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翠方の旅路  作者: 遠久ノ御方
第一章 森の少年編
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第一章 7話 「記憶の旅」


 


 翠の炎が灯された松明、それが中心に置かれ、二つの椅子がある小さな部屋だった。

 イオは、いつのまにか椅子に座っていて、向かいの椅子には、人影がある。


「イオ、イオようやくきたのね……」


「あなたは——」


「——大人に……なったのね…………」


 あなたは誰?と、聞こうとしても、遮られる。

 顔は見えない。声もわからない、ただ一つだけイオが理解できること、それは——この人影を見ると、安心することだった。

 

 何故?


 ——そう問われても、イオは答えられない。イオにも何が何だかわからないからだ。


 再度、問う。


「あなたは……誰?」


 今度は、遮られなかった。


「私は——」


 イオはごくりと唾を飲み込む。その額には汗が浮かんでいた。


「わるーい、魔女だよ……」


 何故か、我慢したように、泣きそうに、後悔したように、その言葉からは、沢山の感情が読み取れる。

 影は、「はぁ」と、ため息をついた。


 魔女という言葉をイオは多く聞いていた。魔女とは、十一魔女——彼女らについて、ドゥーベからいろいろ教わっていたからだ。

 正直、イオは魔女に対して悪い感情はない。それは、ドゥーベが魔女たちを敬愛しているから、その考え方が、イオにも移っているのだ。


「悪い……魔女?でも……魔女に悪い人なんているの?」


「まずその幻想を正してあげる。魔女は人以外にも、魔の者でもいるし、人を殺す人だっているの……」


「そうなんだ……!」


「うん……それに、魔女は悪い子がいっぱいなのよ……だから『魔女狩り』なんてことも行われていたし……って言っても、それは別の理由か……」


 魔女狩り——聞き覚えのない言葉に、イオは首を傾げる。


「でも、魔女信仰も一部地域ではあるし、魔女を好いている人も一定数いるみたいね……」


「人ってことは……魔物や魔人は……?」


「魔人はね、魔女を倒そうとする者もいれば、信仰する者もいるから、基本人と同じよ……」


「へえ、じゃあ魔女は良いことをすることもあるの?」


「うん!そうだよ……!」


 少し誇らしげに言う。

 イオは、初めて彼女の素が出てきた気がした。


「……って言っても、ちょっと考えが偏りすぎかなぁ……」


「……え?どういうこと?」


「……あなたは少し勘違いしているようだから、教えてあげる」


「何を……教えるって?」


「それはね……」


 影が——近づく。イオは、避けようとしても、意識は朦朧としていて、立ち上がることすらできなかった。影が、イオを抱きしめる。その時、顔が——見える前に、頭の中に大量の映像が流れ込んできた。


「うわぁ————ッ!」

 

 ——世界が、切り替わる。



※※※


 

 ——人の一生を映し出す。

 


 知らない天井、知らない寝心地、知らない世界。



 イオは、目が覚めると、目の前には顔を影で隠された男がいるベッドに横になっていた。体の感覚的に、きっと、横を向いて寝ているのだろう。


(どこ?ここ……)


 イオの意思に反し、体は動き出す。

 

(僕は……なにを、見ている?)


 イオはその異様な状況にも関わらず、落ち着いた様子で、誰かの記憶を見ているのだと仮定した。


(だとしたら……これは、だれの……?)


 すると、中にはメイド服を着た侍女が複数人入ってきた。

 メイド服、無表情で、痩せていて、やつれていた。

 よほど、業務が大変なのだろう。それとも————


 鏡を見る。イオが入っている人物は、顔を影で隠されていた。しかし、体つきから女性だということだけはわかる。


(きっと、この女性が、侍女を呼んだんだろうな……)


 歩き出し、大きく豪勢な扉を開ける。長い、廊下を歩いていく。

 壁にはいくつもの扉があり、ところどころ開けられている。おそらく、侍女の部屋だろう。

 ——荒れていた。机の上には、瓶のようなものが置かれている。

 イオは——彼女は、それを見ないように、先行する侍女の背中に視線を戻した。


(あれは……なんだ?)


 また、大きな扉を見つけた。イオは気づいた、侍女と彼女はそこに向かって歩いているのだ——と。

 侍女が扉を開ける。そこはとても広く、二人分の食事が置いてあったため、朝食だとわかった。


(この家に見合わない、質素な食事だな……)


 朝食は、パンと見るからに味の薄そうなスープ、牛乳だった。

 家の様子から、どこかの貴族、または王族だと考えていたイオは、その食事を疑問に思った。


(まさか……食料が届いていないのか……?)


