第三三章 新たな仲間を
蔵人らは向かってくる死者たちに悩まされながら、王都ベテ―を目指した。
死者は昼夜を問わず、三名を襲ってきた。初めの三、四日ほどは、
「やれやれ、またか」
と、遜が愚痴ったが、毎日襲ってこられて、三名は不審感を持った。単に死者が多い、わけではなさそうだったのだ。昼間、馬上で道を駆けている時は死者と遭遇せず、水場で休んだり、昼食を摂っていたりすると襲ってくる。また、深夜に休んでいるところを決まって襲撃される。
三日三晩そんな調子で危険を払い除けたが、三名は共通の結論に達していた。
蔵人は言った。
「この襲撃、偶然じゃないよな?」
サムは頷いた。
「蔵人の言う通りだ。これは間違いない」
そして、遜が述べた。
「おれたちを狙って、死者がやってきてやがる」
そう結論せざるを得なかった。
夜、焚き火を囲み、三名は対策を話し合った。馬も連日の騒ぎから、いらだっていた。餌やりの際に噛まれそうなほどである。
遜は言った。
「しかし、なんでおれたちを狙う?魔王がどこかから監視してるのか?」
サムは冗談抜きに、遜の言葉を肯定した。
「多分、本当に監視されているよ」
友の発言に蔵人は眉をひそめた。
「何故?魔王からすれば、俺たちはたかだか三名の流浪人だろ?」
サムと遜は、半ば呆れたように蔵人を見た。二名の視線に、蔵人はたじろぎ、
「な、なんだよ?俺、変な事言ったか?」
と言う有様だった。遜は説明した。
「いいか?確かにおれたちはたかが三名の流浪人だ。だがな、その三名がクローヴィス王国の王都包囲戦を終わらせ、マウリーア皇帝に接近していた魔法使いも倒した。これは、魔王からしたら煩わしい事この上ない三名だろうさ」
サムは、うんうん、と首を縦に二回振った。
「遜の言う通りだ。魔力の力線の話はしたよね?あれで魔王は、配下にした魔力の中継役を通じて、情報を集める事ができる。
曙王国だけならまだしも、クローヴィス王国、マウリーア帝国と、魔王の企みを何度も挫いているんだから、魔王が僕らを狙うのも当然だよ。
蔵人は、自分の成した功績を過小評価しているよ。もっと誇ってもいいくらいだ」
友の言葉に、蔵人は閉口した。黙った蔵人を尻目に、サムと遜の議論は続く。
「こうなると、もう一人仲間が欲しくなるね」
「ああ。それも、神聖魔法の使い手の僧侶がな」
二人の言わんとするところは、蔵人にも察せられた。
「そうか、僧侶の神聖魔法なら、魔王の追跡から身を隠す事ができるよな」
改めて蔵人も加わった作戦会議は、夜更けまで続いた。
王都ベテ―へとロイカの中間にある都市に、蔵人たちは身を寄せた。魔法使いによる奇襲は警戒せねばならないが、死者に悩まされる心配は少ない。三名はこの一〇日余り、死者の襲撃で寝不足だった。やっと羽根を伸ばせるとの思いから、全員気が緩んだ。先日の轍を踏まぬよう、サムがあらかじめ魔力の探査をしたが、反応はなかった。
宿を決めると、遜は真っ先に飛び出していった。
「じゃ、おれは若い姉ちゃんに用があるんでな」
去り際の言葉は、この大陸の公用語で発せられた。日頃から、
「いいか?性交は人格も含めての、肉体と肉体のやり取りだ。言葉が通じれば、余計に燃え上がるってもんよ」
と、公言しているだけある。サムから借りっぱなしだった辞書も、持ち主に返却されていた。
蔵人とサムは、遜が飛び出していったのを憮然として見送った後、
「寝不足寝不足って言ってたのに、あの精力はどこからきてるのかな?」
「性交嫌いの僕も疑問だけど、蔵人でもわからないか」
そうこぼして苦笑し合った。
二人はその後、この都市の教会に向かった。旅を共にできる僧侶を探しての事だったが、簡単に見つかると楽観視していたわけではない。一言で言えば、ダメ元で行ったのだった。
ルマーク王国は建国が神話まで遡る、由緒ある国である。四大魔法使いの時代よりも、さらに千年前から存在するとされる、歴史ある国なのだ。国内で信奉されるイアグ神を頂点とする宗教は、王国内の人々の生活の一部になるまで浸透している。
そんな宗教の信奉者ならば心強い味方になってくれるだろうが、故国を捨てて旅に出る決心をさせるのは難題である。
ひとまず蔵人とサムは、揃って教会の門戸を叩いた。宗教人からすれば蔵人たちは異教徒だが、教会の門は誰に対しても開かれている。
教会の門を叩いた二人は、夕刻にもかかわらず温かい歓迎を受けた。この国の茶を出され、祭壇裏の司祭の控室で歓待されたのだ。三名いるとやや窮屈な部屋だが、四人がけの卓に椅子、棚などが据えられた石像の部屋である。
壁や床は灰色ながら、茶や香で無機的な空間に思えない部屋だった。しかし三名が卓に着き、サムが訪問の目的を述べると、司祭は難しい顔をした。
