2-別れ―
結論から言うと、可恋を妊娠させたと思われる男・笹川友樹は登校していなかった。
ホームルームが終わって担任が出てきた扉の隙間から友樹の席を見ると、誰も居なかったのだ。
その後数人の男子生徒に友樹の行方を尋ねると、友樹は今日登校すらしていないらしい。
ちなみにB組ではまだ可恋が妊娠したという話はされていない様子だった。
男子生徒は余計な勘ぐりや質問をしてこなかったことから考えても、それは確実だろう。
最も、噂はすぐにB組だけではなく全クラスに伝わるのだろうが。
友樹が登校していないことを確認した後、俺は職員室には行かずに友樹の家に向かった。
☆
学校から電車で3駅のところに、友樹の家がある。
友樹とは高校2年のときに同じクラスになって以来の付き合いだが、この2年間で飽きるほど通った家だ。
高校2年で同じクラスになった日に、俺は友樹に話しかけられた。
初っ端から馴れ馴れしい奴だなと思った記憶はあるが、話していく内にすぐ気は合うことが分かったし、友樹が話しかけてきた理由もすぐに分かった。
可恋だ。
2年次、俺や友樹と可恋は違うクラスになったが、可恋との定期的なデートは続いていた。
そして友樹と可恋を引き合わせて3人で初めて遊んだときに、すぐに直感したのだ。
友樹が可恋に好意を抱いていると。
可恋の方は友樹に対して特別な感情はなく、あくまでも恋人の友達、といった感じで接していたように思う。
しかしそれも長くは続かなかった。
高校3年に上がる頃には、可恋の方も友樹に対して特別な感情を持ち始めていると、俺は感じるようになった。
☆
友樹の家は、最寄り駅から歩いて3分程にあるごく普通の一軒家だった。
俺の家が最寄り駅から自転車で20分掛かることを考慮すると、俺と友樹と可恋の3人で遊ぶ際に友樹の家を選ぶことは当然の流れと言えるだろう(もちろん外で遊ぶことの方が多かったが)。
友樹の家の前に立ち、チャイムを押す。
一度押しただけでは出てこなかったが、二度、三度としつこく押しているとゆっくりと入口の扉が開いた。
中から、一見活発そうに見えるが、表情は暗い1人の男が出てきた。
「よう」
俺がそう呼びかけると、友樹は暗い表情のまま、声だけは明るくしようとした調子で言った。
「・・・公園で話そう」
友樹の家の近くにある公園まで移動し、俺はすぐさま確信に触れる。
「可恋を妊娠させたの、お前だろ」
「・・・いきなりだな」
友樹は薄く笑う。
その表情を見て、俺は確信する。
やっぱり可恋を妊娠させたのは、こいつだ。
「どうしてそんなことをした?」
俺がそう問いかけると、友樹は質問に質問で返してきた。
「俺が可恋のことを好きだったのは、知ってるだろ?」
「・・・ああ、最初から気づいてたよ」
正直にそう言うと、友樹はもう一度質問してきた。
「最初って、いつのことだ?」
それに対して、俺は正直に答える。
「お前と可恋を引き合わせた、あの日からだよ」
というか、こっちがお前を責めに来たのに、どうして俺ばっかり質問に答えてるんだ?
