3-拒絶-
その日、俺は一度家に帰って、留守電がないことを確認した後、もう一度学校に向かった。
目的は言うまでもない。
責任を取って、学校を退学するためだ。
元はといえば、俺が彼女に好かれるものを持っていなかったがために起きた出来事だ。
なら、責任の一端は俺にある。学校の職員室前まで来ると、人影が疎らにあった。
多くの人間は事件のスクープを目にしようとしているかのようなろくでもない連中だったが、一人の女子生徒は違った。
一之瀬麻耶。
可恋の親友を自称する彼女は、俺が来るのを待っていたように鋭い目を向けてくる。
「・・・関係ないって」
ドスドスと怒りを露わに俺に近づいてきた一之瀬はプイっと目を背けながら言う。
「は?」
意味が分からず俺が間抜けな問いをすると、一之瀬は真っすぐに俺を見てきた。
「今回の事件に、あんたは関係ないって・・・。
可恋はそう言ってた。
電話で話しただけだけど、あの感じは本当にそうっぽい。
だからさっきは意味不明な怒り方してごめん」
そのあまりにも予想外の言葉に、俺は思わず笑ってしまう。
「ちょっと!!
人が真剣に謝ってるのに、その態度はないんじゃないの!?」
そう言葉をぶつけてくる一之瀬の頬は、恥ずかしさの余りか少し赤みがかっている。
「いや、ごめん。自分で自分のこと意味不明って言うのは、予想外で」
「わ、悪かったわね!
・・・それであんたは、何をしに来た訳?」
恥ずかしさの余りか、それを隠そうとして話題を転換した一之瀬に向けて、俺は言い放つ。
「決まってンだろ。責任を取りに来たんだよ」
二度目の発言のせいもあって、若干自分に酔っている感もあるが、許してほしい。
☆
「本当にお前がやったのか?」
担任の男教師は、納得半分、信じられないといった感情半分といった様子でそう問いかけてくる。
俺は可恋と避妊具を着けずに性行為をしたと、ありもしない出任せを担任に対して言った所だった。
あっさりと信じるかと思った担任だったが、俺の話を聞いてうーんと唸る。
「でもなあ・・・お前がそんな軽率な行動を取るとは思えないんだよなあ」
そんな俺にとって余りにも予想外な態度を取られて、俺は硬直してしまう。
しかしすぐにその状態を脱すると、挑発するつもりで言った。
「あんたが俺の何を知ってるっていうんですか。
俺がやったって言うんだからそれでいいでしょう。
クラスの異分子を排除出来てやったーって喜ぶところでしょうが」
「異分子?お前が?」
「間違ってますか?」
そう堂々と問い返すと、担任は声を上げて笑った。
「・・・何がおかしいんですか」
というか生徒が退学するかどうかってときによくそんなに堂々と笑えるな。
「・・・いや、お前がそんなに自分を特別視しているとは思っていなかったもんでな」
「いや、別にそういう意味で言ったんじゃ・・・」
「お前は」
言葉を遮られ、今まで見たこともないような担任の鋭い視線を向けられ、思わず俺はひるんでしまう。
「お前は、自分勝手にいつも振る舞っているように見えるが、本質は違う。
いつも誰かのことを気に掛けて行動できる、優しい男だよ。
時々変な方向に突っ走ってしまうことはあれどな」
「・・・何ですかその高評価。そんな男じゃないですよ」
「お前は俺の目がそんなに信用できないと?」
「いや、信用するほど関わって来なかったでしょ、俺ら」
俺がそう言うと、担任は渋い顔をする。
「まあ・・・確かに・・・そうかもなあ・・・」
その様子を見て、俺は思わず吹き出してしまった。
「それだよ!それ!!」
その直後、担任から指を指されてしまう。担任は続けて言う。
「そんな顔が出来る奴が悪い人間な訳がない。
長年教師を続けてきた俺には分かる」
「長年って・・・あんたまだ30いってないでしょう」
「それはそれとして、だ」
「いきなり話し変えんな」
「・・・お前、本当に辞めるのか?」
改めて真剣な表情で問われて、俺は若干びびるが、それでも自分の言うことに責任は持っているつもりだ。
「はい、辞めます」
担任の目を見てそういうと、担任は仕方ないとばかりに溜め息を吐いた。
そして言った。
「まあ、その考えは変えられそうにないしな。
分かった、受諾する。
・・・でも忘れるなよ、霧崎。お前は例え退学になろうとも、我が校の生徒だ」
「それ、なんかのドラマの台詞でしょう」
「ばれたか」
テヘっと舌を出す担任教師の顔を退学記念に殴りたくなったが、脱力していたおかげでそれは出来なかった。
「・・・まあ、それに今のご時世高校なんで卒業しなくたっていくらでも道はあるよ。
だから霧崎、月並みだが、頑張ってくれよな」
高校教師にあるまじき発言だな。
☆
その後俺は、何があったか根掘りはぼり聞いてくる一之瀬の言葉を無視して、自宅まで帰った。
その日はもう何も考えたくなかった。
というか、考える余裕がなかったので、シャワーも浴びずにベットに潜り込んで眠った。
翌日の朝、俺が熟睡している間に家の電話と俺の携帯電話がひっきりなしに鳴っていたので、それを取ると、俺の恋人であり笹川友樹が妊娠させた相手・宮下可恋からの着信だった。
☆
「・・・退学したっていうのは本当?」
次の日の早朝、会って話したいと言われ、俺の駅近のファミレスに集まると、彼女が発した第一声はそれだった。
「本当だよ」
簡潔にそう答えると、彼女は俯きながらも俺を責めるような目をする。
「どうしてそんなことをしたの?
