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剣の勇者  作者: 坂木陽介
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第二三章 疑惑

 金色の都を出て、最初の夜を迎えた。総勢二万の軍勢が寝泊まり出来るよう、平野に広い野営地が作られた。皆天幕を張っているが、皇帝の天幕は豪奢の権化だった。紅の布地を、きらびやかな柱が支えている。

 蔵人たちは、皇帝の天幕のすぐ隣に陣取る事を許された。食事も豪華であり、皇帝の食事で使った野菜や肉の木っ端を使った物があてがわれた。

「やれやれ、豪華なのはいいが、おれは貧乏性だから、かえって窮屈だ」

 遜は夕食の最中、そうこぼした。

 三名は自分たちの天幕で食事を終えると、食器返却に、皇帝の天幕を訪れた。天幕の入口は、左右に親衛隊が槍を携えて固めていた。

「魔法使い、サム・ラッセルが一行です。お借りした食器を返しに参りました。それと、陛下お付の魔法使い、ローランド殿との話し合いのお約束がございます。我ら三名を中に入れていただきたい」

 衛兵はすぐに、

「話は伺っている。入られよ」

 そう言って三名を天幕内へと入れた。

 天幕内は、外見よりもさらに豪奢であった。太い支柱は金色に、細い支柱は銀色に装飾され、天井からは明かりが下がっていた。昼間のような明るさであり、宵闇に目が慣れていた三名は目を白黒させた。

 皇帝の天幕は何室にも区切られているらしい。三名が入ってすぐの間は、作戦会議を行う場のようである。軍司令官や卓上に広げられた地図が目立った。

「サム・ラッセルと他二名、ローランド殿の召喚に応じ、参上致しました」

 サムがそう言うと、皇帝お付の小姓が近づいてきた。中性的で、女性と見紛うほどである。

「陛下がお出で遊ばすまで、今しばらくお待ちください。食器はこちらで片付けます」

 小姓は蔵人が持っていた食器を受け取ると、そそくさと奥の間へと消えた。小姓の外見に驚く遜は、

「今の、男、だよな?」

と、思わず声に出していた。サムは邑の言葉、それも小声で、

「あー……多分、皇帝の身の回りの世話をしているんだと思う。場合によっては、夜の相手もしているんじゃないかな」

 そう説明した。遜は目を白黒させて、

「皇帝は男色家なのか?」

 声を潜めて、邑の言葉でさらに尋ねた。サムはそれに答えて、

「いや、男も女も、両方とも抱いていると思うよ。この地方では、そういう趣味の王様って珍しくないから」

と言った。

「はぁ……偉い人の趣味はわからねぇな」

 そう言う遜に、蔵人も同意して首を縦に振った。

 しばらく三名が待っていると、

「皇帝陛下のおなりである」

 小姓の一人がそう告げると、正装の皇帝がマントを翻して現れた。その場にいた全員は、腕を前方に伸ばす敬礼をして迎えた。皇帝のすぐ後には、ローランドの姿もあった。



 作戦会議は皇帝の激励で幕を開けた。

「諸君、これまでよく戦ってくれた。これで主だった死者の軍勢は壊滅し、平和が到来するであろう。この皇帝アバス、礼を言うぞ」

 皇帝が言い終えると、皆が敬礼し、

「皇帝陛下、万歳!」

と斉唱した。蔵人たちも真似をしたが、言葉の理解が覚束ない遜は慌てて合わせた。

 しかし、歓喜の声が収まると、ローランドが進言した。

「恐れながら陛下、その事について、申し上げたい事がございます」

「何じゃ?申してみよ」

 皇帝が促すと、ローランドはさらに、

「サム、そなたたちがいた国での事をお話しいただきたい」

とサムに促した。サムは礼節に則り、話し始めた。

「皇帝陛下、恐れながら、不肖ラッセルが申し上げます。

 我ら三名は、異国で死者の掃討に成功しました。マウリーア帝国に及ばぬ小国ながら、その際に得られた知見をお聞き願います。

 先だって陛下は、死者の軍勢と仰いました。そのものたちは、統率の取れた、生身の人間と変わらぬ能力の死者たちであったのだと愚考致します。しかし、死者は魔王から魔力を送られ、活動しております。魔力供給の中継役となっている存在が、どこかにいるのです」

 サムの発言に、その場にいた多くの者がどよめいた。

 皇帝は冷静に、尚もサムに問うた。

「では、その中継役を倒さぬ限り、死者の横暴は治まらんのか?」

 サムは畏まり、さらに言葉を続けた。

「左様でございます。

 また、死者は魔力供給が途切れ途切れになると、肉体が腐敗した状態になります。本日、陛下の御前で、こちらに控える結城蔵人が討ち取った死者は、腐敗した死者でした。奴らは動きも遅く、兵士が正面から戦うには脅威とはなり得ません。

 しかし、不意打ちなどで負傷させられると厄介でございます。腐敗した肉体から、蛆や毒が移り、首などを噛みつかれようものなら致命傷になりかねません」

 作戦会議は、サムの言葉でどよめきが支配するようになった。狼狽する者、しかめっ面になる者、様々である。

 しかし、皇帝は微動だにせず一喝した。

「うろたえるな!」

 皇帝の言葉に、一同は静まりかえった。皇帝は、

「新たな情報が得られたという事は、それだけ対策を練る手立てができるというものだ。軍を率いて、兵を指揮する者たちがそのようでは、軍勢が崩壊しかねん!

