第一章 8話 「休暇の筈が」
イオは目が覚めると、神殿の中の部屋に横たわっていた。
体を起こし、周りを見ると——ドゥーベがいた。
「いやぁ、長い旅だったね」
「……見ていたの?」
「いや、違うよ……なんとなく言っただけ」
適当なドゥーベを無視し、イオはひんやりとする地べたに座りながら話を続ける。
「とりあえず、僕は人を直ぐには信用しないことを学んだよ……勿論魔女もね」
「まぁ、僕が関わってきた魔女は、いい人ばかりだったから、偏った考えだったことは、謝罪するよ……」
頭を下げるドゥーベに、「それじゃあ帰ろう」と、声をかけ、家に帰る。
歩きながら、イオは訊ねた。
「ドゥーベをつくった魔女は、金の魔女だったの?」
「へぇ、よく気づいたね、そうだよ正解。ってことは、アクイラも見たわけ?」
「うん、超大きい鷲の魔獣がいたよ……」
うんうんと、うなずくドゥーベは俯き考えているような顔をする。
「アクイラが出てきたってことは、あのとき……いや、一番最近の魔女狩りか……」
イオは、何度も聞いた『魔女狩り』という言葉を、ドゥーベに訊く。
「魔女狩りって?」
「魔女狩りっていうのはね……」
一度深呼吸をし、
「そのまま、11人の魔女を殺すことさ……!」
口端を歪めながら、言う。
イオは、予想はしていたが、伝えられた衝撃的な事実に絶句した。
「どう……して……?」
「それは……魔女を全員殺せば、願いが叶うとか、とんでもない力を手に入れられるとか、そういう迷信があるのさ」
真相はわからないと、加えて言った。
「そんな……!」
イオはショックを受け、足を止めた。
そんなイオを尻目に、ドゥーベは話続ける。
「今まで、魔女狩りが達成させられたのは——2度だけだ」
「……それって、だいぶ昔?」
「うん……数百年前の話だよ……」
イオは止めていた足を、再度動かし始めた。
「最近でも……って言っても、数十年も前だけど、一度、魔女狩りが達成されそうになったんだ」
「でも、達成されなかった?」
「ああ、それはね……最強の男が動いたからさ……」
「……最強……!」
突然現れた単語——『最強の男』について、説明を続ける。
「その男の名は——アレクス・ターチスだよ」
「アレクス・ターチス……?」
「異名は『冷凍者』だ……」
明かされた二つ名——は、少しダサかった。
そんなこと気にせず、イオは知りたいことを聞く。
「冷凍者……ってことは、氷の魔法使い?」
「うん。氷の特異魔法の使い手、なんでも凍らせられる……最強さ……まあ、君が外に出ればいやでも世界は動くから、彼が出てくるはずさ……」
特異魔法とは、普通の魔法とも血統魔法とも違う、世界に数人ほどしかいないとされる、レアな魔法だ。かなり強力で、未だ未知の部分が多いので、研究が続けられている。その特異魔法使いの中でも代表格が——アレクスなのだ。
しかし、イオが興味を示したのは、特異魔法ではなく、まったく別のことだった。
「外に出ればって…………あっ!そうだ……いつ僕は旅に出られるんだい?」
思い出したように、そう訊く。
「げ、まあ後一週間後くらいかな……」
「15歳って、僕の誕生日っていつなの!?何度も訊いてるけど!」
そう、イオは自分の誕生日を知らない。なぜなら、ドゥーベ自身もあろうことか主にイオの誕生日を聞き損ねていたのだ。しかし、それをイオに言えずに隠していた。
「それは……旅に出る時に教えるよ……」
なんとか、誤魔化すドゥーベであった。
かなりゆっくり歩いていたのだが、気づけば神殿の出口が見えていた。イオは少し歩を早めて神殿の外へ出た。
外はすでに夜明けの時間帯で、春なので昼間は暖かいが、今は暗いので少し冷えていた。
「ふぅ〜……やっと、外だね」
イオは伸びをして、そう言った。
「そうだね……いろいろ辛い思いもしたと思うし、そろそろ休みな……」
「うん。だいぶ……精神的に、たいへんだったよ……」
イオは疲労から、強烈な眠気が襲ってきていた。
「早く、帰ろう……」
「うん……そうだね、お疲れ様」
ドゥーベは優しくそう言い、イオと共に家へと向かっていった。
イオは家につき、ベッドにダイブし、泥のように眠った。
※※※
——机には二つのコップが置かれていた。
「イオ、どうだったんだい?記憶の旅は……」
「それは……」
ドゥーベは朝、二人でコップに入れたお茶を飲み、椅子に座りながら訊ねた。記憶の旅でどんなことを学んだのか、何を思ったのか——と。
「……人を殺したんだ。正当防衛だけどナイフで……」
「あぁ、それは……慣れないことをしたね……」
「記憶の彼女は、人を殺してしまってから、人が変わったように、たくさんの人を治癒していて、なんだか怖かった……」
イオは、肌を栗立たせながら言う。
「それは……人を殺したから、人を助けようと思ったんだろうね……」
「人を殺したから?」
