第三章 二年の間に(サム編)
陽気に包まれた晴天の下、サムは城下町の闘技場の片隅に立ち、剣闘を観戦していた。ユウキ・クロードという名の剣士が、弱冠一四にして優勝した。自分と同年のクロードが、途轍もなく偉大に感じられた。同い年の人間が、一角の人物として周知されている事実に、サムはため息をこぼした。
だが、話はここで終わらなかった。乱入者が現れたからだ。ガルデニウスと名乗る男の挑戦を、クロードは堂々と受けた。
クロードは一度天幕に入った。そして身支度を整え、再び闘技場に姿を現した。二人は二、三言葉を交わし、両者は戦闘態勢に入った。張り詰めた静寂が、一帯を包んだ。
「これが、アラシの前のシズケサか」
昨日覚えたばかりの一句が、サムの口をついて出た。
そして、二人はぶつかった。
結果は、クロードの敗北だった。そして、クロードは子供のように闘技場の真ん中で大泣きし始めた。それまでの振る舞いが嘘のようだった。観客の笑い出す者もいたが、すぐに静まった。曙王国君主、平明王が闘技場の傍に姿を見せたからだ。大声で泣きじゃくるクロード以外は、全員が膝をついて頭を垂れた。異邦人のサムやガルデニウスも。
王は側近に、クロードを泣かせたままにしておくよう命じた後、サムに目を留めた。そして、共の者の静止も聞かず、サムの目の前まで来た。
なにか、不敬な振る舞いがあったのかと、立ち上がりかけていたサムは跪き直した。
しかし王は、
「顔を上げて、お立ちになられよ、魔法使い殿」
と言って、サムに対等に向き合った。サムは慌てて立ち上がり、王の眼前で直立した。しかし王は、小柄なサムより遥かに高く、サムは偉丈夫な王を見上げた。髭を蓄えた、優しそうな顔をしていた。
「余の言葉がわかるか?」
サムはあたふたしながら、しどろもどろになって答えた。
「私、わかる、少し、この国の言葉」
敬語も何もあったものではない物言いに、側近の者たちは今にも斬り掛かってきそうだ。
だが、王の考えは違った。
「魔法使いは、久しく見ていない。そなた、余の客として、我が城に迎え入れたい」
迎える、客という言葉から、王の言葉の大意はわかった。側近の白い目は気になるが、
「わかった、ました」
サムにはそう言うのが精一杯だった。
謁見の間で、王は側近の者たちと共に、サムから様々な知識を授受された。王に対する言葉の節々が不敬にあたるらしく、サムの説明は段々と萎縮していった。
王は言った。
「おいおい、共に知識を得たいというから、お主たちと一緒に魔法使いから話を聞いているのではないか。そんなに殺気立っては、単身旅をしてきたサムも怖がってしまう。曙王国は交易の国でもあろう?人の交流を閉ざしては、交易は成り立たん」
大臣らは王がサムを重用するのに腹を立てているのが明らかだ。サムは困惑の表情を隠せずにいた。
そこへ、件の問題児、クロードの参内を伝える旨を、伝令がやってきて告げた。
「よし、通せ。大臣以下、皆は下がってよい」
大臣たちとクロードを交代させようとすると、
「しかし、陛下」
大臣の一人は尚も食い下がった。王も堪忍袋の緒が切れた様子だ。
「ええい、やかましいぞ!」
王の一喝に、大臣たちは渋々謁見の間を出ていった。サムも出ていこうとしたが、王が肩に手を置いた。
「そなたは残れ。しぱしの間、魔法で姿を隠して、謁見の間の傍で待っておるのだ」
王の用命に、サムは首を傾げつつも従った。
「風よ、我を不可視に――――透過せる我が身」
サムは謁見の間入口に、自らを見えなくする魔法をかけて立った。程なくして目の前をクロード、もとい蔵人が通り過ぎた。蔵人には魔法の素質はなさそうだ――――と、サムが思った直後、蔵人はサムを振り返った。
自分がいた事に気づいたかと、サムは慌てた。しかし蔵人は、不思議そうな顔をしつつも、すぐに謁見の間へ入った。
