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剣の勇者  作者: 坂木陽介
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第二六章 帝国の大地で

 蔵人たち一行は、褒美の金貨や皇帝のみ発行できる通行手形などを受け取り、馬上の人間となって帝国軍から離脱した。

 サム曰く、次の目的地であるルマーク国は王国との事だ。蔵人には馴染みの政治体制である。

「――――で、馬で二〇日ほどかかると?」

 遜が確認した。

 帝国軍から離れて最初の夜、野宿をすべく寝床を確保した蔵人たちは、今後の事を話し合っていた。焚き火を囲い、三名は地面に座っていた。

 サムは言う。

「それも、順調に平野を駆け抜けられればの話だよ。一応道は通っているけど、時々山がちの細道や、森林に囲まれた道もある。死者の妨害に遭いながら進むとなると、三〇日近くかかっても不思議じゃない」

 蔵人と遜は、大陸というものの広大さを痛感させられた。曙王国なら、馬で駆ければ二〇日余りで駆け抜けられる。同じだけの時間をかけて、一国の支配地域さえ踏破できないのには、蔵人は己の見識不足を恥じた。

「サムやガルデニウスは、こんな長い時間をかけて曙王国まで来ていたんだな。これじゃ、俺は井の中の蛙だったわけだ。俺がガルデニウスに負けたのは必然だ」

 サムは慰めるのではなく、冷静な分析結果を述べた。

「いや、確かに蔵人の住んでいた地は小国だけど、蔵人を上回る実力者は、まずいないと思う。皇帝ワーズや剣士ガウディと互角に戦える武人は、この大陸にはいないだろうからね」

 遜はサムの分析を聞き、

「じゃ、あの剣士相手に時間稼ぎできたおれの実力も通用すると考えられるな」

 自信満々に言った。蔵人とサムは苦笑したが、サムは否定しなかった。

「そうなるね。僕が見てきた限りでも、二人は最高峰の武人だよ。それに、大局を見る目もある。ワーズとガウディを倒した時の連携は、二人が勝負の結果を最優先したからこそだ。あそこで卑怯と呼ばれても結果最優先で動けるのは、流石だよ」

 サムの言葉に、蔵人は応えた。

「俺にも、剣士としての誇りはある。でも一人一人は、戦場では駒の一つだと心得ているつもりだ。いかに個人の力が突出していようと、使い所を誤れば戦には勝てない。武人の誇りと戦場での勝負は、別物だと考えているよ」

 そう言った蔵人を、遜は己の無精髭を撫でながらにやりと笑い、からかった。

「じゃあ、武人として、ガルデニウスにはなんとしても勝ちたいわけだ。勝てばいい、それが全てだ、と言ってたのにな。全て、って事は、武人としての勝負でも手段を選ばないってわけじゃないのか?」

 蔵人は口を開けたり閉めたり、歯ぎしりしたり、反論しようとしたが言葉が出なかった。

 サムが言った。

「それを言うなら、この大陸に上陸してすぐの港町で、死者の撃破数を競ったのは誰だっけ?」

 今度は遜が閉口した。だが、そこは年長者である。話題を転じてそれ以上の追及をかわした。

「そうだ、皇帝にもらった酒があったろ?寝る前に一杯やろうじゃないか」

 蔵人やサムは遜の誘導の通り、酒に興味を移した。

 三名は美酒に舌鼓を打ちながら、夜更けまで語り合った。



 サムの予想通り、行程は順調にはいかなかった。

 三名の行く手を阻むように、死者は不意を突いて襲ってきた。野宿で眠りに就いている時、山道で馬を駆けさせられない時、左右が森に覆われている時……狙われているかのようだった。