「旅を共にする、神聖魔法の使い手、ですか……中々見つけるのは困難ですな。
と申しますのは、我が国の僧侶は、ルマーク王国の繁栄を願い、そのためにイアグ神に一生を捧げた者だからです。だから国外に出るのも稀であり、生涯をルマーク内で過ごす者ばかり。旅路を共にするとなると、見つけるのは難しいでしょう」
白髪混じりで黒い外套に身を包んだ老司祭はそう述べた。そして次のようにも言った。
「貴方がたは、我々ルマーク王国、そしてマウリーア帝国を守ったという勇者様たちでしょう?」
名乗り出ていないのに正体を知られている事に、蔵人は一瞬殺気立ったが、サムは肩をすくめただけだった。
「よくご存知で」
友の平静な態度に、椅子から立ち上がりかけた蔵人は座り直した。
老司祭は言った。
「人の噂は千里を走るもの。既に王国中に、勇者様という伝説が伝わっています。だからこの国の恩人である貴方がたへ、私も恩返しできればと思ったのですが……」
老司祭は一度言葉を切ったが、ふと思い出したように、次のように言った。
「そうだ!王都ベテ―で、名を上げた武僧がおります。戦闘でも負け無しの武人でしてな。その者ならば、国王陛下がお許しになれば、あるいは――――」
「ありがとうございました」
蔵人とサムは、揃って老司祭の笑みに送られて、教会を後にした。
宿への帰路、蔵人はサムに質問した。
「なあ、神聖魔法は、普通の魔法とどう違うんだ?名前は知っていても、冷静に考えたら違いを明確に理解できてなくて……」
自らの無知を謙虚に告げる蔵人に、サムは応えた。
「そうだな、魔法を起こす方向性が逆、とでも言えばいいと思う」
サムは言葉を続けた。
「前に、僕ら魔法使いは空間の小さな火花や力線を見る事で、それを増幅させるようにして魔法を使うって言ったよね」
「ああ。魔法の才能がある者には、目を凝らすと空間にはたくさんの線が見えるって話だよな?」
尋ね返した蔵人に、サムは頷いた。
「そうそう。一般的な魔法使いは、あらかじめ存在する自然現象を利用して魔法を起こすんだけど、神聖魔法はその逆で、神への強い信念が、空間に魔法としての作用を引き起こすんだ。神様はこう望まれているから、こうなる、という信念の通りに、現実を改変するのが、神聖魔法なんだよ」
サムの説明に、蔵人は目が白黒する思いだった。
「神様が望まれたという信念の元に現実に作用するのが神聖魔法か……だったら、神様の名を借りて、神聖魔法の使い手は全知全能になれないか?」
蔵人の疑問は、サムが解消した。
「さすがにそこまでの力、そこまでの信仰は持てないのが人間なんだ。蔵人は、目の前の人を見て、その人が完璧に存在しない状態を想像できる?」
蔵人は首を傾げながら、
「う〜ん、無理かな。そうか、ここでもものを言うのは、想像力なんだな」
「そういう事。想像力と信仰力の高い人物が、大きな力を発揮して、現実に作用する。それが神聖魔法なんだ。一般の魔法使いが想像力のみで勝負するのに対して、神聖魔法の使い手は信仰力の高さを補助にしているんだよ」
サムの説明に、納得のいった蔵人であった。
魔法の説明を終えると、サムは話題を変えた。
「そういえば、蔵人は大人の店にはあんまり行きたがらないよね?一番精力有り余ってそうな年齢なのに」
蔵人はためらいがちに答えた。
「女を買う、というのに抵抗があるのかもしれない。いや、確かに女性と性交したいという欲望は強いけど、金で買うのは何故か抵抗があるというか……」
サムは悩む蔵人を見て苦笑した。
「思春期って言うくらいだから、潔癖さや羞恥心があるのかもね。遜は潔癖さや羞恥心を感じさせないけど」
蔵人はサムの言葉に爆笑した。
「確かに!遜は潔癖や羞恥心って単語、似合わないな〜!」
二人は遜の悪口に花を咲かせつつ、宿への道のりを楽しく歩いていった。
夜には遜も宿に戻ってきて、三名は件の武僧について話し合った。
遜は、
「武僧か。そいつはいい。戦闘でも前に出られるし、一歩引いて回復や援護の魔法での支援もできるだろう」
と言って、仲間に引き入れる事に賛同した。
しかし、仲間にできるか問題もあった。サムが言う。
「でも、国王の許しがあれば、と、この街の僧侶は話していたから、簡単に仲間にできるのかわからないな。国王所有の奴隷の可能性もあるから、国王が手放すよう納得させる必要がある」
蔵人は答えて言った。
「ルマークの王都では、武闘大会が開かれているんだよな?なら、そこに参加して、僧侶を負かすのが、一番手っ取り早い気がするけど」
蔵人の言葉に、遜は言った。
「その武僧が参加するなら、確かにそれが一番かもな。しかし、そうなるとおれたちの中から参加する人物は一人しかいないが、自信はあるのか?」
