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剣の勇者  作者: 坂木陽介
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第二二章 魔法使いとの出会い

 マウリーア帝国は、周囲に八つの従属国を持つ帝国である。帝国の帝国たる所以は、一国の支配だけでなく、自国以外をも影響下に置き、支配する点にある。帝国の宗主国が君主政だろうが共和政だろうが、帝国である条件とは無関係だ。

 マウリーア帝国は従属国も含めると大陸の三割強を占めている。建国されてまだ百年ほどしか経っておらず、クローヴィス王国や曙王国に比べれば歴史は浅い。しかし国家の「若さ」を保持する、成長途中の国だった。

 蔵人たちは馬を走らせる事一〇日余りで、従属国の一つであるマジャ王国に踏み入った。マジャ王国は王政を敷き、金融業が盛んで豊かな国である。

「マジャ王国内にはとっくに入っていると思うけど――――」

 森林と川に挟まれた隘路を、馬を歩かせながらサムは疑問を口にした。

 妙に感じているのはサムだけではない。蔵人が言う。

「妙だな……死者の気配もないし、一昨日あたりから死者に出会っていない」

 遜も同感らしく、

「ああ。こりゃ、マジャ王国か、マウリーア帝国全体かはわからねぇが、何かしら、おれらの国やクローヴィス王国とは違う状態にあるのは間違いない」

と考察を口にした。

 三名が疑問に思っていると、隘路が開け、崖上の傍に出た。数里に渡る広大な川の流域のただ中に、マジャ王国の王都、トパヒが目に入った。周囲は森林の少ない、広大な平野である。

「まあ、王都に行って様子を探ってみるしかないな。観察はするから、難しい謎解きや情報の整理は、サム、任せた。蔵人と二人で悩んでくれ」

 遜が笑いながら言うと、蔵人がサムに先んじて、

「そこ〜、年長者としての責務は〜?」

 遜に注文を付けた。遜は悪びれもせずに答えた。

「まあ、半分は冗談だ。もっとも、戦略・戦術以外の事なら、サムのが考えるのは得意だろ?それに、魔法に関してはおれも蔵人も素人だ。なら、サムに任せるのが効率的で効果的だ」

 ふざけているのかと疑った青年二人は、真面目に考えを巡らせた結果の判断に驚き、納得していた。

 三名はあれこれ雑談しながら、王都へと馬を向けた。サム曰く、

「マジャ王国は富にあふれた国だ。金山があったり、金融業が盛んだったりで、帝国内で最も豊かな財政をしている。二人とも、王都を見たら驚くと思うよ」

との事である。蔵人が、

「驚くって、何かあるのか、あの王都に?」

 そう尋ねても、

「それは見てのお楽しみかな」

 サムははぐらかし、答えを避けた。残りの二名は、目を合わせて肩をすくめるしかなかった。遠目からでも都が輝いて見えるのが、答えの手がかりになっているとも知らず。



 王都の城門が間近に見えてくると、蔵人と遜は目を見張った。

「金、だよな?」

「ああ、どう見ても、金箔で覆われているとしか思えねぇ」

 高さ一〇尺余りの門扉の左右には、尖塔が天を突くようにそびえている。そして、尖塔の屋根部分は金で覆われていたのだ。

「これで驚いていたら、街中を歩けないよ、お二人さん」

 サムは得意げにそう言った。城門の出入りは自由らしく、三名は馬をゆっくり進めた。

 サムの言の通り、街中を進むと蔵人と遜は驚嘆せずにいられなかった。街中の建物のあちこちには金があしらわれ、日を浴びて黄金色に輝いている。

「これは、何と表現したらいいのか――――」

「あぁ、言葉にできねぇ」

 蔵人も遜も、大量の黄金に目が眩む思いを味わった。金張りの屋根などを見上げる二名に、サムは説明した。

「もともと、王都トパヒは馬で一日の距離に金山があるんだ。そこから生み出される富が破格でね。それに、半世紀前にマウリーア帝国の傘下となってからは、軍の所有を禁じられ、民が金融業に精を出すようになった。その結果がこれさ。一説には、マウリーア帝国の富の半分近くを、マジャ王国が保有しているらしいよ」

 サムの説明に、二名は納得せざるを得なかった。眼前の光景が、途方もない説得力を持っている。黄金の都、幻の黄金郷などととも評されるマジャ王国王都トパヒは、その聞こえに偽りない威容を誇る。

