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剣の勇者  作者: 坂木陽介
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第一二章 新たなる恐怖

 曙王国領への進軍で一番の懸念事項は、人間同士の争いの再燃だった。長く敵対してきた曙王国と邑諸都市が、協力して戦えているのが奇跡なのだ。周の差配、蔵人の統率力、そして運があっての事態だった。

 周は手始めに、連合軍へ兵士を拠出した都市へと進軍した。蔵人の演説で、態度を明確にした最初の都市である。邑諸都市連合の領土に食い込む位置であり、避難民が流れていく可能性が高い。

 先発隊として、蔵人がサムや曙騎兵を伴い、馬を走らせた。

 都市が見えてくると、平穏無事な様子に蔵人は安堵した。そして門前まで来て、高々と名乗りを上げた。

「我は曙・邑連合軍の結城蔵人なり!元は曙王国一の剣士であった!軍団は、都市は健在か?」

 城壁から顔を出した兵は、すぐ奥へと駆け込んでいった。そして程なくして、軍団長が城壁の上に顔を見せた。

「結城か!既に邑諸都市が全て奪還されたとの報せは聞いている!そして、お主の後に続いて、連合軍に加わろうという者も出ている」

 蔵人は顔を明るくし、

「では!後続の連合軍と合流し、速やかに曙王国領へと進軍を!」

 そこへきて、初めて軍団長は口ごもった。そして言った。

「しかし、志願しているのは、多くが一般人。戦力にするには時間がかかる。その辺りの事情を、周司令官と話し合いたい」

 含みのある言い方に、蔵人はサムと顔を見合わせた。しかし軍団長の言い分に、反論の余地はなかった。

「承知致しました!間もなく、本隊二五〇〇人が到着します!そこで、協議を願います!」

「了解した」

 短く承諾の意を述べ、軍団長は奥へと退いた。

 蔵人とサムは怪訝な顔つきで話し合った。

「軍団長、何か言いたげだったな。サム、わかるか?」

「僕は軍事は素人だから、何もわからないよ」

 馬上の騎士たちと魔法使いは、遠くの街道から向かってくる本隊を見ながら、雑談に耽って到着を待った。



「支援、できない?」

 蔵人が大声を上げると、サムが慌てて風の魔法で蔵人の声を散らした。

 城門前で、兵の隊列から離れた位置での協議中での出来事だった。周率いる本隊が到着し、蔵人、サム、周、軍団長の四人で、兵士に聞かれないように話し合いがもたれた。曙王国を再興させる、そのための戦いを行おうとする矢先である。蔵人は、軍団長は曙王国再興を望んでないのかと疑った。

 軍団長と周の間には言葉の壁があるため、サムが二者間の通訳をしている。軍団長は言った。

「曙兵、邑兵、計二五〇〇の大軍をもってすれば、確かに曙王国は再度立ち上がるだろう。しかし、邑兵が大半を占める軍勢が曙王国再興に、本当に動くのかと、疑う者もいるのだ」

 蔵人は若者特有の潔癖さで、なんて邪な思考かと怒らずにはいられなかった。

 しかし周は少しも動じず、サムを介して次のように述べた。

「なるほど。ごもっともな意見ですな。ならば軍団長、志願兵と軍団長ご自身で、我が軍の後についてきてはいかがでしょう?先の話ですと、都市の住人のうち、五〇〇人が志願しているとの事。この都市を起点に、重要な地理的条件の都市を攻めましょう。我らは都市を落とした後は、そこに一切兵士を駐屯させません。軍団長の差配で、志願兵を中心に、それら都市に駐屯してはいかがかと」

