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剣の勇者  作者: 坂木陽介
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第二七章 油断

「さっぱりなさいましたか?」

 総督は三名に、用意させた絹の衣服をまとわせ、応接間で歓待した。サムは怒り心頭なのを抑えていたが、他二名は性的にも「さっぱり」できたのが事実である。返答に困りつつも、蔵人が、

「そ、そうですね。はい」

と、お茶を濁す回答をした。総督は満足そうに微笑みながら言った。

「先だって、使いの者がやってきて申したのですが、三名は東の曙王国からいらしたとか?」

 意外な単語に、蔵人は反応せざるを得なかった。

「ご存知なのですか、曙王国を?」

 総督はやや申し訳なさそうに答えた。

「あくまで、本や人づてにしか存じませんが」

 しかし蔵人には、故国が知られているのは嬉しい事だった。この大陸に来てから初めて、故国の名を聞いたのである。喜びを隠せないわけがなかった。

 茶菓子を食べながらの談笑は、その後も続いた。とは言え、会話をしているのは専ら蔵人と総督である。遜は菓子を頬張り、サムは平静を装うのも必死だった。

「ガルデニウスですか……はて、私の記憶ではわかりませんが……王都ベテ―ならば、剣闘の記録も残すほどなので、王立図書館に当たれば多少の事はおわかりになるかと」

「そうですか……しかし、王都まで行けばわかるという希望が持てました。ありがとうございます」

「いえいえ、滅相もない。私個人としては、お役に立てぬのが残念で仕方ありません」

 総督はあくまで、腰を低くした言葉遣いを貫いている。旅の身でしかない自分たちにここまで厚遇するのは、総督の人柄もあろうが、皇帝の権威に拠っている。蔵人は、今まで王という者が政治の最高位だと思っていた。しかし、帝国という、王たちを統べる存在を知って、考えを改めざるを得なかった。

