【外伝なろう版】愛しているとは言えないけれど2
「千尋が気にしとった本な。思ってる通り、柳田さんの装丁やわ」
「え……?」
武史の言葉に千尋は固まる。そして、チラリと視界の横に映ったのは、見かけてからずっと頭から離れなかった、例の本だった。
「なんで!?」
「おっ……と」
勢いよく振り向いた千尋に、武史はイタズラっぽい笑みを浮かべて、本を持っている手を高く上げた。そうすると千尋が背伸びしても届かない。
「なんでタケちゃんがその本持ってるの!?」
「なんでって。そりゃあ惚れてる子が熱っぽい目で見とるもんは、気になってしゃーないやろ?」
武史はニヤリと笑うと、少しだけ口角を下げて訊ねた。
「欲しかったんやろ? 何でさっき買わんかったん?」
「なんでって……」
「まだ柳田さんのことが気になっ……」
「それはない!」
食い気味に否定する千尋に、武史はあからさまにホッとした顔になる。
武史に気を遣わせていた、と千尋が思った瞬間、武史から同様の言葉が振ってくる。
「千尋は気ぃ遣いすぎやけん。いい加減遠慮すんなや」
言葉に詰まる千尋の頭をポン、と撫でると、武史は冷蔵庫の後ろにある食卓の丸椅子に腰を掛ける。
そうすると背の高い武史とほぼ同じ目線になる。武史は諭すように千尋に話し始める。
「そりゃな、まだ柳田さんに気持ち残っとるっていうんなら、イヤやけど。違うんやろ?」
「う、うん」
「なら堂々としといたらええ。俺は高卒やし、本も殆ど読まんし、デザインセンスもないけん、この装丁に惹かれる千尋の感性は理解できとらんよ。けど、それって悪いことか?」
千尋は首を左右に振って否定する。
「若い時から進路決めて水産高校卒業してからずっと働いているところも。私だけでなく、みんなが頑張っていることを否定せず、口出しせずに見守ってくれているところも、タケちゃんらしくて……」
その先に続く言葉は一つしかない。けれどまだ日がある時間に口にするのは恥ずかしい。
口を噤んだ千尋を愛しそうに見つめながら、武史は続きを促した。
「俺らしくて?」
「わ、分かってるでしょ!?」
「さぁ?」
面白そうに笑いながら、武史は真っ赤になっている千尋を見つめる。凪いだような武史の目に、千尋が弱いと知っていて。
案の定、負けたのは千尋だった。
「……だよ」
「ん? なんて?」
「好きだよ。……ねぇ、もういいでしょ、離して」
いつの間にか、武史の手は千尋の腕を掴んでいた。自分でも無意識だったのか、一瞬驚いた表情を見せた武史は、再びイタズラっぽい笑みを浮かべた。
「ちー姉」
武史がちー姉と呼ぶ時はろくなことが無い。けど、掴まれた腕に力を込められているから逃げることも出来ない。千尋は、武史から続く言葉を待つしかなかった。
「正直妬いた」
「う、うん」
「もう何とも思ってないの知っとるけど。性格なんも知っとるけど。中々心、開ききれんし、想いを口にしてくれんけん」
「それ……は……ごめ……」
「やけんね、千尋からしてくれん? 俺に」
謝罪に被せるように言う武史が、何を要求しているのか、千尋には瞬時に理解出来た。それが千尋には相当覚悟が必要なことも、武史は分かった上で求めている。
いつの間にか真剣な眼差しに変わっていた武史は、千尋が行動するまで手を離すことはないだろう。
うう、とうめき声を上げた千尋は、無駄だと思いつつ武史に懇願する。
「目、瞑って」
「イヤや」
即座に否定した武史は、持ったままだった本を後ろのテーブルに置くと、今度は両手で千尋を引き寄せる。
「俺が協力すんのはここまでや。……あとは千尋から」
囁く声に熱がこもる。
ここまで来たら、覚悟を決めるしかない。千尋はゆっくりと武史に顔を近づけていく。一切目線を逸らさない武史に触れるだけのキスをする。
「これでいい……んっ!」
今度は武史に唇を塞がれる。先程までの熱っぽい視線と同じくらい、武史の唇は熱い。
合間に息をするのもやっとの執拗さで重ねられる合間に、名を呼ばれ、好きだと呟かれる。
愛されている。
武史の愛を全部貰っている。
それでも、一定のラインが来たら引いてしまう千尋に、安心しろというように求めてくる武史が、愛しい。
「タケちゃん……。好き……」
愛しているとは、まだ自然と口にすることは出来ないけれど。
千尋の精一杯だと知っている武史は嬉しそうに笑って、キスを繰り返すのだ。
※
「卵だけでいいんか? 原チャリでスーパーまで行ってくるわ」
やっと千尋を解放した武史は、千尋に本を渡しながら訊ねる。
「え? いいよ、タケちゃん。私が……」
「ええって。すぐそこやし。晩飯は俺が作るけん」
「そんな……悪いよ」
「ええって。本早よ読みたいんやろ?」
「でも……」
煮え切らない千尋に、武史は困ったように笑うと本音を吐露する。
「その代わりメシ食った後の時間、全部俺にくれんか?」
武史の意図することが伝わった瞬間、千尋は顔を真っ赤に染めた。
そんな千尋が可愛くて、武史はもう一度キスをすると、行ってくるわと背中を向ける。
「分かった、タケちゃん。この本、夕飯までには読み終えるね」
背中に届いた千尋の言葉に、武史は嬉しそうに唇の端を上げたのだった。