 サムから通訳された言葉を聞くと、軍団長は押し黙った。眉をひそめて目を瞑り、思い悩んでいる。蔵人は身を乗り出すようにして、食い入るように軍団長の言葉を待った。

 やがて、軍団長は折れた。

「承知した」

 蔵人は安堵のため息を漏らした。仕草にこそ出さなかったが、安堵したのはサムや周も同じだった。

「しかし!」

 軍団長は条件を付けた。

「志願兵は大半が一般人ゆえ、七日間の訓練期間を設ける事。そして進軍の際には周司令官の親衛隊として、訓練した曙兵五〇〇で周司令官を囲む事。この二つを実行していただきたい」

 周はしばし目を丸くしたが、やがて不敵に笑った。

「その条件、飲みましょう。ただ、七日間我々はどうしろと?食料は残り三日しかありません」

 軍団長は答えた。

「そなたらの食料は、こちらから拠出しよう。七日経ってここから進軍する際にも、輜重隊に十分な食料を持っていかせよう」

 軍団長の、幾分猜疑心を含んだ視線に気づかないふりをして、周は言った。

「決まり、ですな」



 協約が成立してすぐ、周は連合軍に野営地建設を命じた。しかし蔵人は、城門内へ戻ろうとする軍団長に追い縋った。

「軍団長!何故です?何故あのような言い方を?」

 軍団長は足を止め、蔵人を見た。

「勇ましく聡明だが、まだまだ若いな、結城蔵人よ」

 若い、という言葉が、否定的意味で用いられた事はわかった。しかし、軍団長の本意はわからず、蔵人は続く言葉を待った。

 幾らか間を置き、軍団長は言った。

「この歳になると、色々な可能性を考えて、無駄に猜疑心を抱くようになってしまうのだよ」

 蔵人は、己が一部を成す連合軍を純粋に誇りに思っていた。だからこそ、猜疑心も何も抱かず、周の下で戦場を駆けてこれたのだ。

 消沈する蔵人から視線を外し、軍団長は丁寧に、わかりやすく自分の考えを蔵人に伝えた。

「あの周という、邑諸都市連合軍の司令官は、傭兵だろう?にもかかわらず、その圧倒的存在感で、邑の兵士たちをまとめ上げてきた。平明王陛下亡き今、曙王国はもちろん、邑の運命さえその手中にある。この意味が、わかるか?」

 蔵人は、軍団長が疑う周の野心を推測した。

「まさか、周司令官が、曙王国、邑諸都市共々を、手に入れると?しかし、周司令官は、長年邑諸都市に従って、我ら曙兵と剣を交えた身。今になってそうした野心を抱くとは、考えにくいのでは?」

 軍団長は自嘲気味に言った。

「その通りだ。あの周という男は、傭兵という身分を一歩も出ず、年齢を重ねてきた。まだ中年で、野心を持ってもいい年齢だろう。そして人の心は移ろい易い。私には、私個人の経験から、裏切りを懸念せずにはいられん」

