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剣の勇者  作者: 坂木陽介
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第二一章 新たな土地へ

「魔王と会った?」

 一夜明け、蔵人ら三名は宮殿前広場で食料調達をしていた。その際の会話で、書庫での出来事を遜に話したのである。遜は詳しく聞いてきた。

「魔王って、どんな奴だった?死を操るってくらいだから、陰気臭い、嫌味な男なのか?」

 遜の想像が、偏見丸出しな事に蔵人とサムは苦笑し合った。

 蔵人が説明した。

「黒髪の長い、妖しい女だったよ。大きな胸で、胸の谷間から、こう……臍まで露出する服を着ていて、顔も整っていたな」

 遜はそれを聞いて、

「なに〜?畜生!おれも見たかったな!綺麗な姉ちゃんなら、是非ともする事したいぜ」

 性的願望を露骨に出して悔しがった。

 サムは言った。

「あの姿を見て欲情する人は、魅了されて魔法で操られるのが落ちだよ。する事する前に、支配下の人形にされる」

 遜は未練がましくも、

「そんな美人なのに、できないのか……しかも支配下にされるって事は、蔵人やサムと敵対するんだろ?……やめやめ。魔王の居住地に辿り着いたら、魔王の相手はお前らに任せて、おれは雑魚の掃討に当たる」

と言って、理性的判断を下した。欲望は隠さないが、事を冷徹に見極める能力があるのは、合理的と言う他ない。

 市場を歩いていると、不意に蔵人は衣を引っ張られた。荷を崩しそうになりながら立ち止まって見下ろすと、小さな男の子が蔵人の服を掴んでいる。

「ねぇねぇ、お兄ちゃんが、敵をやっつけた勇者?」

「え?」

 突拍子もない質問に、蔵人は固まって動けなかった。そして、その質問を聞いた蔵人一行の周囲の人々が、一斉に蔵人を見た。

「ねぇねぇ、勇者?」

 あどけない純真な言葉に、蔵人たちより周囲の大人たちが早く反応した。

「ほ、本当なのかい?噂にはなっていたけど……」

「あの軍勢の大将首を討ったって、話題になっているよ」

「あぁ、この世の救世主様からお金を取ったなんて、あたしったらなんて事を……」

 幾人もの人々に、三名はもみくちゃ状態にされた。

「これも持っていって。ささやかな贈り物だと思って」

「このチーズ、美味いんだよ。どうかな?」

「魚だけど、干してあるから保存食になるよ」

 三名にあれもこれもと捧げ物をするように、品物が次々と渡された。

「いや、あの……もう持てませんから」

「僕らはそんなたいした存在じゃ……」

「ち、ちょっと通してくれ」

 三名は次々と渡される品物を必死に抱えながら、身動きもままならない状態にしばしの間、耐え忍ばねばならなかった。



 三名は身体の重心が崩れそうな大量の荷を抱えながら、広場を歩いた。

「まったく……蔵人、お前の、せいだぞ」

「う、うるせぇ……俺だって、想定していなかったぞ、こんな状況」

「まあまあ……二人とも、喧嘩、しないで」

 三名は必死に姿勢を保ち、朝一番に剣を研ぐよう依頼した鍛冶屋に向かっていた。剣は定期的な手入れが欠かせない。敵を斬り伏せる毎に、刃は鈍り、斬撃の威力はみるみる落ちていく。切れ味を維持しようとすれば、専門家による手入れを頻繁に行うしかなかった。

 三名が歩いていると、宮殿前とは別の広場に出た。鍛冶屋まであと少し、という時に、遜が声を上げた。

「お、おい!なんだ、あれ?裸の子供や姉ちゃんが、並ばされてるぞ!」

 蔵人は顔を動かし、遜が向いている方向へと視線を移した。そこには、広場から一段高くなっている台上に、裸で鎖に繋がれた人々がいた。

「サム、まさか、あれが奴隷、か?」

 蔵人の問いかけにサムは頷いた。

「そうだよ。そうか……二人のいた国には、奴隷制度なんてなかったよね」

 遜が口を挟んだ。

「なんだ?その、奴隷、ってのは?」

 疑問を口にした遜に、サムは答えた。

「人間扱いされない、『物』と同じ扱いをされ、下働きをさせられる存在だ。戦争で捕虜になって奴隷にされる事や、人さらいに遭って奴隷として売られる事で、ああして売買される身分に落とされるんだ」

