第三〇章 今後の旅路
蔵人たちは女中の案内で、総督の寝室の扉へと辿り着いた。が、鍵がかかっていて扉は開かない。
「くそ!予想はしてたけどよ!」
毒づく遜に対し、蔵人は大声で呼びかけた。
「皆下がれ!」
蔵人は両手剣を構え、扉に突き刺すように突進した。剣は鍵の仕掛け付近に当たり、蔵人は勢いそのままに自分の全力で体当たりした。二段構えの衝撃に、扉は耐えきれずに吹き飛んだ。
「総督閣下!」
全員が総督に呼びかけながら、暗い寝室へと進入した。総督は全身を縄で縛られ、口に猿轡をされてベッド上に横たわっていた。
「閣下、よくご無事で」
女中はそう言ったが、サムがその言葉を否定した。
「いや、負傷なさっている。こう暗いとわからないな。LUX!」
一際明るい光源が部屋に出現し、室内を煌々と照らした。天蓋付きの豪奢な寝台の上に、総督は横たわっていた。だが、背から出血し、服に血がにじんでいた。
「きゃあ!血、ち……」
多量の血を見て失神した女中は放っておき、三名は寝台周りを囲んだ。どうやら腹部を貫通している怪我らしい。服だけでなく、純白のシーツにまで赤黒い染みができていた。
遜が猿轡を外し、縄は蔵人が剣で断った。しかし総督に意識はなく、弱々しい呼吸をしているだけだった。
遜が苦々しく言った。
「畜生め!急所は外しているがこの出血だ。こりゃ死ぬのを待つばかりだぞ!」
サムが額の汗を拭いながら、次のように告げた。
「魔法で、手術するしかないな」
蔵人はサムの目を見た。サムもまた、蔵人に力強い視線を向けてきた。
「頼む」
「了解」
突飛な思いつきに聞こえるサムの発言だったが、蔵人は可能かどうかは尋ねなかった。ただ信頼できる友の決意を、全面的に受け入れた。
サムは呪文を唱えた。
「風よ風よ、我に与えよ無数の手。一つ一つを刃と成し、針と成し、糸と成せ」
そして杖を床に突き立て、目を閉じて黙った。
蔵人とサムのやり取りを見た遜は、感心したように言った。
「全幅の信頼ってやつか」
「え?」
疑問の声を上げた蔵人に、遜は言った。
「さっきサムが魔法で手術するって言った時、おれは思わずできるかどうかを聞きそうになった。しかし、お前はサムに、頼む、としか言わなかった。
阿吽の呼吸は何度か見てきたが、あそこまで鮮やかなやり取りは初めて見たぞ」
蔵人は何度か、不思議そうにまばたきした。
そこで、総督が意識を取り戻した。
「がはっ……」
咳き込んだ際に、数滴の血がにじんだ。腹を突かれた事によって、血が逆流したのだろう。その程度では、戦場を駆けてきた蔵人も遜も驚かない。しかし、総督が何か喋ろうと口を動かすのを見て、蔵人はすぐに言い聞かせた。
「総督閣下!治療に全力をもってあたっています。しばしのご辛抱を!今無理に喋ってはお命に関わります」
総督は何か言いたげだったが、傷と手術の痛みで呻き、言葉にならなかった。
そうして、サムが手術に取りかかってから、かなり時間が経った頃、
「お、終わった……」
サムはそう言って、倒れそうになった。しかし、蔵人が支えに入り、サムを助けた。
「ありがとう、サム。よくやってくれた」
蔵人の言葉を聞き、サムは荒い息をしながら言った。
「これ、を……地の、魔法、結晶だ……傷口に、当てて、塞げと、言う、だけで、いい……頼む……」
サムは杖の先端部に付いていた、指の爪ほどの茶色い魔力の種を蔵人に差し出した。
「わかった。サム、今は眠れ」
サムは弱々しく笑みを見せ、蔵人の胸の中で意識を失った。蔵人は空いている片手で総督の傷口に魔力の種を押し当て、
「塞げ」
と言った。魔法結晶は砕け散り、血がにじんでいた傷口はきれいに塞がった。
役目を終えたサムを、蔵人は抱きかかえた。遜は倒れ伏す女中を叩いて起こし、
「おい、起きろ。総督は助かったぞ。後の事を話し合いたいから、副官か誰か起こしてこい」
