五話 幸せな日々
とても久しぶりに更新しました。おそらく誰もこれまでの内容を覚えていないことでしょう。
フリージアさんとの生活はとても楽しい毎日だった。
フリージアさんの一人娘のビエンとは歳が近いせいもあり、とても仲のいい親友と呼べる相手になった。
フリージアさんは私のことをまるで本物の子供のように扱ってくれ、私はフリージアさんをママと呼ぶようになった。そして、特にこれといった不自由もなく私は毎日を過ごした。
ママと一緒に暮らすようになって数ヶ月経つと、私はビエンと一緒にママの営むパン屋で手伝いをするようになった。
私たちは仲良く働き、それまでさせてもらえなかったパン作りも任せてもらえるようになったりと、仕事でも順調だった。
けれど、そんな名実ともに順調で幸せだった生活は突然に音を立てて崩れてしまった。
それは、私が都で暮らし始めてから数年が経った日のことで、ちょうどビエンの誕生日の日のことだった。
私はビエンの誕生日プレゼントを買うために、貯めていたパン屋の手伝いでもらえたお金をあるだけ持って昼間からプレゼントを探していたものの、持っている僅かなお金でも買えるいいものを見つけるために探し回り、あたりはすっかり暗くなってしまっていた。
「はぁ、はぁ、すっかり遅くなっちゃった...、でも、ママから少しずつもらってたお給金でプレゼントも買えたしいいよね!」
早歩きで家に向かっていると、広場のある方向から悲鳴が聞こえてきた。何かあったのかと広場に向かうと、向こうから家の近くのお肉屋さんの主人のおじさんが走ってきて、私を見つけると話しかけてくる。
「ソルちゃん!こっち来ちゃダメだ!ほ、<骨>が!奴ら侵入してきたんだ!広場はもう惨状だよ、ソルちゃんも早く逃げたほうがいい。」
「<骨>が...?」
「そういうことだ、ほら、早く逃げよう。」
「わか...っ、二人は!?ママ、フリージアさんとビエンは!?」
「二人は見てねえな、だがきっと二人とも無事だ、ほら、早く!」
「ダメ!きっとじゃダメなの!もう、これ以上大切な人を失いたくない!」
「お、おい!ソルちゃん!?帰ってくるんだ!」
走った。二人を失わないように。もう二度と、大事な人をあいつらに奪われないために。そこかしこで火の手が上がっていて、店を出た時よりも時間が経った今の方が空がさっきまでよりも明るかった。
「二人とも!大丈夫!?」
家の扉を勢いよく開けると、目の前に木の棒が突きつけられた。棒がそっと降ろされ、箒を逆に持っているママにビエンが抱き付いている。二人は逃げる用意をしていたのか、荷物が纏められていた。机の上にはいつもよりも豪華な夕飯が並び、おいしそうな見た目をしている。料理は未だ熱を帯びていて、机の上のいくつものお皿から湯気が上がっていた。
「ソル!無事だったのね!?まったく、こんな遅くまでどこ行ってたの。まあいいわ、その様子だと<骨>が入ってきたことは知ってるのね?早く逃げましょう。」
ママは動揺していたけれど、それでも私たちを守ろうという気概からか気丈に振舞っているように思えた。
「ソル!心配したのよ!ほら、ソルもこれ背負って、早く逃げないと!」
そう言ってママの後ろから離れた二エベが私の手を握る。二エベの暖かい体温が手を介して私に伝わり、お互いの鼓動の速さを確認した。
「二人とも元気そうでよかった...。うん!早く逃げよ!」
「危ない!」
その声と共に視界は揺れ、床に叩きつけられる。自分の立っていた場所を見ると、胸から赤い液体をたっぷりと絡ませた白い骨の手が突き出ているフリージアさんの姿があった。耳をつんざくようなビエンの悲鳴が聞こえる気がする。何もかもがぼやけ、遠い出来事のようだった。
「私のことは無理してお母さんて呼ばなくていいのよ?そりゃあ私は呼んでくれたら嬉しいけど、あなたのお母さんはルナさんだけなんだから。」
「そう?それじゃあ私はこれからソルちゃんのママで、ソルちゃんのかあさまはルナさんね?ふふ、これからよろしくね?ソルちゃん。」
「パン屋を手伝いたい?」
「ん〜ならいいけど、調理場では私の言うことよく聞くのよ?」
「よし!じゃあ明日から手伝ってくれる?」
「ソルちゃん!ああ、心配したのよ?無事でよかった...ほんと...無事で...。」
「いいのよ、あなたが無事なら...。」
「『にげ、な、さい...』」
胸を貫かれるママが母様と重なる。あの日、私は何もできずに母様の死を傍目に逃げた。逃げて、逃げて逃げて逃げて、逃げた先で助けてくれた旅の人も目の前で死んでしまった。今度はこの人なのか、なぜこんなにも優しい人ばかりが死んでしまうのか。私の命に何度も助けられるほどの価値があるのだろうか。
「...ル、ソル!」
ビエンの呼ぶ声で離れていた気持ちが引き戻される。ママは声を発するのも難しいようで、いまにも消えそうな息を不規則に立てている。私の体を揺さぶりながら大粒の涙を浮かべる親友がひたすらに私の名前を呼んでいる。
「...ビエン、大丈夫、聞こえてる。早く逃げよ。」
「で、でもママが...。」
「ママが何のために身代わりになったかわかる?私たちを逃がすためよ。ママの行動が無駄にならないように逃げなきゃ。」
そう、自分に言い聞かせるようにして家の奥へと歩いていく。まだ逃げるのに戸惑いのあるビエンの手を握って引っ張る。家の奥ではどこかの家の不始末で起きた火事が広がり、私たちの家にまで移ってきていた。家の裏口への道は火に囲まれていて、いくら慣れている家の中だから迷わないとはいえ、脱出する前に私たちが燃え尽きてしまうかもしれない。それでも、ママを殺してなお追ってくる<骨>から逃げるには火の手の上がる家の奥に向かうしかなかった。水を被り、炎の中を突き進む覚悟を決めた時だった。突如、家の屋根が崩壊し、私たちの進む先を塞いだ。横からは火の手が迫り、背後からは<骨>が追ってきているにも関わらず前方は行き止まりになり、進むことが出来なくなった。
「ね、ねえ、ソル、どうするの?」
二エベが必死に私の服を掴み、不安そうに尋ねる。どうする。どうしたらいい?どうやったとしても私に<骨>は倒せない。だから私は逃げたのだ。私では決して<骨>には勝つことが出来ないから大切な人を身代わりにして逃げた。たとえ代わりにその人が死んだとしても。今私には一体何ができる?誰か、助けて。




