ」
聞こえてくる世間話は、武闘会の話が多かった。蔵人はサムに尋ねた。
「そういえば、そもそも武闘会って、部外者も参加できるのか?」
サムは自信満々に答えた。
「蔵人、何か忘れてない?僕らはマウリーア皇帝の通行手形と、ルマークの総督の書状もある。この後王城に謁見を申し出れば、一声でどうとでもなるよ。王国において、王様の言葉は絶対だからね」
サムの悪そうな笑みに、遜も便乗した。
「そうだな、王の一声は鶴の一声だ。さっさと国王に会いに行こうぜ」
元が王国の騎士だった蔵人には、二名の言葉は不敬に感じられたが、反論は難しかった。
三名はサムを前に立て、王城の門へと進み出た。当然ながら、衛兵に止められる。
「何者か?」
「国王陛下への請願なら、日を改められよ!」
槍を交差させる二名の衛兵に、サムはマウリーア皇帝の通行手形を高々と掲げて告げた。
「そなたたちこそ無礼なり。我ら三名は、マウリーア皇帝の通行手形を持つ身。王陛下と言えども無視はできぬはず。
また、こちらはロイカ総督の書状なり。我らは貴国の伝令としての役割も負っている。国王陛下が盲目でなくば、我らをいかに遇するべきかは自ずとわかろう」
一衛兵の身では対処し切れぬとわかると、
「し、しばし待たれよ。今侍従長に取り次ぐ」
衛兵の一人は一目散に城内へと駆けて言った。もう一人の衛兵はサムの書状を、言葉を失ってまじまじと見ていた。
やがて、先ほどの衛兵に付き添われ、礼服に身を包んだ白髪混じりの老人が出てきた。背は真っ直ぐで、身のこなしは服装も相まって瀟洒である。
老人はサムを見て、
「書状をよく拝見したい。こちらへ一度、お渡し願う」
と、言った。サムが手渡すと、虫眼鏡で字を確認しながら、老人は検分した。やがて検分を終えると、
「これは無礼を致しました。皇帝陛下の通行手形、確かに改めさせていただきました。本来、王陛下への請願や謁見の申し出は午前で終えてますが、貴方がたを無下に扱ったとなれば、皇帝陛下の不興を買うのは我らになります。どうぞ、城内へ」
皇帝は王の中の王、蔵人がそれを実感した瞬間であった。
「朕が、ルマーク王シャーハーン四五世である」
そう宣言して玉座に座したのは、壮年の精悍な男であった。きらびやかな長い衣に、頭には宝石を散りばめた顔より大きな王冠を戴いている。それでいて、何の違和感も与えぬほどの壮健さを帯びていた。巨大な王冠も、この人物が戴くなら申し分ないという納得感さえあった。
王は長い茶髭を撫でつつ、一段下に跪く蔵人たち三名を睥睨した。
サムは言った。
「国王陛下にはご多忙のところ、お時間をいただき、真に有り難く存じます」
ルマーク王は軽く笑った。
「マウリーア皇帝陛下の手形を持つとあらば、本来段上にいるのはそなたたちのはずだがな」
サムもわざとらしく笑って答えた。
「いえ、いかに皇帝陛下に通行手形を授けられようとも、所詮は流浪の身。各地を治める方々のご威光には敵いませぬ」
サムと王の間に軽い火花が散ったように、蔵人には見えた。しかし決して敵対心からのものではなく、双方が問答を楽しんでのものらしかった。
王は言った。
「しかし、三名とも目が良い。良い目つきをしている。魔法使い殿の後ろに座す二人も、こちらを見て、よく目を見せてくれ」
蔵人と遜は、軽く目配せして各々顔を上げた。
王はまず、遜を見た。
「ほう……何人にも御しがたい、一身で名を上げた餓狼の目をしておる。しかし卓越した武人だ。 朕の言葉に、誤りはあるか?」