 蔵人は自らの無垢さを恥じた。

「我は、人を信じ過ぎているのでしょうか?」

 軍団長は、蔵人の目を真っ直ぐ見てきた。蔵人はその視線を、真っ向から受け止めた。

 軍団長が、短く問うた。

「お主は、あの周を信じているか?」

 蔵人は、自信を持って答えた。

「はい。邑の諸都市を奪還後は、市の評議会を復活させ、己の領土とせず、ただ戦人としての身分に邁進していますから」

 軍団長は、初めて朗らかに笑った。

「ならば、私の猜疑心よりも、お主の目を信じる事だ。私の猜疑心は、私の目を曇らせるばかりだ。お主は違う。経験不足なのではなく、事実を明快に見通す目を持っている。

 己が信じる道を行け、王国一の戦人、結城蔵人よ」

「は、はい!」

 蔵人は思わず、深々と頭を下げていた。そして自分は城門前に立ったまま、都市内へと戻っていく軍団長を見送った。



 七日は瞬く間に過ぎた。周率いる連合軍は、都市から一里ほど離れた所に野営地を築いた。その眼前で、志願兵五〇〇が訓練に明け暮れた。指南役は、蔵人に白羽の矢が立った。

 蔵人は、体力は十分な農民たちに、号令に応じて隊列を組み、更にそれを柔軟に変えられるよう訓練した。

「結城さんよ、おれたちゃ戦に志願はしても、踊りごっこに志願した覚えはありませんぜ」

 二日目の訓練時に、早くもそう言う者が出た。

 蔵人は、論より証拠との考えから、文句を付けてきた兵士ら二〇名と、自分が選んだ一〇名に木製の剣と盾をそれぞれ与えた。そして、二〇対一〇で戦わせて見せたのだ。ただし、蔵人が選んだ一〇名は蔵人の指示で隊列を変更するよう命じた。

 他、四七〇名の眼前での戦いは、蔵人が選んだ一〇名の勝ちだった。四方から囲まれ、襲われても、指揮官の指示に従って動けば勝てるのが歴然と示された。

 以後の訓練で蔵人にケチを付ける者は出る事がなかった。

 そうして七日が過ぎ去り、隊列は組める新兵の集団が出来上がった。兵士に必要な、隊長の駒として動く最低限の能力は持つ集団である。これなら軍団長の危惧が当たり、周が野心を見せても捕縛できる。この五〇〇名の曙兵の名目は、周を囲む親衛隊なのだから。

 そうして、死者の掃討戦は、総勢三〇〇〇名の連合軍という、曙統一王朝以来の兵数をもって開始された。



 掃討戦とはいえ、統率を失った死者は下手にまとまって攻めてくるより脅威だった。開明王という魔力の力線を無くした死者は、腐食が進み、曙王国領全体に散っていた。

 腐食が進んでいる事は、兵士に実際以上の恐怖を与えた。森林傍を行軍中、邑兵の一人が不意に現れた死者に首元を噛まれたのだ。

 死者はその場で周囲の兵により八つ裂きにされた。しかし、噛まれた兵士の首には、腐食した死者の口内に湧いていた毒や蛆虫が移っていた。衛生兵も、首元を切除するわけにはいかず、処置ができなかった。

「報告!」

 馬のいななきすらかき消す大声で、周は兵士に命じた。その背後には、蔵人とサムもいた。

「兵士一人が、行軍中に死者に噛まれました。死者の口に湧いていた蛆虫や毒が移って、打つ手なしです!」

 悲痛な仲間の叫びと、

「い、嫌だ。こんなところで、こんな死に方は、嫌だぁ……」

 噛まれた兵士の無念の思いが暗い雰囲気を広げていた。戦って死ぬのなら、まだ名誉の戦死という美辞麗句は付けられる。しかし、こんな死に様は自分でも御免だと、蔵人は兵士に同情していた。

「サム、魔法でどうにかならないか?」

 蔵人の問いに、サムは伏し目がちに首を横に振った。

「蛆虫を一つ一つ取り除く事はできるけど、それなら手でやった方が早く済む。毒素の除去は、魔法でも無理難題だ」

 その場にいる全員が、言葉を失い、暗い表情をした。やがて、負傷した兵士が言った。

「苦しいです……このまま死を待つより、死んだ方がマシです……周司令官、慈悲の刃を、お願い致します」

 周は馬から降りた。そして自らの剣を抜いた。

「すまぬ、わが失敗が招いた死だ」

「そんな事、仰らないで、ください。どうか、この先は、おれみたいな奴を、出さないで、ください」

 周は頷き、高々と剣を掲げ、最後の言葉を発した。

「いと高くまします神々よ、立派に任を果たせし魂に、どうか恩寵を賜りたまえ」

 そして、周は剣を負傷兵の首目掛けて振り下ろした。一太刀で兵の首は落ちた。



 想定外の形で亡くなった兵を弔った後、連合軍は進軍を再開した。しかし兵士の士気は、目に見えて落ちていた。勇ましい死ではなく、不意に訪れる惨めな死を警戒する羽目になったからだ。

