第一章 9話 「旅人になった日」
「今日で終わりか……」
「うん……」
寂しくなるねと、ドゥーベは続けて言った。
今は朝。そして、イオの旅立ちの日だ。
「……よっと」
ゆっくりとベッドから降り、茶を入れる。二人分だ。
茶をテーブルに置き、椅子に腰掛け、ドゥーベがテーブルに来るのを待つ。
「ドゥーベも、起きなよ……」
「……わかっているよ」
ボソボソとそう言い、ドゥーベが起きてきた。体をゆっくりと動かしていて、目は明らかに眠そうだ。
ドゥーベがテーブルに来る。ドゥーベの定位置はテーブルの上だ。
二人で茶を飲む。
「ホント、器用だね……」
イオがそう言ったのは、ドゥーベの茶の飲み方からだった。
ドゥーベは、茶飲みに尻尾を巻き付けて飲んでいる。
「……どうも」
ドゥーベの返事はそっけない。眠気がまだ覚めていないからだ。
頭の使えるディモニューサを倒してから、数日経った。イオは、いつものように特訓を続けている。
それに、いつもと違う敵と相対したことによる、意識の変化も見られた。
「掌底、できたんだよなぁ」
「またそれかい……!」
ドゥーベが言うように、イオは毎朝掌底をディモニューサ相手に使用できたことを話している。
掌底など体術が、相手にうまく効くことができるのは、魔術が苦手なイオにとって非常に嬉しいことだ。
それが成功したことによって、イオのモチベーションアップは凄まじく、ずっと体術を練習していた。
「あんまり、偏らせちゃダメだよ……まあ、どんどん強くなっているからいいけど」
例のディモニューサを倒してから、イオはどんどん強くなっている。ある程度強く、尚且つクラディーサほどの絶望感はない、ちょうどいい相手だったから、いつもの特訓より新鮮で、楽しめたらしい。
ドゥーベは、イオがどんどん戦闘狂のようになっているような気がして、かなり心配になってきている。
冒険者になってしまうのではないか——と。
「ま、まあ……イオがそれで強くなれるのなら、嬉しいよ……でも魔法も練習しなよ?」
「はーい」
イオはそう返事をするが、正直あまり聞いていない。それほどまでに体術に熱中しているのだ。
——体術をもっと伸ばそう!
イオの頭にあるのは、そんな考えだけだった。
「そういえば、今日のいつ出るんだい?」
「うーん、ここの出口から街まで、どれくらいあるの?」
「それは、わからないなぁ……ごめん」
何か含んだような言い方をするドゥーベにイオは、
「何か隠している?……まあ、昼の2時くらいかな。多分」
「何も隠してないよ……2時ね、わかった」
時間を決め、それに向けて準備を始める。
茶はすでに、無くなっていた。
まずは、リュックに何を入れるのか——から、考えた。
「どうしようか、まずは食料だよね……干し肉とか?」
「うん。それがいいと思うよ、水は、魔法で出せるしね」
魔法で出した水は飲める。体に流れる魔力から発生させたものを、また体内に戻しても、イオやドゥーベには何の害もなかった。
ただ少し、魔力のこもっている水になるらしい。
そして、水魔法は温度調節も可能で、温水にも冷水にもできるらしい。
水魔法を極めれば、氷だって出せるようになるらしい。
「他には——衣類とか?」
イオが聞く。
「それも、魔法で洗濯もなんとかなるでしょ」
ドゥーベは即答した。
基本的に、闇と聖の魔法以外の、五属性魔法が初級まで扱えていれば、ある程度の生活はできるのだ。
なのでイオはそこまで物を持っていかないし、必要なものもない。
「じゃあ——寝床!」