サムと遜の視線が、一斉に蔵人に向けられた。蔵人は正直なところを話した。
「わからない。でも、一〇年間鍛え上げた剣術だ。ここで通用しなかったら、この先ガルデニウスを負かしたり、魔王を打倒したりするのは難しいと思う。だから、腕試しも兼ねて、参加したいと思うんだ。曙王国での無敗記録は、この広大な大陸でも通用するのかどうか。それを確かめたい」
前向きな答えに、サムと遜は蔵人を応援した。
「いいと思う。蔵人の剣技なら、ワーズやガウディを相手に証明しているから、きっといけるよ!」
「サムの言う通りだな。やれるだけやってこい!」
仲間からの信頼は、蔵人にとってとても有り難く感じられた。が、次のようにも言った。
「ところで、この国の武僧ってどういう戦い方をするんだ?相手の戦法は可能な限り知っておきたい」
今度はサムに、蔵人と遜の視線が向いた。サムは考えながら、一つ一つ思い出しつつ答えた。
「この国の武僧は、魔法で強化した徒手空拳で闘うのが基本だった、はず。何しろ後ろ盾は、世界最古の宗教だ。その神様の力を顕現させていると思えば、自然と肉体にまとう魔法も強力になる。
蔵人には、その魔法を破る打撃力が求められるけど、いつもの蔵人の姿勢で闘えば問題ないと思う。いかに相手が魔法で強化していようと、徒手空拳と剣では破壊力が違う」
遜がそれを聞いて、一言で要約した。
「まあ、つまりはいつも通り闘えば、蔵人に十分勝機があるわけだ。頼んだぜ、剣士様」
けしかける年長者に、蔵人は肩をすくめ、
「じゃあ、まあ、やれるだけやってみるさ」
と答えた。
その後、都市で三泊し、休息を十分に取った三名は、一路王都ベテ―を目指した。
死者の襲撃は、変わらず苛烈である。馬に鞭を入れて疾走している時は現れない。川辺で水浴びをしたり、夜に焚き火を囲ったりすると、頻繁に四、五体の死者が現れた。倒すのは容易だが、弓兵混じりで襲ってくるのは煩わしい。一度は五体全て、弓兵だった事もあった。
弓兵が混じると、まずサムが弓兵に着火した。これで暗闇でも、弓兵の位置がわかる。
闇夜の草原にしゃがんで、身を隠しながら三名は手短に作戦会議をした。
「――――サム、敵の総数は?」
蔵人の質問に、
「五体」
と、サムが答えた。
「それで、弓兵の総数は?」
遜の質問に、
「五体」
と、サムが同じように答えた。遜はいらだって言った。
「もういい!おれと蔵人は別方向に切り込む。サムは風魔法で、弓兵の腕を落とせるなら落としてくれ。いくぞ!」
言うだけ言って駆け出した遜に倣い、少し遅れて蔵人とサムも行動に移した。
闇夜に、火に包まれる弓兵が赤々と確認できる。遜も蔵人も速攻で死者の首を落とし、サムは強力な風魔法で死者の首を断った。五体の弓兵はあっという間に活動不能に追い込まれたが、連日連夜の襲撃には皆辟易していた。
「まったく……中年を目前にしている歳で、夜に熟睡できないのは堪えるぜ……」
ここぞとばかりに年長ぶる遜に、蔵人とサムは苦笑し合った。
今宵の襲撃はないと踏んで、焚き火を囲い直し、三名は今後の対策を話し合った。
「しかし、雨でも降ってる時に襲われたら事だぞ。濡れた身で速く動くのは無理がある」
遜の心配は、サムの一言で霧散した。
「それなら問題ないよ。風魔法の応用で、水を弾く事ができる。それなら動きやすいと思うよ?」
サムの言葉は、翌日早くも実践の機会があった。雨で濡れる中、死者たちに囲まれたのだ。
「サム!」
蔵人は濡れた服のまま駆け出していた。サムは呪文を詠唱する事さえせず、蔵人の体表から水を弾かせた。
それを見た遜も、
「頼んだぞ!」
サムに言って駆け出した。サムは遜にも同様の魔法を施した。遜は死者の首をはねながら、
「おおっ!軽い軽い」
と、上機嫌である。
結局、数分と経たずに死者一〇体は片付いた。
「便利だな、風魔法ってのは」
遜の評価に、サムは首を横に振った。
「そうでもないよ。死者の首を断つなら、水や土の塊をぶつけるのが効率的だし、雨を弾くのも、水魔法ならもっと容易だ」
サムの言に、蔵人が言った。
「つまりは、この風魔法の万能さは、サムの想像力の産物なわけだ」
「そうそう、その通り」
サムは、今度は首を縦に振った。
まだまだ王都は遠い。しかし、この三名ならば踏破を苦にする事はない。それは三名の共有する確信であった。
そして、都市を出立して二〇日余りで、三名はルマークの王都を目前にした。
この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。
最後までお読みくださりありがとうございます。
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