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1話

この作品は、いたあめ(しろ)の書いた『ねえねえ、知ってる?』をグッドバージョンとすると、こちらの物語はハッピーエンドバージョンです。


『ねえねえ、知ってる?』を最後までお読みになった方は、怖くないかもしれません。


それでもよろしければ最後までお付き合いください。


ちなみに、バッドエンドバージョンもあります。

「ねえねえ、知ってる? 〇〇駅の9番線ホームの幽霊の噂のこと。一人でそのホームにいると、幽霊が出てきて人を線路に落とそうとするんだって。それでね――」


 …………


 ……




 なんでこんなに暗いの?




 この道を歩いて思った私の感想だ。




 駅までの道だというのに、この道には外套が少な過ぎる。




 ほとんど真っ暗闇じゃないか。




 何かがでてきそうな雰囲気だ。




 お化けなんか非科学的であり得ないし、怖くなんかないんだから、自分に言い聞かせるが、私の足は自然と早くなっていた。




 深夜なのに、まとわりつく生暖かい風。




 滴る汗。




 ガタンゴトン、ガタンゴトン……




 電車が通る音が聞こえて、駅前まで来たという安心感からか、だんだんと歩くペースがゆっくりになっていった。




 もう安心だ……と思ったところで、ぽんっ、と後ろから肩を叩かれた。




 ヒヤッとして振り返る。




「よっ」




「なんだ、リカか。驚かせないでよ」




「なんだじゃないよ、今、何時だと思ってんの?」




 私は駅に備え付けられている時計をチラリと見やった。




「11時34分」




「いつからこんな時間まで外出する不良娘になったの?」




「私はさぼりの常習犯のリカと違います」




「じゃあ、こんな時間まで何してたの?」




「予備校で自主学習」




「しすぎでしょ。毎日こんな時間までしてるの?」




「今日はたまたまだよ。数学の問題集を集中して解いていたらこんな時間になっちゃった」




「もう、誰か教えてくれなかったの?」




「ほら、私、友達少ないから」




「え? じゃあ、ずっと一人で勉強してたの?」




「うん」



「はやく帰りなよ。きっと小夜のお父さんとお母さんが心配してるよ」




「うちの両親は今日夜勤だから、家にいないの」




「いないなら、一緒に帰ろう」




「え? 一緒にってどういうこと?」




「今日一日だけ泊めてくれない? 同じ中学のよしみで」




「それはダメ。リカはリカの家に帰ってください」




「えー、1日くらい、いいじゃん。小夜のケチ」




 口を尖らすリカ。




「ケチとかそういう問題じゃないでしょ」




 私は呆れながらこたえた。




「久しぶりに行きたかったな……小夜の家。でも、それはできない……か」




 リカは落胆した表情で肩を落とした。



 その瞬間、リカの目は生気を失ったかのように見えた。



「リカ?」




 私はリカの顔を覗き込んだ。




「ああ、なんでもない、なんでもない。そういえば、リカがあげたプレゼント持ってる?」




「プレゼント?」




「小学生の頃あげたじゃない」




「ああ、多分、部屋にあると思うよ」




 確か、私の机の引き出しの中に入っているはずだ。




「えー、使ってよ」




「いや、あれ、子どもっぽいからさ」




 あまり人前で使いたくはないというのが本心だ。




「子どもっぽいからとかなんとか言って、本当は失くしちゃったんじゃない?」




「ちゃんとあります」




「じゃあ、本当に大切にしてるかどうか、抜き打ちチェックね。明日持ってきてよ」




「いいわよ、明日持っていってあげようじゃないの……って、こんなところで立ち話している暇ないわよ。リカは5番線でしょ? あと10分もないじゃない……」




 このホームから5番線までは少し遠いため、私はリカを促した。




「あ、本当だ。もしかして、小夜は9番線?」




「えっと……そうみたいね」




 私は電車の掲示板を見ながら答える。




「ねえねえ、知ってる? 9番線って、いわくつきのホームだよ」




「いわくつき?」




 私はゴクリと唾を飲みこんだ。




「うん、そう。だから、電車で帰らない方がいいよ。今日はバスで帰ったら? 一緒について行くし」




「いや、家の近くまでのバスないし」




「じゃあ、タクシーとか? 一緒について行くし」




「お金がないよ」




「家に着いたら払えばいいんじゃない?」




「家にお金ないし、親もいないから、無銭乗車になっちゃうよ」




「じゃあ、歩いて帰ったら? 一緒について行くし」




「いや、歩いては帰れないでしょ」



 今から夜道を歩くなど考えられない。



「えー、一緒に帰ろうよー。リカと一緒に帰ればいいことあるよ?」




「一緒にって……家には泊めないからね、リカ」




「ちぇっ、リカの考えはお見通しか……いつからそんなケチになったの?」




「私はケチではない」




「じゃあ、どうやって帰るの?」




「電車だね」




「えー、電車はやめようよ。いわくがあるんだから」




 そういえば、リカ、昔からこういうオカルトの話、大好きだったな……




 もしかして、適当な作り話をして私を怖がらせようとしているだけなんじゃないか?




