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剣の勇者  作者: 坂木陽介
32/65

第三二章 サムの過去

「蔵人になら、明かしてもいいかな」

 サムはそう言って、蔵人に真剣な眼差しを向けた。そして、無二の友に頼んだ。

「蔵人、今から、僕の過去を見せるよ。自分で言うのもどうかと思うけど、辛い過去だ。一緒に、追体験してくれないか?」

 サムの眼差しを、蔵人もまた真っ直ぐに、真剣に見つめ返した。

「わかった。安心してくれ。仮に、サムが戦場以外で人を殺していたとしても、俺はサムに味方する」

 サムは心から、友に感謝した。

「本当に、ありがとう、蔵人」

 サムはそう言うと、両手を蔵人の頬に当てた。

「蔵人の額を、僕の額に付けて。そう、そして、目を瞑って」

 蔵人はサムに言われた通りにした。額どうしを合わせて目を閉じると、

「聞こえる、蔵人?」

 耳からではなく、心に直接サムの言葉が届いた。

「あ、ああ、聞こえる。びっくりした。耳からじゃなくて、なんて言うのか、額を介してサムの声が聞こえるみたいで驚いたよ」

 サムは答えて言った。

「精神魔法の一種でね。互いの心と心を直に触れさせて、意思疎通できるんだ。悪用すると、魔法で相手の精神を破壊できるから、魔法使いの間では好まれないんだけど、蔵人は平気?」

 蔵人は笑った。

「サムになら、この命、安心して預けられるよ。それより、サムの過去の問題のが大事だ。続けてくれ」

 蔵人の力強い言葉に、サムは感謝の意を表した。目を瞑り、視界は暗闇に覆われているにもかかわらず、蔵人はサムが涙をこぼしたのがわかった。

「平気か、サム?もし辛かったら、無理に話さなくていいんだぞ?サムがよほど辛い目に遭ったのは、痛いほど伝わってくるから」

 サムは言った。

「ごめん、ありがとう。ちょっと、時間ちょうだい」

「わかった」

 蔵人が了承すると、サムは数十秒深呼吸を繰り返した。しばらくして落ち着いたらしく、

「お待たせ。じゃあ、ちょっとした時間の旅に付き合ってくれる?」

「もちろん」

 蔵人の力強い頷きに、サムは言った。

「時系列順に、一つずつ伝えていくね」

 こうして、蔵人とサムは過去の出来事を追体験し始めた。



「始まりは、僕の幼少期からがいいかな。僕は戦災孤児で、一〇歳の時に両親を亡くしている。蔵人同様、母親が陵辱されて、殺される場面も見ている」

 村の一軒家の中で、父親は惨殺され、母親は五人ほどの男たちに囲まれ、犯された。それを部屋の隅で、幼いサムは震えながら見ていた。

「むごい……サムもこんな心の傷を抱えていたのか……」

 しかし、サムは言った。

「いや、正直、あんまりいい親じゃなかったから、これは酷い光景だけど、自分が殺されないかどうかだけ心配だった。

 トラウマ、いわゆる心の傷は、この後の数年の出来事なんだ」

 トラウマという言葉は初耳だったが、蔵人は口を挟まなかった。心の傷や衝撃的な記憶などを指しているのは明らかだったし、この惨状に絶句していたからだ。

 それに、これはこれで残酷な光景だが、サムの言うトラウマがこれでないというのが気がかりだった。早く聞きたかったが、サムが過去を整理しながら話せるよう気をつけていた。

 サムは、両親が惨殺される光景を見て、呟いた。

「いくら酷い親だからって、こうして惨殺されるのが天命な人物でもなかったかな。これをトラウマの一つに数えない僕は、薄情者なんだろうか?」

 サムの記憶、両親から罵倒され、ぶたれる等々の記憶が断片的に蔵人の精神にも伝わってきた。それを知った蔵人は、己を否定するサムに言った。

「そんなわけあるか!あれだけ日頃から酷い扱いで、食事は残飯、寝床は床板の上なんて生活を強いられてたら、両親だからって情が湧かないのは当然だ。サムは、温かい人間だ」

