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剣の勇者  作者: 坂木陽介
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第一一章 邑諸都市連合再復

 周は諸都市連合の盟主たる都市、邑に七日ほど滞在し、各地に早馬を走らせた。目的は二つあった。一つは死者に占領された都市を脱した流浪の民となった民衆に、これまでの戦果を伝える事。もう一つはそうした民衆から、兵を選抜する事だった。統率を失ったとはいえ、腕や足を切り落としても、矢で射ても向かってくる死者の群れを相手どるのは手間である。とても千を切った兵数で、残り三つの都市や、曙王国領を奪還できるとは考えられなかった。

 早馬は三人一組で送り出された。これなら死者に遭遇しても、三人まとめて倒される事は考えにくい。情報伝達が遮断される可能性は低く保たれるべきだった。

 周の早馬は、すぐに効果を現した。奪還した都市には住民が戻り、志願兵が邑に続々と集まってきた。七日経つ時には、兵数は募兵開始前の三倍を超える、二五〇〇名までになった。

 周は邑の城壁外に野営地を設けた。数千の兵がいては都市住民の生活の妨げになる。また野営地を築くなどの労働から、新兵を慣らし、訓練する意図があった。日中は旧兵と共に訓練し、夜には野営地を築き、朝にはあえて野営地を取り壊す。この周期で訓練させる事七日で、一応統率は取れるようになった。

 また、当初新兵と曙兵との間では摩擦があった。これは周と蔵人の話し合いで、騎兵以外の歩兵は、ばらばらに邑兵の部隊に配属される事に決まった。この頃には、曙兵の多くは邑の言語に慣れ親しむようになっていたのが大きい。そして何より、曙兵は専門の軍人である。新兵との戦闘訓練で圧倒し、それでいて酒を酌み交わす事で、わだかまりが生じるのも防げた。

 そして、騎兵の訓練は蔵人の役目だった。馬を御せる者は、貴重な騎兵戦力として無理矢理蔵人に押しつけられたのだ。

「騎兵戦力は是非とも強化しておきたい」

という周司令官たっての要望だが、馬に乗れるだけでは騎兵とは呼べない。早馬として各地に走らされた者たちも、騎兵として戦力になった経験はなかった。

 敵歩兵の側面や後方からの襲撃、戦闘について、蔵人はもてる限りを尽くした。蔵人がため息を連発するようになった七日後、どうにか旧来の曙兵を含めた一〇〇騎が、戦力として数えられるようにはなった。

 七日目の晩、本営近くに設けられたサムと蔵人の天幕に、蔵人はふらつきながら戻った。

「もう疲れたよ、サム……」

 天幕に入るや否や、蔵人は地面に倒れこんだ。

「おいおい、寝床はそっちじゃないよ。せめて寝床で寝たら?」

 サムの言葉に、

「そうする……」

 蔵人は力のない返事をして、どうにか寝床に着いた。



 寝床には着いたが、本格的に寝るには早い。また、作戦会議は済んでいるが、状況の急変で即招集される場合もある。蔵人は帯剣を解き、友に尋ねた。

「サムは、戦の準備はできた?」

 サムは魔力の種が所狭しと埋め込まれた杖を見せた。

「この通りさ。ひたすら瞑想を行う事で、四大魔法全ての種を用意できた」

 金管の杖は、曲がりくねる意匠の先に、無数の輝く石が散りばめられている。赤、青、緑、茶と、確かに四大魔法の各属性の魔法の種が出来ていた。

 蔵人は言った。

「俺も疲れたけど、サムも頑張ってたんだな」

 サムは、

「なに、僕は一人でいるから、気楽なもんさ。年上の大人たち相手で、さぞ威厳を保つのに苦心したろう?」

 そう述べたが、蔵人は訂正させた。

「頑張り方は人それぞれだよ。対人関係に苦心する人もいれば、一人仕事に苦心する人もいる。質の違いを無視して、頑張った奴、頑張ってない奴と比較する人間が、一番頑張ってない」