「ちなみに、そのホームにはどんないわくがあるの?」




 作り話の可能性もでてきたので、リカに確認をとる。




「女子大生が変死をしたんだよ」



 無表情かつ無感情で言い切るリカ。



 一瞬だけ時間が凍り付いた。



「へ、変死なんて、よくある話じゃない?」




 病院で変死した……とか、事故物件だった……とか、縁起が悪いから表にでてこないだけで、そういう噂はたくさんある。




 利用者が多いこの駅なら、変死でなくなる人が一人や二人出ることだってあるだろう。




 大丈夫、怖くなんかない。




 ちょっとは怖いけど。




「変死の中でも特殊な変死なんだよ」


 淡々と話を続けるリカ。



「特殊な変死って何?」




 特殊な死に方だから変死と呼ぶのだと思うけど……




「朝まで誰にも気づかれなかったんだ」




「気づかれなかった? どういうこと?」




「女子大生が死んでいたことに誰も気付かなかったの」




「事故の時、周囲に誰も居なかったってことでしょ?」




 終電に乗れなかった女子大生が、線路に転落したとかそういう類の話だろう。




「いや、違くて、状況から見て、最終電車に轢かれたはずなのに、その現場を誰も見ていないの」




「最終電車に轢かれたはずなのに、誰も見ていない? 無人の電車だったとか?」




 今や電車も無人自動運転ができる時代だ。




 無人の電車で、乗客も誰もいなかったことも考えられる。




「それが違うんだよ。終電がホームに着いた時、電車に乗っていた車掌も、終電に乗っていた乗客も居たんだよ」




「電車の中に人が居たのに、誰も見てない……そんなことあり得る?」




「普通はあり得ないから変死なんじゃない、小夜」




「もしかして、別の電車に轢かれたんじゃないの?」




 いわゆる電車のすり替えトリック。




 終電に轢かれたように見せかけた……とか。




「それも違うみたいなんだ。最終電車に轢かれていたのは間違いなくて、血のりもべったりとついていたのんだから」




「それはおかしいわね…… 電車に轢かれたのに、目撃者が誰も見ていないなんて……」




「だから、特殊な変死なの」




 特殊をことさらに強調するリカ。




「でも、事故はあったんだよね?」




「うん、そう。事故は間違いなくあった。それなのに、事故があったのにも関わらず、車掌はブレーキすらかけていないの」




 目の前に人がいるのに、ブレーキをかけなかったということになる。




 それはあり得ない。




「車掌が酔ってたとかあるいは、麻薬中毒者だった可能性は?」




「後からの警察の調べで、乗務員がまともだったことは確かみたい。それに、終電とはいえ、乗客は多かったらしいよ」




「全員が催眠ガスで眠らされた……とは考えられないか……」




 さすがに、集団で寝ていました……ということは考えづらい。




「ちなみに、どうして、その女子大生は変死したの? 自殺する理由があったとか?」




「自殺する理由なんて見当たらないよ。順風満帆の大学生活を送っていた、普通の大学生だったらしいし」




「自殺をする理由はなしか……そもそも、その大学生はどうして線路に転落してしまったの?」




「状況からしか判断できないんだけど、落としたチェスの駒を拾おうとしたみたい」




「チェスの駒?」




「うん、そう。どうやら、電車に轢かれた大学生は、チェスサークルに入っていたみたいだね」




「わざわざ拾いに行ったってことは、そんなに大切なチェスの駒だったのかな?」




「大学のチェスサークルで使われている、どこにでもある安価なプラスチック製の駒らしいよ」




「じゃあ、落としたのが思い入れのある駒だったとか?」




「それもないんじゃないかな。彼女はチェスサークルの部長で、チェスの駒が安価なことは知ってたし、もし、失くしたとしても買い替えればいいだけだしね」




「確かに」




 安価なプラスチック製の駒を落としただけで、命がけでわざわざ線路に拾いにいくなんてことは考えにくい。




 ……ということは考えられる可能性はただ一つ。




「わかった、オリエント急行殺人事件よ」




「オリエント急行殺人事件?」




「詳しく知りたいなら、図書館で読めば解決すると思うわ」




「うへー、そんなの読んでられないよ。かいつまんで教えてくれない?」




「えー、ミステリーにネタバレは御法度なのに」




「いいの、いいの。どうせ、読まないから」




「つまりは、~というお話で、~というトリックなの」




 私はこの本のトリックを渋々かいつまんで説明した。




「えー、そんなトリックあり?」




「アリアリね。事実は小説よりも奇なり……っていう言葉があるくらいだもの。実際ならあり得るんじゃない?」