 驚くばかりで絶句している二人に、サムは言った。

「ほらほら、よそ見して馬を御する事を忘れないでね。宿を見つけたら、馬を繋いで、調査を開始しよう」

 そう言われた二名だが、

「あ、あぁ……」

「おう……」

 完全に上の空である。

 富の誇示も、想像を超える規模になると、嫌味など全く感じさせない。見る者はただただ驚愕するしかなくなるのだ。これだけの量の黄金になると、下手な盗人も目を奪われるばかりで、強引に自分の物にしようという考えが失せるだろう。

 三名はサムの先導で、石畳の敷かれた大通りから土の露わな裏通りに入った。日が陰り、黄金色の洪水から解放されると、二名は正気を取り戻した、かに見えた。

「いやぁ、びっくりした」

「本当にな。おっさんには心臓に悪いくらいだぜ」

 嘆息して落ち着きを取り戻した二名に、サムは意地悪く上を指しながら、

「二人とも、建物の屋根を見てよ」

と言った。蔵人と遜が見上げると、日に照らされていないだけで、建物の屋根は変わらず金一色だった。

 それを目にした二名は再び驚き、

「こんな通りの建物まで?」

「まじかよ……」

と、こぼして、またも絶句する有様だった。



 三名は無事宿を見つけ、馬を繋いで路上に出た。

「いやもう、驚くだけで疲れたよ」

「これで疲労してたら、蔵人、一〇年後には歩けなくなるぞ。今のおれがそうだ」

 サムはげんなりしている二名を、微笑ましく見守った。

「まあ、曙王国への旅の途中、僕もここに初めて立ち寄った時は驚きっ放しだったからね。気持ちはわかるよ」

 サムの言葉に、蔵人は、

「――――って事はサム!自分だけ知っていて、謀ったな?」

と、恨み節を吐いた。食ってかかってきそうな蔵人に、サムは、

「ごめん、ごめん。でも、悪く捉えないでほしいんだ。世界は広くて、こんな想像もつかない場所があるって事を、特に蔵人には知ってもらいたくてね」

 そう真意を伝えた。サムの真意を知った蔵人だが、一つ疑問が生まれた。

「そう気遣ってくれるのは嬉しいけど、なんでそこまでしてくれるんだ?」

 蔵人の言葉に、サムは言った。

「だって、僕らは友達じゃないか」

 友誼、友情、それらに象徴される配慮に、

「そうか。ありがとう、サム」

 蔵人は心からの感謝を伝えた。二人は少しの間、笑顔で見つめ合った。

 しかし、突然大声が通りに響いた。

「マウリーア帝国皇帝が来るぞ!」

 その一声に、通りに出ていた人は勿論、建物の二階、三階にいた人までが窓を開けた。どうやらマジャ王国を訪れていた皇帝が大通りを通って帝都に帰還するらしい。

「おれたちも行ってみるか」

 遜の言葉に、二人は頷いた。

 路地を駆け抜け、三名は石畳が敷かれ、黄金の洪水に満ちた通りに出た。人々はもの珍しさに集まり、道の中央を開け、両脇に跪いて皇帝の通過を待っている。

 やがて、跪く人々の列の中を、皇帝一行が姿を見せた。馬上の一行で、先頭に皇帝と思しき人物がいた。豊かな灰色の顎髭に、金色の王冠、深紅のマントをまとっている。馬までが、豪奢に飾り立てられていた。

 そのすぐ後ろに、サムと似た格好の男がいた。外套に複雑な模様が施され、背に大きな杖を背負っている。杖は直線状の木製で、先端には魔力の種らしき宝玉が多数付いていた。

 それに最初に気づいた蔵人が小声で、

「サム、あの男って、魔法使いじゃないか?」

と尋ねた。サムも伏し目がちに様子を窺うと、蔵人に同意した。

「確かに、魔法使いだね。強い魔力を持っているし、杖には魔力の種もある。外套も魔法使い特有の、防御魔法で覆われている――――」

 サムが言い終える前に、その男は皇帝に呼びかけた。

「陛下、少々お待ちいただけませんか?珍しい事に、列の中に魔法使いがおります故」

 皇帝は馬を止め、

「全軍止まれ!」

と、大声で宣言した。ゆっくり進んでいた馬の隊列は止まった。皇帝に進言した男は馬を降り、蔵人たちに真っ直ぐ近づいてきた。

 跪いたままなので、蔵人たち三名は自然と男を見上げる格好になる。

 男は遜より年長で、茶髪に栗色の瞳をしている。眉間にしわの跡が付いた、やや気難しそうな雰囲気の人物だった。

 男は言った。

「立たれよ。魔法使いと、そのお仲間たちよ」

 その言葉に、三名は立ち上がった。背丈は蔵人と同程度で、長身であった。

 男はサムに尋ねた。

「そなたは魔法使いに相違あるまい?」

 サムは敬語を用いて応答した。

「はっ。お察しの通りでございます。私めはサム・ラッセルと申します。後ろに控えますは、船で異大陸より渡って参りました、結城蔵人、周遜と申します」

 サムの挨拶に、男は言った。

「ほう、異大陸から……我はマウリーア帝国皇帝陛下お付の魔法使い、ローランドと申す。よければ、我々と共に参り、異大陸の事なども教えて欲しい。死者の乱で、この国も乱れておる。情報は少しでも多く欲しいのだ」

