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彼女が欲しいと思わないのは

作者: k.k.

 夕食のため台所に立つ母親が口にする。

「ねぇ、あの子に彼氏できたの?」

「は? 知らない」

 前振りもない母の唐突な疑問に短く返す。

「好きな男の子の話とかは?」

「さぁ?」

 重ねられた質問にスマホを弄りながら首を傾げる。

「そもそも、そういう話は俺じゃなくて母さんの方が知ってたりするもんじゃないの? 妹が兄に話さないでしょ」

 よくある話として娘に彼氏がいるのを父親は知らなかったけれど、母親は相談を受けたり悩みを聞いたり、雑談の中で付き合っている相手がいる事を知っているのが定番だ。

「分からないから、お兄ちゃんに聞いてるんじゃない。本当に知らないの?」

「知らないよ。家族に知られるのが恥ずかしいとかで隠すような性格してないし、やっぱり女同士愚痴や相談出来るから明かすなら俺より母さんだろ?」

 恋愛関係の相談も愚痴も、それこそ恋バナなんて兄よりも母親の方が話す優先順位は比べるまでもない。

 けれど真っ先に相談するのは友達だろうけれど。

 母親は息子の言葉を信じないらしく繰り返す。

「そう? あなたたち仲良いじゃない。隠そうとしてない? 道で男の子と一緒に歩いているところをバッタリとか、公園でイチャついてる現場を見たりとか」

「気づかれたらめちゃくちゃ気まずいな。まぁ、遠目すらないよ。隠す意味もないし」

 これまで妹の学校での様子とか、ちょくちょく兄の自分に聞きはするが、それは娘に元気が無いと見て心配になった時だけだ。

 それに兄妹仲が悪いとは思わないが仲良いのかも分からない。

 家族ルールと同様、他所の家の事情を知らないと気づけないレベルの話なので。

 疑問を心の中に浮かべていると母親から新しい証言が開示される。

「この前の日曜そこのソファでスマホしながらニヤニヤしてたのよ。いつもの友達と連絡してる時よりも、こう、なんて言うのか。ウキウキ気分っていうのかしら? 機嫌が良さそうって言っても、恋する乙女ぽかったのよ」

