第二五章 夜の過ごし方
「なるほどな。我も死者の乱については、ローランドから聞いていた。だが、ローランドが魔王の手先として動いていたとまでは、さすがに見抜けなんだわ。
礼を言うぞ、勇者たちよ。一歩間違えば、宮廷内がローランド配下の死者であふれていた可能性もあったわけか。人の心の弱みにつけ込んだ死の魔法、真に恐ろしきものよ」
皇帝は椅子に深々と座り直した。上等な品のため、体が沈んでいる。蔵人らの折り畳み椅子とは別格の椅子だが、これが帝国における三名と皇帝の身分差を表しているのだ。蔵人たちはどこまでいっても流浪の身。この地を支配し、治める偉大さとは雲泥の差があるのだ。
皇帝はサムの話を総括した後、三名に言った。
「無駄とはわかっていても、こればかりは聞かずにいられん。三名とも、我が臣下に就く気はないか?」
唐突な勧誘に、三名は絶句した。固まったままの三名に、皇帝は尚も言葉を続けた。
「金や土地、女中などは好きなだけ与えよう。代わりに我が近侍として、知恵や武勇を貸してほしいのだ」
三名は顔を見合わせた。もっとも、これは即決すれば礼を欠くと、暗黙のうちに三名ともが考えていたからに過ぎない。
三名を代表して、蔵人が言った。
「過分なるご高配、誠に光栄の極みにございます。しかし、我ら三名は旅を続ける所存です。無礼とは存じますが、どうか、ご理解のほどを」
畏まる蔵人に、皇帝は長いため息をついた。
「やれやれ……あの槍兵といい、是非ともと欲する人材は得難いものだ」
「槍兵、でございますか?」
サムが伺うと、皇帝は言った。
「もう三年前になる。帝国の属国での剣闘試合に、乱入してきた槍使いがいたのだ。斧と槍を組み合わせた、珍しい武器を持っていた。我が乱入を許可して、優勝者と戦わせたが、なんと優勝者は手も足も出なかった。その時も、臣下への勧誘を断られていてな。
確か、あやつの名は――――」
「――――ガルデニウス」
蔵人は思わず呟いていた。皇帝は頷いた。
「そうだそうだ、そんな名前をしていた。あの槍使いの武勇があれば、ローランドの助力も蹴っていたやもしれん」
蔵人は皇帝に尋ねずにはいられなかった。
「恐れながら、ガルデニウスについて、何か情報はございませんか?その男に、我も敗北し、辛酸を舐めさせられまして」
皇帝は小姓の一人に尋ねた。
「あの男について、移動書庫の記録にあるか?」
小姓は一度奥に下がり、再び手ぶらで戻ってきた。
「申し訳ありません、陛下。何分、三年も前の一日の出来事ですので……ルマーク国の記録に当たれば別かもしれませんが」
皇帝は言った。
「すまぬな、我らではそなたらの力添えができぬようだ。だが、あの男が現れた国ならわかっておる。褒美の一つに、帝国全土を行き来できる手形も用意させよう」
蔵人にとっては、天啓を得たような心地であった。
「で、誰なんだ?そのガルデニウスって奴は?」
自分たちの天幕に戻ると、開口一番、遜は二人に尋ねた。明かりを囲んで座った三名は、ガルデニウスについて話し合った。
蔵人はためらいがちに、
「二年半ほど前に、曙王国の武闘会で俺を倒した男だ。年齢は、俺と遜の間くらいだと思う。茶髪に栗色の瞳は、今でも焼き付いたように覚えている。
槍使い、と皇帝は表現したが、あいつが使っていたのは一般的な槍じゃない。槍の矛先のすぐ下に、一対の斧が付いていた。ガルデニウスによればハルバードと言う武器らしい」
そう説明して俯いた。
遜は目を丸くして唖然としていた。
「蔵人に白兵戦で正面からぶつかり、勝つ?おいおい、冗談じゃないだろうな?」
サムが応えた。
「本当だよ。ガルデニウス自身は、博打を打ったと言っていたけど、紙一重にしても、蔵人に勝ったのは事実だ」
蔵人がサムの顔を伺うと、サムは微笑して応えた。大泣きした事は黙ってくれるようで、蔵人はほっとしていた。
サムが言った。
「確か、蔵人は再戦を約束していたんだよね。もしかしたら、この旅の途中で会う可能性もあるんじゃない?」
サムの言に、蔵人の目がたぎった。
「なら、尚更ルマーク国に行ってみないとな。少しでも記録に残っているなら、必ず見たい」
意気込む蔵人に、遜が言った。
「なるほどな。しかし、水を差すようで悪いが、今戦って勝算はあるのか?俺より若いんじゃ、肉体の衰えもない、武人として最高の力を持っている頃だろ」
蔵人は形容しがたい無表情になり、完全に沈黙した。固まったままの蔵人に、サムが助け舟を出した。
「まあまあ、蔵人。蔵人だって、この二年半で鍛え抜いてきたんだ。それも、命がけの実戦の中で。勝算は、あると思うよ」
蔵人は沈黙を破り、意気込んだ。