 行程の半分余り来た頃には、三名とも疲弊が隠せなかった。

 夜、火を囲いながら遜は言った。

「全く、三十路過ぎに睡眠不足は堪えるぜ。今晩も襲ってこねえだろうな……」

 サムが答える。

「一応、僕の魔法による探知では、半径二〇〇歩以内には死者がいないけど、油断は禁物か……。

 それと、悪い知らせがもう一つあるんだ」

 比較的元気な蔵人が、

「悪い知らせ?」

と、尋ねた。サムは頷く。

「魔王による魔力の力線が、どうもルマーク国へと伸びているみたいなんだ。死の魔力を分け与えられたローランドみたいな魔法使いが、いないとも限らない」

 それを聞いた遜が、のけ反りながらため息をこぼした。

「はぁ〜……こりゃルマーク国の都市に着いても、女漁りをしている場合じゃないかもな。やれやれ」

 女日照りに一番参っているのは、思春期の蔵人やサムではなく、遜であった。

 サムが慰めの言葉を発した。

「まぁまぁ。あと二日もすれば、ルマーク国の入口になる、ロイカに着く。遜好みの女性がいるかはわからないけど、ひとまず性欲を満たす事はできると思うよ」

 遜は目を輝かせた。

「そういう事なら、今のうちによく寝て、精力蓄えとかないとな!ほらほら、お前たちも早く寝るんだ!安眠できる時間は貴重だぞ。

 サム、風魔法の寝床を頼む」

 遜はサムに催促した。サムが寝床を作り、遜は床に就いた。そして寝息をかき出した。この間、二分とかかっていない。

 蔵人は苦笑しつつも、遜の存在を有り難く感じた。

「よほど疲れていたんだな。年長者だからか、要所要所で助けてもらっているし、よく休んでほしいところだ」

 サムも同意した。

「そうだね。戦時も平時も、僕らをさりげなく援護してくれてきたからね。

 女と酒に目がないのは、良くも悪くも人間臭いというか、なんというか――――」

 蔵人はサムの言葉に小声で笑った。

「ははっ、本当にね。でも、人によっては俗物と嫌うかもしれないけど、遜はしっかりした大人だよね」

「間違いない」

 サムは蔵人の言葉に、笑って頷いた。

 蔵人は言った。

「じゃあ、俺たちも寝るか。サム、寝床を頼む」

「了解」

 サムは杖の一振りで、新たに寝床を二つ用意した。不可視ではあるものの、蔵人は魔力を持たないにもかかわらず、寝床の位置を把握できた。

「毎回思うけど、よく蔵人は魔力を使わずに把握できるよね」

 サムの驚嘆に、

「なんとなく、だけどな。良く言えば、感覚が利くとでも表現すればいいのか」

 蔵人はそう答えた。サムは笑って、

「鼻が利く、って言ったら、犬みたいだけど」

と、友をからかった。蔵人は寝床に就いて反論した。

「誰が犬だ」

 蔵人も笑いながらの言葉だった。

 二人も遜に倣い、寝不足にならぬよう早めに寝入った。



 それから三日後の昼頃、蔵人一行はロイカに着いた。川沿いに作られ、街道を押さえる要衝に建てられた都市である。

「ようやく街か。今日は死者の心配をしなくて済む」

 馬上で遜は疲労をにじませている。蔵人とサムも、安心できる場所に着いた事で緊張が解れ、どっと疲れを感じた。

 平野の中に位置する都市で、遠くからでも城門が閉じられ、二名の衛兵がいるのがわかった。

 蔵人たちが近づくと、案の定、衛兵同士が槍を交差させ、高圧的に馬上の蔵人たちを見上げた。

「何者か?現在は緊急事態故に、身分の定かならざる者の立ち入りを禁じている」

 上から目線の衛兵に対し、遜は笑いを堪えていた。蔵人はそれに気づいて苦笑し、サムはため息をつきながら皇帝の通行手形を取り出した。

「これでいかがです?」

 サムがマウリーア帝国の書状を見せると、衛兵の顔色がみるみるうちに変わっていった。

「す、少し待て……いえ、失礼しました。少々お待ちを!」

 衛兵の二人ともが縄梯子を上り、都市内へと消えた。それを見た遜は堪え切れなくなった。

「はははっ、見たか?いやぁ、痛快痛快。権威権力をかさに着ている奴は、自分より上位の権威権力には弱いからな」

「人が悪いな、遜は」

 そう反応する蔵人も笑っていた。つられてサムも笑い出し、

「まぁまぁ、二人とも、笑うのはそのへんにしないと。かれらも仕事なんだから」

 三名が笑い合っているところへ、

「開門!」

と、声が響き渡った。蔵人たちの注意が城門内へと向くと、開かれた城門の中には、都市の民による列ができていた。

 面食らったのは蔵人たちである。三名とも目を丸くし、絶句した。高らかに楽器の音が鳴り響き、暴れそうになる馬を落ち着かせる必要に迫られた。

「お入りくだされ!」

 衛兵の大声に促され、三名は顔を見合わせつつ、馬をゆっくり進めた。

 三名を待っていたのは、歓呼の合唱である。城門から続く都市の大通り、その両端に市民が整列し、三名を盛大に迎えた。

「皇帝陛下の使者、万歳!」

「マウリーア帝国に幸いあれ!」

 どうも都市の民衆は、皇帝の特使が来たと勘違いしているらしい。かといって、ここで歓迎模様をぶち壊すのも気が引けた。

「これは、どうしたもんだろう……」

 苦笑するサムに、遜は自信満々といった体で、

「なに、祝ってくれるなら、いいじゃねえか。どっちにしろ、皇帝の通行手形がある以上、属国の臣民は歓待するのが筋だ」

という、論理的な言葉を吐いた。蔵人はその言を聞き、三名の意見を次のように総括した。

「そうだな。何はともあれ、折角の雰囲気に水を差す事はない。皇帝がこの地にも目をかけているという証を見せる、手伝いにもなるからね」

 三名は列を成す都市民の間を、都市の中心にある総督府へと向かった。



 サムによれば、ルマーク王国は王を中心に総督が各地に派遣され、統治されているとの事である。かつてルマーク王はマウリーアの王と覇権を戦い争ったが敗れ、ルマークはマウリーアの覇権の下で生きる事を許されたという。王と皇帝という格差は、その時からのものであるらしい。諸王の王たるもの、それが皇帝なのだ。