そう言った。
様々な困難が、まとめて襲ってきた一夜だった。サムは翌日の夕刻まで寝込み、その間蔵人と遜は、総督暗殺未遂の疑いをかけられるなどと、三名とも疲労困憊の様相を呈していた。
幸い、翌日の昼過ぎに総督は意識を取り戻した。また、そのさらに後にサムも目覚めた。サムと総督、双方の証言から、蔵人一行の暗殺疑惑は晴れる事となった。
寝室にて、総督は寝台上で上半身だけ起こし、蔵人ら三名や副官たちに囲まれていた。
「いやはや、私の失態だ。死者の乱については国王陛下、そしてマウリーア皇帝陛下からも情報が届いていたが、魔法使いに遅れを取るとは……
そなたたち一行には礼を言っても言い切れぬ。この恩、我が生涯に渡って忘れぬ事を誓うぞ。そして、そなたらに暗殺疑惑をかけた副官たちをどうか許してやってほしい。普段から忠義に厚い者たちだ。だからこそ、私の偽物が奇行に及んでも従っていたのだろう。すまなかった」
蔵人は答えた。
「頭を上げてください、閣下。全ては魔王ノルアスのせいでございます。奴めの仕業で、世界中が不幸な目に遭う日々を過ごしておりますので」
蔵人の言葉に、総督は体から力が抜けたようだった。
「そう言ってもらえれば助かる――――ぐっ!」
痛みに呻く総督を、女中が背もたれの布団を取り払い、ゆっくり横たわらせた。
サムは言いにくそうに、たどたどしく述べた。
「閣下、我は、その……魔法使いであり、医者ではありません。万一、致命的な、治療上の過失があれば、閣下は……」
総督は正直な申し出に、笑い返した。
「ははは、案ずるな。そなたの魔法がなければ、今頃私は骸だったろう。しばらく生き長らえただけでも十分だ。礼を言う」
総督はさらに言った。
「我らが王都を、目指していると言ったな?国王陛下への書状を渡す故、それを持って王都に向かって欲しい。あと、旅の上で欲する物があれば、遠慮なく申し出てくれ。副官アッディよ、この者たちを最高にもてなし、欲する物は何でも与えよ。良いな?」
副官は両足を揃えて直立し、敬礼の作法を取った。
「はっ!承知仕りました」
「良し、では、すまんが眠らせてくれ。失血の衰弱が酷いのが、自分でもわかる。起きたら肉を食わねばな」
そう言って、総督は目を閉じた。周りを囲っていた者たちは、ぞろぞろと総督の寝室を後にした。
蔵人たちは着慣れた格好で街に出たが、やはり群衆に囲まれてしまい、散策を諦めた。代わりに、サムが魔法による探査で面白そうな店を見つけると、三名は魔法で空を舞って店を訪れた。しかし、三名で古書店を訪れようとした際は、
「おれは綺麗な姉ちゃんたちが相手してくれる店がいいな。これだけ大きな都市なら、一軒や二軒、そういう大人の店があるだろ?」
遜はそんな事を言い出した。サムはため息をつきながら、
「やれやれ、仕方ないな。探査するから、ちょっと待って」
とぼやき、街を一通り探査した。そして、三軒の大人の店を見つけた。
「大通りから裏道に入った所に二軒、総督府を挟んで反対側の大通りに一軒ある。一番大きいのは、総督府挟んで反対側の店か。案内役の女性が入口近くに立っているから、大通りに行けばすぐわかると思うよ」
サムは正直に、発見した店の位置を話した。遜はそれを聞くやいなや、
「よし!走れば群衆に囲まれる事もないだろ!じゃ、おれは行かせてもらうぜ」
卓越した身体能力を活かし、疾走して街中を駆け抜けていった。サムの魔法で、蔵人とサムは市街地の屋根に降り立った。そこでサムは蔵人に尋ねた。
「蔵人は行かなくて平気なの?ここの風俗店、クローヴィス金貨一枚で、酒を飲んで女性と仲良くなってから、朝まで相手してくれる、疑似恋愛が楽しめるみたいだけど」
蔵人は首を横に振った。
「いや、昨日の偽総督のおもてなしで、満足したから、行かない」