 遜は初めて聞く事に、言葉がなかった。蔵人は二年間のサムとの交流で、奴隷という単語だけは知っていた。しかしいざ目にすると、不快感から、とても見ていられなかった。

 遜は言った。

「あの姉ちゃんだけでも、俺が買って解放してやれないかな?」

 サムは慌てて止めた。

「駄目だよ!気持ちはわかるけど、奴隷になった人の世話は買い手の義務だ。それに、下手に解放しても、一人で生きられるだけの能力を持たない奴隷も多い。最悪、自分を売りに出して、また奴隷に逆戻りする可能性さえある」

 サムの言に、

「そうか……確かに、無理だな。無理だが……」

 遜は頷きつつも舌打ちした。

 蔵人は歯ぎしりし、視線を背けていた。

「俺は、俺たちは、こんな国を守るために戦ったのか……」

 蔵人が漏らした怒気に、サムは申し訳なくなった。

「ごめん、蔵人……身分格差はあっても、奴隷だけはいない蔵人の国からしたら、野蛮だよね。ごめん、本当に、ごめん」

 サムの頬を悔し涙が伝った。蔵人は言った。

「いや、サムが作った制度じゃないんだから、サムが自分を責める必要はないよ」

 蔵人は両手が塞がっていなければ、サムを抱きしめたかも、と思ったものの――――。

 サムは尚も自分を責め、

「でも、それでも……蔵人に、野蛮な、風習の国のために、命を、懸けさせたのかと、思うと……」

 蔵人は、果実がいくつかこぼれるのも構わず、荷物を地面に置いた。そしてサムの頭を己の胸に抱いた。

「大丈夫だ。俺は命を懸けた事に後悔はない。ただ初めて見る風習に、驚きが大きすぎたんだ。口を滑らせた。俺の方こそ、ごめん、サム」

「うん、ありがとう」

 蔵人とサムの仲直りを見た遜は、あえて二人を急かした。さっさと支度を済ませ、国王の書状を、デュランド伯爵に届ける任を帯びているからだ。

「お二人さんよ、そろそろ行こうぜ」

 二人は元気良く、

「わかった」

「了解」

 各々が返事をして荷を持ち直した。



 市場で貰った品物のうち、持ち切れないものはそっと処分し、蔵人たち三名は再び馬上の人となった。国王には、統率された死者と統率されていない死者、双方の倒し方を献策しておいた。これでクローヴィス王国は再復へと向かうだろう。