 蔵人の心中に、はっとして涙するサムの心の機微が伝わった。

「ありがとう、蔵人」

 感謝するサムに、蔵人は言った。

「こんな光景に、心煩わせる必要はない。サムの心の整理がついたら、続く過去を見せてくれ」

「わかった」

 サムは場面を転換させて、一人の女性を見上げる視点を蔵人に見せた。

「この人は?かなりの美人でお淑やかそうな雰囲気だけど?」

 蔵人の何気ない言葉に対し、サムは苦しげに呻きつつ言った。

「こいつが、僕を、引き取った、こいつが、僕の、心の傷の、始まりだ」

 サムの苦しげな声に、蔵人は女性を見て言った。

「この人が、心の傷?とてもそんな風には見えないが、サムが言う以上、この微笑みには、裏があるんだろう?」

 蔵人の察しの良さに、サムは驚いた。

「その通り。よくわかったね?」

 サムの言葉に、蔵人は応えた。

「そりゃ二年以上の付き合いだ。サムが俺に嘘を吐いた事はないからな。それくらい、すぐにわかるよ。サムがこの人を見た瞬間から、苦しんでいるのが伝わってきたしな」

 サムは蔵人の言葉に、丁寧な説明で応えた。

「この、一見美人でお淑やかそうな人は、ユリア・ノイン。こいつは、重度のペドフィリア、小児愛者だったんだ」

 サムの言葉は、ただひたすらに重かった。



「小児愛者?それって、子供にしか性的興奮を覚えないっていうやつだよな?」

 サムが無言で頷いたのが、蔵人に伝わった。蔵人は、

「そりゃたちが悪い……待て、じゃあ、この人がサムを引き取った理由って……」

 絶句する蔵人に、サムも答えるのをためらった。だが、永遠に黙っているわけにもいかない。

 サムは躊躇に躊躇を重ねて、声を絞り出した。

「そうだよ……男がこんな事言うと、笑われるかもしれないけど、僕の意思に反して、僕はノインに性行為を強要された、犯されたんだ」

 サムはそう言うとしばらく黙っていたが、やがて涙しながら言った。

「おかしいよね?男なのに女性に犯されたなんて。変だよね?あれ……どうして、僕、泣いているんだろう……」

 涙しながら自嘲するサムに、蔵人は怒りの感情を向けた。

「馬鹿野郎!」

 心の中で大声を上げると、サムは黙った。蔵人は言葉を続けた。

「男とか女とか、そんなの関係あるか!相手を無理矢理、しかも子供を犯すなんて事が、許されるか!」

 蔵人は声を荒げ、思いの丈をサムの心にぶつけた。そして、次のようにも言った。

「俺も辛い思いを味わったけど、サムもこんな苦しい過去を背負ってたんじゃないか!そこを、おかしいと思う奴こそ、頭がおかしい!」

 友の極限まで純粋な叫びに、サムの涙は温かいものへと変わっていた。

 サムは、犯された記憶の一部始終を蔵人に見せた。陰部を無理矢理挿入させるノイン。体中を愛撫させ、少しでも不快に感じるとサムの頬を叩くノイン。挙句の果てに、サムに自分の陰部を口淫させる時まであった。どの記憶も、惨たらしく見るに堪えない。

 蔵人は改めて先の言葉を繰り返した。

「こんな苦しい記憶を背負ってきたんだな。このノインとかいう奴が悪いんだ。男女関係なく、これは罪深い行為だ。サムは少しもおかしくない」

 静かに涙するサムの心の機微が、直に蔵人の心に伝わった。

「ありがとう、蔵人。

 結局、小児愛者って事が公になって、僕はその人から引き離された。ただ、外を歩くと、同年代の子供はもちろん、道行く大人まで、僕を蔑む目で見るようになったけど……」

 蔵人は、怒りを再燃させた。

「どいつもこいつも……ふざけるのもいい加減にしろよ!腹立って仕方ない。サムが負った心の傷もわからずに……」

 サムの記憶の断片では、

「やーい、女と気持ちいい事したんだろ?」

「そんなに女とするのが良かった?」

 という子供たちの無邪気な罵声から、

「あ、ほら。あの子よ……」

「ああ、例のノインと関係を持ったって……」

 声を潜めつつも、サムにしっかり聞こえる声量で会話する大人たちが、蔵人にも見えた。

 サムは言った。

「結局、今度は別の人に、僕は引き取られる事になったんだ」

 サムの視点で、今度は金髪碧眼の男性が映った。細身で長身の男性である。

「やれやれ、これでサムも無事育ったわけだ」

 蔵人はそう言ったが、サムは蔵人の言を否定した。

「それが……このジョージ・ゲイツという男は、同性愛者で、小児愛者だったんだ」

 蔵人はその言葉の意味するところを察して、絶句する他なかった。



 しばし絶句した後、蔵人は足元がふらつくような感覚を味わい、呆然としつつ眉をひそめた。

「同性愛者で、小児愛者……?いや、おい、悪い冗談、だろ……どんな、分の悪い、賭け事でも、もっとマシな確率、しているぞ?どんな偶然、重なったら、そんな人物に、出会うんだ?」

 言葉が途切れ途切れになった蔵人に、サムは言った。

「でも、事実なんだ。僕を引き取ったその日の夜には、この男は牙を剥いた」

 サムが続けて見せた場面では、男はサムの衣服を剥ぎ取り、後背から性的暴行をしていた。

「ぎゃあぁ!痛い!痛い!」

 耳をつんざくような少年サムの悲鳴にも、男は動じずに犯していた。

「そんなにいいか、オレのちんぽ?もし痛いなら、お前も気持ち良くしてやるよ」

 男は背後からサムの陰茎を掴み、刺激した。それでいて、悲鳴を上げるサムには無関心に腰を振っていた。

 蔵人は目を背けたくなったが、友の苦しみを理解すべく、唇を噛みながらその光景を見た。心を通して、サムの苦しみを肝に銘じるべく、性的暴行の一部始終を己の心に焼き付けた。