「はぁ……抽象的すぎない? この間の日曜日っていったら午後に映画に付き合わされた日か」

 午後一時を回った辺りで妹が暇かと突然映画に誘ってきた。

「午前中は休日なのに部屋に籠もっていたから彼氏ではないんじゃない? デートなら午前中からじゃないの?」

「だからお兄ちゃんには彼女が出来ないのよ。女の子は準備に時間がかかるから、遠出や時間帯が関係してない限り午後になるの」

「それはいつも外出直前になって持ち物が無いって騒ぐ母さんだけだろ」

 自信ありげの推理を披露する母親に、呆れ声で答えて続ける。

「そんな訳で気分が良さそうだったのはいつもの母さんの見間違いだと思う。機嫌良さげに見えたのはソフトクリームを奢ったからそのせいかもよ」

「えーっ、高校生なんだからソフトクリームくらいで喜ぶ歳じゃないでしょ。そうだったら心配よ」

 まだ若い気でいるのか『えーっ』とか口にして欲しくない。正直、家の外で使用されると恥ずかしく、知り合いの目がないか不安になる。

 そして母親の推理劇は息子の念を無視して続く。

「じゃあね、デートは午後からではなく。日曜日は相手の都合が良くなかったから、デートできなくて連絡取っていたんじゃないかしら」

 もう娘に好きな人がいる事が前提の話し方に、その確認作業のために質問されているようにしか思えない。

 まるで隠しているこちらのボロを誘う様に。

「あー、はいはい。そうかもね」

 知らない事は答えられないし、面倒くさくなり適当に頷く。

 それに母親の勘の悪さは家族全員が知っている。

 だから恋バナだったとしても友達のものにニヤニヤしていた方が可能性でいえば高い。

「彼氏を目撃したらお母さんに教えてね」

「うんうん、そうする」

 なんで嬉しそうなのか分からないが、この歳になっても恋バナに食いつく母親はどうなのだろう? と首を傾げたくなる。しかも娘の。

 世間一般的に恋バナを好きな母親はいるのだろうか? 当たり前だが親にも子供の頃があり、青春を送った十代があるのだ。興味があって当然……か? と口を閉ざす。

 元より母親が少し変わっているのは自分の名前の由来からして誤魔化せない事実だった。

 名前の尚弥(なおや)は出産のために入院していた病室の番号708を語呂合わせで決めたのが由来だ。

 それを後悔したのか反省したのか、娘は叶莉愛(かなりあ)と一目で手抜きでない名前を付けた。

 しかし逆にキラキラネームぽくて気の毒でもあり、叶莉愛は言いにくく家族や一部の友達からは「カナ」と略称で呼ばれている。

「で、彼氏を差し置いてデートしたお兄ちゃんはカナと何の映画を観に行ったわけ? 面白かった?」

「んー、微妙」

 妹と映画を観に行く事をデートと言う母親の発言は無視して質問に答える。

「ホラー映画って触れ込みだったけどその実はスプラッターだったから微妙。B級好きは好きなのかもしれないけどさ」

 冒頭数分で一人殺された時の映像と演出で雲行きが怪しくなり、次に森の中で遠くに佇む殺戮者がシュールで笑いが漏れ、森に迷った女性に向かって走り出して追い駆ける描写でB級映画を確信した。