 デュランド伯爵の館への道のりは、蔵人とサムはほとんど覚えていなかった。幸いな事に遜がはっきり記憶しており、三名は遜を先頭に馬に鞭を入れた。

「やれやれ、二人とも、おれがいなかったら迷子だぞ?」

 遜は川岸で、裸体で仁王立ちになって言った。

 王都へ向かう際に水浴びした川辺で、三名は裸になって水浴びをしていた。晴れ渡る空の下、穏やかな日差しの下で水を浴びるのは気持ち良かった。

 川辺に座る蔵人は言い訳した。

「いやぁ、俺もサムも、馬を何日も走らせた経験がなくて……行軍中は馬をゆっくり歩かせるし、サムは荷馬車の中で探知の魔法を使っていた事もあったし……」

 遜はわざとらしく、

「言い訳するな!」

 厳しい調子で言い放った。しかしすぐに笑顔になり、

「ま、今後段々と慣れていけばいいさ。それまではおれが支える。年長者なのに、助けてもらってばかりじゃ申し訳が立たねぇ」

 豪快に笑って、垢すりで四肢をこすった。

 蔵人は裸で川辺に座り、水に濡れた髪を木漏れ日に晒していた。隣のサムも同じである。足を伸ばし、くるぶしまでを流水に浸していた。

「でも、蔵人はすごいよ」

 突然のサムの褒め言葉に、蔵人は、

「えぇ?」

 間の抜けた返事をした。サムは言う。

「魔王と向き合った時、剣も持ってないのに、堂々としていた。僕は怖くて震えるばかりだったけど、蔵人の言葉で勇気が持てた。蔵人はただ勇敢なだけじゃない。自分にも他人にも、勇気を与えられる存在なんだ。まさに勇者だよ」

 それを耳にした遜が会話に割って入った。

「そうだったのか……おれみたいに魅了されて従うのでもなく、サムのように怯えるでもなかった……それは、まずできる事じゃない。しかも怯えるサムを鼓舞したのなら、蔵人は単なる剣士の枠には収まらないな。勇者と聞くと勇敢な人物、と思いがちだが、蔵人は自他共に勇気を与えられる――――勇気という言葉の体現者だ」

 遜にまでべた褒めされ、蔵人は苦笑するしかなかった。

「あ、ありがとう、二人とも。勇者の名に恥じぬように、頑張るよ」

 遜は、以前部下に言った事を思い出していた。結城蔵人の中には大勢の平明王がいる、という表現である。

 平明王は父の代で無茶な徴兵が行われ、反乱の兆しが出た王国を鎮め、徴兵人数を制限した。それでいて邑との戦争を優勢に進めていた。小国の王とはいえ、百年に一人の逸材であった。

 しかし蔵人は、千年に一人の逸材なのかもしれない。遜の中には、そんな思いが去来していた。



 デュランド伯爵領に舞い戻った三名は、予想通り冷遇され、領地を追い出される羽目になった。

 謁見の間に通され、三名が跪いていると、大慌てで伯爵が出てきた。しかも玉座に座る事も忘れ、三名の先頭で跪くサムの傍で喚いた。

「ええい!たった三名でとんぼ返りとはいかなる事か!我は陛下に援軍要請を申し出たはずだぞ?」

 唾を飛ばし、当たり散らすような振る舞いに、サムは辟易する内心を抑えて言った。

「それに関しましては、アンジュー陛下より書状と、こちらを賜って参りました」

 サムは封筒と、金貨の入った重い革袋を差し出した。伯爵はどちらもふんだくると、がに股で玉座に鎮座した。

「ふん!確かに陛下の書状だ……どれどれ……」

 三名の眼前で、書状を読み終えた伯爵は、怒り心頭で立ち上がり、真っ赤な顔で狂乱した。

「援軍は寄越せない、代わりにこの代金で傭兵を雇って対処だと?なんという事か!それができたらとっくに実行しているわ!農民も!兵役従者も!死者に怯えるようになって四散して、行方知れずだから援軍を乞い願ったのだ!金銭で解決できる問題ではないわ!」

 書状も革袋もサムの目の前に投げ捨て、伯爵は立ち上がった。そして三名に八つ当たりな言葉をぶつけてきた。

「お主らに頼んだのが、そもそもの間違いだったのかもしれん!もういい!失せろ!お主らの顔を見ているだけで反吐が出そうだ!そんな金貨などくれてやる!」

 退出しようとする伯爵の背に、サムはなるべく遜り、

「伯爵殿下、先に我らに賜りくださった馬は……」

 そう尋ねた。伯爵は立ち止まり、

「馬?そんなに欲しければ、馬の三頭くらいやるわ!ええい!全く……」

 がに股で偉ぶって立ち去る伯爵の後ろ姿に、遜は跪いたまま軽く吹き出していた。笑いを堪え、震えていたのだが、それを観察する蔵人も、伯爵の小物ぶりには噴飯物の思いを味わっていた。