サムは冷や汗をかいて深呼吸した。魔法の素質はなくとも、魔法を感知できるのが、蔵人という人物なのかもしれない。だとすると、蔵人はただの剣士には収まらない。もしかすると、類稀なる英傑の素質を備えている可能性もある。
サムが思考を巡らせていると、
「姿を見せ給え」
王の呼び出しがあった。サムは思案の内容を脳裏に潜ませ、小走りで蔵人の許へと向かった。そして、蔵人の真横で術を解いた。蔵人はサムが現れた途端、腰を抜かして後ずさった。
「結城蔵人よ、このラッセル・サムは、お主と同い年の魔法使いだ」
サムは外套を着込み、身長を超える長い杖を持つ姿を見せた。
たどたどしく、サムは挨拶した。
「わー、えー、はじめ、まして」
サムが右手を差し出すと、その手を取って蔵人は立ち上がった。
ここに、世を救う英傑の対面が成された。
城内に個室を提供され、サムは寝食の場を得た。午前は王や側近たちに知識を授受したり、依頼された書をしたためたりで過ぎた。
午後は蔵人と時を共にした。と言っても、一ヶ月程は会話もままならないで過ぎた。サムはこの国の言語を、蔵人はサムの持つ教養を知らなかった。そのせいで、互いに一つ質問すると、その返答をするのに身振り手振りで意思疎通を図る有り様だった。
しかしその二ヶ月も経つ頃には、サムは蔵人から曙王国の言葉を、蔵人はサムから広い教養を得るに至った。そして、会話も自然と成立するようになった。
ある時、蔵人は質問した。
「魔法使いっていうのは、どういった人たちなんだ?俺には、おぼろげな想像しかないんだけど」
サムは壁に立てた杖を手に取り、行儀悪く椅子に座る蔵人の眼前に立った。
「じゃあ、蔵人も見た魔法を解説しながら、話していこうか」
サムは杖の上部、飾りが幾つも付いた部分を天に捧げ、呪文を唱えた。
「透過せる我が身」
呪文を唱え終わると、蔵人の目からはサムの姿は消えていった。
「すげえっ!何だ、これ?」
蔵人は椅子から立ち上がって驚いている。サムは魔法を展開したまま言った。
「不可視の魔法、透明化して、他の生き物から自分を見えなくするんだ。目がある生き物なら、どんな相手にも有効だ」
そう答えると、蔵人は首を傾げた。
「でも、俺は見えなくなっても、サムの居場所はわかるぞ?」
「やっぱりか……」
サムは魔法を解いて姿を現した。サムは言った。
「この魔法は見えなくなるだけで、気配まで消せるわけじゃない。猛獣や熟練の戦士なら、検知されてしまうんだ」
蔵人は何度も頷きながら、
「へぇ〜、すごいな」
と言ったが、サムからしたら、
「いや、この魔法を見破れる蔵人のがすごいって!」
という始末だった。
翌日、前日に時間の制約でできなかった魔法の講釈が、サムの部屋で続いた。
蔵人は、
「魔法使いは、皆杖を持って外套を被っているのか?」
と、問うた。サムは答えて、
「多分、だけどね。魔法使いにとっては、それが便利なんだよ」
サムは自分の背丈を超す杖の先端を見せた。杖は頑丈な軽金属から成り、一方には地に着く棒状の先端がある。もう一方の先端は、金管が孤を描き、宝石のような輝きを放つ石が無数にはめられていた。
蔵人は尋ねた。
「この綺麗な石は?」
サムは答えて、
「それが魔法の種、魔法結晶だ」
そう述べた。
「種?魔法結晶?」
蔵人は首を傾げている。サムは言った。
「魔法使いが魔法をどうやって使うか、一から説明するよ」
サムは錫杖を両手で持ち、床に垂直に立て、目を閉じた。そして尋ねた。
「蔵人は、自分の周りの空間に、線や小さな火花は視える?」
蔵人は目を瞬き、
「まさか!俺は、幻覚は視えてない」
そう答えた。サムは言う。
