第一章 3話 「後悔」
朝、イオとドゥーベの家では、話し合いが行われていた。
「なんで、神殿に入ったんだい?」
包帯をぐるぐる巻き、白い蛇となったドゥーベが問う。
「だって、気になったんだもん」
可愛げに答える。
「君は、約束を破ったんだ」
約束を破るとは信頼をなくす行為、それについてドゥーベは弾糾している。
「……ごめんなさい」
今度は素直に謝る。
「——中を見たんだよね」
少し間を開けて言う。
「……うん」
「はあ——あれは君が成人してから見せようと思っていたんだ」
ドゥーベが言うには、成人とは、15歳のことらしく、あと一年だ。
「でも、見たからには全て伝えないとね」
「ちょ、ちょっと待って!確かに中は見たけど、それだけだよ!」
「そ、そうだったの?」
一旦呼吸を整えて、ドゥーベは聞く。
「じゃあ、あの人の手記は?」
「何それ?」
「い、いや……じゃあ大量の本は」
「一冊だけ触れたけど……中は見てないよ!」
そういった問答が振り広げられ、ドゥーベは漸く理解した。
「ってことは、君はクラディーサを起こしただけなのか」
「う、うん……それと、中に入ったことに関しては……ごめん……でもっ、何も見てないから……」
段々と自信をなくすように声が小さくなっていったが、
「まあ、反省しているならいいよ。ただし絶対に今後は隠したりしないこと。聞きたいことがあったらなんでも聞いてよ!」
そういって胸を張る。
「それじゃあ——あの神殿は?」
ドゥーベは尻尾で頭を掻く。
「————」
「クラディーサはどこにいるの?」
「————」
「ドゥーベは何者?」
「————」
「僕の家族は?」
「————」
イオは、質問詰めにするも、露骨に質問を避けるドゥーベに対し辟易としていた。そして、
「何も答えないじゃん!」
——爆発した。
「僕に隠し事をしちゃいけないって、言うのに自分はするんだ!」
「いやっ、それは……」
「言い訳はなし!大体ドゥーベもドゥーベだよ!君が素直に教えてくれれば、神殿に入ることも……君を……不審に思うことも……なかった!」
「……不審に!」
今までドゥーベに対しため込んできたものを全てぶつける。
「ああ、そうさ!ドゥーベがいつもはぐらかすから……僕は……僕はっ……不安だったんだ」
すべてを吐き出したことにより、泣き出す。
「不安……?」
——何故不安に?と、ドゥーベは思った。
「君が——ドゥーベが、いつか、僕の前からいなくなるんじゃないかって、そう思っちゃって……」
鼻をすすり——
「僕の家族は君だけなのに……」
「……ッ!」
ドゥーベは気付く。イオが成人——大人になったら教えようと思っていたが、イオはもう大人だったのだ。ドゥーベ以外にコミニュケーションをとれるものは居らず、厳しい環境で生き抜いてきた人間が大人じゃないわけがないことに。ドゥーベは——後悔した。
「ごめん……ごめんッ」
ドゥーベまで泣き出す。イオは、ドゥーベが泣いているところを見たことがない。ドゥーベが後悔していることを悟った。
「ドゥーベ……」
「わかった……君に教えるよ……」
後悔を乗り越え、ドゥーベは覚悟を決め、すべてを話すことを決めた。
——あなたの守った彼を、僕は……僕なりに、後悔しないよう……彼を育てます……。
そう、今は亡き主に誓った。
※※※
——まず、君の家族について話そう。
という言葉から始まった。喧嘩をしたことで、お互い胸襟を開き、確り話し合えたので仲も深まった。
「君の父は旅人だ。悪いがこれ以上は教えられない」
「う……うん」
ドゥーベには一部『誓約』により話せないことがあるが、そこはなんとか、イオに納得してもらえた。
「母は、先代緑の魔女だ」
「……なっ!」
「名前はシアン……これもそれ以上は答えられない。ただ……恨まないでやってくれ」
「わかったよ」
「そして君のご両親は、もういない」
「そうか……」
思いの外冷静なのは——両親に会ったことがないのもあるが——何より、ドゥーベに「覚悟をしろ」と言われたからであり、言う通り覚悟を決めていた。
「ただし、姉は生きてる」
「それは良かっ——」
最後まで言わせないよう、ドゥーベが遮った。
「上の姉はは魔女、下の姉は王女様だけどね」
「ま、魔女!?」
衝撃の事実に驚愕し声を上げてしまう。
「上の姉——魔女の名前は、ヴァイオレット、下の姉——王女の名前はグリンだよ」
イオは深呼吸をして、落ち着きを取り戻し、訊く。
「ぐ、グリンが王女ってことは王様は?父さんは……死んじゃったんだよね……あと、何色の魔女なの……?」
「……ああ、それはいつか必ずわかることになるから、今は知らなくてもいいのさ。そして、ヴァイオレットの色は紫だよ……」
「そうかい……わかったよ」
不服そうに応える。