「そうか、そうだよな。それに、再戦を約束しておきながら、落ち込んでいても仕方ない。再戦に向けて、必勝の決意を持たないとな」
冷水を浴びせた遜も頷いた。
「それだけの決意があれば心配ねぇ。魔王打倒の旅であると同時に、これはガルデニウスを探す旅でもあるわけだ」
蔵人は再戦を約束していたものの、ガルデニウスと再会するために何もしてこなかった事に気づいた。
「ガルデニウス探しの旅か。俺は己を鍛える事はしても、再び相まみえるための努力はおろそかにしてきた。死者の乱が起きなければ、平和な世界で、曙王国の武人として一生を送っただろう。怪我の功名、なのかもな」
サムは蔵人に向けて言った。
「そうそう。死者の乱が起きたからって、絶望して、ずっと真剣でいるわけにもいかない。災い転じて福となす、って言葉もあるよね」
サム、遜から勇気づけられ、蔵人は貴重な仲間という存在に感動していた。
話が一段落したところで、外が騒がしくなった。遜がサムに尋ねた。
「おい、なんて言っているんだ?」
サムは聞き耳を立て、
「売女だ、女にありつける、とか言ってるみたいだ」
そう翻訳した。女という単語を聞いた遜は、
「なに?こうしちゃいれねぇ!俺も行くぞ!」
と目を輝かせて天幕を飛び出していった。
サムは蔵人に尋ねた。
「蔵人は行かなくていいの?」
蔵人は笑った。
「いや、あんな目をぎらつかせたおっさんたちに混じってまで、女を欲しいとは思えない」
そこへ、天幕の入口で声がした。
「失礼、結城蔵人ら三名の天幕で相違ないか?」
蔵人が立ち上がって天幕を開けると、小さな酒樽と酒杯を持った兵が立っていた。
「陛下から賜りの品である。ゆるりと味わうように、とのお達しである」
蔵人とサムは、飛び出していって極上の品を逃した遜を笑い、酒にありついた。
酒樽は成人男性の肘から手首くらいの大きさだった。二人で大いに飲み、様々な事を語り合った。
「うわ、こりゃ相当な上物だぞ。遜がいなくてよかった。一人で飲み干しかねない」
「全くだ。酒に詳しくない僕でも、この酒が上等品なのはわかる。これは帝国の果実酒だろうね。買おうとしたら、一杯で金貨が必要な品だよ」
サムの説明に、
「本当か?一杯で金貨とか、とんでもない値段だな」
蔵人は驚きつつも、酒を飲むのは躊躇しなかった。
「蔵人、遜が戻ってくるまでに飲み干す気だね?」
サムの鋭い指摘に、酒の回り始めた蔵人は上機嫌に答えた。
「だってなぁ、遜は酒と女に目がないから」
サムは笑った。
「国家財政を傾ける量の金貨をせしめてきた人の言葉とは思えないな」
蔵人は苦笑した。
「正直、金貨は重くて困るが、この旅がどこまで続くかわからない以上、無駄遣いは避けないとな」
「そうだね。僕らは豪勢な旅行を楽しんでいるわけじゃないからね」
サムはそう答えて、酒杯を空にした。
「あ〜、美味しい。もう一杯もらおう」
「あ、なら注いでやるよ」
「ありがとう、蔵人」
蔵人はサムの酒杯に、七分ほど酒を注いだ。そして言った。
「酒に強くないって日頃言ってるサムが欲しがるとは、本当にただ物じゃないな」
サムは答えて言った。
「いや、僕も遜が戻ってくる前に飲み干すのには賛成だからね」
蔵人はニヤリと笑い、
「全く、俺らときたら――――」
サムはその言葉に応じて、
「――――人が悪いよね」
と言い、二人して静かな笑いを交わした。ほろ酔いならではの、高揚した上機嫌さがもたらす会話であった。
だが、上機嫌な会話は長くは続かなかった。サムが酒に酔い、相槌を打つように眠そうな様子を見せ始めたからだ。
「サム、酔ったろ?」
そう蔵人は問うたが、しかし、
「いやいやぁ、まだ大丈夫だよ〜?」
と、サムは舌っ足らずに返答した。
「酔った奴に限って、酔ってないって言うぞ?」
蔵人は追及した。しかしサムは強硬に、
「だからぁ、まだまだ平気だってばぁ」
そう答える有様だ。蔵人は追及を諦め、黙って酒杯を仰いだ。サムが酔いつぶれたら、寝かせればいい。そう考えた。
ふと、蔵人は疑問を口にした。
「サムは、女の所に行かなくてよかったのか?あんなおっさんたちに囲まれるのは嫌でも、女と性交したい欲望はあるだろ?」
サムはほとんど夢現の状態で、
「セックスするのはぁ、女相手も、男相手も……嫌だぁ……」
と言い、明かりの上に倒れ込みそうになった。蔵人は己の酒杯を放り出し、友が火傷する前に抱き留めた。
「サム?」
蔵人が尋ねても、サムは寝息を立てて答えなかった。か細い寝声で、
「性交……嫌……」
そう言うのが蔵人には聞こえた。
蔵人は無言のままサムを抱きかかえ、寝床に就かせた。サムは眠りの中へ落ちたようで、ほんの微かな寝息が聞こえるばかりである。
(サム、何か精神的な傷を負っているのか?)