 また、今の話からすれば、不意打ちに用心すれば恐れるに足らん!各人、兵士たちに事を伝え、明日からの行軍に気を配れ。

 我らはひとまず帝都に戻る。その方針に変更はない!しかし、もし行軍途中で死者を見つければ、一体残らず打倒するまで!」

 皇帝は抜剣して高く掲げ、

「マウリーア帝国に幸いあれ!」

 そう宣言した。それを聞いた全員が、またも敬礼して、

「マウリーア帝国に幸いあれ!」

 そう斉唱した。

 斉唱しつつ、蔵人は不意に悪寒を感じた。敬礼したまま目を動かすと、源は魔法使いのローランドらしかった。

 だが何故そんな事を感じたのか、蔵人はわからなかった。



 翌朝、野営地の天幕は畳まれ、帝都への行軍が再開された。蔵人ら三名は、皇帝の傍で馬上の人となっている。サムは皇帝の背後で、ローランドと議論を交わしていた。

「ローランド殿は、陛下お付の魔法使いとなって長いのですか?」

「いえいえ、まだこの帝国に仕えて、一年余りしか経っていません。しかし、こうして陛下に重用され、感謝の極みです」

 ローランドは皇帝アバスにも聞こえるよう、世辞を交えて話している。

 サムとローランドには、一〇年ほどの年齢差がある。サムは青年の入口だが、ローランドは遜と変わらない年齢だった。にもかかわらず、話題が尽きず会話が続いているのは、同じ魔法使いという特殊な技能者だからかもしれない。蔵人は二人の様子を背後から見つめ、様子を窺っていた。

「おい、ちょっといいか、蔵人?」

 蔵人は驚いて遜を振り返った。この地の言葉で、蔵人に呼びかけたからである。蔵人はこの地の言葉に、この地の言葉で答えた。

「遜?この地の言葉が話せるの?」

 しかし蔵人がそう言うと、遜は邑の言語で言った。

「あ、すまん。やっぱりこの土地の言語での会話は無理だ」

 その言葉に、蔵人も邑の言語で、

「無理しなくていいだろ。なんでまたそんな真似を?」

と尋ねた。遜は苦笑しながら肩をすくめ、

「なに、言語習得も、旅をする以上は必要かと思ったが、どうも駄目だ。蔵人も、あと一〇年したら新しい事が段々覚えられなくなるぞ」

 そう述べた。蔵人には脅しに聞こえる部分もあったが、それは聞き流した。

 改めて、遜は邑の言語で話し始めた。

「蔵人、サムを取られて、また妬いているのか?」

 からかい混じりの言葉だったが、言った当人の顔つきは真剣である。それにつられて、蔵人も真面目に話した。

「妬いている、というか、妙な感じがしたんだよな」

「妙な感じ?」

 問い返した遜に、蔵人は続けたが、

「こんな事言うと、変というか、考え過ぎな気もするんだが……」

と、どうにも歯切れの悪い言葉が連なる。

 その言葉を聞いた遜は言った。

「蔵人、お前の直感や考えは、まず間違いないとみていい。どんな些細な事でもいい。話してみろ」

 遜の言葉に蔵人は勇気づけられ、話し始めた。

「俺らの前の魔法使いなんだけど、見てるとどうにも嫌な、悪寒、嫌悪感を覚えるんだ。一年余りの期間で、皇帝に重用されるまでに上り詰めたのも妙だ。これは、俺が妬いているからなのか?」

 まさかローランドの名前を出す訳にはいかず、「前の魔法使い」としか表現できなかった。しかし、遜には伝わった。

「なるほどな。それは、蔵人が妬いているとか、そういう事とは関係ない。お前の勘は確かだし、一年で皇帝お付の立場を得たのも出来過ぎだ。あの魔法使い、何かあるぞ。

 夜にでも、サムを交えて話し合う必要があるな。昼間は誰に聞かれているかもわからないから、夜にでも話そう」

 蔵人は強く頷き、友とローランドの会話に聞き耳を立てながら行軍を続けた。



 その夜、野営地にて、蔵人らは再び皇帝の天幕にいた。幸い今日は死者に出くわす事もなく、平穏無事な行軍であった。歩兵を引き連れての行軍故に、帝都までは五日から七日の道のりになるらしい。

 簡単な行軍路の確認を終えて、その日の作戦会議は終わり、各々が自分の天幕に戻った。皇帝の傍の天幕に戻った三名は、早速話し合いを始めた。三名は明かりを囲んで地に座り、顔を突き合わせている。