「うむ。それは、必要だね」
ドゥーベがふざけた返答をする。
「それはね……」
ドゥーベが何か布のような物を持ってくる。
その布の正体は——
「——これは、君のお母さんからのプレゼントだよ!」
「プレゼント?」
「うん。君のお母さん——緑の魔女はね、寝るのが好きだったんだよ。だから、快適な睡眠環境をイオに提供するために、これを15歳の時にあげてほしいんだってさ」
そう説明され、いくつかの疑問は発生したが、気にしないことにした。
「へえ、ところでどういう布なの?」
「これはね……」
すごく溜める。いつもよりも長く。
「S級異形魔獣の魔獣テグミネの皮さ!」
「S級?異形?」
ドゥーベの言葉に首を傾げる。
「あれ?言ってなかった?」
「なにそれ、知らないよ……」
そう応えるイオに、ドゥーベは説明を始める。
「まずは、魔獣もランク分けされているんだ。冒険者と同じようにね。S級がトップさ」
「へぇ……」
「そして、異形魔獣っていうのは——」
そこからの説明は、イオにとって興味深い物だった。
通常の魔獣は動物から魔獣へと変化するが、異形魔獣は動物からではなくどこからか湧いて出てくるらしい。
その上強いので、冒険者からも恐れられている。
「そうなんだ……会いたくないな……」
「いや、それは無理じゃないかな……」
イオはすぐに否定され、
「え、なんで……?」
「それはね……最近異形の魔獣が増えているからなんだ」
「増えているの…‥?」
イオは喫驚する。
「ああ、理由はわからないけど、何故かね……」
「そうなんだ……」
「だから、もしもあったときに、すぐ逃げたほうがいいよ。変な動きするし、強いし」
ドゥーベは何か思い出したような顔をしながら言う。
「ドゥーベも戦ったことがあるの?」
「そうだね……あるよ、もう二度と戦いたくないよ」
「そんなヤバいんだ」
異形魔獣のヤバさに身を震わせながら、イオは訊く。
「どんな魔獣と戦ったの?」
「それこそテグミネさ」
「ええ!S級と戦ったことがあるの?」
「まあね、こっちにはS級冒険者に匹敵する『王国の双剣』がいたからね」
また出てきた新しい言葉にイオの頭に疑問が浮かぶ。
「王国の双剣?」
「多分君の記憶の中に、赤と青の髪の毛の騎士がいたでしょ?」
そういえば——と、思い出す。
「今は代替わりしていると思うけれど、彼らは超強いよ」
「へえ、じゃあその人に僕の素性を伝えれば協力してくれるのかな……」
「どうだろう、いや、やめておいた方がいいかもね」
「どうして?」
それは——と言う前に、ドゥーベは口を噤む。
「きっと、王国に行けば、わかるよ……多分ね」
「ふーん」
誤魔化されたことにより不満があったが、イオは我慢して、
「ドゥーベもやっぱりついてきてよ!」
「えぇ……またかい」
イオはドゥーベに旅についてくるように何度も頼んでいた。ドゥーベは毎回断っていたが、イオは諦めていなかった。
「どうしようか、でももう旅はしたくないんだ……」
「僕にはまだ知らないことがあるし……ていうか、ドゥーベが僕を旅人にする様に言ったのに、どうして、旅をしたくなんだ!」
「だって、もう何も失いたくないんだ……」
急にドゥーベの顔が暗くなったことで、イオは自分の発言が失敗だったことを理解した。
「ごめん……失言だった……君のことを考えずに話していたよ」
「いや、こっちこそごめん」
「何でドゥーベが謝るのさ……」
「まあ、それは置いといて……」
「置いといてって……」