 総督は次のようにも言った。

「もしよろしければ、晩餐にもご出席いただき、一層の親交を深めたいのですが、いかがでしょう?」

 途切れる事のなかった会話だが、この提案に蔵人は言葉を詰まらせた。そして小声で、邑の言葉を用いて、サムに話しかけた。

「サム、晩餐って事は、例のマナーってやつを守った食事の事か?」

 サムも邑の言葉で応じた。

「そうなるね。ここから先は僕が交渉しようか?」

 サムの申し出に、

「助かる。頼んだ」

 蔵人は短く礼を述べた。

 サムは総督に言った。

「閣下、お気持ちは有り難く受け取りますが、我々は流浪の身故に、上流階級のマナーに属さぬ身。城下に出て、庶民の宿で食事する事をお許しいただけませんか?」

 総督は露骨に残念そうな顔をして言う。

「そうですか……しかし無理に引き止めるのもまた、礼を失するというもの。街の人間たちにも、皆様の武勇伝をお聞かせください」

 総督は表情とは裏腹に、サムの願いを素直に承諾してくれた。

 それから間もなくして、三名は城下に降り立った。深紅のマントをまとい、明らかな上流階級の人物といった出で立ちで、ではあったが。

 蔵人たちは武具の返却を総督に願い出たが、

「心配ございません。武具は鍛冶屋に頼んで、研ぎ直しておきます。街の治安も良いので、手ぶらで平気ですぞ」

 という総督の言に押し切られ、荷物は全て預けたままだった。



 三名が城下に出た時、時刻は夕刻。日が傾き、山向こうに沈まんとする頃合いであった。総督との懇談の間、ひたすら菓子を頬張ったはずの遜が、真っ先に空腹を訴えた。

「腹、減ったな」

 だが、それは蔵人たちも同じだった。

「確かに、腹減ったな……」

「僕もお腹空いた……」

 遜は、

「なんだ、皆揃って空腹か。よかった、おれだけじゃなくて」

と言って、謎の安心感を見せた。蔵人は言った。

「いや、遜はあれだけ菓子食ってたのに、どうして腹減っているんだ?」

 遜は言った。

「あれくらい、おやつにもならん。この鍛えた体を維持するには、肉をたんまり食う必要があるのさ」

 蔵人もサムも、苦笑するしかなかった。

 黄昏時、煉瓦造りの建物たちが黄金色の光を浴びて佇んでいる。夜には総督府の置かれた城に戻る約束である。のんびり観光気分に浸る、というわけにはいかない。

 石畳で舗装された道の真ん中を行くと、左右からの視線が気になった。

「やっぱり、この格好は目立つか?」

 蔵人は三名の着る絹衣と深紅のマントを気にした。

 サムは、

「帝国の偉い人と、勘違いされているんじゃない?」

と、自分たちが民に整列して迎えられた事を回想した。

 遜は自信満々に言い放った。

「いやいや、おれらは三人ともいい男だから、自然と目立つんだ」

 三者三様の意見が出たが、どれもが正解であった。

 小さな子供が、蔵人に近づいてきて、話しかけた。

「ねぇねぇ、お兄ちゃんたちが、勇者様?」

「え?勇者?」

 その子供の言葉をきっかけに、街道の前後左右から、蔵人たちの周りに人々が殺到した。

「高貴なべべ着てるけど、本当なのかぇ?」

「皇帝陛下をお助けしたって?」

「あのクローヴィスの王都を、たった三名で救ったって聞くけど、どうなんだい?」

「ああ、とても美しい顔立ち……勇者様、私を抱いて……」

 話に尾ひれが付いて広まり、そこから先は事実無根の噂話を大量に尋ねられた。

「あ、あの、食事できる店を、誰か……」

「僕たちは、そんな、大層なものじゃ……」

「おうおう、beautiful……場所を移して話さないか?」

 押しくら饅頭状態になり、蔵人はサムに必死の助けを叫んだ。

「サム!俺たち三名を浮かせてくれ、」

 サムは、

「吹かせよ大風、我らを浮かせ!」

と、曙王国の言葉で唱えた。途端に辺り一面に強風が吹き、民衆が怯んだ。その隙に、蔵人とサム、遜は宙に浮き、建物を越えて移動した。

 空中で立位を取った蔵人が、

「はぁ、はぁ……助かったよ、サム。杖も無しで、流石」

 そう息を切らしながら礼を述べた。

 一方で、

「おいおい、折角綺麗な姉ちゃんを抱けると思ったのによ」

 遜は文句を垂れた。サムは笑顔で、

「じゃあ一人だけ落とすから、口説き直してくる?」

と言った。サムが笑顔の裏に怒りをにじませているのが遜に伝わり、

「あ、いえ、助かりました。ありがとうございます、サム」

 年少のサムに、遜は以上のように敬語を使った。

 蔵人が言う。

「また目立つと面倒だ。裏道の質素な店で食事にありつこう。サム、酒場か食堂を探せるか?」

 蔵人の頼みに、

「了解。このくらいの街なら、一分とかけずに探査できるよ」

と、サムは心強い返答をした。



「美味いな、この牛肉」

「いやいや、遜。こっちの鶏肉もいけるぞ」

 儀礼を全く気にせず、蔵人と遜は肉料理にありついていた。街外れの小さな店で、古びた木造の料理屋での食事である。老体の主人と奥方の二人で切り盛りしている、およそ大通りの喧騒とは無縁の店だった。