遜は珍しく畏まり、王の言葉を肯定した。
「仰る通りで」
かろうじて、この大陸の公用語が遜の口から出た。
続いて王は、蔵人を見た。しかし、身を乗り出すように蔵人の目に見入り、平静ではいられなくなった。
「なんと、なんという……これならそちより年長の餓狼が従うのも頷ける。朕でさえ、危うく平伏すところであった。我が国の開祖にも劣らぬであろう徳の持ち主だ。朕が束になっても、そち一人に及ぶまいて」
王はよろめきつつ玉座に座り直した。王の言葉に最も驚いたのは、他でもない。蔵人その人であった。
「へ、陛下?誠に光栄なお言葉ですが、さすがに過分にございます。我は一人の流浪人にすぎません。対して陛下は国王。お立場がこうも違っては、格差は自然と出るものかと」
王は自嘲した。
「朕は宮廷で、戦場で、様々な人物を見てきた。これでも人を見る目はあるつもりだ。しかし、しかし朕が跪くべき資質を持つ、徳がある、そう思った人物は今日まで現れなかった。
それほどの傑物に慰められては、朕の人物眼が廃るというもの。もし立場に関係なく出会っておれば、手足として使ってほしいと朕から願い出ていようぞ」
王は長い嘆息の後に、サムを見た。
「良い仲間たちだな。そなたもまた、四大魔法使いにも劣らぬ傑物であろう。天は自らに相応しき者を合わすと聞くが、まさにそなたたち三名はいずれも優れし者たちだ。朕にできる事なら、なんなりと申し出てほしい」
それを聞いたサムは、蔵人と遜を振り返り、それぞれから頷きを得た。そして、王に二点を願い出た。
「ならば、お二つ、お願いがございます」
全ての願いは聞き入れられた。
一つ目の願い、公文書庫への出入りだが、遜は早々に文字とのにらめっこを避けた。
「おれはこの国の言葉は勉強したが、文字には不慣れだ。すまんがおれは街に出る」
そう捨て台詞を残して王城を後にした。
「王陛下に言えば、女性の一人くらい口利きしてくれそうだが……」
書庫で目当ての棚を探す蔵人に、サムは別の棚を見ながら答えた。
「多分、遜は女性との関係を遊んでいるんじゃない?すぐ手に入る女性より、口説き落とした女性を好む気がする。遜にとっては口説き落とす行為も、楽しみの一つだろうね」
「なるほど、確かに」
サムの解説が、これ以上ないほど蔵人の腑に落ちた。
一方、サムも蔵人に疑問をぶつけた。
「しかし、蔵人こそ良かったの?棚からぼた餅な財産話だったのに」
「ああ、あれはね……二人が俺に任すって言うからな。なら、と思ったんだ」
先の謁見の終わり際、未だ跪いた三名を前に、王は総督からの書状を開封した。そして告げた。
「ふむ……謁見は終わりかと思ったが、まだ一つ、そなたたちと話す必要がありそうだ」
蔵人ら三名が顔に疑問符を浮かべると、王は告げた。
「そなたたちが持って参った総督からの書状じゃが、そなたへの、魔法使いへの感謝であふれておる。元々病で余命幾ばくもないと言われた身を、よく治療してくれたと。そして、三名に感謝の印として、自らの財産を遺贈する旨が書かれておる」
三名には寝耳に水だった。サムは三名を代表して、王に返事をする事すら思いつかぬ様子である。そこで、蔵人が発言した。
「陛下、一つよろしいでしょうか?」
先ほど英傑と讃えた人物からの言葉である。王は喜び勇み、
「おお!申してみよ、勇者よ」
と、賛辞とともに発言を許可した。
蔵人は言う。
「もし叶うなら、総督閣下の財産で、孤児や貧民のための施設をお造りいただけませんか?