「さすがは、小夜」




「どんなに複雑な怪奇現象でも、一つ一つを分解すれば、全て科学で解決できるの」




 実際はこじつけただけだけどね。




「さすが小夜。私なら、全ての怪奇現象を一つに結び付けてしまうのに」




「結び付けたら、混乱を生むだけじゃない」




「いやいや、そうとは限らないよ。時には必要なんだよ。そういう考えが」



「そんなもんかな……」




「そんなもんだよ。でも、本当に気を付けてね。今日の未明にも、この駅の9番線で10代~20代の女性と思われる死体が発見されてて、警察は事件と事故両面で捜査をするって、ニュースで言ってたから」




「今日!?」




 私は驚いて訊き返す。




「知らなかったんだ」




「うん、知らなかった」




 今日は学校が終わってから、ずっと予備校でずっと勉強していたからな……




「じゃあ、あの噂も知らないでしょ?」






 でも、本当に気を付けてね。小夜、この駅に流れている噂も知らないでしょ?」




「噂?」




「9番線に1人で居ると、『うつ……うつ……』……って耳元で囁かれる噂」




「何、その噂?」




「きっと、その女子大学生が幽霊になって呼びかけてるんだよ」




「そんなの、幻聴でしょ?」




 私は怖くないふりをして訊き返す。




「その声を聴いてしまった人が何人も出てきた……なんて噂もあるみたいだよー」




「噂でしょ? 電車の音がそういう風に聞こえたとかさ」




 私はできるだけ気丈にふるまった。




「えー、電車の音じゃないと思うよ。その声を聴いた人はことごとく鬱病になったっていう噂だから、絶対、幽霊の声なんだよ」




「逆じゃないかな?」




「逆って?」




「きっと、噂を信じやすい人は、鬱になりやすい傾向にあるんだよ。だから、鬱になってしまった」




 私はつとめて冷静にこたえた。




 脚ががくがくしているのは絶対にばれてはいけない。




「うーん、そういう考え方もあるかー。さすがは理系脳。理路整然。トリックも簡単に解いちゃうし、幽霊は幻聴だと一蹴しちゃうし、本当に小夜はすごいな。でもね、幽霊はいるんだよ」




「いいえ、すべてのことは科学で説明がつけられるの、幽霊はこの世にいません」




 いるはずないと信じたいだけだ。




「違うよ、小夜。幽霊はね、いつも善良な生者の魂を狙ってるんだよ?」



 リカは、幽霊がいるという一点だけは頑なに譲ろうとしない。



「そんなわけないじゃない」




「ところでさ、小夜、私たち、永遠にずっと友達だよね?」




「リカ、どうしたのいきなり?」




 何か、怖い……




「永遠にずっと友達だよね?」




「当たり前じゃない」



 私は笑顔で応える。



『まもなく、●●行きの最終電車が入ります。ご乗車の方は、5番ホームへお急ぎください』




 ホームのアナウンスが入った。




「あ、もうそろそろ行かなくちゃ」



 踵を返すリカ。



 この時である。



 何故だかわからないが、このままリカと別れたら、一生会えないような気がした。



「待って、リカ、うちに泊まってもいいよ」



 何を言ってるんだ、私は。



 リカを家に泊める?



 いつもの私なら考えられない言葉に、自分でも混乱する。



「え? 小夜、いいの? 本当に?」



 リカはまるで、ストーカーのような陰気なオーラを漂わせて訊いてきた。



 今更冗談でした……とは言いづらい。



「うん、私たち、友達でしょ」




「ありがとう、小夜」



 リカはこれでもかと顔を近づけ、ニヤリと口元を歪める。



 いつものリカとは到底思えなかった。



 …………




 ……






 電車が来るまで、まだ20分ほど時間がある。




 さて、どうやって時間を潰そうか……




 駅に備え付けてある、全国チェーンの喫茶店にでも寄って、勉強でもしようかな……と思ったのだが、さすがに、この時間、制服姿の高校生が喫茶店に出入りしてるとまずい。




 それに乗り遅れれば、最悪、歩いて帰ることになってしまう。




 歩くことになれば、家まで3時間はかかる。




 うん、9番線のホームで待ったほうがいいだろう。




 そう判断した私はプラットホームへと足を進めた。




 誰もいないか……




 今日は水曜日で、電車が来る20分も前だ。




 誰も居なくてもおかしくはない。




 先ほど変死の話を聞いたばかりなので、酔っ払いでもいいから誰か一人くらい居て欲しかったが、仕方ない……




「ねえ、リカ……」




「何、小夜?」



「何か飲み物持ってない?」



 蒸し暑い中リカと話したせいだろうか?