「しかし、このナイフとフォーク、だっけか。これもう凶器だろ。確かにこれで肉を切ったり刺したりするのは便利でも、人を殺せる器具で食事するのは複雑な気分だな」

 遜の言葉に、サムは正直な感想を漏らした。

「多分、その発言は世界の八割の人を敵にすると思う。箸なんていう、細い棒二本で食事する二人の国のがどうかしてるって」

 鶏肉を飲み込み、蔵人が言った。

「そっか、サムが曙王国に来た時、箸にあんなに驚いていたのも、今にして思えば納得だ。こういった道具で食事してたら、箸で物を掴むのは苦労するわな」

「やっとわかってもらえたか。正直、曙王国上陸後に一番驚いたのは、箸の存在だと思う。

 しかし、今後は蔵人と遜に、ナイフとフォークに慣れてもらわないとね。今までは碌な食事場所でご飯にする機会がなかったけど、今後はこうした食堂で――――」

 サムは二名を諭す弁を弄したが、蔵人も遜も話半分にしか聞いていなかった。

「本当だ。牛肉ってこんなに美味いのか。ナイフで切るのが難しいな」

「鶏肉が一口大で、食うには丁度いいな」

 サムは二人を説得するのを諦め、自分の食事に集中した。

 サムは静かにナイフとフォークを操りながら、一人この国の流儀に則って食事をしている。ナイフとフォークが食器に当たる音も最小限だ。

 不意に、サムは蔵人と遜が手を止め、自分に視線を向けているのに気づいた。

「な、何?僕がどうかした?」

 うろたえるサムに、蔵人と遜は感心して言った。

「なるほどなぁ、ナイフとフォークって、使いこなすと音も立たないんだな」

「いやいや蔵人、これはつまり、サムがその気になれば、おれやお前にナイフを突き立てられるって事だぞ。しかしまあ、見事なもんだ」

 サムは思わず声を荒げた。

「いいから、さっさと食え!二人とも!」

 そこへ、食堂の女将が追加のサラダとステーキを持ってやってきた。

「元気がいいわね、三人とも。勇者様も、異国の地での食事だからって、ここでマナーなんか気にしなくていいわよ。たらふく食ってくれれば、あたしらは満足さ」

 店の奥からは、店主の声もした。

「今、肉が焼けた!すぐにそっちにやるからの!」

 晩餐は、佳境を迎えたばかりだった。



「ご馳走様でした」

 店を出る時、蔵人はそう言って店の主人に曙王国の金貨を一枚渡した。

「わしゃ、そこまで上等な食事は出しておらんが……」

 受け取るのをためらう店主に、蔵人は言った。

「勇者様御一行の記念品として、飾ってください。それに、この金貨ならこの国でも通用すると聞いています。俺らの気持ちだと思ってください」

 店主はからからと笑い、

「そこまで言われちゃ、受け取らないのが悪いみたいじゃ。もらっておくよ。しかし、勇者様は人をたぶらかすのも上手いのう」

 そう言って金貨を握り、蔵人一行を見送った。

 しばらく歩いたところで、蔵人はサムと遜に尋ねた。

「俺、人をたぶらかしているのか?」

 二名は笑うばかりで、すぐには答えない。蔵人は不満をこぼした。

「なんだよ?俺は真剣に悩んでいるんだぞ」

 サムは言う。

「人に自然と影響を及ぼすのは、事実だと思うよ。でもそれは、人を鼓舞し、勇気を与える力だ。さっきの店主も、悪い意味でたぶらかすとは思っていないはずさ」

 続けて、遜も言った。

「サムの言う通りだ。蔵人、お前には天賦の才がある。人を惹きつける、類稀な才能だ。それは何万人に一人という次元の力だ。自信を持っていいと思うぞ」

 蔵人は思わず足を止め、

「人を鼓舞して勇気を与える……人を惹きつける才能……自信を持っていい」

 己の右掌を見つめていた。この身に宿る潜在能力を、蔵人は自覚していなかった。しかし、信頼できる友や仲間から、誇るべき力があると言われ、己の半生の軌跡を顧みていた。そして、自然と微笑みを浮かべていた。

「蔵人?どうしたのさ?」

 一〇歩以上先で、サムと遜が不思議そうに蔵人を見ていた。

 蔵人は、

「ああ、ごめん。すぐ行くよ!」

 そう返答し、二人へ追いつくべく駆けた。二人からは、

「どうしちゃったの?急に立ち止まったりして?」

「なんか、引っかかる事でもあったか?」

 などと、疑問の声が向けられた。しかし蔵人は、

「なんでもないよ。それより、総督府へ急ごう。日の入りには閉門するって言ってたからな」

と答え、理由を述べる事はしなかった。

 宵闇が迫り、街には烏の鳴き声が木霊していた。



 夜、三名は四つのベッドが置かれた絢爛な寝室で眠りを貪った。風魔法の寝床も快適だが、本当に上等な寝床には敵わない。三名ともが、これまでの疲れからか、早々に眠りに就いた。