 蔵人たちは都市の中心にそびえ立つ、総督府という名の城塞に迎えられた。総督一人の居城にもかかわらず、曙王国王都の宮殿より大きかった。この一点だけでも、蔵人は曙王国と世界の格差を感じずにはいられなかった。

 総督府の前には、高さ一〇尺ほどの門があった。門前には深紅と黒の豪奢な衣装に身を包んだ人物が、直立不動で待ち構えている。

 蔵人たちはその人物の前で馬を止め、馬から降りた。薄汚れた格好の蔵人たちの面前で、その人物は跪いた。

「マウリーア皇帝の通行手形をお持ちとの事、衛兵より伺いましてございます。帝国お抱えの御仁がいらっしゃるのは五年ぶりになります。どうか、我が都市の精一杯の歓待をお受けくださいますようお願い致します」

 おそらくは総督であろう壮年の人物が、若輩の蔵人たちに跪く。その一事だけで蔵人はあたふたして背後の仲間を振り返った。

 サムも遜も小声で、

「任せた」

「騎士道精神に則って頼むぜ」

 そう発破をかけるばかりである。

 覚悟を決めた蔵人は、己の信条に則した発言をした。

「ご起立ください。我らは皇帝陛下の通行手形こそ持ってはいますが流浪の身。御身の苦労とは対極に生きる者です。お立ちになった上で、同じ目線で相対ください」

 顔を上げた人物は、眼前に蔵人の右手を見出した。蔵人は笑顔を浮かべて繰り返した。

「さあ、お立ちを。我は異大陸より参りし、結城蔵人と申します。背後の魔法使いはサム・ラッセル、もう一名は周遜という者です。お見知り置きくだされば幸いです」

 壮年の男は、蔵人の手を取り、憮然として立ち上がった。しばし呆けたようであったが、すぐに一礼して名乗った。

「ご配慮、痛み入ります。見れば我が子と同じくらいのお年かと。それでいながら先のお心遣い、お見事です。

 申し遅れました。私めはこの都市と周辺地域をルマーク王より託された総督、シャージャーンと申します」

 茶髪栗目で色白の総督はそう言って、三名を城内へと迎え入れた。



 三名は大変な厚遇を受け、薄汚れた体を女中たちに洗い流されるところから始まった。風呂の習慣こそないが、沐浴による清潔維持が無いわけではないらしい。侍従の案内で蒸し風呂のような空間に通され、

「しばしお待ちくだされ。お体を洗う者が参ります」

 そう言われ、おとなしく待っていると、やってきたのは二、三〇代と思しき女中三名である。

「失礼します。私たち三名が、皆様のお体を洗い流し致します」

 女中たち三名は、陰部と胸部を布で覆っただけの格好である。蔵人やサムは状況を飲み込めぬうちに、遜は堂々とした様子で、各々は裸にされていった。

「いや、あの……」

 裸体となった蔵人がまともな言葉を上げる前に、皆の衣服は畳まれ、錆びる恐れのある武具は室外に運ばれた。

 女中たちの一番格が言った。

「では改めて、皆様のお体を整え致します。異国の風習には不慣れなため、無礼と感じるところがあれば遠慮なくお申し出ください」

 蔵人は茶髪の女性に、サムは金髪碧眼の色白女性に、遜は長身長髪の黒髪女性に身体を隅々まで布で愛撫された。どの女性も無駄な贅肉などない、美しい体つきをしている。この状況では蔵人も興奮しないわけがなかった。

「あら、だいぶご無理をなさって、溜まっているのではございませんか?私で良ければ、発散のお手伝いを致しますが」

 蔵人の体を洗う女中は、蠱惑的妖艶さを湛えて誘惑してきた。

「そ、それは、その……」

 蔵人は一瞬のうちに仲間たちの様子を盗み見た。サムは、

「そういう性的なおもてなしは要らないから」

と、悪鬼の如き形相で女中を脅し、制止させていた。

 遜は、

「beautiful……」

と、いつ覚えたのかわからないが、女中に美しいと言いながら接吻し、舌を絡める始末である。

 蔵人は自分の前にいる女中に視線を戻した。蔵人は己の陰部前に顔を近づける女中に、

「欲しい……や、やって、欲しい」

 そうためらいがちに答えた。女中は一言、

「では、失礼致します」

と言って、蔵人に性的なもてなしを始めたのだった。


この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。


最後までお読みくださりありがとうございます。

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