 喉が渇いてしまった。



 トートバッグの中の水筒は全て飲み干してしまったはずだ。




 念のため水筒を取り出し、振ってみる。




 やはり水が入っている気配はない。



「ごめん、リカも持ってないや」



 仕方ない、ジュースでも買うか……




 このホームって、自動販売機あったっけ?




 大きな柱の裏にあるかもしれないと思い、暗がりのほうへと向かう。




 それらしきものはない。




 あるのは、備え付けのベンチとホームを支える柱だけだった。




 このホームで幽霊が出たと噂になるのもうなずける。




 薄気味悪かったが、幽霊何ていないと大見得を張った以上、びくびくしてもいられない。




 他のホームまで飲み物を買いに行こうかとも思ったが、急に足がだるくなり、歩く気すらおきなくなった。




 何故だか、数メートル先のベンチに行く気力さえなくなってしまっていた。




 私は柱に寄りかかる。




 おかしい。




 予備校で勉強を頑張ったとはいえ、数メートル先のリカのいるベンチまで歩くのさえ億劫になるなんて……




 落ち着け。




 きっと、リカに怖い話を聞かされたせいで疲れているんだ。




 こういう時は、日常のルーティーンをこなしたほうがいいだろう。




 そう思った私はスマホを取り出すと、すぐさま英単語暗記アプリを開いた。




 いざ、単語を覚えようとすると、『充電が切れます』のイラストが現れる。




 こんな時に充電切れか……




 充電パックを買おうかとも思ったが、足を動かしたくないという気持ちが圧倒的に勝っていた。




 あとは一駅先で降りて、家に帰るだけだ。




 無理して買いに行く必要もないだろう。




 電源を切ってスマホを鞄へとしまう。




 スマホをぱんぱんに膨らんだトートバッグの中に投げ入れた瞬間、ホームの蛍光灯がちかちかと点滅し始めた。




 あれ? 球切れかな?



 ……と思った刹那、ホームの蛍光灯は全て消えてしまった。




 あたりが暗闇に包まれる。




 ホームの蛍光灯だけじゃない。




 私の身近にあるありとあらゆる光が失われた。




 もしかして、停電かな?




 いや、待て待て、雷が落ちたわけでもないのに、なんで停電が起こるんだ……とも思ったが、停電の原因を探るよりは、何か明かりになるものを探したほうがよさそうだ。




 何か明かりになるもの持ってなかったっけ?




 そうだ、スマホ……と思ったが、トートバッグの奥の方に入っていて、どこにあるかわからない。




 いや、そもそも充電切れだから、懐中電灯としては機能をなさないか。




『ねえねえ、知ってる? 9番線って、いわくつきのホームだよ』




 先ほどのリカの言葉が頭をよぎる。




 いやいや、そんなことない。




 町全体が停電になっただけだ。




 少ししたら非常灯がついて、駅員さんも来てくれるはずだ。




 大丈夫と自分に言い聞かせる。




 ふと、生暖かい風が脚に纏わりつき、背筋がゾッとする。



 この状況って、怪談話に出てくるシチュエーションじゃないか……



 この後、本当に、幽霊が現れるんじゃ――



 ――いやいや、生暖かい風なんて、この時期には珍しくない風だ。




 もう一度、大丈夫と自分に言い聞かせた。




「……つ………………………………………………と………………」




 どこかから声が聴こえてきた。




『つ』と『と』?




 あれ?




 これ、どこかで聞いたような……




 私は耳を凝らす。




「うつ……………………うつ………………と………………うつ……………………うつ………………と」




 うつ……うつ……と……って、リカが言っていた、あの声だ。




 電車の音なんかじゃない。




 れっきとした人が出している声だ。




「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」




 カラカラの喉だったにも関わらず、私は大声を上げてしまっていた。




 はやく、はやく、ここから逃げないと。




 ……って、逃げるってどこへ?




 この真っ暗闇の中で、スマホも懐中電灯もなく、どこへ逃げればいいというのか?