 戦場での死は、士気が高ければ皆それほど恐れない。無我夢中のまま、いわば望んで死へと突き進むからだ。しかし戦地以外での負傷や疫病による死は、兵は望まない。特別扱いされない、誰もが恐れる平凡な死だからだ。命を懸けて戦った上で死ぬのと、兵になったのに病死するのはわけが違うのだ。そのため疫病の流行や戦闘以外での負傷が発生すると、兵の士気は落ちる。戦場という死地に赴くという気概を失う。

 周は行軍こそ再開したものの、動揺する全軍、とりわけ新兵である親衛隊五〇〇の士気低下を危惧した。私語も飛び交い、混乱寸前まで状態が悪化していたのだ。これでは行軍もままならない。

 春季にしては早い時間帯に、周は蔵人に偵察を命じ、辺りに森林のない広い平野を見つけさせた。そして、その地に野営地を築かせた。

 死者が絶対に侵入できないよう、堀や木の杭で防衛も固めた野営地だった。黄昏時になろうという頃には野営地も完成し、兵が安心する様子を周は見てとった。

 なお、蔵人には引き続き偵察を命じ、死者に関する情報を可能な限り集めるよう指示が飛んでいた。



「結城蔵人、参上しました」

 野営地本営の天幕前で、蔵人は跪いて挨拶した。夕刻を過ぎ、日は完全に暮れている。

「入れ!よく戻った!」

 周の声を聞き、蔵人は天幕の中へ入った。中には各隊の隊長たちと、サムがいた。そして奥から、周も姿を見せた。

 周が尋ねた。

「どうだった?死者の様子は?」

 真剣な顔つきの司令官に、蔵人も緊張を崩さず報告した。

「死者が統率を失い、自由に徘徊しているのは間違いありません。平野を不用心に歩く死者を、何体か斬り伏せました。

 また、この付近の死者は、街道の先にある曙王国の城塞都市、浦戸からあふれ出ている可能性が高いようです。街道を一里先まで進みましたが、先に進むほど死者が増え、危険と判断して戻った次第です」

 報告を聞いた誰もが押し黙った。今までは統率の取れた軍勢を相手にすればよかった。しかし神出鬼没、それも一度でも傷つけられたら致命傷になりかねない存在が相手だ。部下の兵士に引きずられるように、指揮官たちの士気も落ちていた。

 周はしばらく黙っていたが、視線をサムに向けて尋ねた。

「魔法で、死者の探知は可能か?」

 指揮官たちの視線も、一斉にサムへと向いた。サムはやや怯えながらも、肯定の返事をした。

「確かに、その、不可能ではありません。でも……我々の軍全てを覆う範囲の探知は、難しい、です」

 周は重ねて尋ねた。

「どれくらいの距離なら探知可能だ?」

 サムはどうにか、

「え、えっと……二〇〇歩ほどの距離であれば」

と、声を絞り出した。

 サムの自信無さげな言葉に、周は笑った。

「二〇〇歩分の距離なら、陣形次第でどうとでもなる」

 周は天幕中央の卓の前に進み出た。指揮官たちも卓を囲み、卓上の地図に視線を落とす。

 周は言った。

「幸い、山がちな場所は抜けていて、この先の都市までは平野が続く。二列縦隊では、ラッセルの魔法での探知は難しい。しかし全隊を方陣隊形にして進めば、探知可能な範囲に収まる」

 指揮官たちからは、

「なるほど……」

「行軍速度は落ちますが、それが最善ですな」

と、賛同の声が上がった。

 しかし、周の意見が通りそうなのを見て取り、サムは必死に訴えた。

「あ、あの!距離二〇〇歩の探知を行えるのは、他に何もしていない時だけです。探知の間は、馬に跨る事もできません」

 サムの声に、指揮官たちは肩を落とした。しかし周は全く動じなかった。

「心配は無用。ラッセルには進軍中、陣形中心の特等席を用意する」

 自信満々の周に、蔵人とサムは目を丸くして顔を見合わせた。

この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。


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