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【外伝追加】傷ついた心を癒すのは大きな愛  作者: 雪本 風香


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動く歯車5

 長くはなかった。でも短くもない。

 武史とキスをしていると、千尋の頭と体が認識するくらいの時間は触れ合っていた。

「……拒まんのか」

 名残惜しそうにゆっくりと唇を離した武史は、千尋に問いかける。

 言葉がでない千尋のことを気にする様子もなく、武史は話を続ける。

「千尋、好きや。前の男が忘れられんことも含めて受け止める。やけん、この先も俺と一緒におってや」


 返事は出来なかった。ただ、武史をみつめる。

 武史のキスと柳田のキスを比べている自分がいた。

 気持ちが全くこもっていない、作業のようなキスをする柳田と正反対に、武史は全身で想いを伝えてくる。


 好きになった人、本気で自分を好きになってくれている人。

 その狭間で千尋は揺れる。

 ズルい女だ、軽蔑する。自分でもそう思うのに武史は千尋の動揺している姿に嬉しそうな顔をする。

「なぁ、迷っとんは俺が土俵に上がっとると思ってええんやな?」


 千尋が答える前に再び唇が重なった。

 先程よりも、深く長い口付け。

「んっ……」

 零れる千尋の声に、武史はますます深くキスをする。


 受け入れてくれるなら拒むつもりはなかった。

 秀樹が帰ったらこうなる事は予想していた。

 1週間前には出来なかった気持ちの整理。もし、武史が柳田のことが忘れられないことも分かっていて受け止めてくれるなら、千尋自身も武史を受け入れようと心に決めていた。

(気持ちいい……)

 今までキスは嫌いだった。愛情表現なんて程遠い、柳田とのキス。

 柳田からされることはほとんどなく、体を重ねる時に、千尋からしていただけだ。

 それも体だけの関係ではないと、誤魔化し、虚しさを埋めるためにしていただけだった。


「んっ……ふぅ」

 気持ちいいからか、自然と声が漏れる。

 武史にもそのことは伝わっていた。

 武史は千尋の唇を割り、そっと舌を入れる。

 舌が絡まったと思った瞬間、千尋が武史を突き放した。


「え?」

 自分のしたことが信じられないような、愕然とした表情をした千尋。

 武史をしばらく凝視した後、千尋は呟く。

「ごめんなさい、忘れて」


 思いっきり傷ついた顔をした武史はやっとのことで声を絞り出した。

「……無理や、そんなん」

 先程まで重なっていた千尋の柔らかい唇の感触。

 好きな人としたキス。忘れられるわけなかった。

 後ろにあった椅子に腰掛け、千尋を自分の前に立たせる。

 そうすることでいつもはある身長差が無くなる。

 同じ目線になった千尋に武史は、なんでや? と聞く。

「本当にごめんなさい」

「そんなんが聞きたいわけやない。……なんでや? 俺じゃダメなんか?」


 武史の言葉に千尋は返事が出来なかった。

 ただ、自分のしたことが信じられないような表情で武史を見返すだけだった。

「柳田さんのことが忘れられんのか?」

 千尋は肯定も否定もしなかった。

 ただ謝るばかりだ。


「納得出来ん」

 かっこ悪いとか考える余裕はなかった。

「忘れる言うなら、なんで受け入れたんや。……拒めや。それとも一瞬だけ夢みさせてくれたんか? 同情か? それなら余計なお世話や」

 酒の勢いもあったんだろう。オブラートに包まない本音を千尋にぶつける。

 千尋の顔が苦しそうに歪む。泣くか? と思ったが、千尋は涙を見せることはなかった。

「ごめんなさい、忘れて。ワガママで最低なこと言ってるのは自覚している。それでも……今は……」

「今は?」

 千尋は苦しそうに、何度か言葉を発しようとしては呑み込む。

 やっと出した言葉は、最初の頃のように心の内を見せない声だった。


「ごめん、忘れて貰えないなら一緒に住めない。でも、まだここで暮らしたいの」

 頑なな声にも関わらず表情は苦しそうだ。

 武史にもどうしたらいいか分からなかった。

 行動に移した以上、無かったことには出来ない。いや、無かったことにはしたくない。

 それでも、千尋の気持ちを無視することも出来なかった。


「……俺とキスするの嫌やったか?」

 千尋は武史から目を逸らさないまま、首を左右に振った。

「……そんなことはない。タケちゃんのことも嫌いじゃない。……でも、ごめんなさい」

 それ以上、言う気がないようだ。

 いや、千尋も自分で答えを見つけれないように迷っている。


「勝手やわ。人の気持ち振り回して」

 そう言い、目の前に立っている千尋の頭を左手で引き寄せると、三度唇を重ねた。

 先程よりも目線が近いため、簡単に触れる。

 今度は抵抗するが、そんなことを許さないように左手に力を込める。

 重なっていた時間は10秒かそこらだろう。

 わざと意識させるようにゆっくりと唇を解放する。

 鼻と鼻がぶつかる距離、下手したら唇が触れる距離で武史は囁いた。

「忘れたるわ。どうせ飲みすぎとんや。寝たら覚えとらんし」

 そう言うと、千尋は救われたような顔をする。

 その表情に無性に腹が立ち、武史は千尋を遠ざけた。


「寝るわ。……おやすみ」

 千尋からの返事はなかった。

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