蔵人は口にこそしなかったが、友のただならぬ発言を顧みていた。しかし、実際のところは、サムに聞いてみなければわからない。
蔵人は、穏やかに眠る友の夢が、せめて良いものである事を願った。そして残りの酒を飲み切った。
酒樽と酒杯を遜の目に触れぬうちに返すべく、蔵人は天幕を出た。器を返して己の天幕に戻ると、サムに倣うように眠りに就いた。
翌朝、蔵人とサムが起床した時には、同じ天幕内で遜がいびきをかいていた。
「寝てるね」
サムの小さな声に、
「ああ、いつ戻ってきたんだろうな?」
蔵人も小声で応じた。
二人は下着に近い、短衣姿で天幕を出てみた。まだ兵の起床時刻より早いのか、野営地内は静かである。空には日の光が差そうとする頃合いらしく、東から明るくなってきていた。
「サム、悪酔いしてないか?」
蔵人が尋ねると、サムは逆に聞いてきた。
「それは平気だけど、もしかして僕、酒でつぶれて寝ちゃったんじゃない?蔵人に迷惑かけてない?」
蔵人は昨夜の疑問は口にせず、茶化して言った。
「迷惑なんてかけてないぞ。酒で寝入っていたのは事実だけどな」
サムは赤面しながら言った。
「そ、そうか。ならいいんだけど。記憶が途中からあやふやだから、変な事してないなら、よかった」
心から安堵する友に隠し事をしているようで、蔵人は胸が少し痛んだ。しかし、決定的に聞かねばならない時まで、この疑問は心中に封印しておく事にした。
二人は天幕内に戻って、身支度を整えた。蔵人は革製の防具や両手剣を、サムは裏地に魔法結晶を敷き詰めた外套と杖を、それぞれ身に着けた。
「あ〜……剣の音には、我ながら敏感だな」
蔵人の着剣の音を耳にして、遜が自賛しながら起きた。しかし睡眠不足なのか、大あくびをしてかなり眠そうだった。
「遜、兵の起床時刻にはまだ早そうだけど、寝てなくていいのか?」
蔵人が問いかけると、遜は両頬を軽く叩いて首を横に振った。
「いや、昨日の夜が悪夢のようで、一度起きたら寝るに寝られねぇ……」
身支度を始めた遜に対し、蔵人とサムは顔を見合わせた。蔵人がさらに尋ねる。
「昨日、天幕を出た後に何かあったのか?あれだけ喜び勇んで飛び出していったのに?」
遜は苦虫を噛み潰したように顔をしかめ、毒を吐き捨てるように言った。
「昨日抱いたのは、女だと思いたくもない連中ばかりだった。兵どもが女に遮二無二がっつくから、一人ずつ列を成して順番を待ったんだが……まぁこれが化粧で顔を誤魔化した、だらしない体つきの奴ばかりでな。おっぱい掴んだと思ったら腹の肉だったりな。それでも集団心理ってもんなのか、興奮してやる事は最後までやったけどよ……」
蔵人とサムは、笑いを堪えながら話を聞いた。
遜は決意を表明した。
「次行く国、ルマーク国だっけか?どうせ国の首都に行くんだろ?そこでいい女とやり直す!あの肉団子みたいなのを女として抱いた記憶は、さっさと忘れてぇ!」
しょうもない決意に、蔵人とサムは苦笑するばかりであった。
この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。
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