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剣の勇者  作者: 坂木陽介
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第二〇章 魔王との対決

 結局、皇帝ワーズからはたいした事は聞き出せなかった。国王アンジュー五世の命令で、皇帝ワーズの首は宮殿前広場で晒しものにされた。

 褒美として金貨をたんまり頂戴した蔵人たちは、サムの希望で宮殿の書庫にも立ち入らせてもらった。ワーズの治世に書記だったアンジューの築いた国が、クローヴィス王国である。歴史書や魔導書の類から、第五の魔法使いにして魔王ノルアス打倒の糸口が掴めそうな期待があった。

 天井まで伸びる本棚が数十と連なる宮殿の書庫は、目にするだけで壮観だった。本が日焼けしないよう、書庫が地下にあるため、内部は薄暗い。採光用の小窓が、木漏れ日のように室内を照らしていた。

 この光景を見ただけで、遜はげんなりしたようである。

「うわ!駄目だ、頭の悪いおれには毒にしかならない。適当に宮殿外をぶらついているから、二人で見ててくれ」

 立ち去ろうとした遜に、サムは注意を呼びかけた。

「この国の言葉はわからないのに、大丈夫?」

「まあ、スリや暴漢には遭わないよう気をつけるさ」

 サムはさらに付け加えた。

「それと、買い物はこの国の通貨から使ってね。曙王国の金貨はこの大陸より先の、僕の故郷でさえ通用する一級品だ。後々まで取っておきたい」

「そうか、旅となると、そういう事にも気を配る必要があるのか。了解した。少額でできる遊びしかしねえよ」

 遜はそう答えて書庫を後にした。

 蔵人はサムの故郷、そしてこの大陸の公用語も理解しているため、サムの本探しを手伝った。また、こうした知識の集積が大切な事も理解している。目にしていても苦にはならない。

 サムが魔法で宙に浮きながら、天井近くの棚を隅から隅まで目を通した。本の背表紙に書かれた単語で、魔法や千年前に関する書籍を探すのだ。もう一方の蔵人は、屈まないと読み取れない高さの棚に目を通した。古語まではわからないため、魔法、歴史、といった単語の文字列を教わっておき、それに当てはまる物を探した。

「どう、蔵人?」

「いやぁ、それらしい本は無さそうだな、サム。たまに手に取って見てるけど、いきなり、アンジュー五世の肖像が描かれていてすぐに戻してる」

 宙に浮くサムとしゃがみ込む蔵人は、互いに見つめ合って苦笑した。そして国王の悪口を、曙王国の言葉で言い合った。

「あの王様、自己顕示欲強そうだったからね」

「きっと自分の業績を誇るためだけに、書記を使っているんだろうな」

 暗がりで、二人は楽しげに笑い合いながら本漁りを続けた。



「アンジュー一世、って読むのか、これ?」

 ぽつりと呟いた蔵人の声が、微かにサムの耳に入った。

「蔵人?どうかした?」

 サムは魔法を解き、蔵人の横に着地した。床にあぐらをかいて座る蔵人は、サムに本を差し出し、

「これ、アンジュー一世って読むんだよな?だとしたら、千年前の本なのかと思って」

 蔵人から本を受け取り、サムは背表紙を見て、表紙をめくった。

「聡明王アンジュー一世の生涯……!確かに!千年前の本そのものではないけど、その写本の可能性は高い!流石蔵人!よく見つけたね!」

 興奮したサムは、蔵人の手を取ってはしゃいだ。あどけなく金髪を揺らす友の姿に、初めはぽかんと、続いて笑みを返す蔵人だった。

 二人は書庫の窓辺、机が並べられた一角に移動し、椅子に隣り合って座り、大判の書物を開いた。

 余り大切にされてなかった上に、染みや焼け跡のひどい本で、サムは注意深く頁を繰った。それは紛れもなく書記から、頭角を現す機会を待ちに待って王国を拓いたアンジュー一世の伝記であった。サムは集中したが、蔵人は書いてある事の半分もわからない。思わず欠伸が漏れた。

「ごめん、退屈だったかな?」

 申し訳なさそうに縮こまるサムの頭に手を置き、髪を撫でながら、

「すまん、半分も読めなくて、つい……でもサムが謝る事はないだろ。非があるのは俺だよ」

 蔵人はそう言った。

 だが、サムは対抗して反論した。

「いや、蔵人は悪くない!悪いのは僕だ」

「いやいや、どう考えても俺だろ!」

「僕だ」

「俺だ」

 そこで、ふと二人共冷静になり、どちらからともなく笑い出した。

「何やってんだろうな、俺ら」

「まったくだね、蔵人」

 相手を非難し合うのはわかりやすい喧嘩だが、自分に非があるとして譲らない喧嘩は珍しい。珍事を演じた自分たちの滑稽さに、二人共笑い合い、今度は笑いが中々止まらなかった。