 サムは驚いて、思わず問い返した。

「深いな。どこでそんな教本にでも載ってそうな人生哲学を学んだんだ?」

 横になって少しは回復した蔵人は、上半身を起こして言った。

「俺の倍以上の歳の人間に混じって仕事をこなして、そう思っただけだよ」

 サムは感心して、蔵人に椀を差し出した。

「なんにしても、お疲れ様。明日からは実戦が待っている。腹ごしらえはしとこう」

「ああ、ありがとう」

 蔵人は椀の中に満たされた汁物にありついた。決して上物の食事ではないのだが、疲れて空腹だった蔵人には美味く感じられた。

 汁物も雑穀米も食べ終わり、蔵人はサムを笑わせにかかった。

「おかわり!」

「ないから!軍用の配給に、おかわりはないから」

 蔵人の予想通り、サムは笑い転げながらつっこんだ。

 二人は笑い合い、話し合いながら食事を終えた。椀や箸を片付け、早めに各々が床に就いた。

 暗くした天幕の中で、蔵人とサムは横になったまま、しばし会話を続けた。

 蔵人は言った。

「明日から邑諸都市の奪還、次は曙王国再興か……曙王国は平明王が亡くなり、ご世継ぎも行方知れずだけど、誰が国王になるんだろう?」

 サムは思わず、

「それ、本気で言ってるの?」

 そう問わずにはいられなかった。蔵人は眉をひそめて反論を試みた。

「本気だよ。重要な問題じゃないか!」

 サムは一から説明する必要があると思い、少しずつ蔵人に説いた。

「そういう事じゃないよ。いいかい?現国王が崩御し、世継ぎは行方不明。となると、誰か全く別の人物が王位に就かねばならない。ここまではいいよね?」

「ああ、それはわかる」

「そしてその人物は、曙王国再興に、最も功績があった人物でなければならない。これもいい?」

「ああ。でも、それだと周司令官が当てはまらないか?さすがにそれは筋違いだろ?」

 蔵人の疑問に、サムはため息をついて答えた。

「今、僕の目の前に、一番功績のある人物がいるんだけど」

 蔵人はしばしサムと視線を交錯させ、己を指した。サムは頷いた。蔵人には、にわかには信じがたい結論だった。

「いや、俺が国王って、無理あるだろ」

 サムは平然と、蔵人に反論した。

「そんな事はない。蔵人が国王になれば、邑諸都市との繋がりも出来るし、戦乱を治めるのにも適任だ。それに、王国一の剣士として、国内では有名だ」

 蔵人は思考が脳裏で巡るばかりで、再度反論できなかった。

「さあ、もう寝よう。明日からはまた戦だ」

 サムが会話を打ち切り、蔵人に背を向けた。蔵人は仰向けになり、その後しばらく寝られなかった。



 七日後の夕方――――。

「周司令官の入城だ!」

「これで邑諸都市は、全て奪還された!」

 邑兵たちの歓喜の歓声が、城塞都市内に響いた。邑諸都市の最後の都市が陥落し、周が一般民衆と共に城塞内に馬を進めたのだ。民間人も兵卒も、揃って歓喜していた。周は徒歩の民衆に馬の歩みを合わせ、歓声に応えて片手を上げつつ左右に視線を送っていた。

 周は歓呼の声の中、ゆっくり馬を都市の中央広場まで進めた。蔵人とサムも、馬上でそれに続いた。

 中央広場の只中で、周は馬を止めた。蔵人とサムも停止する。

 周は、自らを囲み、中央広場を埋め尽くす人々に向かって言った。

「諸君!今までよく戦ってくれた!これで邑諸都市連合は回復されたと言える!我々はあの死者の群れから、諸都市を奪還したのだ!」

 しかし次の言葉は、聴衆は予想もできなかった。

「しかし!これは道半ばである!我々には曙王国の回復をする義務がある!」

 聴衆は静まりかえった。周は皆の反応を窺うために、あえてそこで黙った。周の予測通り、聴衆の一人が文句を付けた。

「どうして我々に、曙王国の回復の義務などあるのか!奴らの国など、死者であふれさせておけば良い」

 文句を付けたのは、都市の議会議員だった男だった。だが周は、年上のその男に、そして聴衆全員に吼えた。

「ならぬ!曙王国は、曙王国の民衆に納得のいく形で回復させる!」

 威厳ある咆哮に、皆が沈黙した。周は続けた。

「兵士諸君は、既に知っていよう。我々の軍勢を、多くの曙兵が支えてくれてきた事を!ここにいる結城蔵人を筆頭とする曙兵なしに、我々の勝利はあり得なかった事を!