 あとは無駄に女性のセクシーアピールが酷く、襲うシーンも合理的でない上に手当たり次第感があり、化け物のマスク感が半端なくて怖さが半減だった。

 文句を言いつつ二人して記念にと劇場グッズを買い、帰りに寄ったファミレスで酷いと感想を言い合った。

 兄妹だからか意見が合いすぎて盛り上がった。

 ちなみに友達と観に行けば良いじゃないかと連れ出された時に愚痴ったが、学校での自分のイメージじゃないから誘い辛いという答えが返ってきた。

『わたしがホラー好きとか意外でしょ? 隠してないけど公言もしてないからさ』

 別に隠してないなら意外さで驚かせてしまえと思う。

『一人でこそこそホラー見に来て見つかったら気まずいし言い訳効かないでしょ? 尚弥と一緒なら堂々とホラーが観たい兄に付き合わされた体をとれるじゃん』

 それは知られて友達に避けられる事を心配する妹の弱い部分なのかもしれないけれど。

『兄を身代わりに誘うな』

 それにいつからかは忘れたが、突然叶莉愛は尚弥と呼び捨てにしてくる様になった。

 名前呼びは兄妹的には珍しくもないし、こちらもカナ呼びしているので気にしていない。

『良いじゃん。尚弥暇そうにしてたんだから』

『否定はしないが、隠蔽工作しなくてもギャップって話で済むだろそれくらい』

 クラスでどんなイメージかは知らないが、妹は見た目が悪くないのでホラー好きの印象がないなら十分ギャップを狙えるはずだ。

「あの子もそんなの観て。デートでも彼氏と行こうとか言い出さないかしら? 心配ね」

「キャラじゃない……他人からの印象を気にしてるみたいだし大丈夫だろ。心配するなら彼氏出来てからにしたら?」

 兄をカモフラージュ代わりの隠れ蓑にする妹だ。それほど意識しているなら付き合っている相手に空気読まずにホラーを観たいなどと口にしないはずだ。

 趣味が合うなら別だけれど。

「ただいま~」

 噂をすれば当の叶莉愛が帰宅した。

「おかえりなさい」

「お帰り」

 肩からバックを下ろしながら現れた彼女に直球で訊く。

「カナ、恋人いる?」

「は……?」

 突然の質問にマヌケな感じに口を開け、キョトンとした目を兄に向けてくる。

「母さんが気になるんだって。この前の映画観に行かされた日、ソファでカナがニヤけてたらしいじゃん。だから母さんカナに彼氏いるんじゃないかってさ」

 回りくどいのは苦手であり嫌なので、面倒くさくはあるけれど母親にそんな話をされるくらいならハッキリさせたかった。

「にっ!」

「に?」

「ニヤけてないし!! あれは!」

 予想の他大きい声に手で耳を塞ぐと、相手は一旦言葉を呑み込んだ。

 想定していた反応よりも顔を赤くして動揺を見せる。

 するとカナは母親の期待する視線を無視して一息吐き答えた。

「尚弥はどうなの? わたしに彼氏がいない方がいい訳?」

 質問を質問で返されたけれど、よくある事なので再び聞き返す。

「バカなこと言ってないで質問に答えろよ。知りたいのは母さんなんだ」

 そう言いはしたが憎たらしくて面倒くさい妹ならいざ知らず、突然付き合わされるのは迷惑だけど可愛い妹だ。

 妹に彼氏が出来たら悲しいか訊かれているのだろうけれど、逆に質問を返されて納得いかない。

「ふーん、でもフェアじゃないよね?」

「フェアってなんだ? ちょっとした質問にフェアさを求めるな」

 相手の言葉に不満を返したが、彼氏がいない方が良いかの質問に答えろという意味かと、催促するように見える妹の目配せに仕方なく答える。

「高校生ならいても不思議じゃないからな……悪い奴じゃなければ」

 意地を張って平静を装って頷く。

 胸の中でもう経験していてもおかしくないと思うと妹に先を越された以前に複雑な心境になる。

「違う違う、尚弥はどうなのって話。わたしだけ答えたくないから、尚弥は気になってる女子とかいるの?」

 妹に彼氏がいたらの話から飛んでいたらしいうえに、何がおかしいのか含み笑いで訊き直された。

「知りたいか? そんなこと」

 面白い恋バナなんて求められても出来ないけれどとため息を吐き、彼女どころか気になる相手もいないと答える。

「せっかく顔は悪くないんだから早く彼女作りなさいよ。そして家に連れてきて」

「余計なお世話だ。なんで母さんが楽しそうな訳?」

 妹の質問に答えたのになぜか母親の方が楽しげな反応を見せる。

「カナはワタシに似て愛嬌もあるし、男の子から声かけられまくりだろうから心配なんてこれっぽっちもしてないけど」

 確かに人懐っこさとか愛嬌といった点では親子だけれど、メイクの差もあるかもしれないが年々垢抜けていき、最近この母親から産まれたのか疑いたくなる変わりようだ。

 そして母親はわざとらしく頬に手をあてて言う。

「アンタはねぇ」

「まるで性格悪いみたいなニュアンスで言わないでくれ。母さんに代わってカナに付き合っている相手がいるのか訊いてるじゃないか」

 親切で訊いたのにまさかの方向からの攻撃に顔を顰める。

 あと歳と仕草を考えろと言いたい。

「彼女なんていない。ほら、答えたからカナも早く」

 ストレスが溜まりそうで早くこの話題を切り上げたくなった。妹に彼氏がいようとすでに初体験を先に済ませていようと興味はない……

 これでフェアだと視線を送ると一度顔をこちらから逸らして囁く。

「気になってるのは……いる」

 僅かに照れながら答えた返事に母親は娘に言う。

「お母さん話聞くよ。相談して。なんなら名前だけでもこっそり教えてくれてもいいわよ」

「……それは嫌。お母さんたちの連絡網で広がって欲しくないし。相談するなら友達にする」