「それじゃあ、次は神殿について話そう!」
イオが少し不機嫌になったので、話を変えた。
「あの神殿はね、簡単に言うと、この森の動力源なんだよ」
「動力源?」
「ああ、ただ、正直僕もこの森についてはよく知らない。少なからずわかっているのは、この森が外界では伝説級の場所ってことくらいかな」
「どうして?」
「多分この森には結界が張られているからだと思う。ここに入れば、魔獣は、熊擬きだけだからいろんな魔獣から逃げ切れるんだ。辿り着ければ生存は確定だからね」
「なるほど……それを知っているなら、昔この森に人がきたってこと?」
「君が、物心つく前だけどね」
「……その人はどこへ?」
「殺されたんだクラディーサに。結局この森は安全じゃないんだよ……」
「……そうなんだ」
少ししんみりとした空気が漂い出したので、ドゥーベは打ち破ろうとまた話を変える。
「じゃ、じゃあ今度はクラディーサの話をしようか」
「う……うん」
「クラディーサは神殿の守護魔獣で——僕と同類だ」
「……え?どういうこと?」
突如出てきた同類——という言葉にイオは首を傾げる。
「僕は——作られた存在なんだ」
※※※
「つく……られた?」
「ああ、とある魔女の気まぐれでね」
では、クラディーサに知性はあるのか——喋れるのか、と考える。しかし、イオの思考を読んだかのようにドゥーベはイオの知りたいことを続ける。
「奴に知性はないよ。奴は力を得て——知性をなくしたが、ボクは、知性を得て——力を一部失ったんだ」
「それじゃあ、戦ったら、勝てない?」
「いや、それはどうかな……奴は一番最初に作られた欠陥品だから——まあ、僕にも欠陥があったけど」
「……欠陥?……一番……ってことは、他にもいるわけ?」
イオは、欠陥という言葉は一旦棚に上げ、一番という台詞について問う。
「うん、いるよ。一番個体がクラディーサ、二番個体がボク、三番個体が……って、多すぎてキリがないから、また今度ね……」
「そっか、わかった」
素直に了承する。
「その中でドゥーベは強い方なの?」
イオは率直な疑問をドゥーベにぶつける。
「まあ、知性が少しでもあって強いのは、三体かな……ボクとクラディーサと——鷲型の魔獣のアクイラ」
「……アク、イラ?」
ドゥーベはイオの疑問に「ああ」と答えて、アクイラについて説明を始める。
「アクイラは三番個体で、一番強いよ。ボク達同類の中では最強さ、S級相手でも、引き分けくらいならできるだろうね相性が良ければ」
そう、アクイラの強さを強調していく。
「クラディーサよりも強いっていう、そんな強い魔獣相手でも、S級は勝てるんだ……ところで、その次の個体もいるんでしょ……なんで、アクイラよりも弱いし知性もないの?」
「あー、それは……アクイラを作ったら、魔女が萎えちゃったみたいで、適当にその先の魔獣を作っちゃったみたいなんだ。だから、君が旅をしていって会う魔獣の中に異形がいたら、それだと思ってもいいよ」
なんて魔女なんだ、と、イオは思った。
「その魔女は何色?」
ドゥーベは少し溜め、
「——金の魔女さ」
「金の魔女……!」
金の魔女——どんな魔女か見当もつかないが、魔獣を作るとはろくでもない奴だなと、イオは思った。ドゥーベはそんなイオの心を読んだようにこう言った。
「確かに性悪だけど、優しいところもあるんだよね……」
魔獣を増やしていることを知ったイオの中で、金の魔女の評価は最低に近いものだったが、思いの外ドゥーベは尊敬しているような目をしていた。
「例えば?」
「それは……」
ドゥーベは少し考えたように上を向く。
「……君や君の母上との、同行を許可したところとかかな」
「ふうん」
正直イオにとって意味がわからなかったので、取り敢えず相槌をし、気にしないことにし、話を変えた。
「金の魔女はドゥーベの親みたいなもの?あれ?女の人だよね……」
「……そうだよ、魔女に男はいないさ。有名な、八の諸悪魔ってのになら男はいるけど」
イオは、突然出てきた言葉に首を傾げる。
「八の諸悪魔?」
「うん。悪魔の中の悪魔。悪魔達の頂点に君臨しているんだ。これも、魔女が作ったけど」
(魔女はろくでなしばっかなのかな?母さんが同じだと思いたくないけど……)
それから、イオは八の諸悪魔について教わった。
『傲慢の諸悪魔』、『強欲の諸悪魔』、『色欲の諸悪魔』、『憂鬱の諸悪魔』、『憤怒の諸悪魔』、『怠惰の諸悪魔』、『虚飾の諸悪魔』、『暴食の諸悪魔』の八体だそうだ。他の下位の悪魔を作ったのは、これらの悪魔らしい。今は、殆どが行方知れずになっている。
「へえ、怖いね……」
「素直な感想をありがとう」
と、ドゥーベが返す。そんな下らないことを話しながら、気づけば、もう日が暮れかけていたので、イオはゆっくり椅子から腰を上げ寝る準備を始めることにした。