 食糧難——相当高い位の者がこのような、食事をしているのだ、おそらくその国が危機に瀕しているのだろう。

 彼女が席に着いてすぐに、先ほど横に寝ていたであろう男が、侍女に連れられてやってきた。

 やはりどの侍女も、やつれている。

 男は、豪華な格好をしている。よほど偉い人なのだろうと、イオは思った。

 


 その男は席につかず、ゆっくりと、彼女に近づき——


 



 また——世界が切り替わった。





 目の前は血だらけだ。

 多くの人間の兵士や魔物、魔人までが血を流していた。

 赤以外の血の色も、燃え盛る戦場の地には、べとりとついている。


 右を見る——子供を抱えた母親と思わしき女性は、泣いている。

 左を見る——両足を失った兵士が、這いずりながら、前へと進んでいる。

 上を見る——青かった空には暗雲がたちこめている。

 下を見る——今ではひどく傷だらけの、綺麗だった手には血が——


 人を殺した。


 イオは——自分の意思ではないが——その事実に吐き気を催した。だが、吐けない。自分の体じゃないからだ。

 しかし、この体の人——イオの直感で人だと思った——は、吐く気配がない。この体は、人の死に、人殺しに慣れているのだろう。もしくは、放心状態で、なにも考えられていないのか。

 

 痛みも感じた。人に斬られる痛みを、怨嗟の声を上げ襲いかかってくる人々による、心の痛みを。

 彼女の感覚を感じ取れるらしい。

 

 そして、理解した。彼女は——イオの見ている、影で顔を覆われた女性は、魔女だということを。

 そして、この戦いは、先ほどイオが聞いた、『魔女狩り』だということを。


 『魔女狩り』、言わば戦争だ。

 魔女は、危険だ。服装から一般市民とわかる人々までも、ここまで恨むのだ、異常なことをしたに違いない。

 そうして、イオは自分の勘違いを正した。


(でも……どうしてだ?)


 イオには疑問があった。

 イオの見ている魔女は、どれかだけ恨まれても、どれだけ憎まれても、怪我人を治療しているのだ。

 市民は直接的な攻撃はせず、治療する魔女に向け石を投げた。

 イオにはそれが、ひどく汚れて見えた。


 ——魔女は悪い人もいい人もいるんだよ。


 ドゥーベは言った。


 確かに魔女は悪いのかもしれない。しかし、こうして怪我人を、魔法で治療する魔女に、心優しき魔女にどうして石を投げるのか。イオはそう思った。

 確かに、魔女は悪いことをしている。しかし、それなら悪いことをしている魔女を恨めばいいではないか。イオは、そんな考えを持ちながら、さらに彼女の記憶を見た。


 イオは見た。

 治療する魔女を守ろうとする市民を。魔女のために必死に声を上げる人々を。

 石を投げる男を必死に止める、娘らしき少女を。戦いに紛れ、金品を奪う盗人を。

 人の命を奪わない魔人を。逆に、人を笑顔で殺す、魔人を。


 ——イオは気づいた。


 悪い魔女もいい魔女もいる。それと同じように、悪い人も魔人も、良い人も魔人もいるのだ。この世界には。イオは、そのことにやっと気づいた。

 

 



 記憶は、まだ続いた。





 ついに、魔女は一人の騎士に捕らえられた。無抵抗だった。

 乱暴に、城の地下にある牢獄へ連れてかれる。

 中には先客がいた。二人の魔女だ。

 

 彼女は魔女と会話をしている。会話の内容をイオはあまり聞き取れなかった。だが、二人の魔女が茶の魔女と橙の魔女だと、分かった。

 それ以降は、一才聴き取れなかった。二人とも顔は影で隠されている。しかし、二人の声音は安心したようだった。


 1日ほど経っても、他の魔女が牢にくることはなかった。

 牢獄の鉄格子の窓は、夜でも赤い光を差しこめていて、それだけたいへんな、戦火に包まれているという予想がついた。

 イオは思う。彼女は、何色の魔女なのかと。そんな考えに思考を巡らせていると、二人の騎士が現れた。

 

 青い髪と、赤い髪で、腰に剣を下げている20代前半と思われる、青年だ。対照的な髪色の彼らは、いかにも仲が悪そうに、喧嘩をしていた。

 彼らは魔女を助け出す。魔女を助けるときは、二人とも協力していた。

  

 裏口から外に出ようとする。しかし、すでに行手は火の海だった。城も燃やされていたのだ。

 二人の騎士は、やれやれと言わんばかりの表情で部屋の壁を、円の形に斬った。

 そして、赤髪の騎士が彼女を抱えて飛び降りた。

 

 ——かなりの高さがある。しかし、二人はいとも容易く着地した。

 そうやって道を切り開いていき、遂に裏口についた。


 城の裏口から外へ出ると、朝横にいた男と金色の服を着た女性だった。

 何やら、話をしていると——上から、暴風が吹いた。彼女が顔を上げると、そこには巨大な鷲の魔獣がいた。

 その魔獣は、金色の服を着た女性に付き従っている。


(まさか……あれはアクイラ……!)


