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剣の勇者  作者: 坂木陽介
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第二四章 喧嘩の後

 夜の作戦会議の場でも、蔵人とサムは会話を交わさないままだった。帝都まであと三日余り、あと少しの道のりである。作戦会議でも特に問題は提起されず、行軍路を確認して終わった。

 蔵人はサムへの気まずさ、ローランドへの不審感から、作戦会議が終わると足早に己の天幕に戻った。遜はサムを一瞥し、目が合ったのを確認して、蔵人の後を追った。遜には、サムには何か考えがある事が察せられたが、あえて何も言わずにいた。

 天幕に戻った遜は、既に寝床に就いている蔵人を見出した。

「おいおい、寝るには早くないか?」

 遜の顔を見ず、蔵人は横になったまま、

「サム……サムが帰ってくると、気まずい」

とだけ答えた。

「やれやれ。お前ら、普段仲が良すぎるからか、喧嘩した時の反動がすごいな」

 そうこぼした遜に、蔵人は、

「サムとは、年に一度喧嘩するかしないか、それくらいだ」

 この三年近くを振り返って言った。それを聞いた遜は納得した。

「なるほど、滅多に喧嘩しないわけだ。そりゃ仲直りの仕方がわからなくて当然だわな」

 蔵人は遜の言葉に気を引かれ、

「仲直りに、決まったやり方なんて、あるのか?」

と言い、寝返りを打って遜へ向いた。

 遜は言った。

「万人に共通する仲直りの仕方はない。人は色々な方法で、仲直りするしな。どちらか一方が謝り倒したり、互いにちょっとした贈り物をしたり、様々だ。

 だが、この二人はこうして仲直りしている、あの二人はああやって仲直りしている、というように、二人の間でだけ決まった仲直りの仕方は存在する。俺が見てきただけでも、知り合いの夫婦、仲間同士、友人なんかで、それぞれいつも決まった仲直り方法があった。