昨日のびっくりな接待ぶりは、蔵人には刺激が強すぎた。性交に快楽を見出せているが、不意打ちでされると心の準備が追いつかない。心の準備が追いつかないと、反動で快楽に没頭してしまう。昨日最も長く女中と性交していたのは、遜ではなく蔵人だった。
夕刻の日の光で、赤煉瓦の屋根が琥珀色に輝いている。そんな街の風景を見ながら、
「いい街だな。ルマーク王国も、それを従えるマウリーア帝国も、良く治められている。俺は王様が世の中で一番偉いと思っていたけど、王の中の王、皇帝って存在がいるんだな」
蔵人より見識の広いサムは、答えて言った。
「帝国って存在は、中々理解するのが難しいよ。皇帝がいなくても、帝国として周辺各国を従える例はあったからね」
蔵人はサムの言に首を傾げた。
「皇帝がいないのに、帝国?いやそもそも、そんな国で一番偉いのは誰なんだ?」
サムは言葉を選びながら、たどたどしい説明をした。
「本国は、えーっと、共和政っていう、皆が、誰々が国の一番偉い人に、相応しいって、板に書いて、投票する国、でいいのかな?大体わかる?」
「まあ、なんとなくは。王様や皇帝みたいな、世襲の偉い人がいるんじゃなくて、皆で誰が一番偉いか決めるって事だよな?」
蔵人の理解力は高い。サムの舌足らずな説明を、上手く咀嚼してくれた。その言葉を聞いて、サムは説明を続けた。
「さすが蔵人。その理解で合っている。それで、そんな共和政の国が強大になって、他の国々までも従えるようになったら、これも帝国と呼べるんだ」
サムの説明に、蔵人は感心して頷いた。
「なるほどなぁ。本国を治める存在がどういう形であれ、他の国々も従える力があれば、それはもう帝国なわけだ。で、本国の一番偉い人が世襲なら、皇帝と呼ばれると」
「その通り」
サムは肯定した。
小難しい政治談義が続きそうなところで、サムは街に出た目的を思い出した。
「そうだ!古書店に行こうとしてたんだ!日が暮れたら閉店しかねない」
「急ごう!」
蔵人の呼びかけに、サムは風魔法を行使した。二人は宙を舞い、群衆に見つかる事なく移動した。
古書店は、裏通りにある寂れた一軒屋だった。
「随分古い建物だな」
蔵人が言うと、サムは、
「でも、ここが古書店としては一番良さそうなんだ。本が、まだ巻物状だった頃の物も扱っているみたいだからね」
と答えた。
「ふ〜ん、まあいいや。とにかく入ってみよう。こんにちは」
蔵人は挨拶しながら扉を開けた。
「失礼しま〜す」
サムがすぐ後に続く。
店内は散らかっていた。天井まで届く本棚に書籍が詰め込まれ、床には何冊か落ちている本もある。本棚の並びも、とても整然とは言い難い。本棚が不規則に並んでいるため、ちょっとした迷路のようだった。
「……いらっしゃい」
小さく呟くような声が奥から聞こえてきた。蔵人が迷路の隙間から店の奥を覗くと、老年の男性が椅子に座っていた。薄毛白髪に曲がった背で、小柄な体つきである。天井近くの本棚まで、手が届くのか疑問なほどだ。
様々な疑問を抱いて黙った蔵人に対し、サムはなんら疑問も抱かず、
「魔導書や歴史書はありますか?古ければ古いほどいい」
と、尋ねた。老人はぶっきらぼうに、近くの本棚を指した。
「一番古い本なら、その棚にある」
サムは、
「ありがとうございます」
そう礼を述べて、天井付近まで浮遊して棚の本を一つ一つ見ていった。
「蔵人、本棚の下を探してくれないか?一頁見て、歴史や魔法に関する記述なら取っておいて。巻物なら最初の数行を読んで、それっぽい記述があれば取っておいてほしい」
「了解」
二人して本の検索を始めると、店主が二人を見て言った。
「お前さんがたが、勇者一行か。そしてお前さんが魔法使いか」
店主の言葉に目をしばたき、驚く蔵人に対し、サムは平然と答えた。
「ええ、魔法使いですよ。貴方と同じく」
