第0・1話
俺はとにかく、飛び道具が厄介だと相手に対して身体を斜め横に向けてジリジリと距離を詰めていった。
側から見ると、身体の面積を多く見せているようで当ててくれと言えなくも無いが、この方が俊敏に回避を行えると言うのは長年トラとして生きてきた経験が物語っている。
ただし、トラというのは攻撃力はあるが重い体重と大きな体躯が相まって存外鈍重だ。一般ピーポー相手ならお話にならないレベルの速さと強さだが、コレが相手が戦い慣れしているとなると話は変わってくる。相手だってぼーっと突っ立ってやられるのを待ってはくれない。向こうだって俊敏に動ける態勢で銭戦闘準備は万端なんだ。闇雲に突っ込んだところで躱されて側面から矢を射掛けられかねない。
(しかし、どうするか・・・)
俺はグルルッと威嚇するように喉を鳴らしながら様子を見る。
と、武闘家娘のケイが脱兎の如く駆け出して俺は目を見張った。いや、コイツ、どんだけ自信あるんだよっ! 漫画じゃあるまいし正面切ってボウガンに挑むなんて!!
「そんなオモチャが、このケイ様に当たるかー!!」
(いやっ、当たるだろ! 当たらんのか!?)
あんぐりと顎が外れるほど呆れる俺を他所に、ケイは全速で密猟者に果敢に立ち向かっていく。
ほくそ笑む密猟者共。そりゃそうだろ、一直線に掛かってくる敵ほど撃ちやすい相手はない。
弦が弾かれる音が二つ響いた。
ボウガンの矢がケイの顔面と肩口目掛けて一直線に飛翔する。
なんとっ!
ケイは!
左手を鞭のようにぐるりと八の字に振り回すと、飛来するボウガンの矢を手掴みで左外に放り捨てやがった!?
「どっせーいいいいっ、ラアアアアア!!」
身の丈ほども飛び上がり、恥ずかしげもなく大きく股を開いて両脚を前方に投げ出し、密猟者の男二人の顔面を真正面から蹴り潰すと男達はもんどり打って背中から地面に転がり気絶する。
強え・・・。獣の俺が見えないって、このケイって娘どんだけ強いんだよ。
しかし、残りの一人はすでに小剣を抜刀しており、しかも振りかぶるような真似はせずに小脇に構えて突きかかろうとしていた。
未だ空中のケイも、その動きに気付いていながら対処が遅れて顔に冷や汗が滲む。
いいとこ見せるなら、ここしか無い!
俺は瞬時に態勢を低く力を溜めると、一気に力を解放して弾丸のように小剣を構える男目掛けて駆け出した。
男も俺の駆ける重い足音に気付いて振り向くが、人間相手なら構える事が出来ただろう剣の切先を向けることは出来ずに迫る牙を剥いた猛獣に恐れをなして逃げ腰に後退り始めている。
いいぞ、もっとだ! もっと怖がれ!!
得意の怒りに満ちた顔で牙を剥いて、俺は一気に男に飛び掛かった。
両前足で肩口を押さえて地面に押し倒し、ガッと大きく口を開けて首筋に狙いを定める。
「殺しちゃダメー!!」
うおっ!?
マリルの叫び声に驚いて動きを止めてしまう。
いやいやいや、ていうか、密猟者相手に殺しちゃダメって!?
コイツらは俺ら野生動物(元は人間だけど)を乱獲して金稼いでるような悪党だぞ! なぜ止めるよ!?
俺が攻撃をやめた事を安心してか、引き攣った笑みを浮かべてドヤ顔で見上げてくるクズ野郎。
なんかムカついた。
俺は右腕を大きく振りかぶり、勢いよく振り下ろして肉球でクズ野郎の頬にビンタをかました。
うん、まあ、猛獣のビンタって空手家の掌底くらい威力あるからね。べシーンって、すごい音響かせて男の顔が変な風に曲がった。そして気絶した。
死んで無いよ?
多分。
ケイが両手を腰に当てて仁王立ちして、感心したように顔を覗き込んでくる。
「お前、なんで今噛みつくのやめたんだ? 殺せたのに」
さあ、なんででしょう。なんかあのマリルって娘に嫌われたらやだなあって思っちゃって、躊躇っちゃったんだよ。
「ま、見込みはあるなお前。言葉がわかるって事だろう?」
まぁ、なんでわかるのかわかんないけど。多分、君らが日本語に近い言語話してるんじゃ無いのかな?
おっと、日本語とな。俺ってば生前は日本人だったみたい。今なんとなく思い出した。
困り顔でお座りしてマリルの方を見ると、彼女は嬉しそうに俺に駆け寄って来て右腕に小トラを抱えたまま左手で抱きしめてくれる。
「さすがですジョーンズさん! コイツらは法で裁かれるべきなんです、街の兵士に突き出しましょう!」
うん、それはいいけど、ジョーンズさんはやめてほしい。俺、コーヒーの宣伝する宇宙人じゃねぇし。異世界人だけど。
「それじゃ、コイツら縛って早速私達の愛の巣に戻りましょう!」
いや、愛の巣ってどこ・・・。
マリルは困惑する俺を置いてけぼりに大層興奮して、小トラを俺の足元に下ろすと嬉々として密猟者共をロープで縛り上げていく。ケイも一緒だ。
きつく固くぐるぐる巻にされた密猟者共は、気を失いながらウンウンうなされていた。気の毒に・・・。