 お前ら二人も、長い友人なら、決まった仲直りの作法を決めておいてもいいんじゃないか?」

 年長者として、遜は蔵人に諭した。遜の話を聞いた蔵人は、寝床から起き上がって座り、

「仲直りの作法、か。確かに、その通りだ。遜は色々な事を知っているんだな」

 遜は立ったまま、肩をすくめて苦笑した。

「まあ、こう見えてもお前たちよりは年長だからな。人生経験は多少はある。二人からしたって、自分たちより一〇以上歳上の人間が、自分たちより幼かったら嫌だろ?」

 遜の語り方に、蔵人は笑いを堪えきれなかった。

「なるほど。そりゃそうだ。遜が俺より幼稚じゃ、格好悪いよな。

 ありがとう、遜。サムとは、ちゃんと仲直りするよ」

 蔵人が緊張を解き、場が和んだ。

 しかし、その直後に轟音が遠方から響いた。

「な、なんだ?」

 戸惑う遜に対し、蔵人は己の剣を持って駆け出していた。



 作戦会議の後に、己の天幕に戻ろうとしたサムは、ローランドに呼び止められた。

「サム殿、少しよろしいか?」

 皇帝の天幕内での会話である。サムは短い話と考え、

「なんでしょう?」

と、立ち止まって答えた。しかしローランドは、

「ここは陛下の天幕故、長話には向かぬ。外に出て、飛行魔法で離れてから話したい」

 サムは可能な限り平静さを装い、

「承知致しました」

 そう言ってローランドの後に続いて皇帝の天幕を出た。

 そして、二名は魔法で宙に浮き上がり、およそ三〇尺ほどの高空に達した。

 ローランドは言う。

「ここなら、邪魔が入る事もない。ゆっくり会話ができるというもの」

 その言葉に対し、サムは静かに応えた。

「死の魔法使い、魔王ノルアスについての会話もですか?」

 サムの言に、ローランドは目を丸くして驚いた。

「ほう……気づいていたのか。私が魔王様の配下であると。流石は魔王様が勧誘したがるわけだ」

 サムの目は、臨戦態勢の獣同然の鋭さを帯びていた。

「僕でなくとも、魔法使いなら誰でも気づくと思いますよ。そんなに死の気配が垂れ流しでは、宣伝しながら歩いているようなものです」

 未熟さを指摘され、ローランドは怒りの感情をにじませた。

「ふん、言ってくれるな。魔王様の素晴らしさもわからぬ、凡庸な魔法使いめが」

 ローランドは吐き捨てるように言ったが、サムはいたって冷静だった。

「魔王は、それほどあなたにとっては魅力的な存在ですか?」

 ローランドはそう問われて、魔王を讃える言葉を口にした。

「魔王様こそ、この世で空前絶後、唯一無二の魔法使いであらせられる。かつて四大魔法使いが四人の総力をかけねばならなかったのも頷けるというものだ」

 サムはさらに問いかけた。

「何故、あなたほどの魔法使いが魔王に加担するのですか?」

 ローランドの賛美は続いた。

「つくづく悲しいかな、魔王様の偉大さが理解できぬとは。魔王様は死せる生命は不完全とお考えになり、永遠に生きられる方法を模索なさった。そして、死後に復活する魔法を編み出され、万人を死の恐怖から解放する道を辿られた。

 私も当初は、魔王様の偉大さを理解しない愚かな魔法使いの一人であった。しかし、魔王城に単身乗り込んで、魔王様の魔法の虜となった。その魔法の素晴らしさは、筆舌に尽くしがたい。魔王様に死の接吻を賜り、死の魔法を操れるようになってこの国にやってきたのだ。

 魔王様はどういうわけか、そなたをご存知だ。今からでも遅くはない。我らが魔王様の手足となれば、この世から死を駆逐し、死後も永遠に生きられる者たちの世界が完成する。

 さあ、魔法使いサムよ、我らの一員となられよ」

 興奮するローランドに対し、サムは冷静なままで首を横に振った。

「僕は魔王の配下にはなりません。僕の友も、僕の立場なら同じように言ったでしょう」

 サムが拒絶すると、ローランドは殺意剥き出しで告げた。

「ならば致し方ない。滅びよ、愚かな魔法使いの一人として」

 ローランドはサムに向けて魔法を放ち、爆発を起こした。サムは吹っ飛ばされたが、魔力を込めた外套のお陰で、全く痛手を負わなかった。



 高空から吹っ飛ばされる事数百尺。サムは帝国軍野営地の外に着地した。それを追ってきたローランドも、サムから一〇歩余りの距離に立った。

「流石、魔王様が欲しがる逸材。あの爆発で無傷とは」

 自信たっぷりのローランドに、サムは冷徹に攻撃魔法を放った。風魔法を一点に集中させ、ローランドの外套の上から叩きつけたのだ。

「がはっ……」

 胸に痛みを覚えたローランドは、息苦しそうに呻いた。サムの見立て通り、魔法使いとしての力量には明確な差があった。

 二名とも、魔力を込めた外套で防御を固め、魔力の種を仕込んだ杖を用いて攻撃する。魔法使いなら一般的な戦闘の様態だ。

 しかし、魔力結晶を生地の裏に敷き詰めた外套の防御力が、サムとローランドの決定的な力量差を表している。魔法の爆発を受けても、サムの外套からは魔力の種が一つも失われなかった。他方、サムがローランドに放った風魔法は、外套を貫いてローランドに痛手を負わせた。

 サムは多数の風を固まりのように操り、顔色一つ変えずローランドの外套を切り刻んだ。苦痛の余り、ローランドは血を流しながら座り込み、杖を地面に突き立てて倒れるのを防いだ。