「僕には視える。精神を集中させると、周囲の空間に、常に細い線や米粒大の火花が幾つも発生しているのが。そしてそれらに影響されて、風が吹き、火が燃え、命が芽吹く。自然現象の、普通じゃ見る事のできない裏側を視ていると言えばいいのかな?魔法使いはそうした線――――力線――――に手を加えて、火のない所に火を起こす連中の事だよ。
そして杖に仕込んだ魔法結晶は、魔法の力を増大させる。何もないところから火を起こすのが大変なように、魔法もいきなり目の前の物を燃やせと言われても大変だ。だから魔法使いは、杖に魔法の源となる種を仕込み、威力や使い勝手を増しているんだ。種を仕込むのは杖でなくてもいいんだろうけど、直接戦闘を考えていない魔法使いの多くが、杖を持つに至った」
「一つ、疑問があるんだが」
蔵人の言葉に、
「なに?」
サムは問い返した。蔵人は言った。
「魔法結晶は、どうやって作ったんだ?杖は職人に作らせられるけど、魔法の種は?魔法の種が売っているわけでもなさそうだし」
「なるほど、当然の疑問だね」
サムは一呼吸置いて説明した。
「魔法結晶は、魔法使い自身が精神統一して、長い時間をかけて生み出す。そして基本的に、魔法の種は使い捨てだ。一度魔法の効果を増大させて、種は一つ失われる。そういうわけで、魔法使いは頻繁に瞑想して、種の生成を欠かさない。肝心な時に魔法が使えなかったら、意味ないから」
サムの講釈が終わると、蔵人は肩をすくめた。
「魔法使いも日々の鍛錬が欠かせないわけか」
蔵人の言葉に、サムは笑った。
「騎士様たちも、日々鍛錬してるじゃないか」
しばらくの間、二人して、妙な事で笑い合っていた。
蔵人の初陣の翌日、変わらずサムの部屋で蔵人との談笑があった。
「あの火球での足止め、サムが魔法で行ったと聞いたぞ。あんなに雨あられと、火球を放てるものなのか?」
蔵人は素直に疑問をぶつけた。サムは答えた。
「あれは念入りな下準備の結果だよ。陛下に油に漬けた球を、幾つも用意してもらっていたんだ。あとは火打ち石程度の火花を起こせば、全て燃え上がる。それを敵陣に降らせたのさ」
そう述べた後、サムは逆に質問した。
「そういえば、騎士団の潰走を防いだのは蔵人だったらしいじゃないか。初陣での手柄とは、随分な活躍だな」
活躍を褒められた蔵人だが、出てきたのはため息だった。
「あれは――――あれは、とにかく必死だっただけさ。弓兵の一団に最初に気づいたのが俺で、負傷した騎士団長を庇って、そうして、必死に、命を助けるのに精一杯だった。戦は命のやり取りをする恐ろしい場、なんて言う人もいるけど、訓練内容の実践や、必死に行動するばかりで、恐ろしいとさえ感じられなかったよ」
初陣の手柄にも、蔵人は喜べない様子だった。人が死ぬのが戦場である。名誉や金銀が付与されようと、それが厳然たる事実だ。しかし、戦は血沸き肉躍る、一攫千金の場でもある。蔵人は、人が死ぬ場という方を初陣で見せつけられたのだ。
椅子に座って沈む王国一の騎士の頭を、サムは杖で小突いた。
「いてっ!何をする?」
勢い良く立ち上がった蔵人を、サムは見上げて毅然と質した。
「蔵人は、騎士として上り詰めたかったのだろう?そこには当然、命のやり取りも含まれる。王国に仇なす者は斬って捨てるのが、曙王国を守る騎士、結城蔵人の為すべき事じゃないのか?」
サムより大柄な蔵人は、思わずたじろいだ。反論の余地が、サムの言葉から見出だせない。サムはサムで、きつく言い過ぎたように感じていたものの、今更毅然とした態度は崩せなかった。
しばし緊張した対峙が続いたが、折れたのは蔵人だった。
「その通りだ」
蔵人は椅子に倒れ込むように座った、そして言った。
「俺は王国の騎士、結城蔵人。曙王国を、敵から守る存在だ」
サムは笑って友の決意に敬意を表した。
「それでこそ、僕の知る王国一の騎士、結城蔵人だ。ま、いくら格好つけても、泣き虫なのは変わらないが」
「それは言うな!」
蔵人の結婚が決まった。相手は貴族家系の、蔵人と同年の娘だ。
