第一章 6話 「黒金の棒」
イオの朝は早い。
日が昇る頃にドゥーベよりも早く起き、食事の仕度など家事をして、ドゥーベを起こす。
一方ドゥーベは、ゆっくりと起き、イオの作った料理を食べ、一人で修行するイオを尻目に自堕落な生活を送っている。
「ちっ……ちがーう!」
「……何が?」
寝起きのドゥーベが不思議そうにイオを見ながら、そう言う。
「だーかーら、違うって言ってるの!」
「あー、怖い……」
そんなドゥーベの様子を無視し、イオはまだ続ける。
「違うってのは、君の普段の様子だよ!」
「様子……?」
「ああ、そうさ!君は師匠なのに、僕に何も教えてくれなくなったじゃん!」
イオは顔を赤くしながら早口で言う。
「だって、もう教えることがなくなったんだもん」
「でも……ドゥーベは僕の尊敬する師匠だから、かっこいいところが見たいのに……」
「……え?なんだって?」
ドゥーベは、イオの最後の方の言葉が小さくて聞こえなかったらしい。
「そういえば、教えることがないってホント?」
イオが誤魔化すように訊き、それにドゥーベは肯定する。
「君はかなり強くなっているよ。B級上位相手なら、余裕さ」
イオは強くなった。しかし、それでもB級レベルの相手なら倒せる程度だ。それほどまでに、B級とA級の差は大きい。
(……まだ、A級は厳しいのか……!)
イオは、伝えられた事実に落胆した。
だが、B級でもすごいのだ。大抵の冒険者は、C級で冒険者人生に幕を下ろすことが多い。その上のA級、S級は民衆からも尊敬されているし、S級に至っては英雄扱いだ。
「僕は、A級になれそう?」
「えっと……棒術はもう完璧なんだ。だからこれ以上伸ばすのは厳しいかも……」
「そっか……」
イオは残念がるが——
「ただ、魔法は伸び代があるし……君には他の力もある」
そう言って、慰める
「でも、伸びなかったよ、全然……!」
「なら、旅の最中に賢者を尋ねるといいよ」
新しく出てきた単語にイオは、首を傾げる。
「賢者って?」
「魔法使いで一番強いさ……宮廷魔術師よりも強い上の存在、S級だよ」
「そんな、人が……いるんだ……!」
賢者——でこの世に5人しか存在しないS級冒険者のうちの一人であり、最強の魔術師。S級5人が集まれば、王国に仕える宮廷魔術師はおろか、世界の名だたる魔術師、冒険者相手でも、いとも容易く鏖殺できると言われている。
「ただ、ちょっと気難しいって言うか……なんというか……」
「結構特殊な人なんでしょ……?」
「ああ、そうさ」
イオは強い魔法使いには、変態が多いと、ドゥーベから教わっていた。
魔法を行使するには、想像力が必要だ。そのため、宮廷魔術師やA級以上の魔術師は特殊な人物が多いし、想像力の豊かさが必要なので、人数も限られている。
「そういえば、宮廷魔術師やA級以上の魔術師の大半は、引退後何になると思う?」
「……うん……っと、魔法の指導者?貴族?爵位をもらえるとか?」
イオの三連撃にドゥーベは、否定をする。
「正解は……小説家でした!」
「えっと、なんで?」
「それはね〜、想像力がすごいからでした!」
イオはやっと、気づいた。ドゥーベが何を言いたいのかを。しかし、イオは答えを口にする前に、ドゥーベが話し出す。
「強い魔術師はね、その溢れ出る想像力を発散できないから、小説で発散するんだよ」
「うん……でも、他になかったのかな……?」
「まあ、最初の賢者が、それを始めちゃったから、今更他の職業になってもね……それに、ほとんどが人気作家だし……」
賢者とは、弟子を持ち、師に認められたことで賢者という肩書きを手に入れることができる。
どうやら、最初の賢者——メイジ・エンチャードが、物書きを始めたらしい。因みに、賢者となったものはミドルネームにエンチャードが入る。
「今の賢者……まあ魔女とも揶揄されている彼女は——セミラミス・エンチャード・アテルは何になるんだろうね……それは君の目で見てほしいよ。面白い事になるからね……!」
「面白い事?……まあいいや、って忘れてた!」
「な、何が?」
ドゥーベが焦りながら言う。
「ドゥーベの話術にハマってたよ!だーかーら、さっさとドゥーベはその自堕落な生活をやめてくれよ!」
「……わかったよ……でも、何をすればいいのさ」
「それは……」
「もう君に教えることも無くなったし、なんなら、君の方が強いんじゃない?」
ドゥーベの冗談を否定し、
「とりあえず、僕の修行を、見ていて、駄目なところがあったら、教えて」
「それくらいなら……いっか……」
イオはドゥーベに、見られながら修行を始めた。
時刻は正午になっていた。
※※※
修行がひと段落し、休憩をしていると、ドゥーベが何やらものを持ってきた。
「君に贈りたいものがあるんだ」
「……何だい?」
イオは怪しげにドゥーベを見る。しかし、ドゥーベはそんな事気にせず、口だけで器用に袋を閉じている紐を引っ張り中身を取り出した。
「これは……?」
取り出されたのは、ドゥーベの眼よりも深い黒さをしている漆黒の棒だった。
「これは……君の棒さ!」
「棒……?でも、もう持っているよ……」
「新しい棒だよ……ホントは15歳の誕生日にあげようかと思っていたんだけど、そうもいかなくてね……」
「……何故?」
「それはいいんだよ……それより早く持ってみて!」
そそくさと、棒を持つ事を催促するドゥーベに従い、イオは棒を持ち上げる——