「話があるって事だけど、改まってどうしたのさ?」

 サムが言うと、開口一番に蔵人は、直に問い質した。

「なあ、サム。あのローランドって魔法使いは、信用できるのか?」

 直球の質問に、サムは目を白黒させた。遜も茶化すような真似はせず、真剣な眼差しでサムを見ている。

 二人の真剣な目線に、サムは苦笑した。

「どうしたのさ、二人揃って?」

 しかし、蔵人の目は険しいままである。

「俺は本気で聞いているんだ。あのローランドは、どうも信用の置けない、不審な点の多い魔法使いだ。それに、魔法使いと名乗るが、まだ一度も魔法を行使している様を見ていない。

 もう一度聞く。サム、ローランドは信用できる魔法使いなのか?」

 友の険しい視線、仲間の真剣な眼差し、双方からサムは問われていた。

 サムは二人の疑義を、一笑に付した。

「嫌だな、二人とも。僕は怪しい人と、仲良くお喋りなんかしないよ。

 それに、あのローランドって魔法使いは、元は僕の師匠同様、旅の魔法使いで、自分の魔法の後継者を探していたんだってさ。皇帝に仕えるようになったのも、帝国内で広く人材を見るためらしいよ。

 重用されるようになったのは、死者の乱が起こってかららしい。宮廷に誰も状況を説明できる人がいなくて、皇帝に、魔法使いにのみ伝わる伝承を述べた。以降は皇帝のお付となって、死者との戦に駆り出されているんだってさ」

 サムの説明には、筋が通った説得力があった。その言葉に、疑いを持つ余地はない。しかし蔵人は、己の勘をどうしても捨て置けなかった。

「……サムの言う事は、確かにその通りだと思う。でも、あのローランドを見ていると、どうも悪寒や嫌悪感を覚えるんだ。

 正直、サムの説明の説得力と、俺の勘の間で、揺れている。これは、俺が悪いのか?」

 蔵人は自らの思うところを述べた。板挟みに遭い、苦しい胸の内を吐露した。

 それに対し、サムは不服だと言わんばかりの言葉を発した。

「ひどいな、蔵人。僕が騙されているっていうのか?」

 サムがそう言うと、蔵人は激昂した。

「なっ、そんな言い方はないだろ!サムが俺の言葉より、ローランドの言葉を優先するなら、もういい!」

 蔵人は立ち上がり、怒り心頭で天幕を出ていった。

「全く!蔵人も自分勝手だな!」

 サムも最早かけるべき言葉は無いといった体で、追いかけるような真似はしなかった。さっさと杖を置き、寝床にくるまった。

 三名の中で、年長である遜は、あえて明かりの傍に座ったまま黙していた。そして、一人で一つの結論を得ていた。



 喧嘩した二人は、翌日も会話を交わさなかった。協力して天幕を畳む際も、黙々と作業をこなし、軽くぶつかっても謝罪したり、謝罪を求める事すらなかった。

 二人が唯一声を発したのは、

「遜」

「遜」

と、二人揃って遜に声をかけた時だけである。その際も声が揃った気まずさから、それ以上言葉を口にせず、黙り込んでしまう始末である。

 遜は肩をすくめ、二人がそれ以上ぶつかり合わないか、注視するに留めた。

 野営地を畳み、全軍は並んで出立した。馬に揺られる皇帝の背後に、同じく馬上の人となってサムやローランド、蔵人と遜が続く。

 サムはひたすらローランドと会話を重ね、蔵人は黙り込んでいた。ローランドを巡っての喧嘩の余波は、未だに尾を引いている。遜は二人の様子を観察し、思考していたが、下手に仲直りを手伝う事はしなかった。

 遜は隣を行く蔵人に声をかけた。

「なあ、蔵人、おかしいと思わないか?」

 蔵人は不機嫌さを露わにしつつ、

「何が?」

 問い返した。遜は言う。

「この行軍中、全くと言っていいほど死者に遭遇していない。森や山道といった場所を通過しているのに、だ」

 蔵人はすぐに戦略・戦術の徒としての思考を取り戻した。そして真面目に、遜に同意した。

「確かに……遜の言う通りだ。俺たちが行軍に加わってから、死者に出会ったのは最初の一度きり。あとは目撃さえ聞かれない」

 この行軍自体への疑問を、口にしていた。

「この行軍が奇妙なのか……それともこの国で起きている事が特殊なのか……」

 蔵人はその両方の可能性を測りにかけ、考えを巡らせた。喧嘩による不機嫌さは脇に置き、大局を見据えられる――――それは蔵人の長所である。

 蔵人と遜がこの行軍の奇妙な点について話している間、サムはローランドと会話しつつも、二名の会話に聞き耳を立てていた。

(蔵人には悪い事しちゃったよな……でも、魔力による監視がされている中で、迂闊な事は言えないし……)

 サムは、何も無用な事で蔵人と喧嘩したわけではない。現況へ対処する方法を考えていて、蔵人と仲違いしたのだ。サムにはサムの考えがあった。

(もし、この危機を乗り越えられたら、蔵人には謝らないとな)

 そんな風に考えていると、

「サム殿?どうかなされたか?」

 ローランドが不思議そうにサムを見てきた。サムは慌てて、

「いえ、問題ありません」

 そう言い繕ってローランドとの会話を再開した。

 様々な思いが交錯しながら、行軍は続いていった。

この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。


最後まで御読みくださりありがとうございます。

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