蔵人の生まれた結城家は、蔵人の両親が早くに亡くなり、底辺騎士の家柄となっている。しかし、蔵人自身はその卓越した技量から、未来の騎士団長と言われるまでに至った。
そこに目を付けたのが、蔵人の結婚相手の父親だった。政争に敗れ、没落貴族寸前まで追い詰められた家系だが、蔵人との縁組で再起を図ったのだ。未来の騎士団長の妻ともなれば、その両親たる自分たちも権力の座に戻れる。そうした政略の結果が、この結婚話の裏にあった。
一応、蔵人は先方と顔合わせを済ませたらしい。だがこの結婚話に乗り気でないのは明らかだ。
「……で、僕に助言が欲しいと?」
「その日」の前日、結婚について教えて欲しいと、蔵人はサムの部屋で助けを乞うた。世間知らずな騎士という陰口がささやかれるのにも、反論できまい。
二人とも椅子に座って向かい合い、対面しての話し合いだ。
「相手の娘さんとは、先日会ったんだろ?」
サムがそう言うと、
「そうだけど、どう接していいのかも良くわからなくて……」
蔵人はため息混じりに返答した。内心、やれやれ、と思いつつ、サムは言った。
「蔵人は、結婚がどういうものか、ちゃんと把握している?」
蔵人は首を横に振った。よく考えたら、蔵人は両親を早くに亡くし、剣の道一筋で名を上げた人物である。夫婦生活、子供の躾等々、何もわからなくて当然なのだ。
サムが育った家庭環境も碌なものではなかったが、蔵人は蔵人で苦労している。そう思い至り、サムは説明し始めた。
「僕がいた国ではまた別だけど、この国の家庭では、家庭内では家長の言う事は絶対だ。でもそれは、好き勝手に奥さんや子供へ命令していいというわけじゃない。相手の事を、家庭の名誉を深く考えた上で、正すべきところに鞭を振るうんだ」
蔵人は何度も瞬きして、
「家長になるって、大変だな」
と、感想を漏らした。しかしサムは、次のように付け加えた。
「なに、そんな理想的家長になれているのは、少数だよ。理不尽に暴力に訴える者、逆に恐妻家と化す者、色々だ。
でも、家から一歩出れば、婚姻を結んだそれぞれの家の名誉を損なわないよう、威厳を持って振る舞う必要に迫られる。公の場で褒められる大物が、家を取り仕切る奥さんに頭が上がらない事もあるよ。今回の結婚は、政略結婚だ。蔵人が武人として立派に振る舞えば文句は出ない。
男女の関係と言えば、恋愛関係というものもある。これは互いに惚れた者どうしの関係だが、結婚は社会制度だ。相手が好きか嫌いかは関係ない。性交したり愛情表現したり、重なる部分はあるけどね」
蔵人は話を聞いて、げんなりした顔になっていた。
「俺……精神的に不安定なところあるから、威厳、保てるかな……それに、好きでもない相手と、上手く性交できるかな……」
「意外と小心者だな」
棘のあるサムの感想にも反発できない程、蔵人は沈んでいる。サムは錫杖で、蔵人の頭を小突いた。
「案ずるより産むが易し、だ。夫婦になるのは始まりに過ぎない。その後、どう関係を構築するかは、自然と定まるように定まるさ」
「はい……」
最後まで、覇気の欠けた蔵人であった。
翌日、蔵人は自分が大人になれていないという焦りを、サムに吐露した。
「昨日の結婚に関する話といい、今日の大人に関する話といい、サムが遠い大人のようだ」
褒めているのか己を卑下しているのか、サムは判断に困った。
しかし、突然の悲鳴、叫びの木霊に、蔵人とサムは揃って部屋を出た。蔵人は剣を持ち、サムは外套をまとって錫杖を手にして。
後に「死者の乱」と語られる事となる、一大事の始まりだった。
この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。
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