 サムは言った。

「結局はこいつも、子供に暴行したとして、僕から引き離された。でも、僕に向けられる町民の目は白いままだった」

 場面が移り変わると、通りを歩く少年サムには、やはり罵声が飛んだ。

「あっ!男女が来たぞー!」

「本当だ!男女だ!」

 同世代の子供たちは、あからさまな差別発言を繰り返した。もっとも、大人たちもやっている事に大差なかった。

「あ、あの子よ」

「ああ、あの、ノインとゲイツに――――」

 食料を買うために一歩外に出るだけで、数十の人々から罵倒される。そんな屈辱的日々が続いた後に、サムの感情は限界に達した。

「ある日、町の通りのど真ん中で、生卵を投げつけられたんだ。それが、引き金になった」

 少年サムは、

「うわあー!」

 雄叫びを発しながら、その強大な魔力を解放した。暴風が吹き荒れた。岩さえ動かし、家々を半壊させ、通りにいる人々を宙に吹き飛ばした。

「わあぁぁ!」

 少年サムの絶叫は続いた。それと軌を一にするように、魔力の暴走による嵐は続いた。

 半刻ほどして、少年サムの手を掴み、

「やめたまえ」

と言う者が現れた。茶髪に栗色の瞳をして、白髪も混じった壮年の男だった。魔力の種の付いた杖を持ち、長い外套に身を包んでいる。

 少年サムは我に返り、魔力を収めた。その時には、町全体が半壊する様相を呈していた。

 少年サムはぐずりながら、

「おじちゃん、誰?」

と聞いた。魔法使いである事が明らかな男性は言った。

「私はデニミウス。魔法使いだ」

 蔵人はその光景を見て、サムに尋ねた。

「もしかして、この人がサムの師匠?」

 サムは肯定した。

「そうだよ。精神魔法で僕の精神を治し、魔術のイロハを叩き込んだ。師匠に偶然出会って、僕はなんとか精神の均衡を崩さず生きてこられたんだ」

 サムはそこまで言って、精神魔法うち切った。



 サムが精神魔法をうち切り、蔵人は目を開けた。額をサムから離し、友の顔を直視した。

 サムも目を開け、そして言った。

「これが、僕の過去だ。ノインに出会い、ゲイツに出会い、その後にやっとまともな大人である師匠デニミウスに出会った。三度目の正直って言葉が曙王国にはあったけど、まさにその通りだな。二人の大人は大外れを引いた」

 微かに笑いながらも、サムは伏し目がちだった。その姿を見て、蔵人は泣いた。

「蔵人、大丈夫?」

 不思議そうにサムが尋ねると、蔵人はサムの頭を胸に抱き、ほとばしる言葉をそのまま発した。

「サム、お前……お前……滅茶苦茶大変だったんだな。性行為を拒絶していたから、過去に何かあるとは思っていたけど、こんなに、こんなに苦しい過去を抱えていたんだな」

 蔵人は友の凄惨な過去に、ひたすらに涙した。自分と同じくらい、いや、もっと辛い過去だったのではないかと考えると、涙が止まらなかった。

 サムは言った。

「ま、まあその……僕は師匠に精神魔法で、トラウマ治療はしてもらえたから」

 しかし蔵人は言った。

「でも、辛い過去なのは、事実じゃないか……友達が、そんな辛い境遇だった、なんて知って、泣かないわけがないだろ!」

 蔵人の真心に感化され、サムは蔵人の厚い胸板に顔を預けながら泣いた。

「ありがとう、蔵人。僕のために、泣いてくれて」

 蔵人の心が、胸元から伝わってきたようだった。蔵人はサムを抱き、サムは蔵人の胸の中で、しばし泣いていた。

「サム……」

「蔵人……」

 川の冷たい水に濡れた二人の頬を、熱いものが伝った。それほど、二人の心は温かいものとなっていた。

 静かに涙する二人の耳には、小鳥のさえずりも川のせせらぎも届かない。ただただ互いの、昔の心の傷を労り、思いやり、そして涙した。

 いかに回復したとはいえ、傷跡は残る。それは身体的なものでも、精神的なものでも変わらない。サムは未だに性的な行為に拒否反応を示すし、蔵人は剣で敗れれば常人より深く悔しがる。

 だが、それ以上を望むのは無理難題である。いかに治癒しても、傷跡が消えない深い怪我はある。精神的な傷も同じく、回復はしても、傷を負った過去をなかった事にはできない。大抵の行動で障害にならなければ、それで良しとしなくてはならない。過去を変えるのは神の業であり、人間に許される行為ではないのだ。

 蔵人とサム、二人を取り巻く環境は、しばし静かに時を刻んでいった。しかし、とても温かい時間であった。


この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。


最後までお読みくださりありがとうございます。

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