 三名とも、笑いを抑えていたのは同じだった。しばらく跪いたままで、可笑しさが収まるのを待つ三名は、衛兵に、

「何をしている?もう行って問題ないぞ?」

と、声をかけられ、不審がられる始末だった。サムは深呼吸を繰り返した後、

「は、はっ!承知、致しました」

 途切れ途切れに返答した。

 三名はどうにか無表情になり、感情を押し殺して立ち上がった。そして油を差していない機械人形の如き動作で、謁見の間を辞した。

 衛兵の視線は、最後まで不審そうであった。



 伯爵の館の廊下を、三名は馬小屋目指して歩いていた。伯爵の悪口を、邑の言葉で言い合いながら、である。

「いやぁ、伯爵の小物ぶりには参ったな」

 蔵人が言うと、遜はそれを受けて、

「本当にな。しかし、おれがあらかじめ想定していた通りに進んで、良かったろ?」

 そうサムに含み笑いを向けた。サムも笑っている。

「確かに。金貨とか馬とか、投げ捨てる様子なら貰って行こうなんて、よく予想できたね」

 先程のサムと伯爵のやり取りは、遜が想定したものだった。伯爵が怒り、金貨も馬も捨てそうなら、貰えないか提案してみたらどうかと、打ち合わせておいたのだ。

「僕一人だったら絶対思いつかなかったよ」

 そう言うサムに、遜は言った。

「まぁ、これでもお前ら二人よりは年上だからな。戦闘や知識では敵わなくても、ああいうところで役に立たないと、立つ瀬がない」

 それを聞いた蔵人は、

「でも、ワーズを倒した時は、ガウディと互角の勝負をしてたじゃないか?」

と疑問を口にした。遜は答えた。

「あれは計算の結果だ。はっきり言って、あの剣士や蔵人と戦った場合、最終的にはおれが負ける。手裏剣や鎖鎌で誤魔化しながら、時間稼ぎはできるけどな。

 あの時は、ワーズが魔力の中継役だったから、先にそいつを潰せば勝てると思ったのさ。そしておれは剣士ガウディと戦った際、いかに時間を稼ぐか、それだけに集中していた。お前らはおれを褒めてくれるが、蔵人とサムがいなきゃ、そもそも成り立たない作戦だったんだよ」

 遜の言葉に、蔵人もサムも照れ笑いをした。

 三名は歩いて館の外へ出て、馬小屋へと向かって歩いた。馬小屋では、馬丁の老人が三名の愛馬となってくれる馬たちに餌やりをしていた。

「行くのかい?」

 この土地の言葉で、しわがれた声だった。サムが答えた。

「はい。伯爵殿下には、僕らは嫌われちゃいました。馬は頂ける事になっています。それと、これを。僕らから、一人一枚ずつって事で」

 サムはこの国の金貨を三枚、老人の手を取って握らせた。老人は手の中を見ても、特に驚いた様子もなく言った。

「気持ちは嬉しいが、この老体じゃ、明日にもおっ死んじまうかもしれん。そうなったら、この金貨の貰い損になっちまうがの」

 老人は目をぎょろりと動かして、笑ってサムやその背後の蔵人、遜を見た。サムは言った。

「それでも、受け取っていただきたい。僕らの気持ちを無下にするほど、無粋な方とは思えません」

 老人は声を上げて笑った。

「はっはっ、そりゃ受け取るしかないな。三人とも、気をつけてな。旅は長くなるんじゃろう?」

 サムは短く答えた。

「はい、とても」

 サムは答えながら馬に乗った。蔵人と遜は既に乗馬済みである。

「ありがとうございました」

 サムが言うのに続いて、

「ありがとうございました」

「ありゃ、がとう、ござました」

 蔵人、遜が挨拶した。遜は微妙に言い損なったが、感謝の意は伝わったようである。

「ああ、じゃあな」

 手を振る老人に笑顔を向けながら、三名は馬を歩かせた。そして馬小屋を出ると、馬に鞭を入れ、疾走させた。

 次に目指すは、クローヴィス王国の友邦、マウリーア帝国だった。


この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。


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