 サムは言った。

「僕としては、無用な殺生は避けたいところです。そろそろ降参しませんか?」

 ローランドが何か言ったようだが、サムの耳には届かない。サムは自分の周囲に一〇個ほどの風の固まりを作り、改めて尋ねた。

「ローランドさん、降参しますか?殺されますか?」

 しかし、ローランドは不敵に笑って叫んだ。

「出でよ、無念に散った死者たちよ!」

 その一言で、サムを取り囲むように二〇体以上の死者が出現した。皆兵装に身を包んでいる。

 サムが驚く間に、ローランドは勝ち誇った。

「油断したな、サム!言ったろう?私は死の接吻を授かったと。死者を操る魔法も、この通りだ!ましてやここは古戦場。死者の怨念にあふれている!」

 取り囲まれたサムは、風の固まりを死者たちの首にぶつけ、切断していった。しかし、作っていた風の固まりを使い尽くした時に、弓兵がこちらに狙いを定めているのに気づいた。

 月光を浴びて、鏃がきらめく。

 ――――まずい。

 そう思ったサムは走馬灯を見るような錯覚を覚えるほど、死を身近に感じた。一瞬のうちに、後悔する事が山のように浮かんでは消えた。

 最初の一撃で、首をはねていれば――――

 一人で戦わず、蔵人たちと共に戦っていれば――――

 いやそもそも、蔵人と喧嘩していなければ――――

 様々な思いが去来する中で、サムは涙を流していた。

(ごめん、蔵人……)

 これで最期と思い、サムは思わず目を閉じていた。

 しかし、矢が放たれる事はなかった。



 サムが目を閉じたのと同時に、

「サム!」

 蔵人が弓兵の死者の首をはねていた。矢は明後日の方向へと飛んで消えた。

 サムは我に返って、

「蔵人!どうして?」

と尋ねていた。蔵人は言った。

「死者は任せろ。そのいけ好かない魔法使いには、サムが引導を渡してやれ!」

 蔵人に勇気づけられ、サムは再度ローランドと対峙した。満身創痍の上、蘇らせた死者も倒され、ローランドに最早打つ手はなかった。

「くそ……何故、私が……」

 慚愧の念を吐くローランドに、サムは言った。

「死は恐ろしいものだ。それに抗う気持ちもわかる。しかし、死そのものは自然が万物に与えた摂理。生者の世界に、死者が介入する事は、あってはならない!」

 サムは風の固まり一〇個を一点に集中させ、ローランドの首に叩きつけた。次の瞬間、ローランドの頭は身体と離れていた。

 首が転がった後も、ローランドは意識を保ち、ぶつぶつと怨念を呟いている。

 サムには、ローランドが魔王と繋がりがあるのは初めからわかっていた。これまでの魔力の中継役同様、魔力の力線が、海外から伸びているのに気づいていたからである。最初の邂逅の時点から、実力には厳然とした優劣があった。ローランドが全く気づいていなかったのが、滑稽なほどの。

 サムがローランドを討った事で、蘇った死者も霧散した。蔵人を慌てて追ってきた遜は、

「ありゃ、おれが来るまでもなかったか……」

と言って悔しがった。

 戦闘が終わると、サムは蔵人に面と向かって立ちすくんだ。

「えっと、その……なんて言えばいいのか……」

 言葉を選んでいたサムに、蔵人は真っ直ぐ近づき、

「馬鹿野郎!」

 そう言ってサムを抱きしめた。小柄なサムに合わせ、立膝の格好である。

 蔵人は、抱きしめたサムの耳元で叫んだ。

「悪かった!サムを疑って悪かった!ごめん!本当にごめん!でも、次からは一人で戦おうとするな!サムに万一の事があったら、俺は、俺は……」

 蔵人の涙の訴えに、サムも落涙して応えた。

「僕こそごめん!一人で無茶をして、悪かった!誤解を招く真似は、今後しないようにする!本当にごめん、蔵人!」

 涙して抱き合う青年二人を残し、遜はローランドの首を持って、静かにその場を後にした。

「サム……サム……」

「蔵人……蔵人……」

 二人は嗚咽を漏らしながら、互いの名を呼び合い、強く抱き合っていた。風に吹かれながら、月光を浴びて、いつまでも、いつまでも。



 蔵人とサムは泣き止むと、笑顔を交わして野営地へと戻った。野営地入口ではローランドの首を持った遜が、衛兵と口論になっていた。といっても、互いの言語がわからないため、厳密には喚き合うばかりである。