 ひとしきり笑った後、ふとサムは開いた頁の隅に、魔力の染みがあるのに気づいた。頁の余白をしかめっ面になって指でなぞる友に、蔵人は言った。

「どうかしたのか、サム?」

「ここに、魔力が込められた箇所があるんだ。魔法使いから見ると、染みのようになっているんだけど……」

 サムはそう言いつつ、微かに自分でも魔力を指に込めた。無意識の行動だったが、それがきっかけになった。

 突如、本から目も眩む光が発せられ、蔵人とサムは何かの力に飲み込まれた。

「サム!」

「蔵人!」



 やがて目が慣れると、蔵人とサムは豪奢な薄暗い通路にいた。人が二人並ぶのがやっとの、狭い廊下である。壁には点々と灯火が炊かれ、油臭かった。通路の床には紫の絨毯が敷かれている。

「大丈夫か、サム?」

「ああ、蔵人も平気?」

 互いに無事を確かめ合うと、周りを見回してどこかを確認し合った。

「ここは、一体?」

「人がいるけど、僕らの声は聞こえてないのかな?」

 サムが指す方向に、廊下から部屋の様子を隠し見るような格好の人物が目に入った。蔵人たちと数歩の距離にいる。

「すいません!」

 蔵人はあえて大声を出した。しかし、無反応である。蔵人は近づいて、背の低い男の肩を叩こうとしたが、手は男をすり抜けた。

 蔵人の大胆な行動に、サムは憮然として絶句していたが、

「蔵人、度胸ありすぎじゃない?下手したら死んでたかもよ?」

 サムの言う通り、男は腰回りに短刀を隠し持っている。しかし蔵人は平然と、

「なに、身の処し方からして、この人は武人じゃないのは明らかだ。短刀があるから、これでも用心していたよ」

 そう言ってのけた。サムはそれがわかると、手を壁に押し当てた、つもりだった。しかし蔵人の手が男をすり抜けたように、サム手は壁を貫通した。

「これは、魔力によって幻影でも見せられているのかもね。でも、あんな染み程度にこんな魔力が込められているなんて、まずあり得ない……」

 分析するサムに、蔵人が声を荒げた。

「サム!こっち来てくれ!」

 サムは急いで蔵人の傍に駆け寄った。男の身体に重なるような格好で、室内に目を向けた。

 室内には、二人の人物がいた。一人は深紅の寝間着でベッド傍に立つ偉人である。見覚えのあるその姿は、紛う事なく、

「皇帝ワーズ、だよね、蔵人?」

「ああ」

 二人もつい息を潜めていた。ワーズは夢現のような、虚ろな目でもう一人の黒衣の女怪を見上げていた。漆黒の闇をまとったような女は宙に浮き、ワーズの目に怪しげな視線を向け、その両頬に手を当てていた。

「あいつは、魔法使い?」

「黒い衣装……女……まさか……まさか……」

 サムの震える声に、蔵人は心配そうに尋ねた。

「サム、どうした?あの女に心当たりがあるのか」

 サムは身震いしながら、

「第五の……死の魔法使い……魔王ノルアス……」

 そう口にした。魔王の名を聞いた蔵人も、無意識に緊張状態になっていた。



 魔王ノルアスが、酩酊した半覚醒状態のワーズに、ゆっくりと、勿体つけて語りかけていた。

「偉大なる、オマール帝国の皇帝、ワーズ一世、そなたは、最近夜も眠れないとか」

 半開きだったワーズの口から、自然と言葉が漏れていた。

「そう、だ。そうなのだ。我は、地の魔法使いエーグ、の助力で、この帝国を打ち立て、三〇年の平和を、実現させた。しかし、倅たちは権力争いに、没頭し、平穏に治まる、この帝国を、引き裂こうとしている……何か、何か手はないのか……」

 願望を窺い知ったノルアスは、ワーズの頬を撫でながら、宙を舞い、ワーズの耳元で囁いた。

「もし、そなたが生き永らえ、善政を敷き続ければ、帝国は安泰だと思わぬか?」

 その言葉に、しかし、皇帝は安易には縋らない。

「だが、全ての命が、神の摂理によって死を定められている。そして新たな生命が息吹く大地へと返る……それを覆すのは、人外の所業……」

 ワーズの震える身体が、必死の抵抗のようである。しかしノルアスは説得を続けた。

「何も、永遠に生き永らえるという、そんなだいそれた望みではなかったら?一〇年、二〇年生き永らえ、後継者と帝国を、今一度、整える時間があれば?帝国は、千年の平和を享受し、そなたの行いは、死後も、語り継がれよう」

