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東京ゲノム  作者: 夏之ペンギン
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非人間主義者と蟹とカレーパン

都内の平凡な高校に通う二年生のぼく、マコト。なにをとっても普通で、すべてにおいて無気力で絶望的なまでの非人間主義者だったぼくはある日、ひとりの少女と偶然出会った。それは運命…いや、ぼくらの体の奥底にある現実という名の恐ろしい罠、なのだったのだ。ひたすら死にあこがれるぼくと、精いっぱい自分を生きる彼女、ユキ。おたがい秘密を抱えながらも、惹かれあい、その秘密を乗り越えようとしていく、これはその軌跡の物語…

その始まりはあの交差点だった。大きな大きな交差点。無数の人の目が文字通り交差する、奇妙でしかも何か圧倒するような気配がする。それは海に似ていた。大きな海。


そしてそれが大波揺れる大洋だとしたら、ぼくはその水辺の端っこで、戸惑い佇む一匹の蟹だ。


波間に戯れるほど度胸もなく、かといって砂地から出ようとする気概も意地もない。要するにただの意気地なし、ということさ。


ただそれが毎日毎日続くものだから、ぼくはほとほと飽き飽きして、この命と引き換えに何か楽しいことをしてやろうと、こうして早朝のこの酷く馬鹿馬鹿しいほど広い交差点の端っこで、行き交う人々を眺めていたんだ。


突然、誰かが交差点のど真ん中で叫んだ。真っ白なシャツの男の人だ。


きっと何か心が病みきって、世間の重圧をようやく突き破れたんだろうな。うらやましいと思ったと同時に、先を越された感がぼくの胸いっぱいに広がって、やはりぼくは浜辺でうろつくだけの蟹なんだと思い知らされた。


――蟹は蟹の分をわきまえろ


そうその白シャツの男の人が言った気がした。だからぼくはもうそこにいられずに、ただ人の列に従うように、いや、引きずられるように長く続くアスファルトの坂道を、足早に上って行ったんだっけ。


ああそうだ。毎日毎日この坂を上り、坂を下りる。それはまったくぼくの義務と課していたんだ。その義務を果たす限り、ぼくはぼくの身分を保証される。ぼくの中身が、なんであろうとも。



そこは普段通りの学校だ。何の特徴もないただの高校。スポーツが凄いとか、勉強ができるとか、なにか優れたものがあるようなところじゃなく、ただそこにあるからといった理由が存在意義だけの、どうにもよくわからないところがそれだ。それでもぼくはここに通う。大したものだと思うよ。まあときどきさぼるけどね。


「どうした?具合でも悪かったん?」


教室の席についたとたん、隣の席の美智子がそう言った。ぼくと同じモブキャラ。人づきあいの苦手なぼくが抵抗なく話せるのは、ぼくも同じモブキャラだからだ。


「そう、すごく悪くて」


ぼくはそう答えるのが精いっぱいで、あとは前の席のやつの後頭部ばかり見つめていた。それがぼくの限界。


「まあ試験休みあとだし、たいした授業もなかったけどね。そうだ、これ渡そうと思って」


そう言って美智子はぼくに紙袋を渡した。


「なにこれ」

「マコトに借りてた参考書とそのお礼」

「お礼?」


紙袋のなかを覗くと、参考書が二冊とカレーパンが入っていた。


「なにゆえカレーパン?」

「うちの近くのパン屋のよ。超うまいんだから。あんた好きでしょ、カレーパン。毎日それしか食べてないし。もはやそれはもう人間離れしてるっていうレベルだし」


ああ、そうだっけ。そうさ、ぼくは恐ろしいほどの非人間主義者に憧れているんだ。だから毎日カレーパンなのさ。ほんとはあれこれ何を食べるか悩むのがいやなだけ。たかが昼食に。


放課後、ぼくが学校に来ようが休もうがまったく無関心の担任教師から、あのクソ長い夏休みの間行なわれるであろう夏季セミナーのお知らせと申込書を手渡された。


「いい加減やる気出してくれよ。おまえなら結構いい線の大学でも行けるんだから、ちょっとはわが校の進学率に協力してくれよ、な?」


と言われましても、こちとらまったくやる気がないんで。ご容赦ください。


幼稚園からの延長上にある人生のただの通過点にしか過ぎない大学が、この教師にはまるで終着点にしか見えないんだ。まあもっとも、ぼくにだってその先は見えないんだけどね。そういう意味ではこの教師とぼくは同類項ってことで、だから簡単にその期待を裏切るなんて、ぼくにとって何の呵責もないのだから。


だから帰り路だって、こうしてまっすぐ家に帰るんじゃなくて、このだだっ広い交差点を何度も何度も行き来しているんだ。だってぼくは蟹だから。


「あ、ごめんなさい」


そうきれいな声で言われた。交差点の真ん中で何かにぶつかったとは思ったが、まさか〈そんなもの〉とは思わなかった。


それは金色の長い髪の真っ白いブレザーの女の子で、最初外人かと思ったほどとんでもなく美人で、そしてそれはそこにいちゃいけない子だと、ぼくはなぜだかそのときそう思った。



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