「ああ、イオも、もし、もしも……人を殺してしまったら、一人以上の人を助けるんだよ……絶対」
イオが口を開く前に、ドゥーベが言い忘れていたように、付け足す。
「これは決して、人を殺していいって行っているんじゃないからね……第一は殺さないこと、これは、もしもの場合の話だから……!」
ドゥーベが焦り気味に言う。
「理解しているよ……」
必死に説明する、ドゥーベを抑え、そう言う。
「まあ、わかってくれたのならいいよ……」
「ところで、ドゥーベは人を殺したことがあるの?」
「あんまり15歳の子供にこう言う話をしたくはないけど……」
ドゥーベは少し迷ったように間を開け、考える。
「嫌ならいいよ……」
ドゥーベはハッとしたような顔を浮かべ、
「いや、現実から逃げちゃいけない。だから言うよ」
「——?」
イオは意味がわからないのか首を傾げる。
「言い訳と思われるかもしれないけれど、ボクには自我のない時があったんだよ……その時にいっぱい……でも、自我を持ってからは一度もないよ」
「へぇ……」
「それと、さっきの現実から逃げちゃいけない……っていうのは、ボクの親、金の魔女のからの教えだよ……」
「教え?」
イオは、一旦口にお茶を運んでから、そう放った。
「うん。君もそうだけど、たいへんな事からはあまり逃げない方がいいよ……まあ、たまには逃げてもいいと思うけで……」
「え?逃げてもいいの?」
「ホントに無理な場合はね……例えば、アレクスに勝つとか……ま、まあ、それはいいとして……嫌な事からは、できるだけ逃げちゃダメだ……逃げてしまったら、いつかそのツケが回ってくる。後悔するよ。ボクみたいに諦めちゃダメなんだ、君は」
ドゥーベの過去に何があったのか、イオは気になった。
「あきら……める?」
「それは、いつか話すよ」
「ただ、できるだけ諦めるなって言っているんだ」
——諦めない。
その心意気で、イオは強敵と渡り合ってきた。今更でしょ、と正直思ってしまったが、それでも、ドゥーベの教訓は役に立つことが多いので、いつか忘れてしまうかもしれない心のメモに書いておいた。
「そういえば、後6日だね……訓練とかは大丈夫かな……やらなくて……」
「今日はいいんじゃない?」
「そうだね……今日は休もうか……っていうか、外に出るための準備をしなきゃ」
「うん。じゃあ今日はそれをしよう!」
それから、イオとドゥーベは準備を始めた。
「イオ……あそこだ!」
「わかった!」
そう応え、弓をゆっくりと引き、止まっている猪にむかって矢を放つ。
弓は、勢いよく真っ直ぐに飛び、猪の頭を貫いた。音を立てて、猪は倒れた。
「いただきます」
猪にむかって手を合わせる。
もうすっかり動物を殺して、食べさせてもらうことに慣れてしまったが、感謝は忘れない。
イオ達は、狩りをしている。狩りは訓練ではないのかと、イオはドゥーベに訊ねたが、「少ししかやらないから大丈夫だよ」と言われた。
こうして猪を狩っていると、ガサガサと、高い草の生えている茂みから、音が聞こえた。
「ドゥーベ……ディモニューサかな……」
イオは、どこか魔力を纏ったかのような気配を察知し、
「ああ……静かにするんだ……今バレると面倒だからね」
ドゥーベは折角の休暇が台無しになると思い、イオにそう言った。
まだ、ガサガサ音が聞こえる。その音はだんだんと近づいてきて——ついに、姿を表した。
そこにいたのは——子供のディモニューサだった。
「子供?」
「これは珍しいね……」
子供の魔獣は珍しい。
大抵、動物が魔獣になるのは大人になってからだ。でないと、体が耐えられない。
それを、子供の動物は本能で理解しているため、魔力濃度が濃いところには行かないようになっている。
ただしごく稀に、こうやって子供が魔獣になることがある。それは、濃い魔素に耐えられる、肉体を持つ、魔獣だ。そういう魔獣は、さらに自分を強くするために、魔素の濃いところへいく習性がある。
それ以外にも、ほとんど実例はないが、魔獣同士が交尾をし、その子供が魔獣になったりする例もある。
「どうする?倒す?」
イオがドゥーベにきく。
「こいつにもし、親熊がいるなら、危ないね……」
「じゃあ……逃げる?」
「いや、それもなぁ……」
イオ達のいる森の現在位置周辺は、美味しい木の実や果実、動物などが多くいる。それも春なのでさらにいっぱいだ。なので、ドゥーベは今食料をたくさん取って、残りの期間は、訓練に費やしたいと考えているのだ。
「棒も弓も短剣もあるよ……戦うならいいけど……」
イオは弓の技術も上がっていた。新人の狩人程度の実力なら持っているはずだ。
「でもなぁ……」
——と、ドゥーベが考えているが、子ディモニューサはイオ達の存在に気づき、自分よりも強いことを理解したのか、逃げ出した。
「待てっ!」
イオはドゥーベのことなど気にせず、子ディモニューサを追いかけた。