 ワーズの口調が変わった。涙を流して、懇願した。

「一〇年……そうだ、一〇年、二〇年の時間があれば、我が帝国に千年の平和をもたらす事が、可能となる……それは臣民たちも深く願う事……どうか、どうか……」

 今やワーズは膝を屈し、大口を開けて乞うていた。

「どうか、どうか我に、時間、時間を!あぁ、時間が欲しい。どうか、どうか……」

 それは人間の堕落の瞬間であった。この時、ワーズは魔王の操る死の魔法を、自ら求めたのだ。その姿は偉大な皇帝から、地を這う物乞いへと変わり果てていた。

 ノルアスは目を輝かせ、黒塗りの唇から妖艶な舌を出した。

「そうだ。私なら、そなたに時間を与えられる」

 そう言われて、ワーズはひたすら懇願するばかりだった。

「おお!そうか!ならば、我に時間を与えてくれ!」

 ノルアスは言った。

「よかろう。さあ口を開いて、舌を出すのだ」

 堕落したワーズは、舌を精一杯突き出した。そこに、魔王が自らの舌を絡め、契約の接吻が成された。魔王とワーズの触れ合う唇の隙間からは、黒い液体が漏れ出ている。

 蔵人とサムは、全く性的興奮を覚えない接吻を目にしていた。ただただおぞましい光景を目の当たりにして、戦慄の余り、目を背ける事すら思いつかなかった。

 やがて、長い接吻の後に、唇から黒い液体をしたたらせつつ、魔王は口を離した。魔王との契約を終えたワーズは、床の絨毯に倒れ伏した。白混じり口髭には、黒い液体をこびりつかせている。

「ふふっ、皇帝もこうなると形無しじゃな」

 ノルアスは満足そうにワーズの口元を魔法で拭い、身体を宙に浮遊させてベッドに横たわらせた。



「さて」

 魔王ノルアスは、ゆっくりと蔵人たちに視線を向けた。皇帝侍従のアンジューは、魔王の視線を己に向けられたと感じ、声も上げられずに逃げ出した。しかし、魔王は蔵人たちに視線を向けたまま、ベッド傍から動かない。

「来ないなら、こちらから出向こうか?」

 その魔王の一言に、蔵人もサムも戦慄した。まさか、まさか――――

「まさか、俺らが見えているのか?」

「あり得ない……そんな馬鹿な……」

 驚愕し、二人は身体を強張らせた。今や魔王は、完全に二人に向き直っていた。その姿は、妖艶にして禍々しい。長身の魅惑的な身体つきに、胸元から臍まで開いた漆黒の服をまとっている。袖口は大きく広がり、手は見えない。白い肌と長い直毛、顔には黒光りする化粧が施されている。男なら飛び付きたくなる肉体と容姿の持ち主にも関わらず、蔵人もサムも恐怖しか覚えなかった。

 ノルアスは言った。

「ふむ、どうやら妾の魔力の一端が、あの侍従に付着したらしいな。それが巡り巡って、そなたたちをこの場に呼び込んだか。それも、そなたたちはこの時代の人物ではあるまい?」

 言葉を切って二人を窺う魔王に、蔵人は剣を持たない身ながら、毅然と進み出て名乗った。

「いかにも。ご慧眼の卓越さ、見事なり。我は剣士、結城蔵人である」

 蔵人は気を落ち着け、真っ直ぐ魔王と対峙していた。そしてサムに呼びかけた。

「サム、これは過去の一場面でしかないのだろう?なら、怖がる必要はない」

 友の言葉に応える形で、サムもまた一歩進み出た。

「我は魔法使い、サム・ラッセル」

 どうにか名乗ったものの、手足の震えが止まらなかった。魔王はサムを嘲笑した。

「くく、身体は正直よの。勇ましく名乗り出たつもりかもしれんが、その状態では形無しではないか」

 サムは悔しさから歯ぎしりしたが、蔵人が勇気づけた。

「サム、サムは魔法使いだから、俺よりも魔王の恐ろしさが深く理解できているだけだ。悔しがる事なんてない」

 サムは深呼吸して我が身を落ち着かせ、改めて魔王と対峙した。指先の痙攣は、収まっていた。

 ノルアスは感心して言った。

「ほう、味方を鼓舞し、勇気づける。自身が勇敢なだけでなく、味方にまで勇気を与えるとは、まさに勇者よのう」

 ノルアスは残念そうに、

「そなたらは、妾が生きている間の生まれではない。という事は、妾はあの四大魔法使いたちに敗れたという事か。これは、妾の蘇生の準備も急がねばなるまいて」

 そう述べた。それに対し、

「魔王ノルアス、そなたが復活した日には、我、結城蔵人がその身を滅ぼしに参上する。それを覚えておけ」

 蔵人はこの上ない勇ましさで口上を発した。ノルアスは心底おかしそうに高笑いをした。

「妾を魔王と呼び、しかも打倒の宣言とは!身の程知らずもここまで来ると滑稽よのう。

 良き良き。覚えておこう、勇者、結城蔵人よ。妾の復活が叶うのは百年後か、千年後かはわからぬが、復活した暁にはお主が来るのを待っておるぞ。その時まで、仲間たちと研鑽しておく事だ。

 さあ、今は去れ」

 魔王の手の一振りで、蔵人たちはすっ飛ばされた。――――と思ったが、元の書庫に戻り、椅子に二人並んで座っていた。

 蔵人とサムも、辺りを見回して、

「俺たち、戻ってきたのか?」

「そう、みたいだね」

 共に冷や汗をかきながら、荒い呼吸をしていた。


この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。


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