 襲い来る絶望感。




 さっきよりも体が重くなり、ぺたりとその場にしゃがみ込んでしまう。




 立とうとは試みるのだが、力がどこにも入らない。




 完全に腰が抜けてしまったようだ。




 でも、本能が告げている。




『はやくこの場から立ち去らなければならない』……と。




 しかしながら、どこへ逃げればいいのかがわからないのだ。




 逃げたい心と、どこへ逃げたらいいのかわからない心とが交錯する。




 逃げろ!




 警告する本能。




 それとは裏腹に体の力は入らない。




 私は一体どうすればいいの?




 どうすることが正解なの?




 私が混乱していると、体がふんわりと宙へ浮いた。




「え、え、え、え、え、え、え? 何で?」




 何で、私の体、勝手に浮いてるの?




 体が宙に浮かび、ゆっくりと動いている。




 ポルターガイスト?




「いやっ! やめてっ!!」




 私を何処へ連れて行こうと言うの?




『電車に轢かれた』という先ほどのリカの言葉が頭によぎった。




「……まさか、線路?」




 このままだと私も噂のようにこのまま線路に落とされてしまう。




「いやっ」




 私はじたばたと抵抗を試みるが、移動速度は落ちない。




「リカ! 助けて、リカ!!」




 リカに大声で助けを求めるが、返事は返ってこない。




 まずい、このままだと、線路に落とされる。




「いやっ、やめてっ!!」




 ガチン。




 伸ばした腕が何かに当たった。




 これは、柱?




 これにしがみつけば、生き残れるかもしれない。




 私は柱と思われるものに必死になってしがみついた。




 これでなんとかなる……




 ……と思ったのも束の間だった。




 すぐさま、私の手を柱から離そうと、とんでもない力がかかる。




 必死にしがみつく私。




 絶対に離さないんだから……心ではそう思っているのだが、私を線路へと引っ張る力は想像以上に強い。




 必死にしがみついているつもりだったのだが、左手の小指が一本離れ、薬指が一本離れ、中指が離れたと思ったら、左手のすべてが離れてしまった。




「くっ」




 必死に右手に力を入れるが、片手じゃ到底謎の力に抗えない。




「もうダメっ!!」




 右手も離れかけると、ガタンゴトン、ガタンゴトン……という音。




 電車だ。




 電車がホームに入ってくる。




 良かった。




 これで助かる。




「助けて」




 喉が痛かったが、私はできうる限りの大声で叫んだ。




 ふと、私を引っ張る力が弱まった。




 私は謎の力が弱まった瞬間、左手を伸ばし、柱を掴もうとした。




 謎の力はそうはさせまいと弱めた力を強める。




「やめてよ」




 まだこの謎の力は、私を線路へ落とすことを諦めていない。




 それなら、もっと声を上げて人を呼ぶだけだ。




「助けてっ!!」




 私は電車の音のした方へ大声で叫んだはずだった。




「え?」




 私は目を疑った。




 ホームに入って来たのは私の知る電車じゃなかったのだ。




「…………これって、何?」




 形は電車なのだ。




 しかしながら、色は全て黒い何かに覆われている上に、ガラスがなく、空洞のようだ。




 もちろん、黒い影の中には、誰も人は乗っていない。




 この列車に乗ったら最後、あの世まで連れていかれそうな気がした。




「いやーーーーーー!!」




 私はこれでもかと言うほど叫ぶ。




 私が叫ぶと急に私を引っ張る力がさらに強くなった。




 このままだと黒い影の電車の中に引きずり込まれてしまう。




 何とか……




 何とかしないと……




 先ほどまで、その場から私は逃げようとしていた。




 引きずり込まされそうになって、それに抗っていた。




 そうじゃない、そうじゃないだろ。




 戦うんだ。




 お化けなんてものはいないとリカに豪語したばかりじゃないか。




 私は目を閉じ、持っていたトートバッグを無我夢中で振り回した。




 ガシャーン。




 中に入っていた筆箱やら体操着やら何やらが床に飛び散る。




 ふいに、体が軽くなった気がした。




 もしかして、助かった?




 そう思った刹那、二の腕をがしっと誰かに捕まれた。




「いや、もうやめでー」




 空になってしまってもはや武器とは呼べないトートバッグを振り回しながら、ガラガラになってしまった声で叫ぶ。




「小夜、大丈夫?」




「え?」




 目を開けると、リカが心配そうな顔をして私の顔を覗き込んでいる。



 いつもの明るいリカだ。


「…………うん」



 私は頷いた。



「良かった。はい、これ小夜のでしょ?」




 私は落としてしまっていたスマホを渡される。




「ありがとう」



「びっくりしたよ、小夜、突然いなくなるんだもん」



「ごめんね」



 そこはいつもの9番線ホームだった。


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