・・・それよりも、どうしてそのことを相談してくれなかったの?」
「相談したところで、可恋が反対することは分かりきっていたからな。
それにこの問題は誰かが責任を取らなくちゃいけないことだからな」
そう言うと、彼女は俯いていた顔を上げ、ほとんど俺を睨み付けるような顔をした。
「だからって!
静也君が犠牲になることなんてないじゃない!
私だって、一人で責任を取るつもりだったんだから!」
「それは無理だよ。
妊娠した上に、相手の男を探さないなんて無理がある。
君の方だって、隠そうと思えば隠せたんじゃないのか?」
それはつまり、自分の子を墜ろすということでもあるけど。
「だって私は・・・自分の子供を作った訳だし・・・それを殺すことなんて出来ないよ・・・」
「殺すって・・・過剰な言い方だなあ」
俺がそう呟くように言うと、可恋はしょんぼりしてしまう。
いや、実際はどうか分からない。
これは俺の推測でしかないが、可恋は友樹を試そうとしたんじゃないだろうか?
自分が学校を止めて、友樹は果たしてついてきてくれるのか。
責任の一端を担ってくれるのか。
そして、自分と一緒に生きていってくれるのか。
「友樹とはもう話したんだよね?」
俺がそう確認すると、可恋はコクリと頷いた。
ならば余計なことは聞くまい。
友樹はもう可恋とは一緒に居られないと、そう話したんだろう。
これ以上俺が余計なことを言っても仕方ない。
「俺と可恋の今後のことだけど・・・やっぱり別れるのがいいと思う」
俺がそう言うと、
「何で・・・何で友樹と同じことをいうの!?
そんなに子供を持った女が邪魔?
わ・・・私が望んだわけじゃないのに!」
「君が望んだんだろう」
俺がそう断言すると、可恋は絶句してしまう。
「友樹がそういう軽はずみなことはしないなんてこと、2年間付き合っていれば分かる」
「そんな・・・それじゃ私はそういうことをする尻軽女だとでも言いたいわけ!?」
大声で尻軽女、と言い放つ女性の声に、早朝のファミレスに居る極僅かの客の注目が集まる。
でもそんなことを気にしている事態じゃない。
「悪いけど俺は・・・友樹ほど君を信用できるという訳じゃない。
そりゃあ君のことは好きだったよ。
いや、今でも好きだ。
でも、もう一緒に居るべき段階というものは過ぎているようにも思う。
それだけのことを君はしたんだ」
「うっ・・・」
俺が一気にまくし立てると、可恋は嗚咽を漏らし始める。
そんな彼女を見ていると心は痛むが、追い打ちをかけるように俺は、
「別れよう」
と言った。そして、
「必要なことがあれば、いくらでも手を貸す。
だけど、彼氏彼女という関係は、もう終わらせるべきだと思う」
と続けて俺が言うと、可恋は、
「うん・・・分かった・・・ごめんなさい・・・今まで」
と言った。それは本来、俺が言うべき言葉だっただろう。
☆
ファミレスで可恋と別れ、自宅までたどり着き、玄関を開けようとしたときに声を掛けられた。
「へーえ。ここが霧崎の家かあ」
その声はここで聞くことはないと思っていた人物のものだった。
一之瀬麻耶、可恋の親友のギャルっぽい女だ。
「ファミレスに居たんだな?」
俺がそう問いかけると、一之瀬はうん、と素直に頷いた。
恐らく、ファミレスからここまで俺の後を着けてきたんだろう。
「可恋から一緒に話を・・・いや、私の方から話しを聞きたいって言い出したんだよね。
そしたら可恋も、いいよって言ってくれて」
「それでストーカー行為を働いたと?」
「うん」
堂々としたもんだ。
「それで・・・俺に何の用?」
「用って程でもないけど・・・連絡先交換しない?」
「断る。で、理由は?」
「断ってから理由聞くなし!
いや、まあ・・・高校をドロップアウトした人間がどんな末路を辿るのかに興味があってね」
「ドロップアウトとか言うな」
「アハハ・・・で、どうなの?交換してくれる?」
「断る」
「えー!」
絶叫する一之瀬をその場に残して、俺は家族のいる家の中に入った。