もし分けなさが、顔に出まくるイオに、ドゥーベが話を戻す。
「君の旅について行くことを考えてあげても……いいよ……?」
「え?ホント!」
「まあ、考えてあげるだけだからね……」
「……なんだ……」
イオは露骨に落胆する。
ドゥーベは、話を変えようと、
「そういえば、S級魔獣の別の呼び方は災害級だからね。これも覚えといてね」
「わかった!」
ドゥーベが思い立ったように、
「よし、じゃあ外で装備の点検をしよう」
イオは、部屋の隅に立てかけられているベールと短剣、ついでに弓を持って外に出た。
外は、イオの旅立ちは祝福するように、きらきらと輝いていて、虫や花たちも歌って、踊っているようだった。
それだけ、イオは外の世界へ行くのが楽しみなのだ。
ドゥーベはすでに火の無くなった薪木の前に腰掛けていた。
イオも小走りでそこに行き、ドゥーベの横に座った。
「それじゃあ、見ようか……!」
「うん!」
ドゥーベはベール、短剣、弓の順に見ていった。
「ベールと弓矢は大丈夫だけど、ちょっと短剣の刃が欠けているね」
「ホントだ」
ドゥーベはするすると体を滑らせながら家の中に入っていき、新しい短剣を持ってきた。
「次からは、気をつけて使うんだよ……まあ、もう何年も使っているからだけどね」
「ありがとう……大切に使うね!」
イオはにこりと笑った。
何故かドゥーベの目からは涙が流れていた。
「え?ドゥーベどうしたの?」
「ちょっと目にゴミが……」
「大丈夫?」
イオが鈍感でよかった——と、ドゥーベは思った。
「ベールは頑丈だから大丈夫そうだね……」
「うん、そういえば、結構使いこなしたんだよ!」
「ホント?じゃあ、ディモニューサのところ行ってみる?最後のディモニューサ狩りに?」
「うん……行こうか最後のディモニューサ狩りに……」
そして、深い森へと移動することになった。
——イオは、強い。
それがドゥーベの見るイオの戦闘に対する感想だった。
ドゥーベは最近イオの修行を見ることができていない。なので、イオの最近の強さを知らなかったのだ。
(イオは棒術と体術をうまく使いこなしているし、それらを合わせた技も独学でできている……!)
もう、A級といい勝負できるのではないかと思うほどの強さだった。
「はッ!」
イオはベールを使い、ディモニューサを吹き飛ばす。
吹き飛んだディモニューサは他のディモニューサを巻き込み、一箇所に集まる。
そして——その集まったディモニューサを巻き風で飛ばし、イオは空中に跳び、上から叩きつけた。
「もういいよ!」
ドゥーベは大きな声でイオを止める。
「え?もういいの?」
——ヤベェ……すごく強くなってるよ!冒険者の方が向いているレベルで、強くなっちゃっているよ!
ドゥーベはそんなことを思いながら、
「強くなったね……」
「ありがとう……!でも、ドゥーベにはまだ及ばないよ……」
「そうかねぇ……負けそうな気もするけど……」
ドゥーベはすっかり、弱気になっているが、
「でも、強くなったからと言って慢心しちゃいけないよ!君より強い人なんて、いっぱいいるんだから、君は冒険者じゃなくて、旅人なんだから」
「わかっているよ……ところで、僕はどれくらい強くなってきてた?」
「B級を結構余裕で倒せるくらいかな……」
「てことはA級はまだ……」
「まだ……戦えないよ」
ドゥーベは嘘をついた。ホントはA級相手になら、戦えるほどの実力は持っているはずなのに、冒険者になってしまうかもしれないから。
「くそっ!まだダメなのか……」
——いや全然戦えます!