 二人が戻った時、遜は辟易した様子だった。

「おい、蔵人、サム、どうにかしてくれ」

 助け舟を求めて縋る遜に、サムが衛兵に説明した。衛兵はサムの顔なら見知っていたらしく、蔵人も遜も連れて中に入る事を許した。

 三名はローランドの生首と共に、皇帝の天幕に向かった。野営地内は上空での爆発を巡り、皆が騒然としていた。ざわめきの中を、三名だけは冷静に進んだ。

 皇帝は天幕の中にいるらしい。親衛隊までがあたふたして、皇帝の天幕の前には誰もいなかった。

 仕方なく、三名は天幕の外から挨拶した。

「魔法使いサム、皇帝陛下へ火急の奏上があり、参上致しました」

 中からは親衛隊長の声が、

「入れ」

とだけ返ってきた。三名は滑らかな布地をかき分け、天幕内へと入った。

 中には皇帝と小姓の他には、親衛隊長しかいなかった。どうやら指揮系統も混乱状態らしい。

 三名は皇帝アバスの姿を認めると、右腕を前に伸ばし、

「皇帝万歳」

と言って敬礼した。皇帝は作戦会議の場となっている部屋で、卓の傍に立っていた。

 親衛隊長が何か言おうとしたが、皇帝が先に言葉を発した。

「ローランドの件だな?」

 三名は驚いて目を丸くしたが、皇帝は続けて言った。

「およそ、サム、そなたを仲間に引き入れようとして、失敗したといったところか。ローランドはどうした?」

 サムは面食らいつつ、遜を見た。遜は右手に持つローランドの首を掲げた。

 親衛隊長や小姓は絶句していた。しかし皇帝は冷静だった。

 ローランドは生首になった状態で、皇帝に助け舟を求める声を上げた。

「陛下……小奴らが、陛下に危害を……私めはそれを阻止、しようと……どうか、お助けを……」

 皇帝は苦々しい顔つきで、

「たわけが。生首だけになって喋れる人間がどこにいる。いっそ死んだふりをしていれば、我を騙せた可能性もあろうに」

 もっともな言を口にしていた。蔵人は思わず声を発していた。

「陛下は、全てお見通しだったのですか?」

 皇帝は三名を順々に見ながら話した。

「これでも帝国を双肩にする主、人を見る目くらいはあるつもりだ。ローランドが邪な企みで近づいてきたのはわかっていた。だから傍に置き、監視していたのだ。此奴がいるうちは、死者も比較的おとなしかった。寝首をかかれる恐れと、帝国の安寧を天秤にかけただけの事よ」

 蔵人は故国のしきたりで跪いた。

「我が故国では、年長者には跪いて挨拶するのが儀礼というもの。陛下のご慧眼に、故国の習いでご挨拶させていただきたい」

 皇帝は言った。

「堅苦しくなくて良い。おい、我の椅子と、この勇者たち三名の椅子を持ってこい。皆が混乱しているうちに、そなたたちからは聞ける事は全て聞いておきたい」

 皇帝の命で椅子が用意され、三名は夜長に長話をする事になった。しかも相手は皇帝である。

 三名は、戦場とはまた別の緊張を味わう羽目になった。サムを中心として進む話に、皇帝は熱心に耳を傾けた。たまたま戻ってきた親衛隊副隊長に命じて、他の兵たちの立ち入りを禁じてまで、であった。

この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。


最後まで御読みくださりありがとうございます。

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