そう思うが、友樹が何かを語ろうとしていることは何となく分かったので、黙っていると、
「ああ。そんなに最初から気づいていたのか」
と友樹は何かを悟ったような顔で言った。
俺はその顔が気に入らなかったので、つい声を荒げてしまいそうになる。
「俺に近づいてきたのも、そのためだったんだろ?」
何とか気持ちを押し殺してそう言うと、友樹は少し悲しそうな顔をしてから言う。
「そうだよ」
その言葉は予想していた、分かっていたはずの言葉だった。
しかしいざ言われてみると。何か言葉にしづらい感情が胸の中に去来した。
それは何か、物に当たりでもしないと収まりそうもない感情だった。
しかしここで物に当たってはどうしようもない。
俺はもっとこいつに聞かなければいけないことがあるんだ。
しかし、先に言葉を発したのは友樹だった。
「確かに、お前に話しかけたのは可恋が目当てでやったことだ。
でもそこから先は違う。
純粋にお前と話したり、遊んだりすることが楽しかったんだ。
それだけは信じてくれ」
それを聞いて俺の中にある怒りが膨れ上がった。
そんなこと、言われなくても分かっている。
あのころの俺とお前の友情さえ疑ったら、それこそ俺は何も信じられなくなる。
そう怒鳴りつけてやりたかった。
でも、もしかしたらそんな行動にすら、いや、そんな感情にすらもう価値はないのかもしれない。
友樹はそれだけのことを行ったのだ。
そう分からせてやりたかった。
「・・・お前の方から彼女に迫ったのか」
俺は感情を相手にぶつけることはせずに、そう自分自身に言い聞かせるように問いかける。
しかし、それは単なる自爆だった。
友樹は目を伏せて答えた。
「そうだよ。俺からだ」
その声音から、様子から、嫌でも分かってしまった。
今回の事件は彼女の方に原因があると。
引き金を握っていたのは彼女の方であると。
俺はそのとき、問い詰めるべきだったのかもしれない。
本当は違うのだろ?
彼女の方からお前に迫ったんだろう、と。
でも出来なかった。可恋が自分以外の男にそういう行為を迫ったと、認めたくなかった。
だからこそ俺は、友樹の言い分を認めた。
認めてしまった。
「・・・そうか。それでお前はこれからどうするつもりだ?
彼女を退学させて、それで終わりか?」
「・・・・・・」
無言で黙る友樹。
しかし俺が何も言わないでいると、やがて観念したのか、自分の考えを口にし始める。
「俺は・・・このまま学校に残るつもりだ。
知っているだろう?
俺の家は今、親父一人に支えられている。
おふくろがいなくなってから、親父は一人で必死に俺を育ててきてくれたんだ。
大学附属の私立高校に通わせてもらってるってだけでも有り難いのに、大学卒業まで支援してくれるって言うんだ。
そんな親父の期待を裏切ることなんてできない。
お前になんと言われようと、どんなことをされようと。・・・そして彼女になんと言われたとしても、俺は責任を取って辞めたりはしない」
そう話した友樹の目は、さっきまでのような暗いものではない。
強い光を宿した、覚悟の決まった目をしていた。
俺はその目を見て改めて思う。
・・・ああ、お前は本当に、俺の親友だった。
お前みたいな奴と会えて、本当によかったと。
そして、俺自身の考えもまとまった。
いや、俺自身のこれから先の行動は、最初から決めていたのだ。
彼女の妊娠を知った、そのときから。
「お前の考えは充分分かった。なら、彼女はどうする?」
それでも、これだけは聞いておきたかった。
例え答えが分かっていたとしても。
「・・・可恋とは、別れるつもりだ・・・」
そこから先も、何か言うつもりだったのだろうが、ぐっと言葉を飲み込む友樹。
そんな友樹を背に、俺は歩き出した。
「なら、話すことはもうないな」
俺たちが会うことも、これで最後だろう。
そう心の中で付け足して、俺は歩みを進める。
「お前は!!」
そんな俺の背中に、声が投げつけられた。
振り返りはしない。
ただ立ち止まるだけだ。
「・・・お前はこれから、どうする?」
「決まってンだろ。俺が責任を全て取る」
そう言うと、後ろから呆然とした声が返ってくる。
「お前が・・・?」
「ああ。
どうせお前と同じ大学に行ったって、俺が耐えられなくなる。
いつかお前を許せなくなって、自分自身を許せなくなる。
それなら、例え途中で別れるとしても、彼女と同じ道を選ぶさ」
そう言い終えると俺は歩きだす。
後ろからは男の泣き声がかすかに聞こえた。
しかし、ここで振り返ったら全てを台無しにしてしまう気がした。
俺の決意も、友樹の覚悟も。
だからこそ、俺は振り返らない。
恐らく、俺よりも何倍も辛い道が、今後友樹の先にあるはずだ。
自分のしたいようにする俺と、自分のするべき選択をする友樹の道は、今後交わることはないだろう。
でも、だからこそ、男の涙を汚すことだけは、してはいけない気がした。