ドゥーベは心の中でそうツッコんだ。もちろん口には出なかった。
「やっぱり心配だなぁ……」
「え?何が?」
今度は心の声が口に出ていた。
ドゥーベは諦めたかのような顔をして、口を開く。
「やっぱり君について行くことにするよ……」
「ホント!?」
「ああ、ホント」
「ホントのホント!?」
「もちろんさ……」
どこか聞いたことのあるような、問いをしてイオは、喜ぶ。
「やったぁ————ッ!」
「はぁ……」
ドゥーベは、後悔したかのようなため息をしているが、イオは気にしない。
——まあ、この笑顔が見られたし……よしとしますか……。
ドゥーベはイオの笑顔を見ることで、なんとか後悔を軽減させた。
「それじゃあ、ドゥーベの準備もしなくちゃね!」
「あ……それはあとでいいや。それより、神殿に行こうか……」
「え?何で?」
「まあ、いいからいいから」
※※※
イオとドゥーベは、神殿の門にいた。
「で、なんで、神殿なのかな?」
「それは——ずっと守ってくれていたんだから、感謝の言葉を伝えなきゃ……」
「うん。それもそうだね、わかったよ。じゃあ——」
——入ろうか。
イオは、そう言い前へと歩き出していた。
大きな扉を手で押す。ゆっくりと開き出す扉を待ちながら、
「また会えるかな……あの魔女に……」
「どうだろうね……出てきてくれるかな……」
イオはあの魔女について知らない。ドゥーベは知っていそうな口ぶりだったが、何も教えてくれなかった。
扉が開き切り、おもむろに歩き出す。そして、神殿の敷居を跨いだ——
——刹那、視界が別の光景を映し出した。
目の前には、美しく、見る者全ての視線を奪いそうな、翠色の輝きを放つ宝石が台の上に置かれていた。
そう、それは——イオの首飾りだった。イオの首飾りは、記憶の旅をした時から無くなっていた。
どこに行ったのか、探していたが、見つからなかった。
しかし、あったのだ、宝石が。はっきり言って、この宝石にイオは何の思い入れもない。だが、持ちたいと感じるのだ。理由はないのに。
「……とりなよ」
翠に輝く宝石に見惚れていたイオは、ドゥーベの言葉で我に帰った。
「ああ、いいのかな……とって……!」
「もともとは君のだろう……それにここに呼び出されたんだ、それなら良いってことだろ?」
たしかに——と思った。
そしてイオは、ゆっくりと手を動かし、翠色の宝石に優しく触れる。割れ物を扱うかのように、持ち上げ——首元まで運ぶ。
この宝石用に作った首飾りの金属部分に、宝石をはめる——宝石が、光り輝いた。
「な……なんだ!」
イオは大きな声でそう言う。横を見るとドゥーベは非常に落ち着いた様子で、
「静かに、大丈夫だから」
「え?」
何も起きなかった。光り輝いて終わりだ。宝石はすぐに落ち着き、普段の翠色の宝石に戻った。
「ほら、大丈夫だったでしょ」
「ドゥーベ……君は……いったい何を知っているんだ?」
まるで何でも知っていそうなドゥーベを——
「何でもはわからないよ」
——心を読まれた!
ドゥーベは長年付き合っているからか、イオの目を見るだけでイオの考えていることをあてた。
「とりあえず、感謝の言葉を伝えよう……目を瞑って、深呼吸して心の中で」
イオはドゥーベの言うように、見よう見まねで言葉を伝える。
——15年近く、ありがとうございました。
10分か、いや20分か、それ以上かそれ以下か、時間の間隔がなくなるほど集中していた。
(この感じ……まさか)
そう思い目を開ける——横にいたはずのドゥーベの気配はない。そして目の前にいたのは、
「こんにちは、わるーい魔女だよ」
「こんにちは…………そういえば、名乗ってなかったね……イオって言います」
イオは謎の安堵感と共に自己紹介をした。
「そういえば、今日ここを出るんだってね……」
「うん。ここを出るんだ。やっと……ドゥーベも一緒だよ」
ドゥーベについての説明はしなかった。必要ないと感じていた。何故だかわからないが。
