第一章 4話 「修行と変態」
そこから半年間イオは、意識を切り替え、さらに特訓を厳しくし強くなっていった。
「イオ、準備はいいかい?」
「……ああ、大丈夫だよ」
地を踏みしめ、猛スピードでイオとドゥーベが同時に走り出す。両者、目は本気で、殺す気でかかっていた。
「ハッ!」
イオが棒をドゥーベに打ち込む——が、ドゥーベはひょろりといなし、そのまま棒に巻きつく。ドゥーベは体の大きさを変化させられるので、今はイオと同じくらいのサイズ感だ。そして、イオは棒の先端を地面につけてしまった。
——重い!
イオは、絡まっているドゥーベを、払うために棒を振ろうとするが、動かない。
「……甘いよ」
——ドゥーベは重くなっている。
そんな考えがイオの中に初めて出てきた。それは——今までドゥーベとは、通常比較的小さめの大きさや重さで戦っていたからだ。新発見をし、イオは内心、——臨機応変に動くことが大切だ、と思いながらドゥーベを倒すため本気で魔法を使う。
「巻風!」
この魔法を棒に使うことで、巻きついているドゥーベが棒の先の方向へと飛んでいく。そんな、ドゥーベからの攻撃がなくなる時間を利用し、後ろにとんで距離を取る。
「危なかった……!」
肩で息をしているのは、実戦だと頭や魔法を多く使うのでよりいっそう疲れる。さらに森の中なので蔦や葉などの妨害など障害も多いからだった。
「風切!」
『風切』これは中級魔法だ。この半年間で、唯一成長した魔法は風魔法だけだったが、他の魔法が成長しなかった分、風魔法を中級魔法を使えるにまで昇華できたことは、イオにとって大きな喜びとなり修行のモチベーションにも繋がった。
魔法はイメージや想像力が必要だが、本人による才能や身体が大切になることもある。魔力循環がの遅いイオが、今炎魔法の上級を使おうとすれば、想像し、発動させれば体が魔力の膨張により耐えきれず、全身が発火(また破裂)してしまうことになる。しかし、魔力循環が早い者はため、幼児の頃でも——普通幼児が魔法を使えば、魔力により破裂してしまう——上級魔法を使えるものがいる。
イオは、身体を鍛えているので、多少の魔力膨張があってもたえられる。
風刃は、ドゥーベの頬——蛇なので目の下あたり——を掠った。当然イオは、今の中級魔法ではドゥーベが死ぬことはないと確信していたので遠慮なく放ち、次の魔法への準備へと取りかかった。
「ボクは魔法が下手なんだ……少し手加減するくらい良いんじゃない?」
「無詠唱を使えるし、そっちの方が……余裕……あるくせに……!」
勝負は佳境に迫っていた。
「「ぜあッ!」」
ドゥーベの尾とイオのベール——棒のことで、ドゥーベが勝手に命名した——がぶつかり合う。カンッと甲高い音が鳴り、衝撃波が砂埃を立てるほどだった。
ドゥーベの尻尾はとても硬く、岩をも破壊してしまうので、ドゥーベの攻撃に耐え切れるイオのベールも、強く硬い、売れば相当の金になるような代物だ。
「はあ……はあ……」
イオはすでに疲れ切っていた。身体は擦り傷だらけ、目も半分ほど暗くなっているように見えていて、とても危険な状態だった。しかし、そんなイオに遠慮なく、容赦なくドゥーベは攻撃を仕掛け、その硬い尾をぶつける。
イオは吹き飛ばされたが、受け身を取り、なんとかダメージを最小限に抑えた。
——もう限界に近かった。
「…………まだだ…………まだだ!」
イオは、目をかっと見開きベールを持つ手に力を込める。ゆっくりと、立ち上がる——が、立ちくらみをし、またもや倒れてしまう。そんな様子をゆっくりとドゥーベ待ち、眺めている。その眼はどこか、嬉しいようにも寂しそうにもあるように見えた。
「…………諦めない……絶対!」
また、両者は走り出す。
「君が本気なんだ……こっちも本気でいかせてもらうよ……!」
ドゥーベが異常なスピードで移動し、がぱっと口を大きく開けた。
——この技は!