イオが追いかけたのは、もうとっくに臨戦態勢をとっていたのと、戦う気満々だったからだ。
「ちょっと……まってぇ!」
ドゥーベは必死にイオを追いかけた。
——イオは追いかける。凄まじい勢いで逃げる、子ディモニューサを。
——ドゥーベは追いかける。凄まじい勢いで、敵を追うイオのことを。
「待ってくれ!」
ドゥーベの言葉によって、やっとイオは足を止めた。それは、ドゥーベの本気度が伝わったからだ。
「おふざけはやめだよ……ここからは、まずい……!」
「わかっているよ……」
イオはゆっくりと、子ディモニューサの足跡をたどって、進む。
開けたところに出た。そこにあったのは——ディモニューサの巣だった。それも、以上な大きさの。
「こんなところが……あったのか……」
イオは、夢中で走っているうちに、かなり遠くまで来てしまったようだった。
「いや、これは最近できたのかもしれないね……!」
「どうして?」
「ボクが前ここに来た時……こんなものはなかった!」
「そうか……じゃあ……最近ここに住み出したのか……?」
魔獣は、魔獣になる前の動物の暮らしをする。
——もしかしたら、心はまだ残っているのかもね……。
そんな、ドゥーベの言葉を思い出した。
「そうだろうね……」
ドゥーベが考えていると、轟音が響きわたった。
「なんだ!」
巣を見てみると、砂埃が立っていた。そして、イオの思考が追いつく前に——1匹のディモニューサが、肉薄してくる。
おそらく、地面に拳を叩きつけ、発生した砂埃に隠れて襲い掛かるという策だったのだろう。
しかし、イオは、落ち着いている。落ち着いて——
「——はッ!」
目の前にきたディモニューサにイオは掌底をくらわせ、バックステップで一旦引く。
そして、相手への違和感の正体に気づいた。
(こいつ……頭を使える……!)
イオは急いで、棒袋から、棒を抜き取り——構える。
「来い!」
イオはそう言いつつも、横目でドゥーベを見やる。ドゥーベは、他の大量のディモニューサと、戦っていた。しかし、他のディモニューサにはイオの相手のような頭はなさそうだ。
(ドゥーベは大丈夫か……なら、本気で戦える!)
ドゥーベは、イオほどのサイズになって戦っているため、大丈夫そうだった。
「ふぅ——ッ!」
深呼吸をして、地面を蹴る。
まずは、上から振り下ろす——が避けられる。すぐに振り下ろした棒を、垂直に地面に叩きつけ、上に飛ぶ。
「決まったッ!」
イオは、短剣を抜き取り、確信めいた声でそう言って、ディモニューサの頭に向かって短剣を刺しにいく。
——しかし、これも避けられ、今度はディモニューサに逆に腹に強い一撃を、イオはもらった。
「ぐはッ!」
「イオッ!」
イオは遠くへ吹き飛ばされる。ドゥーベは、心配の声を上げるが、自分の相手に手一杯なので、助けに行けない。
(骨は……折れていない。頭から血が出ているくらいか……!)
——なら、いける!
そう決心し、立ち上がる。
また、棒を構える。今度は先程よりも集中して、本気で。
「ふぅー」
深呼吸をする。
——相手だけに、集中する。
イオは、凄まじい集中によって周りの音が聞こえなくなっていた。
「今度こそ……こい!」
イオもディモニューサも、双方共に走り出す。
イオは、棒を横に振る。しかし、ディモニューサは上へと跳躍し、回避した。
(それも全て織り込み済み!)
イオは、短剣を投げる。空中にいる、ディモニューサに向けて。
それを、ディモニューサは当然のように回避する——が、ディモニューサの視界に、イオの姿は無くなっていた。
どこだ?と、探す。
「ここだよ!」
イオは気付けば、後ろにいた。
ディモニューサを空中に跳ばし、短剣で視界を塞いだ、その刹那の時間に、イオは駆け出し、木に踏み台に、上に跳んだのだ。
そして、逆さの態勢まま、ディモニューサの頭に棒を叩きつけた。
ディモニューサは気絶し、地面にバタっと音を立てて、倒れた。
「勝った……いや、まだだ」
イオは、喜びそうになる気持ちを抑え、ディモニューサに短剣を向けた。
グサッと、音を立てた。
※※※
「終わったね……!」
ドゥーベは返り血を浴び、赤黒くなった体で、そう言った。
「ドゥーベは随分余裕そうだね」
「そんなことないさ」
「今回のディモニューサ、頭を使っていたよ、どういうこと?」
ドゥーベは少し考え、
「見ていたよ……きっと、元狩人のペットかなんかだったんじゃない?」
「どういうこと?」
イオは訊く。
「魔獣化の前の記憶が強い時は、魔獣になっても影響があるっていうんだよ」
あるペットが魔獣化した時、その主人を襲おうとした別の魔獣を、そのペットの魔獣が噛み殺した、という話は有名だ。
「へえ、まあいっか」
「うん。今日は休めなかったし、今度こそ明日は休もっか……」
「ああ、そうしようか」
イオの頭からの流血は、ヒールを使ったことにより、すっかりと治っていた。