「そうか……それなら安心した。それにしても決めたのね、ドゥーベは」
「だいぶ考えていたけどね……」
いつから、ここまで打ち解けていたのだろう。わからない、わからないことばかりなのに、安心していた。彼女と話していると何故か、何故だろうか。
「それで、最後に森の守り主である私に、感謝の言葉を?」
「あれ?この森の動力源はあなただったの?」
「あれ、ドゥーベは言っていなかったの?」
イオはその言葉を肯定する。
「何も聞いていないよ」
「そっか……いや、ならいいのよ」
「主ってことは、この宝石もあなたの?」
彼女は無言で頷く。相変わらず顔は見えない。
「そうなんだ……ごめんなさい、勝手に取っていっちゃって……」
「大丈夫だよ……それはあなたのためにある物だからね」
「どう言うこと?」
「あなたも知っているはずよ……」
身に覚えのないため、イオは混乱する。
「ホントにわかんないや」
「そっか……まあ、いいわ」
若干、残念がっている彼女に少し罪悪感感じ、
「ごめんなさい」
彼女はきょとんとしてから、
「いや、大丈夫よ。優しいのね」
彼女が微笑を浮かべたような気がした。
「そんなことないよ……」
「おっと、そろそろ時間だわ」
「時間?」
「ええ、もう……限界……みたいね」
目の前の彼女は、どこか辛そうな様子だった。
「どうしたの?大丈夫?」
すぐに駆け寄ろうとする——が、イオには動くことすら許されなかった。
「イオ…………イオ…………元気でやるのよ」
彼女は胸の辺りを押さえながら言う。
神殿が、ぐらぐらと、揺れ出している。
「道は作ってあるから、安心して……」
「道?どう言うこと!?それにしてもどうしたの?体調が悪いの?」
「体調?そう、体調が悪いの。生まれたときから……ね」
ぴしぴしと音が鳴る。壁や天井にヒビが入る。
「ドゥーベ!ドゥーベはどこ!助けなきゃ……助けなきゃ!」
イオは叫んで、ドゥーベを呼ぶ。素性もしれない、彼女のために。
「ドゥーベは‥‥来ないわ……」
「なん……で?」
何故かイオの頬には、涙が伝っていた。
ひび割れ、今にも消えていきそうな世界でイオは祈る。
「お願いだ!助けてやってくれ!誰か!誰か!」
「イオ……聞いて」
「え?待ってよ、まだ……まだ、何も知らないよ……あなたを、あなたのことを!」
彼女は消滅していく。消えて行く体で、細い声で、イオに言葉を紡ぐ。
「イオ」
その言葉で、イオは黙る。
「愛しているわ……それだけ……あ、あと……みんなを守って」
にかっと笑ったような気がした。
そして——イオは、叫んでいた。咄嗟にその言葉を、知りもしない彼女の正体を——
「——母さん!!」
涙を流しながら。そう言う。
その言葉はエコーのように反響し、彼女は——
——涙を流した。
※※※
「死んじゃったのかな……母さん」
神殿の中で、倒れているイオは、横にいるドゥーベに訊ねた。
「どうだろうね……もともといなかった人だから——」
イオは、ドゥーベの首を掴む。
「なんだよ!その言い方!」
声を震わせながら、イオは初めてドゥーベに本気で怒った。
「ご、ごめん」
「いや……こっちこそ感情的になってた……」
イオは一旦落ち着き、冷静になった。
「母さんだったのか……あの魔女は」
「うん。そうだよ……あれが君のお母さんの緑の魔女だよ」
「じゃあ、あの記憶も母さんのか……」
「そうだね……ひとまず戻ろうか、ボク達の家に」
「うん。そうだね、僕達の家に」
そうして、神殿を出た。
太陽は、すでに真上に上っていて、照りつく光が身も心も焼いていく。
すでに疲弊しきっているイオは、ドゥーベに連れられ、家に帰った。
「ドゥーベは知っていたんだよね……」
「うん。君にはさっき、申し訳ないことをしたね」
「いや、それは大丈夫なんだ」
イオとドゥーベは、家で昼食をとりながら、話していた。