イオがそう思ったのも一瞬。
「毒牙!」
ドゥーベのこの技は、文字通り牙に毒があり、噛まれれば30秒で普通の人間は死ぬと、イオは教わっていた。
「まずい!」
なんとか、ドゥーベを棒に噛ませ、毒牙を回避し、その状態が少しの間続く。イオは蹴ろうと考える——が、イオの横っ腹をなにかが殴打する感触がある。
その直後、イオは吹き飛ばされた。
——ドゥーベの尻尾がそのリーチを活かしてイオに叩きつけたのだ。
(あぁ……死ぬのか……)
そんな思い違いをしながら、イオの意識は暗転した。
※※※
「……起きた?」
イオが目を覚ますと、いつもの家の天井が見えた。ドゥーベとの修行では、いつもこんな負け方をするので、かなり慣れてきている——と、思っていたイオは、ドゥーベが少し大きくなっただけで、相当な恐怖を感じていた。
「……うん。それにしても、強かったよ。今の僕なら勝てるんじゃないかな……って思っていたけど、まだまだだったね」
「いや、君はどんどん強くなっているよ……魔法と棒術の組み合わせも上手くできているし、B級クラスの冒険者なら、簡単に倒せるね……!」
「やった!……というか、今……何時?」
「……夜さ、随分寝ちゃったから、これ以上は眠れないだろうし、本でも読んでおきな……」
わかった、と言う前にイオは思ったことを話す。
「そういえば、なんで僕の回復はこんなに早いの?」
「それは……」
ドゥーベが少し吃る。
「いや……それも……いつかわかるよ。ただし、それは君自身の力じゃないってことをわかってくれ……」
イオは、長年の経験からドゥーベが何を言おうとしているのか、想像がついた。
「わかった。この力があるからって、傲ったり強くなった気にならないようにするよ……」
自分の思っている事がバレていたドゥーベは、少し笑みを浮かべながら、
「なら、よろしい」
「ふふっ」
イオが笑い、その笑いがドゥーベにも移り、二人で少しの時間笑い合う。この時間が一番好きで、大切だと、イオは思っていた。
——幸せはいつまでもと続くものではない。
それを、イオはわかっていない。
※※※
時は、昼下がりちょうど人々がおやつを食べるかもしれない時間帯。そんなとき、大きな森の中心に位置するぽつりと置かれた小さな家で、一人と1匹の家族が、話をしていた。
最近の食料のための狩りは、イオが全て行っている。イオ達は、基本的に猪などを狩ったり、育てている野菜を調理して食べたりするなどの方法で生活していた。
だが、遂に「新たなる挑戦をしよう!」とイオが革新的な方法(自称)を編み出したと言い出した。
「なんだい……それは?」
夕飯の下準備をしているイオが疑惑の目を向けながらそう訊く。
「ふっふっふ……それはね……」
少し溜め、先ほどよりも大きな声で——
「保存食さ!」
溜めて出てきた言葉にイオは、
「……保存食?」
今更?という意味に感じられるような、視線を向けていた。
「ああ!そうさ!」
そんなイオの態度とは裏腹に、ドゥーベは調子を崩しておらず、元気よく——何故かはしゃぎながら——話を続けていた。
「保存食があれば、狩りの調子が悪くても、野菜が不作でも、安心して生活できるじゃないか!」
当然の言葉に、イオは、ドゥーベにそんな考えがあったのか、と考える。
「まあ、それはそうだけどさ……」
イオは少し黙り、一旦作業の手を止め——
「……なんで今の今まで、やってこなかったのさ!」
ドゥーベよりも大きい声でそう放った。
「いい感じだね……」
イオとドゥーベが作ったのは、干し肉だった。干し肉はの材料は、ドゥーベが大切な友達だ、と言っている鶏をイオがいただき(ドゥーベは相当ショックを受けていた)、特製の調味料に漬け込んで、干すことで作れた。
案外美味しいと感じたイオ達は、「これからも作ろう!たくさん!」と意気揚々している。
「良かったね!ドゥーベ!」
「ああ、うまく作れて良かったよ……ホントに」
異常に安心したような様子でそう言う。
いつもと違った雰囲気のドゥーベに違和感を覚えたイオは——気分が悪いのか、と訊いた。
「いや、違うよ……ただ——安心したんだ」
本当に意味がわかっていない様子のイオに、説明を始める。
「……君、ちょっと、頑張りすぎだよ、修行」
そうドゥーベが言った事で、イオは漸く、ドゥーベが何故干し肉を作ろうとしたのか、理解できた。ドゥーベは、理解したイオを気にせず、まだ話す。
「……たまには休まないと……いつか倒れるよ。少しやつれてきているじゃないか……」
——やつれている?