蔵人は友の言葉に、サムと店主を交互に見た。店主は笑みを浮かべて言った。
「バレておったか。なら、さっき魔法の探査で、この店を見つけたのはお前さんじゃな?」
「はい、仰る通りです」
サムも微かに笑っている。蔵人は自分だけ知らなかった事に少々憤慨した。
「なんだ、二人して。相手がどういう人物か、わかっていたのかよ。俺だけ蚊帳の外か、サム?」
蔵人の恨めしい視線に、浮遊したままサムは謝罪した。
「ごめん、ごめん。店主さんが言い出さなかったら、黙っていようと思ったんだ。初対面の相手の、素性を詮索するつもりもなかったしね。店主が魔法使いって単語を出さなかったら、何も言わなかったんだけど」
蔵人が気難しそうだと見た店主は、カラカラと笑っていた。
書物の題名を一つ一つ見ながら、蔵人は店主に尋ねた。
「魔法使いなら、この都市の総督に起こった事件もお気づきだったんじゃないですか?」
蔵人の問いに、老店主は深い吐息と共に答えた。
「わしは世捨て人だからな。あまり世間の動向に首を突っ込みたくないんじゃ」
しゃがんで本棚の背表紙とにらめっこしていた蔵人は、店主を見た。
「しかし、総督はこの国の国王の代理人でしょう?臣下なら、その総督をお支えする義務があるはず」
店主は、暗い、底知れない闇を宿した目で蔵人を見た。
「わしは国王とか、総督とか、どうでもいいんじゃ。いやどちらかと言うと、この国を、ひいては帝国さえ、憎んでいる」
店主の言葉に、蔵人は立ち上がり、強く反論した。
「そんな……それはないでしょう!悪政を敷く王ならともかく、この国の総督や王は善政を敷いている。そしてマウリーア帝国の下で繁栄している。にもかかわらず、それを憎むなどと、それは逆賊の考えだ!」
蔵人は店主を睨んだが、店主の闇を宿した目は動じない。
「若く、勇敢じゃな。しかし、もう何十年も昔になるが、わしは息子二人をルマーク王に徴兵されている。そして二人ともが、帰らぬ者となった。マウリーアとルマークが、覇権を決める争いでな。それ以来、わしはマウリーア帝国を憎み、その下でペコペコしながら生き長らえるルマーク王を憎んでいる。そのわしの思いは、若いお前さんにはわかるまい」
視線が衝突し、サムにも見えない火花が二人の間に散った。サムは見かねて、床に下り立って蔵人を制止した。
「もう、やめよう蔵人。いくら蔵人が言葉を尽くしても、店主は考えを変えないだろう。ですよね?」
サムの問いかけに、店主は頷き、
「その通りじゃ」
とだけ言って、視線を二人から外した。蔵人は、思いの丈を吐き出すのを制止され、不快感を味わった。
その後、店主と蔵人が言葉を交わす事はなかった。適当な書物を見繕った後、会計はサムと店主の間で行われ、蔵人は仏頂面でサムの背後に立っていた。
書物は高価だ。しかも千年前に関する記述がなされた写本は、とても高額になる。サムは金貨を出すほど、惜しみなく出費をしたが、蔵人は、
「俺たちが気に食わないからって、値段を吊り上げていらっしゃいませんか?」
と、思わず嫌味を口にしていた。
「蔵人!」
サムは慌てて友をなだめたが、店主は平然としていた。
「おい先短い身で、金をがめようとは思わん。この書の貴重さがわかる者だけに、適切な価格で売っているだけじゃよ」
蔵人は反論しようとは思わなかったが、苦虫を噛み潰したような心地悪さが抜けない。
結局、蔵人は不快さが抜けないまま店を後にした。店を出る時、老体が二人の安泰を願った言葉をかけたのとは対照的に。
「さらばじゃ、勇者たちよ。この先も気をつけよ」
この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。
最後までお読みくださりありがとうございます。
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