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第42話 ハイブリッドと女衒と援護射撃と

 九月十八日 午前九時五分


 私は今、上司のチンパンジーを見つめている。


 今日も町内会の防犯講話があり須藤さんと一緒に行くのだが、目の前にいる焦点の定まっていない(しな)びた須藤さんはいつもより一回り小さく見える。

 席につき、デスクの正面に立つ私たちを見上げているが、今日は一言も喋らない。大丈夫だろうか。


 私の隣には、先輩である大柄なゴリラと熊のハイブリッドがいる。

 この男は刑事課の間宮(まみや)さん。見た目は暑苦しいが、きっちり仕事をこなす優秀な人だ。

 好みの女の子と出会いたい場合、間宮さんに相談すれば希望通りの女の子を揃えた合コンをセッティングしてくれる信頼と実績の間宮さんだ。


 間宮さんは、私たちや事務職員から女衒(ぜげん)と呼ばれているが、私は女衒の元には複数の遣手婆(やりてばば)がいるはずだと考えていて、そっちの方が気になっている。


「防犯講話は俺が行きますから、須藤さんは俺らが戻って来るまで仮眠を取って下さい」

「……そうはいかない。行く。俺が行く」

「講話の内容は頭に入ってますから大丈夫です」


 町内会との打ち合わせ、講堂を借りる会社との折衝、講話内容の精査は基本的に間宮さんがやっている。

 ならばいつも間宮さんが行けば良いではないか、須藤さんでなくともいいのではと思うが、いかんせん間宮さんは見た目がゴリラと熊のハイブリッドだ。シャバに出してはならない。クレームが来てしまう。


 シャバの須藤さんは警察官の雰囲気を消すのが上手い。

 防犯講話ではよそ行きスマイルのジェントルポリスメンで、出席者からは人気だ。

 いつもお付きで防犯講話に行く本城もそうだ。

 普段の彼の見た目は反社だが、シャバでは愛嬌のある爽やかな笑顔の反社だ。


 だが今日も本城はおらず私たちが行くしかないのだが、ゴリラと熊のハイブリッドとアヒル口が出来ないババアで防犯講話はマズいのではないかと思う。思うが、チンパンジーが萎びている以上、仕方のないことだ。


「奈緒ちゃんはパンツスーツなんだね」

「えっ、はい」


 ――マズかったのだろうか。


 前回同様に万人ウケするネイビーのワンピースにしようと思ったが、午後は松永さんと動くからパンツスーツにした。

 松永さんは黒のタイトスカートのスーツ、白いシャツ、黒いストッキング、七センチのヒールで夜会巻きにして欲しいと言っていたが、完全にウラがありそうだからライトグレーのパンツスーツにしたのだ。


「俺さ、奈緒ちゃんのパンツスーツ姿って好きなんだよね」


 ――おや……? これは……。


 ちらりと間宮さんを見ると、いつでも動ける体勢を取っていた。判断が早い。背後にいる課員の空気が変わった。


「髪もさ、ロングの茶髪パーマが好きだったけど、黒髪ストレートも最近は好きなんだよね」


 パワハラはするがセクハラはしないはずの須藤さんがセクハラしそうになっている。このままならアウトだ。間宮さんはどうするか。

 ちらりと間宮さんを見ると、既に須藤さんの背後にいた。判断が早い。


「奈緒ちゃんの黒髪ストレートも良――」


 間宮さんはもう仕留めていた。

 須藤さんの椅子の背もたれを掴み、左手で頸動脈を軽く押さえて落としている。


 通常であれば、大柄な間宮さんでもチンパンジーは動じない。今と同じ時間内で間宮さんは床に転がっている。だが萎びたチンパンジーには無理だったようだ。

 間宮さんのお陰でパワハラはするがセクハラはしない須藤さんがセクハラをせずに済んだ。間宮さんは本当に判断が早い。グッジョブだ。


 須藤さんを抱えた間宮さんはソファに行き、須藤さんを寝かせた。


「お前らさ、須藤さんが起きたらまたシメとけよ」

「はい!」


 間宮さんは席に戻り、防犯講話の書類をまとめてカバンに入れ、私の元に来た。


「加藤、行こうか」

「はい」


 須藤さんを仕留めた喜びを隠しきれていない間宮さんは、私に微笑んだ。



 ◇



 午前九時二十八分


 会社の受付で内線連絡して、入口にあるソファに座って間宮さんと待っていると、中から総務課の石川さんが出て来た。


 石川さんは私に微笑み、隣にいる男性へと視線を動かしたが、チンパンジーではなくゴリラと熊のハイブリッドがいることに驚いてピタッと、ピタッと立ち止まった。まるで野生動物とエンカウントしたかのよう――。