 我々は、曙兵に大きな借りがあるのだ!確かにここで進軍を止めても、邑諸都市は以前のように繁栄しよう。しかし、義理を果たす事を重んじるのは、邑も曙王国も変わらない価値観であると、私は信じている!そして、ここで義理を果たさずに進軍を止めれば、我々は子孫に、不義理な先祖として、恥じられるだろう!

 私には、我々現在の邑の民がそのように貶められるのは耐えられない!諸君!今の我々の決断一つで、我々は後世から讃えられるか、呪われるかが決まろうとしているのだ!諸君らの賢明な決断を、私は信じている!」

 周の演説が終わると、広場は静寂に包まれた。しかし、それは長く続かなかった。

「義理を果たそう!曙王国への借りを返そう!」

 そう一人の兵士が叫んだ。するとその声が伝播し、広場を埋める人々は合唱した。

「義理を果たす!邑万歳!曙王国万歳!」

 蔵人は剣を、サムは杖を掲げて合唱に加わっていた。



 実は周の演説と賛同の声には、周到な下準備があった。

 周の都市入城前夜、本営に周と蔵人、サムの三人が集まり、極秘に話し合っていた。周は折りたたみ椅子に座して、蔵人とサムは立っていた。

「曙王国奪還には、やはり邑兵は動いてくれませんか?」

 蔵人の疑問に、周は頷いた。

「その可能性が高い。各隊に曙兵を配し、友誼を深めさせているとはいえ、友誼と損得は別問題だ。いかに名誉ある行為とはいえ、名誉ある行為に走らせるには、きっかけが要る」

 蔵人は残念に思ってうなだれた。邑兵に協力して、諸都市を奪還する手助けをしてきたのだ。借りを返さず踏み倒されるようなものである。人の心はそのようなものなのかと、唇を噛んだ。

 しかし、周は言った。

「そう落ち込むな。それを見越しての考えがある。そろそろ来る頃だ」

 蔵人とサムが顔を見合わせると、天幕の入口で声がした。

「第一軍団第二部隊長、曹、参上致しました」

「入れ」

 周の合図で、隊長格の男が天幕内に入ってきた。男は蔵人とサムに怪訝な顔を向けつつも、入口で跪いてから、周の前まで歩いてきた。周は挨拶もそこそこに、男に尋ねた。

「お前の隊の、曙兵の働きぶりを聞きたい。そのために、曙王国の代表として、結城とラッセルの二人にも同席してもらっているのだ」

 男は司令官の前とあって、緊張しながら答えた。

「言葉のやりとりは完全とは言い難いですが、戦闘での活躍は目覚ましいものがございます。一人で、邑兵の三倍の戦果を上げる者もございます」

 周はもったいぶって大きく頷き、男に問うた。

「明日、民衆と共に入城し、邑諸都市は奪還し終える。その後、曙王国の回復のために、行軍しようと思うか?」

 周の質問に、兵士よりも蔵人が動揺した。しかし、男は全く動揺せずに言った。

「司令官もお人が悪うございます。曙兵の代表前で、『行軍しない』などと言えましょうか。それに、最初の都市奪還から、曙兵は常に先陣を切って戦ってくれました。ここで行軍を止めては、不義理もいいところにございます」

「そうか、そうか。おれも同じ意見だ。しかし、目先の利益に囚われ、不義理な行動に走る者もいるかもしれない」

 周は話しながら大仰に立ち上がり、男に背を向けた。男は言った。

「気持ちはわからなくもないですが、不義理が過ぎると存じます。これだけ共に戦い、既に曙兵とは戦友という関係。我々の願いが叶った暁には、彼らに借りを返すのが道理でございましょう」

 周は振り返り、男に笑みを見せた。

「そうか、お前はそう言ってくれるか」

 周は直立不動を貫く男に近づき、片手を男の肩に置いて言った。

「明日、おれは街の中央広場で演説する。曙王国再復のために、借りを返すよう、皆に訴える。しかし、良い返事がもらえるか、今回ばかりは自信がない。そこで、おれの演説が終わったら、賛同のかけ声を上げてほしいのだ」