「————なんて……重さだ!」
——異常な重さだった。
イオもかなり鍛えていて、同い年の中では筋肉量だけ見れば抜きん出ているのだが、それでも棒を持ち上げるのがやっとだった。
「まあ、まだ無理だよね……でも持ち上げられるのはすごいよ!これからは、それを持てるように頑張ってね」
イオはゆっくりと、棒を上からなぞるように見ていく。
漆黒の棒はベールと同じくらいの長さだが、使用している素材が、超高級素材——黒金らしい。偶々、森にたくさん取れる、場所があったとか。
「……ってことは、ドゥーベはこれを作っていたの?」
「ああ、大変だったよ……毎日毎日、あんな危険な場所に行って……」
ちらりとドゥーベはイオを見る。
「わかったよ……ごめん、怒っちゃって……あと、ありがとう」
「どういたしまして……」
また、イオは棒に目を向ける。
「これの名前はなんて言うの?」
イオは今まで、名前をつけるなど無駄だと思っていたが、ベールにかなりの愛着が湧いた事により、名前をつけたくなっていた。
「二代目ベール?ベルルン?ベルエッタ?」
「……最初のでいいよ……」
二代目ベールと言う名になった。だが、長いので呼ぶ時は、ベールだそうだ。
「それじゃあ、これからは二代目ベールを中心とした修行になってくるから、よろしくね」
「わかったよ……!」
二代目ベールをもらってから、二週間が経った。
「どう?使い心地は」
「……それ聞くの遅くない?」
「まあ、いいからいいから」
ベールを振るための練習を始めて、二週間でだいぶ形になってきていた。
イオのさらに強くなりたいという願望が、モチベーションとなり、成長を早めているようだった。
「じゃあ、ちょっと振ってみてよ!」
「よし……!」
イオは木に向かって、勢いよくベールを振る。
気はバキッと音を立て、二つに折れた。まだイオは善良じゃないのにも関わらず。
「今度は岩」
イオの体の何倍も大きい岩を、叩くと、岩は粉砕し粉々になった。
「ふ〜、すごいね!さすがは僕の作った二代目ベールだ!」
と、自慢気にはなす。
「今度は、ディモニューサを倒しに行こう!」
「え……でも、まだベールを使うの慣れてないし……」
「いざとなったら、素手で倒せるでしょ」
「仕方ないなぁ……」
ドゥーベに振り回されるイオだった。
イオは森の原動力——森で一番魔素の濃い場所の近くへときた。
魔素の量がちょうど良いところに魔獣は集まるのだ。
「……はッ!」
大きく振りかぶり、ディモニューサに上からベールを叩きつけた。
ベールの重み故、叩きつけた後に硬直がある。そしてそこに、ディモニューサが攻撃を仕掛ける。
「昔の僕なら…‥負けてたな……」
攻撃をしてきたディモニューサを後ろ蹴りで吹き飛ばし、なんとかベールを持ち上げる。
「さすがにっ……数が多いな……」
イオの無双は、まだまだ続く。
イオは、向かってくる二体のディモニューサを、ベールを横に降って薙ぎ払う。
「はぁ……はぁ……」
ベールを持ちながら戦うと、イオの想像以上に体力が削られた。
「もうっ……振れない……」
自らの体力に限界がきていると察したイオは、すぐにベールを袋にしまい、その袋についた紐のような部分を肩にかけ、走り出した。
「まだ……沢山いる……!」
周りにはディモニューサが、まだまだ残っている。
(どうする……ドゥーベを呼ぶか……それとも、素手で……いや——)
イオは走った。
——魔素の濃い神殿の下へと向かって。
「着い……た」
十数分ほど走って漸く神殿の下へとたどり着いた。
今回は、なんとか洞窟からではなく、大きな扉から入ることができた。
ギィと音を立てて、扉がゆっくりと開き出す。それと同時に、首飾りの宝石が翠色に輝き出した。
「少し、休もうか……」
イオは、妖しげな台へと続く段差に腰掛け、目を閉じる。
目の前の暗闇に、翠色の光が輝き出した——
「はっ……なんだ、今の……」
イオは呼吸を荒くしながら、そう言う。
もうすっかり、体力が回復していたので、寝ていたのだとわかった。
「まだ……数時間程か……」
イオは扉を開け太陽を見る事で、そう結論づけた。
「それじゃあ、行くか……」
と、一歩踏み出し、前へ往こうとすると——
突如、首にかかる宝石が先ほどとは比べ物にならないほどの、輝きを見せた。
「なんだ、これは!」
——イオは、気づけば、見知らぬ部屋へと招かれていた。
(いや、見知らぬじゃない、しっている。ここは——)
——神殿の中だった。
違和感を感じていた。あのクラディーサが暴れた時、神殿に小さな部屋があった事を。
——何故あんな部屋があるのか。
それを、ドゥーベに聞いたことがある。その時に聞いた、ドゥーベの言葉は、
『神殿に入る扉が生者の扉なら、あの部屋自体が扉で——名前をつけるとしたら……死者の扉かな……』
最初は言っている意味がさっぱりわからなかったイオ、しかし、今ならドゥーベの言葉の意味がわかる気がしていた。
「何かいる……!」
15年近く、森の中で自給自足を営んでいたイオだからこそ、謎の気配を察知できた。
「誰だ!」
イオは警戒を解かず、袋から棒を抜き、いつでも戦える準備をする。
「出てこい!」
——声が聞こえてきた。
頭の中に直接響く、声が。イオは、眩暈がするが、棒を使い体をなんとか支えた。
——イオ、イオ眠りなさい。
その言葉と共に、イオの意識は深い暗闇——いや、翠色の闇へと落ちていった。