食はなかなか進まない、ゆっくりとフォークを刺し、口に運ぶ。それの繰り返しだ。
「母さんともっと話したかった」
「そうだね……」
静かだ。
「もっと話したかった」
「うん」
「横にいて欲しかった」
「うん」
「どうして、どうしてぇ……死んじゃったんだよ!!」
イオは期待していたのだ。どこかで母が生きているのを。
机をバンと叩き、イオは涙を零す。
「少し寝るよ……」
イオは、全てを忘れるかのように眠る。ドゥーベは何も言うことができなかった。
「イオ!!起きろ!!」
唐突にドゥーベに起こされ、驚く。
「どうしたの?」
「襲撃だ!」
「襲撃!?」
その単語にイオは立ち上がる。すでに立ち直ったのか——と思ったが、
——母さん。
思い出すと共に、力が抜けていく。そして——ふらっと、倒れた。
「イオ……起きろ!くそッ!」
ドゥーベは体を大きくして家を守っている。何度呼んでもイオが起きることはない。
「イオ!イオ!」
ドゥーベは、イオを尻尾で起こし、無理やり目を合わせる。しかし、イオの目は虚ろだ。
「ダメか……仕方ない……『竜巻』」
巻風よりも大きい『竜巻』を家の周りに使い、敵が入れないようにする。これで時間を多少稼げるはずだ。
「イオ!起きろ!まだ君には……家族がいる!」
「あ……」
イオの目に生気が戻ってきた。
「君はなんて言われたんだ!彼女に……!」
「母さんに……?」
「ああ、最後に何て言われたんだ」
「それは——」
イオは思い出したかのように、虚ろだった眼から——
「『守って』って……言われたよ」
「呪いだよそれは……シオン様」
イオに聞こえない声で言う。
「じゃあ!家族を守るために、今は戦え!」
応急処置でしかないドゥーベの言葉に、イオは生きる気力を、希望を、取り戻した。
「ドゥーベ……敵は?」
「大量のディモニューサだよ……」
「わかった。行こう」
「もう……この家には入れない。荷物を持って……出よう」
念願だったその言葉を聞くが、今の状況から、喜ぶことはできなかった。
イオは、今朝準備したリュックを持ち、ベールを棒袋から抜き取って外への扉を開けた。
——夜だった。
目の前には、竜巻で通れないディモニューサが大量にいる。
「イオ……行くぞ」
「ああ!」
ドゥーベは身体を小さくし、イオの肩に乗った。
「は————ッ!!」
竜巻に乗り上に飛ぶ。
上から見るディモニューサ達は、奥までいて、異常な数だった。
——絶対に勝つ。
そんな決意のもとイオは、月を背景にディモニューサの集まる地上へと——ドゥーベと共に降りていった。
「ドゥーベ……だいぶ倒したね……」
「ああもう外に出よ——」
——とてつもない音が轟く。
——大方倒しきった時、きたのだ、災害が。
「イオ!逃げろ!こいつはダメだ!」
「でも……ドゥーベが」
「こいつは……クラディーサは、ボクが食い止める」
「でも……」
イオは涙を流す。泣きじゃくる子供を宥めるかのように、ドゥーベはイオに、
「イオ、君は君の家族を、守るんだ……いいね」
「う……うん」
ドゥーベが身体を大きくし、クラディーサと相対する。
「イオ、君の誕生日……教えていなかったね……君の誕生日は……君が旅人になった日——すなわち!今日さ……!」
ドゥーベは名残惜しそうに、でも、力強く、そういった。
「それじゃあ、良い旅を」
ドゥーベがウインクし、クラディーサに飛びかかる。
イオは後ろを向き、
「うわぁ————ッ!!」
泣きながら走る。ただひたすら、月に——向かって。それが正しいと感じていた。
後ろでは、ドゥーベとクラディーサの戦闘の音が聞こえる。
イオはベールを棒袋にしまい、肩にかけ、耳を塞いだ。
叫び続けた。何度転んでも走る。
音が静かになるまで走り続ける。そして——暗い森に、一筋の光が現れた。
——それに手を伸ばし——イオは掴もうと——
——翠の魔女とドゥーベが微笑んだような気がした——
——僕も愛しているよ。