そう思った途端、急に疲労感がイオに襲いかかってきた。がくりと膝を地面につけて、倒れそうになるが、鍛え上げた根性で堪える。
「確かに……ちょっと頑張りすぎたかも……」
ドゥーベはうんうんとうなずいて——
「——だから、マッサージをさせて!」
大きな声でそう言う。
「まっさーじ?初めて聞く言葉だね。いったい、なんだい?それは……」
「古代語だよ古代から伝わっている、古き良き伝統の技さ……!」
「技……?」
ドゥーベは体をくねらせ、にやにやしながら答える。
「うん。ちょっぴり痛くて、終われば快感。金の魔女式、スーパーマッサージを君に実践、伝授しよう」
勢いよく上を向き——
「——それこそ!至高!最高!幸せの境地さ!」
「え、えぇ……」
風変わりしたドゥーベに、イオは少し困惑する。
「こら!そこ!離れてくな!」
「ドゥーベ……なんか……気持ち悪いよ……!」
ずどんと、ドゥーベの頭に稲妻が落ちる感じがした。
「う、嘘……だろ……!イオに……イオに気持ち悪いって……気持ち悪いって、言われた……」
思いの外刺さっていたドゥーベに対し、申し訳なさを覚えたイオは謝ろうとするが、
「訂正っ、今の嘘ごめ——」
「あ、でも、イオみたいに可愛らしい顔している子に罵られるの、悪くないかも……!」
刹那——イオはドゥーベを殴り飛ばした。
※※※
ふみふみ、どすどす、ぷすぷす。
「いってぇ————ッ!!」
背中に乗ったドゥーベの猛攻撃——マッサージにイオは痛みから叫び散らかす。
「ちょ、ちょっと、待って、お願い……やめてぇ——ッ!」
イオは必死に懇願し救ってもらおうとするが、まったくと言って良いほど意味を為さなかった。
「まだまだ……いくよぉ!」
迸る激痛にイオはすでに悶絶しかけていたが、まだこの地獄が続くという絶望感に、心身ともにぼろぼろになっていった。
「ゆ、許して……!」
「……まあ、こんなもんか」
まだまだ続くと、宣言してから十数分経って漸く解放されたイオは、痛みから解放された安心感からか、それとも痛みのせいか、失神した。
「さっさと起きて……」
ペシペシと、尻尾でイオの頬を叩き、無理やりイオを今度は失神から解放させる。
「……んぅ」
起きたイオは自分の身に何が起こったのか、そして身体の変化について、ゆっくり理解していく。
「体が……軽い!?」
イオは体を起こし腕を動かしてから、そう声を上げた。
「ああ、軽くなっているはずだよ……何せボクが本気を出したんだ……」
「……そうなのか……あ、ありがとう。地獄みたいだったけど、こんなに体が軽いなんて……」
ぴょんぴょん跳びながら応える。
「一言余計だし、疲れているんだから、そんな暴れないでくれ……!」
「……ごめん」
「いいんだ……それと、君には今のマッサージを覚えてもらう」
「マッサージを覚える……?」
イオは、既に何度もその単語を聞いてきたため、発音も完璧に覚えていた。
「うん……この技術があれば、お金を稼げるし、冒険者にも感謝されるよ。そして君は……ムフフ」
何やらゲスな顔をしているドゥーベを無視し、イオは質問をする。
「え……でも、これ超痛いじゃないか。こんなもので、お金稼ぎできるとは思えないけれど……」
「それは、安心して……痛くないのもあるから……」
その言葉を聞いたイオは、少し黙って——
「何でそっちをやらなかったんだ————!」
——大きな声でそう放った。
「ち……違う違う。これには理由があって……」
「……何?」
「それは……君が痛みを忘れている気がしているからさ」
「何が悪いの?」
「痛みがあれば人はすごく成長するんだ……途中まではね」
「……途中?」
「ある程度まで強くなれるけど、ある時、途端に意味を為さなくなる。なんでだろうね……わかんないや」
イオは、適当なドゥーベに呆れつつも、真面目に話を聞く。
「ただ、罰としてじゃ意味はない……こういうマッサージや戦闘中などで痛みを知ることが大切なんだ!」
「何で罰としてじゃいけないの?……傷つくから?」
純粋な知的好奇心に身を任せ——訊く。
「それもあるし、指導者が相手をを見下してしまう——なんてこともあるんだ。だから、るーずるーずな関係だね」
最近新しく覚えた古代語を使い、説明する。
「へえ……僕は人を見下したりしないよ!」
「うむ……ならよろしい」
イオの決意を聞きドゥーベは満足した。
※※※
——可愛い顔。そして、結構強い、優しい、総合評価S。
それが、ドゥーベ自身のイオに対する評価だった。
そのことを、イオに言った事があった。その時イオは、本気で困った顔をしていた。イオは——
——僕って女顔なの?
ショックを受けていた。イオは男らしい自分を夢想していたため、絵でしか見たことのない女性のような顔をしていると言われることは、心に傷を負わせるほどのことだった。
ドゥーベいくら慰めても、心の傷は言えなかった。——が、ある時のドゥーベの一言によってそれも力に、モチベーションに変える事ができた。それは——
——S級冒険者にも、女顔の人はいるよ……!
——という、ドゥーベが適当に言った言葉が、意外とイオの心を通常時、いや、最高調子が良い、と言えるところにまで回復させることになった。
イオの母と父は両方美形で、どちらも偉大な人だとドゥーベは教えていたが、それでも尚、イオの両親の秘密や、詳細を教えることはなかった。
それに関してはイオも容認しているのだが、二人とも美形だったから、自分を女顔にしたのだと、見事な逆ギレを見せる。そして、少し暴れたことでドゥーベに怒られた。