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【外伝追加】傷ついた心を癒すのは大きな愛  作者: 雪本 風香


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【外伝なろう版】愛しているとは言えないけれど1

二人が恋人になってから3年後のお話です。

(本編「未来への決断4」のあたりの物語です)

「あ……」

「なんや、千尋?」

 後ろから恋人の武史に訊ねられた千尋は、緩く首を振った。

「ううん、何でもないよ。……行こう、タケちゃん」

「もう見たい本、ないんか?」

「うん、もう充分。ありがとう、大きい本屋さんあるところまで連れてきてくれて」

「ええよ、俺も久しぶりに車走らせたかったけん」

 軽い口調で答える武史に、千尋はもう一度礼を言って彼を促した。

「お腹空かない? そろそろお昼食べようよ」

「そうやな、ええ時間やし。……何か食べたいもんあるか?」

「そうだなぁ……」

 千尋は考える。先程目に止まった本が視界の端に入って来るのを避けるように、目線をずらしたのが良かった。

「あ、あれ! あれがいい!」

 近くにあった雑誌の表紙。大きく写し出されていたのは。

「あれ? あぁ、お好み焼きか。……そやな、家では中々やらんもんな」

「そう! それに家で作るより、お店で食べる方が美味しいもん」

 千尋の言葉に、武史は腰を屈めて耳元で囁いた。

「けど俺にとっては、千尋の作る飯が一番美味いけん」

 頬が熱を持つのを感じた。目の前には千尋の反応を嬉しそうに見つめる武史の姿がある。

「もう! タケちゃんはすぐそう言うことを……」

「言わんと伝わらんけん」

 サラリと告げた武史は、千尋の手を握る。

「混む前に行こか。この辺の店はあんまよう知らんけど、商店街の中歩けば一軒くらい見つかるやろ」

 武史に手を引かれた千尋は、先程目についたものを振り払うように前を向く。


 かつて想いを寄せていた柳田が装丁したであろう、本のことを無理矢理頭から追い払って。


 ※


「買い忘れたもんあるから、ここで待っといてくれるか? すぐ戻るわ」

  

 武史がそう言い出したのは、昼食と買い物を済まし、車に積み込んだ後だった。

「うん、わかった」

 足早に店内に戻っていく武史を見送り、千尋は一人残された車の助手席でスマートフォンを取り出した。

 検索画面を開いて打ち込んだのは、先程チラリも見ただけの本のタイトル。

「あ……、やっぱり柳田さんっぽいよね」

 著者や挿絵の人の名前はネット検索でわかるが、装丁者までは載っていない。

 けれど見れば見るほど、柳田らしい装丁なのだ。


(タケちゃんが帰って来た後、私も買い忘れたものがあるって言って本屋さんに行って確認すれば……)


 そこまで考えた千尋は、ブンブンと首を振る。

 見たら欲しくなる。それが柳田の装丁じゃなければ問題は無い。けれど、もし彼の装丁だったら、武史に申し訳が立たない。


 武史と恋人になって三年以上だ。柳田に会うことも、未練も全く残っていない。

 それでも、気が引けるのだ。

 武史の運転で、わざわざ家から一時間以上離れている町に連れてきて貰っている。大きな本屋は県庁所在地にあるここくらいしか残っていないからだ。

 地元の本屋でもネット書店でも、欲しい本が決まっている時や話題作を買うのには事足りる。しかし、目的もなくプラプラと歩き、目についた本を購入するのには物足りない。

 海外文学の翻訳を主に手掛けている千尋の仕事に直結しないが、幅を広げることには繋がる。そのことを熟知している武史は数ヶ月に一度、千尋を助手席に乗せて大きい本屋に連れ出す。


「俺もたまには遠出せんとな。こっちで買いたいもんもあるし」

 千尋が罪悪感を抱かないように笑う武史の気遣いは、痛いほど知っている。だからこそ、柳田が装丁した本を持って帰りたくない。


「えっと……ログインして。……ふぇっ!?」

 ネットで購入すべく、ログインしてカートに入れようとした途端、外から運転席側の窓をコンコンとノックされる。武史だった。

 慌ててスマートフォンの画面を消し、ロックを解除して武史を招き入れる。いつも持っているショルダーバック以外、何も手にしていない武史に千尋は問い掛ける。

「あれ、買い物しなかったの?」

()うたよ。こん中に入っとるわ」

「大きいものじゃなかったんだね」

 武史は千尋の言葉に頷くと、「行こか」と一言呟くと、ゆっくり車を発進させたのだった。



 武史と車中で話している間も頭から、あの本のことが離れることはなかった。

 だから。


「あ、卵なかったんだ」

 帰宅した千尋は、夕飯の準備に取り掛かろうと冷蔵庫を開けてはたと気付いた。

「いるんやったら()うてこよか?」

 廊下でJAで買った米を米びつに移していた武史が千尋に声をかける。別に卵がなくても、別のメニューにすればいいだけだ。

 大丈夫と答えようとした千尋はハッと顔を上げた。


(卵を買いに行くついでに、本屋を覗いたら……)


 例の本は書店で平積みになっていたくらいだ。車で二十分程のショッピングモール内にある中型店舗でも売っているのではないか。

 思いついたら気がはやる。千尋はつけていたエプロンを外しながら武史に返事をする。

「いいよ。タケちゃん、運転して疲れているでしょ? 私が行ってくるよ。モールまで行くから少し晩御飯遅くなるけれど」

「モール? 卵だけなら近くのスーパーでええやろ?」

 スーパーなら自転車で五分のところにある。普段、千尋が使うのは圧倒的にそちらの方が多い。武史が訝しげな顔をするのは当たり前だ。

「え、……えっと……」

 千尋は取り繕うように、再び冷蔵庫を開けて他に買うものをでっち上げる。

「えっと……。そ、そう! あそこのモールに入っているスーパーでしか買えないノンアルコールもついでに買おうかなって! 今日は私も飲みたい気分なんだ!」

 苦し紛れの言い訳だ。だから、冷蔵庫の扉を閉めた時、武史が後ろに立っているのが分かっていても振り向くことが出来なかった。

 

「ノンアル? ちゃうやろ、千尋が欲しいんは」

 

 千尋が逃げられないように後ろから冷蔵庫に片手をついた武史は、そっと耳元で囁いた。


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