 男は、

「司令官、私めは司令官の下でもう五年以上曙王国と戦ってきた身にございます。曙兵に思うところがないではありませぬ。しかし、こちらに控える方々ら曙兵の助けなくして、邑諸都市の奪還があり得なかったのも事実。

 その上、司令官たっての命とあれば、喜んで賛同致します」

 男がそう言うと、周は男を下がらせた。そして用心のため、もう二人の兵に、同じ事を依頼しておいた。

 全てを見届けた蔵人は、苦笑するしかなかった。

「これは、結構な大芝居です」

 周は言った。

「まあ、これくらい用心深く配慮しないと、司令官は務まらないのさ」

 周の言葉に、サムも苦笑した。

 以上が、街中の中央広場での顛末の裏側である。



 街の中央広場での周の演説の後、都市全体が祝賀一色に染まった。周は宴に加わるはずが、都市在住の芸術家から立像を創りたいと申し出られ、しばし姿を消した。代わりに周の副官がお目付け役になり、兵が狼藉を働かないように気を配っていた。蔵人は、

「貴君が羨ましい。曙兵は敵に怯まず、味方に優しく、何も言わずとも礼儀を弁えている。しかし我々は傭兵という身分もあって、監督せねば略奪や強姦に走る者が出かねない」

 そう副官に言われ、返す言葉がなかった。

 副官の言う通りらしく、まだ日も暮れぬうちから、子供には見せられない饗宴に耽る者も現れる始末だった。蔵人とサムは、そうした宴に巻き込まれるのを避け、酒杯片手に街の大通りを並んで歩いた。サムはもう片方の手に杖も持っているため、歩きにくそうだった。

「邑の人たち、本当に嬉しそうだ」

 蔵人の言葉にサムは、

「ああ。でも大丈夫。一ヶ月後には、曙王国でこの光景が見られるよ」

 そう応えた。蔵人が自信なさげに、

「そうかな?」

と、声を落とすと、

「そうだよ」

 さらにそのように、サムは応えた。

 街中の大通りには火が炊かれ、黄昏時というのに街が明るい。そして人々の顔も明るい。同じ事を、今度は曙王国で成さねばならない。その決意が、蔵人の背筋を正していた。

「まあ、魔力の中継地点だった開明王も倒したんだ。後の戦いは、完全な掃討戦だよ」

 サムの言葉に、不意に蔵人の足が止まった。サムも立ち止まり、

「蔵人?どうかした?」

 そう友に尋ねた。蔵人は言った。

「開明王は、死を操る第五の魔法使いと契約して復活したんだよな?それに、あの開明王の口ぶりから、第五の魔法使いは現代に復活して、死者を蘇生させたと考えるのが自然だ。となると、世界中で、この小大陸と同じ事が起きているんじゃないか?」

 蔵人とサムの視線は、いつしか真剣なものになっていた。視線を交錯させながら、サムは言った。

「蔵人の言う通りだよ。第五の魔法使いは、世界中で死者を復活させて、その頂点に君臨している。古の四大魔法使いも、死を操る第五の魔法使いを完全には滅ぼせなかった。そこで、仮死状態となった第五の魔法使いは千年かけて力を蓄え、現代に蘇る事ができたんだ」

 蔵人は酒杯を落としてサムに詰め寄った。

「じ、じゃあサムの故郷も、死者に脅かされているって事か?助けに行かなくては!」

 しかし、サムは視線を落として蔵人に背を向けた。

「故郷……故郷か」

 様子のおかしい友を見て、蔵人は言った。

「サム?どうか、したのか?俺が、何か変な事言ったか?」

 しかしサムは作り笑顔を見せた。

「いや、そんな事はないよ。ないけど、ごめん、今日は、これ以上お酒を飲もうとは思えないんだ。早いけど、もう寝る。本当にごめんね、蔵人」

 蔵人が返事をする間もなく、サムは体を魔法で姿を透過し、蔵人の前から消えた。蔵人が気配を探知できなかったため、魔法で空を飛んだらしい。

「サム……」

 蔵人の胸中は、友の苦しげな作り笑顔で占められていた。


この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。


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