「はぁあ……娘の恋の悩みを聞くのが夢だったのに残念……」

 わざとらしい仕草にカナがチラリと視線を寄こすが止めてと眼差しで言われても困る。

 妹からアイコンタクトで助けを求められ、ため息一つ吐いて困りつつも口を開く。

「母さん、諦めなよ。俺が小さい頃に保育園の先生が好きだったの、母さんその先生にバラしたじゃないか」

 前科があるので自業自得だと説得する。

「あれはどの先生から見ても好きなのはバレてたからいいじゃない」

「バレてた……のか」

 昔の事なので気にしていなかったが、改めて事実を言われると軽い衝撃が走った。

 今では顔も思い出せないし、恋心かと聞かれると違うけれど、隠しているつもりだったので恥ずかしい。

「当たり前でしょう。朝保育園に着くと真っ先に先生の所に飛んでって『おはようございます』って言うんだから。あの頃はお兄ちゃん可愛かったのに」

 上手く叶莉愛から話は逸れたが、自分の過去が抉られてしまう。

「可愛くはなくなったけど、代わりに訊いたり親孝行だろ」

「小さい頃は進んでお手伝いしてくれたから昔の方が親孝行だったわ」

「……」

 ああ言えばこう言うと口をつぐむ。

 手が止まっているので本当に母には喋ってないで早く夕飯を作ってくれと念じる。

「へー、尚弥はああいうタイプが好みなんだ」

 叶莉愛がからかう様に言ってきた。

 本当に昔の話なので何を根拠に先生が好きだったのか分からないので逆に恥ずかい事もない。

「やめろ。保育園の話だ。今は違うから」

「じゃあ今は?」

 否定すると更に突っ込んで訊かれた。

 なんで叶莉愛に相手がいるのか訪ねただけで、自分の好みのタイプを妹に答えなくちゃならないのか不満を覚える。

「カ……」

「カ?」

 イラ立ちもちょっとあり、適当に叶莉愛と答えようとして止めた。

 冗談でも妹みたいのがタイプだとか気持ち悪くて口に急ブレーキがかかった。

 口に出そうとした事自体どうかしていたとしか思えない。

 ふざけていたとしても言った時点で、その兄は頭が相当おかしい。

 叶莉愛から視線を外し、当たり障りのない答えに変更する。

「……好きになった人がタイプかな」

「えー、絶対ウソ。目逸らしたし、何か言いかけてた」

 案の定、叶莉愛は答えに納得した様子はなく疑い返してきた。

「好みなんてどーでもいいだろ」

「お義姉さんになるかもしれないんだよ。嫌いなタイプの人だったら嫌じゃん」

「高校生の恋愛でそこまで心配するのは考え過ぎだ」

 高校生での恋人からその後結婚なんて想像つかないし、それはレアケースで少数派だろう。

「じゃあ、母親に似た人を好きになるっていうし、そうゆう事でいいよ」

 俗説だが息子は母親に似た女性を、娘は父親に似た男性を好きになるみたいな言葉を引用する。

 妹に好みを教えるなんてシチュエーションが普通じゃない。思春期の男子が家族に恥ずかしくて言える案件ではない。

「真面目に答えて」

「何でだよ?」

 年齢イコール彼女いない歴の兄に友達でも紹介しようとしてるのだろうか? 今は自分が恋とか想像もつかないし興味もないのだけど。

「……分かった。正直に言うよ」

 どうしてこんな話がしたいのかさっぱりだが、諦めてくれそうにないのでその瞳を見やる。

「美人よりの、カナよりも胸がある子が好ーーみゃべっ?!」

 突然顔面目がけてカバンが飛んできた。

 視界が一瞬暗転したかと認識するよりも早く、洒落にならない衝撃が顔面と首を襲い、カバンが音を立てて床に落ちる。

「バカ! 最低!」

 一度明らかに誤魔化しと言える返事をした後の答えなので、それも嘘だとしても少しだけ真実味が生まれ、本当だと思わせる事が出来る。

 もちろん、普段からはぐらかすような人間では上手くいかない方法ではあるけれど。

「お兄ちゃんもおっぱい星人なのね」

 痛みに手を顔に当てていると、母親からやっぱりお父さんの子ねと言われた。

 例え嘘としても母親と性癖の話をするのは気まずさを覚える。

 床に落ちたカバンを拾い上げ、ソファーの背もたれに寄りかからせて置く。

 取り付けられたキーホルダーとマスコット人形が揺れて目を引いた。

 懐かしいキーホルダー。

 今は普通に過去の物が流行るのであった物を改めて付けているのだろう。

 少し使い古した感のあるそれに昔を思い出したりする。

「にしても、よく投げられたな」

 カバンは滅茶苦茶重い訳ではないけれど、女子高生が投げるのに軽い物でも決してない。

 再び静かになると母親の包丁の音が再開されていた。

 スマホを投げだして天井を仰ぐ。

「好みなんて分かるかよ。この気持ちが恋なのか悩んで答えを出したばかりだってのに」

 人を好きになると気になって目で追ってしまうとか、相手を知りたいとか話したいとか、何をするにもその子の顔が頭に浮かぶとか、色々言われるけれど分からない。

 妹は意識しなくても勝手に視界に入ってくるだけとも言えるし、たまに意味不明な事を口にするから経緯や意図が知りたいだけかもしれない。

 クレームゲームで見かけたぬいぐるみを贈ったら喜ぶかなと考えるのも、全て存在が他に比べて近いだけだからだと思う。

 母親に言われた様に仲良しかはともかく、叶莉愛と一緒のところをクラスメイトに見られ、仲が良いとからかわれもした。

「俺はシスコンじゃないっての」

 気の合う叶莉愛が居て充たされているから周りに比べて彼女を作る事に積極的でない可能性はあるけれど、普通の適切な距離感の兄妹だと胸の中で呟く。

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