 だが、丑三つ時に侵入者が現れた。この堅固な城塞都市にも、魔王の手は伸びていたのだ。

 侵入者は音もなく、蔵人の寝ているベッドに忍び寄った。

「自信を……持って……」

 蔵人は寝言を言っている。侵入者は、闇の中でも白銀にきらめく短刀を取り出した。そして、眠りの中にいる蔵人の首元目掛けて、剣を振り下ろした。

「バレバレだよ、暗殺者さん」

 蔵人はベッド上を転がり、必殺の一撃をかわした。そして侵入者と、ベッドを挟んで対峙する態勢を取った。

「サム!遜!」

 蔵人の呼びかけに、仲間たちも飛び起きた。

「やれやれ、死者はいないと思ったのになぁ」

「全く、おれはもうおっさんなんだ。おっさんは優しく労ってくれよな」

 すぐさま臨戦態勢を取る三名だったが、得物がなかった。

「くくくっ、自慢の剣技も魔法も、これでは無力同然――――」

 侵入者が言い終えぬうちに、サムが、

「LUX!」

と叫び声で呪文を唱え、室内を明るく照らした。侵入者の姿が明らかとなると、三名は驚いた。

「総督?」

 その姿は、昼間蔵人たちを過剰にもてなした総督その人だった。だが、侵入者は言った。

「違うな、我こそは魔王陛下より力を賜りし、魔法使いルドモールなり」

 侵入者は総督の衣のまま、影絵のような正体を現した。顔の輪郭が揺らめき、目と口が赤く輝いている。

「こりゃ油断したな。魔王から、魔力の力線がこの大陸に伸びているのはわかっていたのに、昼間の変なもてなしのせいで探査を怠った」

 自らの油断を省みるサムは、しかし狼狽の気配を全く見せない。蔵人、遜も同様だった。

「別に不快ではなかったけど、あのもてなし方は異常だったよなぁ」

「おれはああいうもてなしは歓迎だぜ。世の中には後宮と言って、王様一人のために女が集められた場所があると聞く。そこで酒池肉林の贅沢三昧が夢だからな」

 自分の夢まで披瀝する遜に、蔵人とサムは

「最低だ」

と、声を揃えて口にした。魔法使いはいら立ち、

短刀を魔力結晶が沢山付いた杖へと変化させた。そして言い放った。

「お前たちの油断は、魔力探査を怠った事ではない!昼間、黙ってもてなしを受けた事だ!」

 サムは敵の目論見を喝破した。

「しまった!奴は僕らの体液の情報から、精神を操り、破壊するつもりだ」

「遅い!Destroy brain, mind, spirit……壊れよ!その精神!」

 敵の杖から、魔力の種がいくつも砕ける音がして、魔力の波が部屋全体へと広がった。しかしその刹那、

「――――っ?」

 呪文を唱え終わった敵は、自らの顔面へと迫る掌底で視界を覆われていた。偉丈夫である遜の掌は、敵魔法使いの顔面を覆い、一〇歩以上先の壁まで叩きつけた。

「遜!」

 サムは驚きの声を上げた。サムは精神を守る魔法を、咄嗟に自分の周囲に広げるので精一杯だった。しかし、もろに魔力を浴びた遜は平然としている。

「あいにく、変な魔法で壊されるような精神してないんだわ、おれはな」

 サムは思わず、

「その気構えがあるから、酒池肉林なんて言えるのか……」

と感想を漏らした。しかし、敵がまだ動ける事を見て取ると、

「はっ!」

 呪文を詠唱するまでもなく、風魔法を一点に集中させて敵の胸を貫いた。

 敵魔法使いは、断末魔のか細い声を上げた。

「なるほど……魔王陛下が注意するのも頷ける連中だ……だがっ……一人は、討ったぞ」

 それだけ言うと、敵魔法使いは事切れた。先の皇帝お付の魔法使い同様、死者ではないらしい。生者でありながら魔王に従っていたため、討ち取られても生身の肉体が残った。全身を覆っていた影は霧散している。

「一人って、どういう……蔵人?」

 サムはそう言って、友を振り返った。蔵人は立ち尽くして涙を流していた。そして、その場に崩れ落ちると、大きな慟哭を放った。

「わあぁぁ!うわあぁ!」

 サムと遜は蔵人に駆け寄った。

「蔵人!蔵人!」

「おい!しっかりしろ!」

 しかし、蔵人の心は、友や仲間の言葉さえ、捉えられていなかった。

この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。


最後までお読みくださりありがとうございます。

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