 ――だから間宮さんをシャバに出すなとあれほど。


 だがチンパンジーが萎びているから仕方ないのだ。ゴリラと熊のハイブリッドで我慢して欲しい。


 私も間宮さんも立ち上がり、間宮さんは石川さんにご挨拶をした。


「おはようございます。はじめまして。本日は須藤の代わりに私、間宮が参りました。かねてよりお電話でお話をさせていただいておりましたが、初めてお会いいたします。どうぞよろしくお願いします」


 シャバには出してはいけない間宮さんが、一生懸命シャバ用スマイルで、シャバ用ボイスでジェントルポリスメンを演じている。よく頑張った。

 だが石川さんは私の真横からそっと間宮さんを見つめている。私は盾――。


「よっ……よろしくお願いいたします。総務課の石川でございます」


 石川さんは間宮さんへ名刺を渡し、丁寧に頭を下げた。

 間宮さんは名刺を受け取り、ゴリラと熊のハイブリッドスマイルで応えると、石川さんは目線をそらし、そのままお辞儀をして応接室に私たちを案内した。


 廊下を歩きながら間宮さんに距離を取るように伝えて、私は石川さんに話しかけた。


「石川さん、大丈夫ですよ、間宮さんは見た目がちょっとアレですけど、怖くないですから」

「んふふっ」


 私の冗談で緊張がほぐれたのか、石川さんが笑った。三ヶ月前にお会いした時より痩せた気がするが、ムニムニしたほっぺたは変わらない。髪も伸びてハーフアップにしている。だがこのヘアクリップは――。


「石川さん、素敵なヘアアクセサリーをお召しですね」

「んふふ、ハンドメイドなんですよ」

「えっ、ご自身で?」

「えっと……はい」


 これはレース編みだ。白と薄いピンクの小さな花をいくつも繋げた可愛らしいクリップ。石川さんもレース編みをするのか。


 石川さんは応接室のドアをノックをせずに開けたが、その際に私へ小さな声で、『今日はいませんので』と言った。


 ――あのクソジジイはいないのか。


 互いに目を合わせて、口元を緩ませた。


「こちらにどうぞ」

「ありがとうございます」


 石川さんは間宮さんに笑顔で案内して、お茶の準備のために席を外した。


「いつも石川さんとは電話で話をしてたんだし、あんなにビビんなくてもいいのに」

「電話では顔も体長もわかりませんからね」

「たいちょう? もしかして体の長さ?」

「はい」

「もうっ」


 二人で笑い合いながら間宮さんはソファに座り、私も隣に座ろうとしたが、間宮さんが私の腕を掴んだ。

 そのまま引き寄せられて、間宮さんは私の耳元で囁く。


 加藤をどうしても飲み会に連れて来いって奴がいる――。


「……それで」

「玲緒奈さんと松永ブラザーズ、須藤さんの四人に承諾を得てからにしろって言っといた」

「ふふっ、そうやって私に悪い虫がつかないようにしてるからこの年齢(トシ)になっちゃいましたよ」


 腕を離した間宮さんは小さく息を吐いた。

 私はここ数ヶ月、ある用事で複数の署に出向いている。初めて行く署もあるが、内容も内容だからすごく歓迎されている。


「加藤は行く先々で独身だと言ってるんだろ? だから引き合いが多いんだよ」

「ふふっ、お声がかかるのは嬉しいですね」

「もー、早く結婚しちゃえよ。もう三十四だっけ?」

「ええ」

「敬志さんと早く結婚しろよ。丸く収まるだろ、それで」

「嫌ですよ」

「何でよ? あんなイケメンで背が高くてさ、加藤と並んでると刑事ドラマみたいだなって思うのに」


 私は松永さんの嫁候補だと思われている。まあ玲緒奈さんの舎弟だし、そうなってもおかしくはないのだが、松永さんは私の相澤への恋心を知っているから私との関係が近いと周囲に誤認させるようにしているのだ。

 玲緒奈さんと松永ブラザーズのガードは固く、お陰で誰も寄って来なくなった。私が年を取ったのもあるだろうが。


「失礼します」


 石川さんが来た。

 講堂へは十時十分に行くが、それまでの三十分ほどは応接室で総務課の方とお話をする予定だ。


「今日は須藤さんは……?」

「ああ、えっと……」


 私はちらりと間宮さんを見た。須藤さんの頸動脈をシメてきたとは言えない。どうする。


「ははっ、須藤は……問題なく、過ごしていますよ」


 ゴリラと熊のハイブリッドが微笑みながらヤクザみたいなことを言っている。

 石川さんは動揺している。

 私も何か言わなくてはならないだろう。でも頸動脈をシメたとは言えない。


「石川さん! 大丈夫です、えっと須藤さんは……あの、元気です。元気ですから」


 ――マズい、援護射撃だこれ。


「大丈夫です。次は須藤と本城のいつものペアが来ます!」

「そうですか……」


 ゴリラと熊のハイブリッドと、言葉足らずの私で防犯講話はマズいのではないかと懸念していたが、その通りになってしまった。

 防犯講話はどうなるのだろうか。


 きっと、クレームが入るのだろうなと思いながらお茶をいただいた。





 

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