我は勇者、英傑と陛下から称賛されましたが、元は貧民に堕ちた身です。運良く故国の王の目に留まり、貧民から騎士の道に進みましたが、同じ境遇の人物は、陛下のお国にもいるはず。そうした社会的に堕ちたとされ、忌避されている身の者にも、改めて陛下の耳目を賜りいただきたく存じます」
蔵人は献言の後、サムや遜に視線を向けた。仲間はどちらも、笑って蔵人の意見に無言の同意をしてくれた。
王は笑いをこぼして、次のように残念がった。
「惜しいのう……総督も書いておる。自分の財産程度では、勇者一行の気を変える事は難しいだろうと。そして財産の処置について、そなたたちから申し出があれば、その通りにしてほしいとも。
やれやれ。優秀な人物は手に入らぬのう」
王は苦笑しながらも、蔵人らの望みは叶える事を約束した。そして謁見は終了した。
謁見の始終を回想しながら棚の日付を追っていた蔵人は、
「あった!これだよ、蔵人!」
サムの声で覚醒したように、声の主へと顔を向けた。サムは天井付近の書棚から、魔法を解いてゆっくり下りて着地した。そして、問題の箇所を探した。蔵人は横からサムの手元を覗いた。
「ルマーク暦二〇七六年第五の月、武闘会記録。流石歴史の記録に余念のないルマーク王国だ。この数年の記録も付けられている」
サムの言に、蔵人は問いかけた。
「第五の月なら、俺とガルデニウスの決闘のさらに一年近く前か?」
サムは、
「そうなるね。時系列としては、確かに合っている。それに、この巻物だけ分厚い」
そう言って武闘会の記録を追った。そして問題の名前を見つけた。
「ガルデニウスだ!トーナメント表に、名前が記されている!」
友の興奮気味の声に、蔵人は食い入るように表を見た。確かに公用語で、ガルデニウスの名が書かれていた。
「うん?特記事項?」
トーナメント表に続いて、長々と書かれた文章があった。この文章が挿入されているために、この巻物だけ他より少しだけ厚いらしい。
サムは引き続き音読した。
「特記事項。元来、御前武闘会は、王国の安寧をイアグ神に感謝する儀式なり。故に参加者は我が国の平安を祈り、神を讃える武僧に限られけり。しかし、この武闘会で異国人ガルデニウスの参加をラサーフ六四世がお認めになり、以来開かれた大会として、優勝者が賞品の一〇分の一を献上する事を約定すれば、誰でも参加できる大会になりにけり」
サムは該当箇所を読み終えて、蔵人に言った。
「ガルデニウス、この国でもやる事が派手だね」
「本当だ。それで、優勝者は?やっぱりガルデニウスか?」
蔵人の言葉に、サムは文書の続きを読んだ。
「えっと、うん、確かにガルデニウスだ。こっちのトーナメント表には、勝者を追った赤線が引かれている。優勝者ガルデニウスの報酬は……うわ!こりゃ格好つけているな!
優勝者ガルデニウスは、対戦した準優勝者の武僧を奴隷身分から解放し、改めて、神に捧げる供物として、準優勝者を献上せり……だってさ」
サムが驚いて読んだのも頷ける美談である。この国にも奴隷はいるが、所有者の宣誓や解放料の支払いで奴隷を自由民へと昇格させる事が多い。王妃でさえ、遡ると奴隷に行き着くとされるほどだ。この国で血筋が確かなのは、男系男子継承を伝統とした国王以外にいないとされている。
サムは言った。
「奴隷として教会に入れられた僧侶を、自由民として解放し、改めて教会に入れたんだ。格好つけたか、面倒を嫌って美談にしたかは、正直わからないけど」
蔵人は、不意に疑問が浮かんだ。
「奴隷の武僧もいるんじゃ、俺たちが武闘会で勝っても仲間にできないんじゃないか?」
サムは首を横に振った。
「いや、武闘会は元来神への供物という趣旨だから、皆がこぞって寄付をする。武僧を奴隷から解放して仲間にする場合でも、奴隷を解放して、他の寄進の品々は辞退すれば、十分なくらいお釣りがくるよ」