 男の申し出に、サムは後ろを振り返り、蔵人と遜に尋ねた。

「皇帝一行に同行して、色々話し合いたいんだけど、いいかな?」

 二名は二つ返事で、

「了解」

と承諾の意を伝えた。それを受けてサムは、

「お申し出、有り難く存じます。陛下のお許しを得られれば、是非とも情報交換致したく存じます」

 ローランドは皇帝に、

「陛下、この異国の魔法使いたちを都まで同行致したく存じますが、よろしいでしょうか?」

と御伺いを立てた。皇帝も二つ返事で、

「よかろう。我輩も情報は欲しているところだ」

 そう答えた。



 蔵人たちは大急ぎで馬を取りに宿に戻り、店主に代金だけ払った。宿泊していないので払い損ではあるものの、宿泊の約束をしていた以上仕方ない出費と割り切った。

 三名はその後、馬上の人となり、皇帝一行の隊列に加わった。黄金の都を出た後は、隊列が少しだけ変わった。皇帝の前に前衛部隊が並び、皇帝周囲は親衛隊が固めている。唐突な死者の襲撃の可能性もあるため、皇帝が無防備に先頭に立つ訳にはいかない。

 蔵人ら三名は、皇帝の背後の隊列に加わった。サムはローランドと馬を並べて、活発に話し合い、情報交換をしていた。

「なんと……ではクローヴィス王国で、死者の掃討が進んでいるというのは本当なのか。しかもその立役者がそなたたちとは」

「僕らは、あくまで敵将を不意打ちで暗殺しただけにございます。それも、計画したのは僕ではありません。後ろにいる、結城蔵人が図った事にございます」

 ローランドは背後の蔵人を振り返った。この大陸の公用語を話せる蔵人は、無論、二人の話している内容もわかっている。

 ローランドは蔵人に言った。

「そなたは真の武人であられるな。それも、伝説上の剣士や皇帝を打倒する手腕には、感嘆を禁じ得ぬ」

 蔵人は肩をすくめ、

「お褒めいただき、光栄です」

 言葉少なに答えた。

 ローランドはサムに向き直り、

「それで、異大陸ではどのような――――」

 サムとの会話を再開した。サムも笑顔で、

「僕らが調べたところ――――」

 ローランドとの会話に応じている。蔵人はその様子を、無表情で見ていた。

 すると、遜が小声で言った。

「蔵人、サムを取られて、嫉妬しているな?」

 蔵人は遜を見て、反論しようと試みた。しかししどろもどろに、

「な、そんな事……いや、あのな……その……」

 まともな文章での返答さえできず、声は尻すぼみになった。遜は笑いながら、サムに聞こえないよう小声で言った。

「まあ、妬くな妬くな。他にどんな人物が出てきても、お前とサムの友情には敵わないさ」

 蔵人は悔しがり、反論しようとはするものの、

「だから妬いてなんか……その……」

 言葉にならず、歯ぎしりしながら馬を進めた。

 突然、

「死者だ!」

との言葉で、蔵人は我に返った。見ると皇帝の傍に、三体の腐敗した死者が物陰から姿を現した。

 蔵人は他の人物が隊形を整えようとする中、一直線に死者へと馬を走らせた。

「貴様!勝手な真似は――――」

 という声が飛びかけた一瞬の間に、蔵人は器用に死者の間を馬で駆け、瞬く間に死者三体共の首をはねていた。

 あまりの鮮やかな出来事に、他の兵たちは憮然として絶句するばかりだった。

 しかし皇帝は騒がず慌てず、

「なんと見事な戦ぶりよ!素晴らしい!」

 貫禄たっぷりに感想を述べた。蔵人は短く、

「恐れ入ります、陛下」

と答えて列に戻った。驚愕から、未だ固まったままの兵士に、皇帝は、

「何をしている!全軍、行軍を再開せよ!」

と檄を飛ばした。

 全軍は改めて、行軍を再開した。目的地はマウリーア帝国の帝都、ヤーリスだった。


この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。


最後まで御読みくださりありがとうございます。

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