 鷲の魔獣は、異常に強そうだった。イオはドゥーベよりも強い、アクイラをその魔獣から連想させた。

 

(もしかしたら……あの金の女性は、金の魔女で、ドゥーベの生みの親なのかもしれない……)


 金色の服を着た女性を金の魔女と考察する。

 

『さ……は……金の魔女…………ね』


 青髪の騎士が、そう言った。ほとんど聞き取れなかったが、大事なところは聞くことができた。

 そして、確信に変わった。金色の女性は、金の魔女だった。


(やっぱりか……!)


 女性、横に寝ていた男、金の魔女、青髪、赤髪の騎士の5人でアクイラ——イオの予想だが——に乗って、飛び立った。


 上空から見る、街や人々は酷かった。

 炎の熱さから川に入り、逃げ場を失って魔人に殺される人、親を亡くし泣き叫ぶ子供。

 まさに——その光景は、地獄絵図だった。

 

(……酷すぎる……!)


 急に謎の衝突音がして、また——





 ——世界が切り替わる。





(……今度はどこだ……)


 もうあの地獄の惨状は目の前にはない。

 周りに人もいない。一人、たった一人で前へと走っていた。


(どこに向かっているんだ……?)


 新しい、壁で囲まれた国が見えた。

 壁の文字、国の名前がうっすら見える。


 『魔王国 ウォルマリ』


 名前からして、おそらく魔物の国——いや、魔女の国だろうか。

 イオはそんな疑問を持ちつつも、さらに彼女の動向を見ていく。

 国の中に入るとそこでも、戦争——魔女狩りは行われていた。


 しかし、そこにあったのは、魔女による虐殺だった。

 誰かが戦い合うのではなく、魔女による一方的な虐殺だった。

 その魔女は——黒の魔女セミラミス。イオの見ている彼女が、叫びながらその名を呼んでいたので、気づくことができた。


 セミラミスは圧倒的な力を持っていた。どろどろとした黒い液体が、人を飲み込む。

 ——地獄は、そこにもあった。


(……なんて、ひどい状況なんだ……!)


 記憶は、まだ続く。


 そして、イオの見ている彼女は、逃げ出した。

 気づけば、森の中にいた。そこで、冒険者の集団を見つけ、話しかける。

 ——しかし、その冒険者は狂気な眼をしていた。


 そして、追いかけられる。転びながらも、逃げていく。泥まみれになりながら、綺麗だったドレスは燃え、泥まみれで、すっかり汚れていた。

 やっと、森を出た。

 空は、暗くなっており、冒険者の追手ももう来ていないようだ。

 彼女は安心し、ぐたりと座り込んだ。

 

 ——前から何かが来る……。


 そこで、記憶の旅は終わった。



※※※



「——見たのね」


「——ッ!」


 目が覚めると顔の前に影があったので、イオは驚いた。


「……びっくりさせてごめんなさいね……でも、びっくりしたでしょう」


「うん、まさか……あんなひどいことをする魔女がいるなんて……」


「まあただ、セミラミスみたいな、魔女ばかりじゃないからね」


「わかっているよ。だから——」


 イオの目つきが変わった。


「——僕は、人や魔女、生物に対して、気をつけようと思う」


「うん……!いつ裏切られるか、わからないからね」


「今日はありがとう。貴重なものを見せてもらった。ところで、ドゥーベは?」


「そうね……もうちょっとあなたと話していたかったけれど、そろそろ時間切れね」


 時間切れとはなんなのか、とイオは思った。


「じゃあ、さようなら」


「うん、またいつか……!」


 手を振り、また意識が消えそうになった途端、


「まって!行かないで!もう少しだけ、もう少しだけ!」


 目の前の魔女の豹変っぷりに驚く。


「ど、どうしたの?」


 彼女は、イオを抱きしめる。今度は、一度目よりも暖かく。

 そして耳元で、涙を流しながら——


「——愛しているわ」


 急にイオの持っている翠色の石が、光り輝いた。


 そして、イオの意識はぽつりと途切れた。



 


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