全ては蔵人たちの腕次第だった。
蔵人たちが宿に戻ると、珍しく遜がいた。
「どうしたんだ?珍しく早いご帰還だな?」
蔵人とサムは、女遊びで深夜に戻ってくる遜を日常的に見てきた。しかしまだ夕刻である。夜遊びは、これからが「本番」という時刻だった。
蔵人の問いに、遜は不敵に笑った。
「なに、女遊びの仲間を募ろうかと思い立ってな。サムには無理を強いるから誘わないが、蔵人、お前はどうだ?」
蔵人が返答に窮している間に、
「じゃあ、僕は瞑想して魔力結晶を生成しているから」
サムは笑顔でそう言って、外套を脱いでベッド上に座った。杖はベッド上の、サムの目の前に寝かされている。
蔵人は立ち尽くしていると、遜に再度問われた。
「どうした?勇者様が、夜の街に恐れをなしているわけじゃないよな?」
蔵人は剣を鍛冶屋に預け、丸腰である。武闘会の開催日は七日後だ。やる事がない。
しかし遜の言う女遊びはいかがわしく聞こえ、蔵人は抵抗感を覚えた。だがそれを差し置くだけの誘惑も覚え……と、蔵人の脳裏では遜の遊びに付き合うかどうか、目まぐるしく論理が展開された。
目の泳ぐ蔵人に発破をかけるように、遜は言った。
「なに、おれみたいに、街毎に女を作れってわけじゃないんだ。曙王国金貨の半分しか値打ちのないクローヴィス金貨一枚で、一晩中遊べる。泥臭い下卑た遊びかもしれないが、夜の世界を知るのもいいと思うぞ。
それとも、本当に怖がっているのか?」
蔵人は反抗心を利用されたのに気づかず、
「まさか!戦場に比べればどこだろうと、怖くはない!いいじゃん、案内してよ!」
と、強気な返事をした。遜はニヤリと笑い、
「決まりだな」
そう一言口に出し、蔵人の肩を叩いて次のように言った。
「まぁ、女がいる所へ行かなきゃ始まらない。女を囲っている特別な酒場がある。まずはそこへ行くか。時刻もそろそろ丁度いい」
蔵人は遜と連れ立って歩き、宿屋を後にした。それを見送ったサムは、内心で少々心配した。
(蔵人、夜遊びにハマるかな?根が真面目だから大丈夫とは思うけど、それだけにハマった時の落差が怖い)
友の性格を知り抜いているが故の、心配の仕方だった。
なお、蔵人の初めての夜遊びは、詳細は省くものとする。蔵人の記憶が確かなのは、「酒場」という名目で女が接待してくれる店に入ったところまでである。その店の女たちに接待され、酒を飲み始めたあたりで記憶は途絶えていた。
翌朝、気づいた時には安宿の寝台上で、女二人と共に裸で寝ているところで目が覚めた。酒に弱いはずはないが、宿酔いの頭痛がしていた。記憶を辿る試みを何度も繰り返したが、昨晩の事は思い出せない。
やがて、女二人も起きた。
「あら、早起きね」
「ふふ、あれだけしたのに、もう元気そう。特別にタダでもう一回しようか?」
女たちは誘惑に余念がない。裸体の雌は、この上なく魅力的に映ったが、蔵人は断った。
蔵人は衣服をまとい、宿を出て女たちと別れた。酒場と安宿の代金で銀貨一枚、残った銀貨は全て、女二人に分配した。
蔵人は一人早朝の街中を歩きながら、様々な反省点を挙げ連ねた。
前後不覚になるまで酒を飲んだ事。
女二人と同時に性交した事。
口説き落としたり性交したり、夜遊びの醍醐味を覚えていない事等々……
蔵人はため息をつきながら、サムや遜がいるはずの宿へと向かった。サムからも遜からも、からかわれるのが想像できるため、足取りは憂鬱だった。
せっかくの楽しみを忘却している自分が、少々恨めしかった。
この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。
最後までお読みくださりありがとうございます。
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